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① 一章

ごくありきたりな日常を過ごしていた高校生谷原さつきは、ある夜吸血鬼に襲われ、自身も吸血鬼となってしまう。事態が飲み込めず困惑する彼女の前に現れたのは、遥かな時を生きる大吸血鬼の一人、神野玲。

 無限に等しい歳月を生き、血呪と呼ばれる特殊な能力を操る超越者、吸血鬼。その存在を、自らの身をもって知ることになったさつきは、非日常の世界に足を踏み入れて行くことになる。吸血鬼と人間、そしてその境界に立つ者達の物語が始まる……


※以前投稿していて、誤って消してしまった物の再掲載です。順次上げなおしていきます

 かつ、かつ、かつ、というハイヒールの音だけが夜の街に響く。音を響かせているのは歳のころ二十代

と思われる女性。スーツに身を包んだその姿はいかにもキャリアウーマンといった感じだ。もうすぐ二十四時、という時間帯にこのような住宅街を歩いているのは、おそらく残業で帰るのが遅くなり終電に乗って駅から自宅まで歩いている、といったところか。街灯は規則正しく並んではいるもののその明かりは弱弱しく、通りには人の気配は一切なく女性の一人歩きは少々危険であろう。とはいえ今の時代、特に珍しい光景というわけでもない。ごくごく一般的な日常の風景であるといえる。

 そう、その背後をつける人外の存在さえなければ、だが。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょっと、そこの貴女あなた


 規則正しく歩を進めていた女性は、その声に少々の警戒とともに振り返った。この近辺で事件があった、などという噂を聞いたことがあるわけではないが、人通りの少なさを考えれば当然のことだろう。しかし、その警戒はすぐに解かれることになる。声の主が青を基調とした制服、すなわち日本の警察の格好をしていたためだ。女性はほっと安堵のため息をついた。……よくよく考えれば、ここ最近事件があったわけでもないのに深夜にそもそも人がほとんど出歩いていない場所を警察官がパトロールしているのは少々おかしいのだが。

「こんな時間に女性の一人歩きは危険ですよ、最近はどこも物騒ですからね。」

「ええ、気をつけます。お勤めご苦労様です。」

そう言って前に向き直ろうとした彼女は、ふと違和感を覚え目の前にいる人物のある一点に目を留めた。

 それは目。その位置からは影になって顔はあまり見えないが、その目だけは薄暗い中にもはっきりとわかるぐらいにギラギラと光っている。

「あの……その、目、は……。」

問いかけながら、彼女は自分の意識が徐々に沈んでいくのを感じた。最近は残業続きで睡眠時間は足りてないが、いくらなんでも路上で眠り込んでしまうほどではないはずだ。

(いったい、なにが……?)

異変の正体を探ろうとするも、正解にたどり着く前に彼女の意識は闇に飲まれた。


――――――――――――――――――――――――――――――-―――――――――――――

「さて、と」

そうつぶやくと警官の格好をしていた男はたった今倒れた眼前の女性へとゆっくりと近づいていった。

(まったく、この国の人間は平和ボケしすぎですね)

思わず笑い出しそうになるのをこらえた。男の格好は確かに一見すると警官のようだが、実際はそれに似せただけのものだった。街灯に照らされているとはいえ、夜中ということに加えそもそも警察の制服を細部まで覚えている者もいないであろうことを考えると、このようなまがい物でも十分に騙し通せる。事実、今までにも4回彼はこの方法での『狩り』に成功していた。

(もっとも、この国の危機管理の甘さを考えればてきとうな格好でも問題ないのかもしれませんがね)

とはいえ他の国に行った経験も人間であったときに二回だけしかないので、比較できるものではないのだが。

(今度はどこか別の国に行ってみるのも良いかもしれませんね。人種によって『味』が違うのかも気になるところですし)

まあそれはともかくとして、まずは今日の食事を済ませることにしよう、と男は依然として意識を失ったままの女性を抱き上げ、その首筋に一般的な人間のものより遥かに長い犬歯を突き立て――-――――-----


「もしもし、そこのおじさん。」


背後から突然声をかけられ、男は思わず両手で女性を抱えたまま振り返った。

そこにあったのは背の低い影。その身長から察するに中学生か、ぎりぎり高校生といったところ。パーカーを羽織り、フード下ろしているので顔は隠れているが、その高い声から察するに少女だろうか。

(いったい、いつから……!?)

数ヶ月前ならともかく、今の男がここまで近寄られて気づかないなど考えられることではない。

「わ、わたしが話しかけたところ突然女性が倒れて……」

と、現状の言い訳をしようとしたところその男はそれに気づいた。

(なんだ、お仲間か。)

ほっと安堵のため息をつく。その少女から漂ってくる紛れもない血の臭い。それは少女が自分の『同類』であることを示していた。ならば『狩り』が見つかった程度で恐れる必要はない、いや少女よりも自分のほうが体格的にも勝っているのだし、むしろ少女のほうこそが恐れるべきだろう。そう考え直し男は高圧的な態度を取り繕って少女に話しかけた。

「お前もこの女性を狙っていたのか?だが生憎あいにく俺の方が―-――――」

「四人」

「は?」

「アナタ、その女性ひと以外にも四人襲ってるよね?」

一瞬言葉に詰まった。だが、それもわずかな間のこと。どうやって調べたか知らないが、襲っていることを知られたからどうしたというのだ。警察に通報されるのが恐ろしいか?馬鹿な。人間の頃だったならば確かにそれは恐ろしかっただろう。しかし、もはやヒトではないのだ。その遥か上に位置している自分が何故人間の一機関など恐れる必要がある?そう思い、平常心を取り戻した。

「ああ、確かにそうだが。それがどうしたのかね?」

「……あーあ、またか。めんどくさいなぁ」

ガシガシと(フードの上から)頭をかいた少女は、あきれたように続けた。

「中世じゃあるまいし、今時勝手に人間襲っちゃいけないんだよね。血液パックっていう便利なものがあるおかげで、その必要もないしね。まあ、襲って血を吸っただけならまだしもその後殺してるよね、君。しかも四人も。吸血鬼わたしたちには吸血鬼わたしたちの規則があるんだよ。ふつうはそこらへん規則ルールは『親』が教えるものなんだけど……アナタも教わってないようだね」

やれやれと首を振る少女を、男は内心で馬鹿にしていた。ルール?そんなもの吸血鬼じんがいになったときにとっくに超越しているだろうに、まだそんなものを引きずっているのかと。未だにそんなくだらないものに縛られている少女に哀れみさえ沸いてくる。

「お前が誰かは知らないが、まだそんなものに縛られているなんて、かわいそうなお嬢さんだな」

その言葉を聞いた少女は一瞬きょとんとした後、けらけらと大声で笑い始めた。

「ワタシがお嬢さんだって?あはははっ。面白いこというなぁ。」

腹を抱えてしばらく笑ったあと、少女はまだ笑いがこみ上げてくるのか口元を押さえながら告げた。

「まあ、アナタがどう思ってるのかは知らないけど、実際にはそういうルールがあってアナタはそれにばっちり違反しちゃってるんだよね。本来教えてもらってるはずのことを知らなかったってのはかわいそうだと思うけど、違反は違反だしね。ああ、ちなみに---------」

 少女は言葉を切ると右手をポケットに入れて、ゆっくりと男の方へと歩み寄り始めた。

「----------ワタシらの組織では4人以上殺した吸血鬼には『その場での処刑』をしていいって事になってる。残念だけどお別れだね、おじさん。」

 ぞっとするような声で告げ、少女は男へと走り出した。右手は相変わらずポケットに入れたままだ。そのような体勢であるにもかかわらず、人間とは思えない速度で迫ってくる。

 しかし、男にとってはそれも想定内の事だった。同族であるというのなら、人間をはるかに越える身体能力を持っていてもなんら不思議ではない。

男自身がそうであるのだから。だからこそ、男が油断する事などあるはずがなかった。

だが

「あ、れ・・・・・・?」

ほんの一瞬前まで眼前にいた少女が忽然と姿を消していた。


「やれやれ。いくら闘い慣れしてないとはいえ鈍すぎるよ。」


「ッ!?」

背後から聞こえた声にあわてて振り返ると、そこには先ほどの少女がたたずんでいた。手には血で染まった刃物。短刀と呼ばれる類の比較的短いもので、それを右手に持ちだらんと全身の力を抜いていた。地面に落ちた血の跡を目で追うと、真っ赤に染まった男の右腕の途中までと、地面に転がった“その先”が……

「ぐぎゃぁ!!」

自らの意思とは関係なく悲鳴が漏れあまりの痛みにうずくまる。そんな男に対してフードの少女は頭上から失望に満ちた声を浴びせた。

「あげくに、たかが手を切断されたぐらいで無防備にうずくまるし。吸血鬼の再生能力ならその程度たいしたことないでしょ?血統によってはものの数分で回復する傷だよ?その程度で何でこんな大それたことをしようとしたんだか。身の程をわきまえなよ」

「ぐっ、くそぉ!!」

人外としてのプライドを刺激された男は歯を食いしばって痛みに耐え、何とか立ち上がった。とはいえ、今のところ襲ったのは人間の女性だけで、『戦闘』などという非日常的なことを今までしたことがなかった男は、痛みのあまり立っているのがやっとで、とてもではないが少女の攻撃をかわす余裕などない。

(ッ!!そもそもさっき何をやられたのか、わかりませんでしたしねぇ!?)

 相手は自分のことを把握していて、自分は相手のことをろくにしらないという圧倒的に不利な状況。それでも男の「人間を超越した存在になった」というプライドが、男に逃走という選択肢を選ばせない。

(体は動かせなくて、相手は正体不明…………!そういえば!!)

男は自分を吸血鬼にした相手に、教えられたことを思い出した。

「相手が正体不明ならば、問答無用で殺せるだけの力を使えばいいだけですしねぇ。……『血に宿る能力』、でしたっけ?」

「……へぇ。アナタ、親からそのことを教えられてたの。それの使い方は、ある程度吸血鬼としての生き方に慣れたものにしか教えちゃいけないことになってるんだけど。」

 自分のつぶやきに表情を変えた少女を見て、男は自分の選択が間違っていなかったことを確信する。

(そうだ、目の前のこいつがたとえどんなに強かろうと『能力』さえ発動させればどうということはない)

 まさか男が吸血鬼が持つ固有の“能力”のことまで知っているとは思わなかった。だから驚いているのだろうと男は考える。そしてそうなら相手が能力を発動する前にこちらから能力を発動してしまえばいい。

この“力”を前にして、立っていられるものなど存在しないのだから!!

「我が祖たる……「おそいよ」」

その言葉が男の最後に発した言葉となった。音もなく胴体から切り離され、宙を舞う男の頭が捉えたのは、首のみならず両手両足までも切り落とされ孤立した胴体と、返り血を浴びながら面白くなさげな表情でたたずむ少女の姿だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「あーあ、殺しちゃった。情報聞き出さなきゃいけなかったのに。まあ、こんな下っ端じゃ、大して役には立たないだろうけど。」

手にした刃物をぞんざいに振って血を落とすと、つい先ほど四肢を切断された男の死体へと目を向けた。

「でたらめに眷属を増やすだけじゃなくて、能力のことまで教えてるなんて。迷惑にもほどがあるよね。」

 一人つぶやいて、刃物をしまう。

「もっとも、吸血鬼同士の戦い方までは教えてもらってなかったみたいだけど。まさか敵の目の前で『血呪』を使おうとするなんて、あんな間抜けは久しぶりにみたよ。発動前に斬られるって分かんなかったのかな。」

 そう、『血呪』と呼ばれる特殊な力を吸血鬼が持っているは事実であるし、その多くが殺し合いにおいて有効なのも確かだが、その発動にはある程度の集中と、血に宿る力を引き出すための詠唱を必要とする。

 強い力を持つものならば即座に発動することもできるが、それは何百年と生きた吸血鬼の話で、吸血鬼になってから数日の者には到底不可能だ。

「いくら便利な能力持ってるからって、使う前に殺されてちゃなんの意味もないよね」

 無論少女には例え血呪を使われても勝算は十分にあったのだが、わざわざ発動を待つ理由もない。

 そもそも彼女の技術をもってすれば相手に気づかれる前に殺しきることもできたのだが、一応対峙するまでは情報を聞き出すつもりでいたのだ。

「でも、あんな無様を晒されちゃその場で殺したくもなるよね。仮にも『あの人』の血を引いてるって言うのに。こんなものは吸血鬼なんて呼びたくないよ。醜悪な劣化品だ」

 忌々しげにはき捨てる。

「それにしても、厄介なことをしでかす吸血鬼もいたもんだね。手当たり次第に眷族を作っては、血呪の知識だけを与えて吸血鬼の掟も教えずに放置。そもそも眷族の作り方を知ってるって時点で結構な大物なのに、そんなのが奇行に走るなんてめんどくさいなぁ。……まあ、この場の処理はそっちの専門家にお願いしておこうか。」

 少女は血やら内臓やらが散乱したアスファルトを眺めながら携帯電話を取り出すと電話をかけた。数回のコール音の後、電話に出たのは若い女性の声だった。

「もしもし、どうしましたか?」

「とりあえず標的の処理は完了したよ。大したやつじゃなかったからそのまま処分しちゃった。ま、そんなわけで目撃者が出ないうちに処理班をよこしてくれない?」

「了解しました。ですが……」

 少女に答える声はどこか沈んでいた。

「うん?どうしたの?」

「はい、それが、先ほどから別働隊の方と連絡が取れなくなっていまして……」

「なるほど……」

別働隊、別働隊かと呟きながら、頭の中にその構成メンバーと周辺の地図を広げる。

「隊長は新人さんで他に隊員が五人、地点はここからざっと南東に三十分ぐらいのところ。あってる?」

「えっと……はい。それで間違いないです。」

「了解。じゃあワタシはこのままそっちに行くとするよ。後処理のほうはよろしくね。」

「了解しました。お願いします。」

電話をポケットに入れると少女はため息をついた。

「今回の事件は割りとヤバ目なのに、新人を使うなんて。ウチの人材不足も深刻だから実戦で鍛えたい気持ちもわからないわけじゃないけど……まあ、愚痴っててもしかたないし行こうか。」

少女は助走もつけずに屋根の上に飛び上がると、血の香りだけを残し夜のとばりの中へと姿を消した。

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