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凸凹運輸紀行 短編集1

作者: 煙巻き

             ━━━━━[街道沿いの一幕]━━━━━━━



==============================================



 それはある晴れた初夏のみぎり、長の年月を人々の往来に耐え、踏み固められた街道での出来事。

 時刻は八つ時を過ぎ、道行く者はみられず、至極穏やかで平和な時間が流れている。



 そんな平穏な空気は………。



「アィイヤアァァアア!!」

「ちょ、待って待って!!話し合おう!?ね!?ね!?」



 と、酷くやかましい喚き声と。



     『ブモオオォ!!!!モオォオオオォ!!!! 』



 けたたましい地鳴りとともに襲い来る黒い波に完膚なきまでに破壊されたのだった。


 なぜこのような事態が引き起こされたのか。それを説明するにあたり、読者諸兄には時を少し遡ることを許して頂きたい……。



           ***************************



 時と共に先の場所より手前の地点に視点を移そう。


 人気のない長閑な街道を、ひとつの荷馬車が、ゆっくりと渡ってくる。


「っはあ~。いい天気だなぁ、今日は穏やかに一日を終えられそうね。」


 ふと、御者台から落ち着いた低めの声が聞こえてきた。 声の調子から見るに、女性のものと思われる。


 このひとりごとの主は、御者台からゆったりと前を見据えている。

 頭にはくすんだ黄色のソンブレロを被り、同色のポンチョを羽織っている。ポンチョの隙間からは、太い茶色のベルトが覗いている。


 しかしながら、その容姿はヒトのものではなかった。


 肌は濃いめの緑色。全体的にずんぐりしており、露出した肌は筋肉質。指先は四本ずつ伸びている。

 足下は簡素な踵で留めるサンダルで固められている。


  “何よりも特徴的なのは、その胴体を覆う大きな甲羅である。”


 そう、彼女はこの世界においてポピュラーな種族、獣人の一人。カメの獣人なのだ。


「ああ、ホントいい気分!鼻歌でも出てきそうね。」


 そんなことを一人ごちながら、彼女は急ぐでもなく馬の手綱をゆるく揺らした。時は、とても穏やかに流れていく。


---そして、ことは起こった。


「ミギャアアアァアアン!!!」


 唐突に、猫を引っぱたいたような奇声が聞きえてきた。


「ふん?」


 彼女は、その奇声に気をとられ、馬の歩みを緩ませ辺りを見渡す。しかし、声は聞こえたものの、おかしなものは何も見当たらない。平穏な気配に包まれ、いたって穏やかだ。


「気のせいかしら…。」


 そう結論付けて、彼女は、また、馬の速度を戻し、急ぐでもない旅路へと戻ることとした。


 と、そのときだった。


「クロワッサーーーン?!!」


 訳のわからない喚き声とともに、何かが荷台へと飛び込んできた。荷馬車が大きく揺れ、馬は突然の出来事に驚き、嘶きをあげる。


「ちょ、え!?何事!!?」


 あまりに突拍子もないことに、彼女は慌てながらも、とりあえず馬を宥め、歩みを止めさせる。興奮していた馬も、手綱をぐいぐいと引かれ、息を荒くしながらも、ひとまず動きを止めた。彼女もホッと一息つく。


 そうしてから、彼女  【オドネル】 は、何が起きたのかを確かめるため、荷台へと視線を送った。


「んん~?。」


 荷台は、一般的な幌車であったが、その荷を覆う幌が歪にたわんでいる。骨組みがいくつか逝っているのだろうか、元の張りを取り戻す気配はない。いや、それだけではなく、まだ衝撃の原因が埋まっているのだろう。それを確かめなければならない。


「ホント、何事なの?」


 つぶやきながら、オドネルは、手綱を片手にまとめ持ち、御者台の真後ろにある入り口代わりの切れ込みに手を掛け、一気にめくり上げる。


「………。」


 無言で中を見渡す。中は埃が舞い、側面が破損してるのか木片が散乱している。仕事帰りのため、備品として隅に積んであった僅かばかりの品が転がっていた。

 そして、幌が手ひどく破れた箇所のすぐ側に、彼女は不意の衝撃の原因をついに発見した。


「…っつはっ!ハッハッハッ…!ゲホッッ!!」


 それは、息も絶え絶えに床に伏している。姿を見るに、とりあえずはそれがヒトに近しいものであることが伺えた。

 身にまとった軽装の黒装束は枝葉にまみれ、かきざき(・・・・)がアチコチにできている。頭に巻かれた布も同様で、一口に言ってぼろくそな有様だった。


「い!?何、面倒ごと?」

「ぜっっ、ぜぇ…!」

「もしも~し?聞こえてます?」

「げっふ!げほっっ!」

「いたずらと犯罪は他所でやってもらいたんですが~?きこえてます?」

「……え?」


 数回話掛けてから、ようやく、それは反応を返してきた。こちらを見てくるその顔は、薄汚れてはいたが、ぼちぼち整った男の顔をしていた。


「あ、聞こえた?それじゃ、とりあえず言っておくことが……。」


 そう話掛けようとしたときのことだった。男は慌てて周りを確認し始めたと思いきや、入り口にいたオドネルへ猛烈な勢いで詰め寄ってきた。


「アンタ!!ちょ、なんでんな落ち着いて?!いや、それよか今ここはどうなっている?!」

「へ?何、いったい!?とりあえず、落ち着いて!」


 矢継ぎ早に質問を投げかけてくる男に面食らいながらも、どうにか宥めようとするも、男はてんで受け付けない。そのような有様に、オドネルもその困惑した雰囲気に呑まれ、どうしていいか思いつかずにいた。


 と、突然、男はある一転を凝視しながら、ピタリと動きを止めた。


「………!」

「ふん?」


 オドネルは身じろぎもしない男をいぶかしんだが、次の瞬間に、更に驚かせる事態に合った。


「そいつをよこしてくれ!!」


 男は出し抜けにオドネルの脇へ体をこじ入れ、その片手に握られていた手綱を奪い、馬に鞭を入れ始めた。




「あ、ちょっと!なにすんのよ!!」

「説明はあと!とにかく今はここを…!」


 手綱を掻っ攫った男は、ひたすら馬に鞭を打ち続けた。馬は苦しげな声を上げならも足を早め始めた。


「ああ、やめてよ!そんな乱暴な!!」


 男の蛮行にオドネルは抗議を入れる。しかし、男は耳を貸そうともせず、むしろ。


「何言ってンスか!!緊急事態何スよ!?アンタこそこの幌をひっぺすかしてスピード上げさしてくださいよ!!」


 などと逆に切れられてしまう始末であった。


「あんた、いい加減にしなよ…!!」


 そのあんまりにも身勝手な主張に、彼女も声を荒げて男に手を掛けようする。


---異音が聞こえてきたのは、まさにその時だった。


「ぁあん!?」


 声を荒げながら、彼女は幌の横を回り込み、異音がしてきた後方へ顔を向けた。そして、頭に上っていた血が一気に下がる、そんな光景を目の当たりにした。


 それは、始めはただ固められただけの地面の道につき物の、土埃であった。しかし、それは異様に高く巻き上げられており、だんだんと近づいてきている。

 そして、それはついにその正体をさらし、オドネルから思考と声を奪ったのだった。


『ブモオォォオォオオォオォオオォォ!!』


 辺りを覆うほどの土煙の元凶は、道幅いっぱいに広がる暴れ牛であった。付け加えると、男を恐慌状態に陥れている原因でもあるようだった。

 男はその凶悪な意思を持つ足音を聞いた瞬間、半狂乱になり、いっそう激しく鞭を入れ始めた。


 怒涛の勢いで迫ってくる暴れ牛の群れ。対してこちらは荷車に加え二人分の重量を牽く馬一頭。

状況は風雲急を迎えていた。我に返ったオドネルは、男に先ほどの男のように詰め寄った。


「ちょぉぉぉおっ!!なにさあれ?!」

「だから急いでっていったんじゃないスか!!アッシが追われているんスよ!」

「なんでよ!三十文字以内で説明しなさい!!」

「ちっーと縄張り横切っているときに、一頭の子牛の尻尾踏んじまったんスよ!わざとじゃないのに!?」

「よし、とっとと降りてほかの方に行って頂戴!私とばっちりもいいとこじゃない!??」

「いまさら何を!アッシがいなくなっても、憂さ晴らしにこの馬車も攻撃されますよ!?」

「ぐぬぬぬ!こんの疫病神め~~!!!」


   ***********************


 時は現在へ戻る。


 そんな土壇場における見苦しいやり取りが続く中でも、事態は止まることなく進んでいく。彼女たちは、それこそ死に物狂いで馬を急かし先を急いだ。二者の差は依然として危うい均衡を保っているが、彼女らはまだ牛たちの先にいることができていた。

 しかし、人生悪いことは重なるものであり、彼女らは、今まさにそいつに出くわそうとしていた。


 彼女らの必死の逃避行もだいぶ長くなってきており、街道の全工程を大抵の半分ほどのペースで突き進んでいた。日もだいぶ低いところに移動してきている。

 疲労も刻一刻と蓄積している中、後方を気にしながら前方に逃げ道を探していたオドネルは、その視界にひとつのものを捕らえた。それは、街道の道幅いっぱいの縁にしかれている縁石のうち、ひときわ高いものであった。それを確認した途端、疲労の中で悪くなっていた顔色が、更に青くなった。


「……ああ。もうお終いよ。もう死ぬんだわ、私。借金も残っているのに……。遺体は借金の肩に人体実験にまわされるんだわ。なんて死者への冒涜かしら。」

「ちょっとカメさん!いきなり諦めて物騒なこといわんでくださいよ!?」

「いいえ、お終いよ。あのでかい岩は城下への道のりをあらわす物。もうそんなに遠くなく城壁が見えてくるわ。もう行き止まりな上に、中に入れたら重罪でしょっ引かれるわよ…。」

「そ、そんな…。」


 オドネルの説明が終わり、二名の間に沈黙が訪れる。


 暴れ牛の嘶き、馬車馬の荒い息づかい、蹄鉄の奏でる地響きがその行間を埋め立てる。荷車からも怪しげな軋みの音が聞こえてくる。


 光量少なくして暗くなっていく前方を凝視する二人。


 そして…。


「…ふっー。……仕方ないわね。」


 オドネルが、どこか諦めたように、だが、何か覚悟を決めたような表情を浮かべながら、深く息を吐き出した。



「ね、《ガラタ工房》ってメーカー、知ってる?」


  つと、オドネルが口を開いた。


「いきなり何スか!?こんなときに、知らないっスよ!!」


「そ、最近カタログにも載るようになったんだけどな。…なら今から知るわけだ!運がいいね!!」


 オドネルは、口を動かしながら、片手でその身にまとったポンチョの中を、何か確認するようにまさぐっている。


「だから何を…って、アンタいったい何を!?」


「デモンストレーションよ!手綱お願いよ!!」


  言い捨てざまオドネルは、空いている方の腕で幌に取り付き、一息に体を屋根の上へと投げ出した。


 走り続ける荷馬車の屋根のうえは、やはり不安定で、オドネルは体を投げ出すようにして幌の上に張り付いた。そのままズリズリと後ろの端まで這い進む。

 辿り着くと、今度は右手で幌を掴み、下半身を前に引き寄せ、左足を前に片膝立ちの体勢に移る。その間 左腕は、背中に回され、ポンチョの中を探っていた。

 眼前には十数頭からなる暴れ牛の群れが、道幅いっぱいに広がり追いすがって来ている。


「……大分来ているわね。こんなの町に入れたなんてこと知れたら、もう外を歩けないわ。」


 そう愚痴るも、ただ見てあるだけでは、そんな未来予想図が実現してしまうわけで。

 彼女は、少し俯き、ソンブレロの鍔の向こうに暴れ牛の群れを押しやり、フーッと息をつく。同時に、首を一つ、コキンと、鳴らした。


 そうして、再び顔をあげ、迫る驚異を視界に入れ、声を張り上げた。


「さあ、あなたたち!間抜けが怒らせたのは謝るわ‼でも、ここから先にいかれると困るのよ‼大間抜けは後で郵送して送ってあげるから、ここは大人しく帰って頂戴!!」


 そう、一息に捲し立てる。御者台から何やら抗議のような声が聞こえたような気もするが、ひとまず気のせいだろう。

 しかし、相手は言葉を介さぬ獣であり、ましてや頭に血がのぼっている状態。端からそんな言葉一つで納められる相手ではなかった。


「……そ、残念。」


彼女としてもそこまで期待していたわけでもないのか、止まる様子のない行軍を一瞥してから、背に回していた腕をゆっくり引き抜いた。


 今、彼女の手には一つの武器が握られている。

 その形状は弓と酷似していたが、しかし、 どこかが違った。

 

 本体は通常の弓よりやたら太く頑強であり、弦も釣られるように太い軸の物が使われている。もはや、矢じりをつがうことも困難に見える。だが、殊更違和感があるのは、他の部位にあった。


 第一に、弓の先端は、本来なら正面から縦一文字に見えるフォルムが、なんと上下とも右側へと曲線を描くあり得ない形となっている。

 第二に、ピンと張られた太軸の弦は、中間地点(矢じりをあてがう場所)へ、これまた本来はあり得ない、皮で作られた弾込めが用意されていた。


 この弓として役割を到底果たしそうもない武器は、だがしかし、彼女がこの仕事を始めたときからの愛用の一品であった。

 その名も゛弾弓ダングウ。アジア地域において実戦にも用いられた民族武器である。


 さて、彼女は体の前にそれを突き出した後、今度は右手を ポンチョの中へいれ、プチプチっと、何かをむしるような音をたててから、それらを引き出した。

手の中には、シロツメグサ、俗に言う三つ葉のクローバーを模した厚目のブローチが3つばかり握られている。


「引き下がらないなら、少~し痛い目に遭って貰うわよ!!」


 彼女は右手に取ったブローチを、迷い無く弾込めへあてがい、巻き込むように握り引き絞る。

ギリリと、弦が張り詰めた。



  射的体勢を維持しながら、オドネルは、あらかじめ辺りをつけていたいくつかの地点の一つへ狙いを定め、躊躇なく右手の弾薬を解き放った。 三枚まとめて放たれたブローチは、空中で弾けるように切り離され、横一列に並び標的へ向かう。

  第一射を射た後も、彼女は休むことなく次弾を取り寄せ、第二、第三射と続けて放つ。

  それらは、猛り狂う群れの全体をカバーするように放たれ、多くの獣たちへと襲いかかっていく。

  そして、ついにその一陣が標的を捕らえた。


  カンっと、乾いた音をたて、それらは角、あるいは、額ととかく頑丈な部位へと突き刺さった。辺りが、シンと静まり返ったような錯覚に捕らわれる。

  しばし、無音の時が過ぎる。


  ……過ぎる。


  ………過ぎる。



  〝そして、オドネルの残心がゆっくり解かれた後にも、ついに何も起こらず、緊迫した時間は過ぎ去り、また何も変わらぬ空間へと引き戻された。〟



「ち、ちょっと!?いったい上で何やってんすか!?もう、馬もヘトヘトになってるっすよ!?」


  男の焦りに満ちたがなり声が聞こえてくる。

 しかし、それでも尚、彼女はじっとしたまま、撃ち込んだ弾薬の行く末を見つめていた。


「焦らないで、もう少しでこの騒ぎも終わるから!」

「いや、んなこと言われても……って!!」


  荷馬車に、硬い衝撃が走る。もはや、この追いかけっこも終わりへと近づいているようだ。

  獣たちは獲物を仕留めんと、猛烈な勢いで近づいてくる。男の目にも、もうだめだと、諦観の色が浮かぶ。そんな中、オドネルは、風に煽られたソンブレロを気にして、深く被り直している。

  鋭い牛角が致命的な位置で接触するまで、後僅か……。


  ただ、突き刺さったままだったガラクタに変化が起きたのは、丁度その時だった。


  パキッ!甲高い音が辺りに響く。直後、全てのブローチが放たれた順番に、次々と緑色の煙を吹き出し始めた。

  瞬く間に辺り一面が煙に包まれる。


「よし、成功!そこの黒助!手綱を右にきって!!」

「へ、あ、えぇ!?りょ、了解!?」


  何かほしかった効果が得られたのか、オドネルは、御者台にいる男に指示を飛ばした。自身は、そのまま屋根の上で後方の監視を続けている。

  指示を出された男は、わかったのかいないのか不明瞭な声を出しながらも、慌てて手綱を握りしめた。


  二人がそれぞれに対応している間、闘牛たちは視界を埋め尽くした煙に、しばしその歩を緩めるも、未だ危険な速度で暴走を続けている。……様に見えた。


  しかし、そこにははっきりとした変化が現れていた。


 〝グモォオオ、オオォォォ〟


 何やら、猛る嘶きのなかに呻き声のようなものが漏れ聞こえてくる。それは、射線上にいた群れの端から徐々に全体へと感染するかの様に拡がっていった。

 程なくして、群れは先頭から足がフラフラとおぼつかなかくなり始めた。

 オドネルはその様を見ながら、獣たちへ、もしくは、前の男へ聞かせるように呟いた。


「効くでしょ、ガラタ工房謹製〝緑青〟。常人なら五分で膝をつく強烈な臭気。今に先頭の個体から力が抜けて、将棋崩しになるわよ。」


 そこから左手に掴んだ弾弓を突き付け、今度は高らかに口上を述べあげた。


「頭が冷えたらもといた場所に帰りなさい!運送屋のお姉さんだって、怒ると怖いのよ!!」


 そのまま高笑いでもあげるかの如く勢いであった。


 さて、一方手綱を任された黒装束であるが。


「ええと、右!右だな!?……右ってどっちだっけ!!?」


 盛大にパニックへ陥っていた。


「か、亀さん!右ってどっちでしたっけ!?」


 振り返りオドネルへ急ぎ尋ねる。


「はあ!?左右もわからないの!?落ち着きなさい!右はお箸を持つ方よ!!」


 さすがに予想しえなかった問いに、焦りながらも答える。男もその答えに納得して前に向き直す。


「なるほど、お箸の方か!」


 男はその分かりやすい答えを信じ、おもいっきり手綱を引いた。

 そう、おもいっきり、〝左〟へと。


「って、キャアアァ!?何で左に?!そっちは茶碗持つ方よ!!」

「いや、自分左利きなもんで!」

「知らないわよ!お箸持つ方って言ったら世間では右を指すのよ!!」


 やいのやいの。二人が焦りの最中騒ぎ立てる。それでも時計の針は回り続ける。

 車体が大きく揺れる。左方に進路をとった荷馬車は、もつれる巨体の前面を掠めるように突き進んだ。


 道の端まで十数メートルを危うげに通り抜け林へ飛び込んだのと、群れの先頭が崩れ落ちたのは、ほぼ同時のことだった。


「た、助かった……。」

「ほんと、なんでこんな目に……。」


 林へ逃げ込んだ荷馬車は未だ勢い良く走り続ける。その上では、二人が窮地を脱した安堵からへたりこんでいた。


 本来ならこのドタバタ劇はここらで終幕を迎えていたのだろう。だが、笑いの神様はよほど興がのっていたのだろう、最後までチョコたっぷりとでもいうように困難を仕込んでいた。

 彼女らの前に、文字通り壁が立ち塞がったのだった。


「……ん、ん!?ちょっと亀さん、前、前!!」

「何よ…って、あ!?し、しまった!林の向こうはすぐ市街の城壁だったわ!すぐに止めて!!」

「合点!……あれ、手綱が放れていくような?」


 男は手綱を引こうと手の内にある綱を握り直すが、綱は力を入れていないにも関わらず張りを増しており、しまいには…。


「のぉ!?お馬さんが逃げて!?」


 つながれているはずの馬が、拘束を外し一目散に脇へと抜けていった。


「こ、こんなときにクランの逃亡防止の調教成果が……!」

「なんで!?てか、と、止まらねぇ~!!」

「へ~ん、もう嫌~~!!」

「南無三~~!!?」


 制御を失った馬なしの荷馬車は、勢いも殺せず走り続ける。もはや泣けど喚けど変わりゃせぬ。悲鳴も虚しく虚空へと吸い込まれ、後には、無惨な結果だけが彼女らを待ち受けていた。


 〝どんがらがっしゃ~ん!!!〟


 ーーー沈む夕日が橙色の灯りを投げかけるなか、堅牢な城壁の前には、哀れ失意を抱えのたまうばかりの木片と化した残骸と、死に体の二匹ばかりが浮き彫りとなっていた。






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