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ときめき☆メメント・モリ(略してときメモ)

作者: 山野穴太

――校庭にある樹の下であなたを待っています。

 卒業式の日、僕は三年間溜め込んで今にも発酵しそうなこの思いを彼女にぶつけることにした。誰が呼んだか伝説の樹。卒業式の日にこの樹の下で結ばれた二人は永遠に幸せになるという、その場所に彼女を呼び出した。入学式の日に彼女の姿を見て以来、僕はとりつかれた様に心を奪われて、柄にもなく運命だなどと思い込み、三年ひたすら彼女にまとわりつく毎日を過ごした。きっと彼女も僕を憎からず思ってくれてるに違いない。

 卒業式は無事終わり、ひとしきりクラスメイトとの別れを堪能した後、僕は足早に教室を出て、校庭の端に厳かに立っている伝説の樹の下へ向かった。僕の心は今日の空の様に晴れ渡り、桜のつぼみの様にはじけそうだった。足取りはふわふわと覚束なく、今にも空に舞い上がりそうだった。目の前には薔薇色の未来しか写っていなかった!

 ところが、その場所には先客がいた。そこにたどり着くまで全く目に入らなかったのはよほど浮かれていたのだろう。そこでは女生徒が椅子に上ってせっせと枝にロープをくくりつけていた。僕には彼女が何をしているのか全く理解できなかった。その彼女も僕に気がつかないらしい。

 その彼女は上手にロープで輪を作り、その中に頭を入れた。

「おい」

 僕は何気なく声をかけると、彼女はようやく僕に気がついたらしい。が、彼女が僕の目をじろりとにらみつけるが早いかその椅子は平衡を失ってその場に転げてしまった。そうすると彼女はロープに吊るされてしまう。僕はそれはなんだかいけないような気がしたのでとっさに彼女の下にもぐりこんで、そのまたぐらに頭を突っ込んでちょうど肩車になる様な形で彼女の体を抱え揚げてしまった。

 彼女はしばらく呆然としていた。僕はといえば彼女のスカートが視界を邪魔して暗黒世界の住民である。そのまま下ろしたらきっと彼女はくびれてしまうだろう。

「頭抜いた? ロープから」

 僕はこう尋ねた。この体勢が続くのは正直しんどい。

「い、いや」

 彼女はおどおどそう答えたが、急に足をばたつかせ始めた。

「ちょっと、どいてよ、この変態」

 あまりばたばた動くので僕も足がふらつきだした。

「やめてやめて、あぶないから」

 僕は彼女がロープから頭を抜かない限りは倒れない覚悟である。というか、目の前でこんな事をされるのを見逃したらきっと夢見が悪くなる。

 突然彼女の動きが止まった。

「誰か来た」

 え?

「もしかして、ヤマ?」

 あの子の声だ。

「あ、うん、いや、これはちょっと」

「ナニやってんの馬鹿じゃないの」

 怒りというか侮蔑に近いニュアンスがとてもよく伝わる話し方で、その子は言い放った。

「違う違う、本当に違うから」

 僕はモゴモゴとスカートの下から声を上げた。

「いや、いいから別に」

 それはもう侮蔑というか侮辱というか、鼻をつまみながらうんこに向かって話しているかの様な口調だ。

「話聞いて、ちょっと」

 相変わらず僕は女生徒の股下からスカート越しに話していた。その女生徒は人形になったかのようにピクリとも動かない。

「いや、ホント、マジでいいから。あのさ、じゃあさはっきり言っとくけど、マジでうざかったからアンタ」

 僕はその子がそんな乱暴な話し方をするのを始めて聞いた。

「じゃあね、もう二度と会うこともないと思うけど」

 遠ざかる声と共に僕の青春は終わった。頭から血の気がうせて、今にも卒倒しそうだった。

 その時、不意に視界が明るくなった。頭上の彼女がスカートを捲り上げたのだ。

「なに今の。あの子に告白しようとしたの?」

「……うん」

 実際には告白に至るまでもなく、門前払いだったわけだが。 

「私のせい? 私のせいで振られたの?」

 彼女は上から僕の顔を覗き込んだ。なんだもうロープから頭を抜いてるじゃないか。

「ごめん……もう……ほんと……降りて」

「あ、うん。ごめん」

 僕はかがんで彼女を地面に下ろした。

「別に君のせいじゃないから……なんていうか、僕がうざかったせいだから……」

 いまさら胸の奥の方から涙がこみ上げてくるのを感じていた。

 僕の三年間っていったい……。

「僕さ、わかったわ……」

「何が?」

「首吊りたくなる人の気持ち……」

 彼女も僕もしばらく言葉がなかった。

 沈黙を破ったのは彼女だった。

「よくわかんないけど、あんた首吊っていいよ。わたしはやめた」

 僕は耳を疑った。というか、慰めの言葉が来るとばっかり思っていた。

「え、何でだよ、いやだよ」

「むしろ私はあんたに感謝したいわ」

「何で」

「おかげで視野が広くなった。っていうか今までの私は視野が狭かったわ。今まで自分の事ばっかだったけど、あんたの姿見て、そんで死にたいなんて言うの聞いたら、どんだけ自分がちっちゃかったかよくわかった。悪いけど、あんたそんなことぐらいで死ぬん? と思っちゃった」

 僕にとっては高校生活の全てを全否定されたくらいの衝撃だったのだけど、それで言い返そうと思ったけど、そんな事をするのは無様さを上塗りすることになるというのに寸でのところで気がついた。

「ちっさいわ……僕」

「いや、そんなことないよ」

 彼女は再び椅子に上ってロープを枝からはずし始めた。

「わたし今日ここで首吊ってみんなの楽しい高校の思い出をぶち壊してやろうと思ったんだ。でも実際ぶち壊したのはあんたの恋だけだったね。しかも首吊り失敗してるし。ていうか、まああんたには悪いけど、わたしは高校生活の最後の最後に楽しい思い出ができたよ。ありがとう」

 彼女はそう言って右手を差し出した。


自殺しようとしている女生徒にでくわしたら、というテーマです。

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