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曰くつき探偵 秋山翔子―徘徊する者―  作者: ミスターハボック
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四話:同族嫌悪

  9月27日(土曜日)

  時刻18時01分


「またここに来るなんてね」

 逢魔が時になった頃、大悟から連絡を受けた翔子は、単身で日向夫妻の捜索へ黒峰山に訪れていた。始めは夫妻の身辺を小一時間調べていたのだが、幸江に聞く前の大悟の例に逸れず、情報は得られなかった。そこへ朗報というべきだろう、連絡が入った。そのためにここへ来たのだが、気が乗らずにいた。

「―――ったく、何だってこんな場所選らんだのよ」

 入り口付近から既に真っ暗であり、直感で体が山に入るのを拒んでいるのが、よく分かる。こんな時間帯で行くというのだ。誰でも嫌がるに決まっている。

 それでも彼女は、退くことをしなかった。

 約束した以上は務めを果たさなければならないと、自身のプライドが許さないのだ。

「よし、さっさと見つけて引き摺って、そして帰ろう」

 そうして言葉にしたものの、一日では無理がある。ただの喝を入れるだけの行いであるため大した意味はないが、何もしないよりはマシというものだ。


この山は、昔から不吉な出来事が起きている。翔子がそれを知ったのは、ネットサーフィンで見つけた、あのオカルトサイトでだ。そこは『黄泉の集い』というサイト名だった。       

 サイトでの情報によると、人間関係に疲れた者や、社会から逃れたがる者、生きることに希望を見い出せなくなった者が、多く集まってくるようだ。年代は二十代から三十代の若年層が多いが、平成に入ってからは十代の若者も増加してきているらしい。自殺する手段は、首吊りが最たるものであるが、刃物や飛び降り、餓死によるものも多い。

 それから、ここで死んだ遺体に関しての情報だが、腐敗を起こさない死体が出てきたのは二ヶ月前に発見したものが初めてであるらしい。それまでは通常通りに腐り、白骨化していくものだけだったようだ。

幽霊が現れるといった心霊現象が報告された例が幾つも散見されたが、それらに関してはどうにも胡散臭く感じられた。だが、それらが嘘である確証など持てないし、用心するに越したことはないだろう。

 その一方、不吉が囁かれるようになったのは昭和の後期、四十五年からであった。正確な異変発生の日は不明だが、終戦から二~三ヶ月くらいの時であるらしい。黒峰山は戦時中に防空壕として利用されていたようなのだが、山中から見つかった遺体の数は二百人近くに上ったらしい。肝心の死因は何であるかというと、そのほとんどが集団自殺とされていた。

 理由としては、現場に不発の手榴弾、血に塗れた短刀類、日本製とアメリカ製の拳銃が彼方此方に散乱していたことが取り上げられる。これについてもより詳細な情報がなく、掲示板では集団での心中説が有力となっていた。こうした背景だけでも不安要素がダダ漏れなのだが、一番懸念しているのはこの山の地質と地形だ。

 過去に火山の噴火で溶岩が流れ込み、その上に木や草、苔が被さってきた。その結果、足場の凹凸と段差が激しく、苔のせいで足元が滑りやすい。木は針葉樹が半数を占めているが、広葉樹も入り混じっているおかげで日差しが多く遮られ、昼夜問わず逢魔が時に近い暗闇が広がっている。場所によっては昼間でも灯りが要るほどだ。

 身を隠すには最適といえるが、代わりに迷い易く、事故に遭う可能性が高い。少しでも足を踏み外したあかつきには、小さな崖もたくさんあることだ。死ぬことだって容易なはずだろう。

劣悪な地形、陰惨な歴史、集められる自殺者達。世間にはあまり知られていないが、ネットの間では知らない人などいないほどの、曰くつき名所だ。

 懐中電灯を握りしめている翔子は、辺りを隈なく見回していた。夕方から夜へと差し掛かっている日だが、この山ではとっくに月明かりのない夜となっている。

 今日はあくまで下見の予定であり、本格的な捜査は明日からと決めている。長居をする気はない。

「あー、気持ち悪い」

 この山の空気はいつ吸っても気分が悪くなる。有毒物質を吸っているのではないかと思うぐらいだが、毒物を放出している物は存在していない。

 これは人の死んだ場所が漂わせる、独特の空気によるものだ。そこに立つだけでも悪寒が全身に走り、どこからともなく気配と視線を感じ、あとは頭痛や耳鳴りが起き、体が重くなるなど。

 それらの体に来る異常に翻弄されつつ、山の中を歩いていく。遊歩道が設けられてはいるが、やはり足場が不安定であることに変わりはない。踏みつけた苔に何度も転ばされそうになる。ここで走るなんて真似をしたら、どうなることやら。

 遊歩道のすぐ脇を見れば、二~三メートル程度の小さな崖もちらほら見つかる。こんなものがあるせいで、ただでさえ死角の多い森林に余分な死角を増やしていた。そのおかげで時折、崖を降りてよく調べる必要が出てくる。危険だと分かってはいるが、仮に失踪者がいたとしてそれを無視してしまったら、かなりの面倒を被ることになる。

 だからこそ、嫌でも降りなければならなかった。緩やかな坂を見つけて下降し、坂が急で滑り易ければ丈夫な木の根を掴んでいく。

 そんなことを繰り返して、翔子は入り口周辺を捜索していた。


 時刻は一九時十二分を回っていた。進展は当然ない。

 たった一日目、たった二時間程度で見つけられるわけがなかった。無意味に上り下りの運動を休憩もなく続けた肉体は、筋肉組織を痛めつけていた。息も上がっており、翔子はベンチ代わりになりそうな岩場に座り込み、大きくため息を吐いた。

 今更ながら、馬鹿らしいことを約束したものだ。以前ならあのような状況になっても商談を進めることができたのだが、彼が相手になった時は感情に押し負けてしまった。それが今になって、金にもならない重労働をする破目になっているザマだ。

 思い返せば、初対面の時から仔太郎に嫌悪感を抱いていた。その時は単に、昔の自分の姿が重なって見えただけで何も考えようとしなかったが、改めて考えてみれば同族嫌悪ではないか。

 中学生時代、翔子は仔太郎と似た眼つきをしていた。学級内での生活は苦痛にしかならず、授業や学校を放り出して街中を当てもなく彷徨うのが、日課になっていた。

だがそのくせして勉強は人一倍でき、運動面でも高い能力を発揮していた。そんなことになっていたからこそ、彼女は周囲の生徒から疎まれるようになっていた。

 始めはただ無視されるだけで、何もされはしなかった。無視されるのは別に気にしていないため、穏便に済むと思っていた。

 そうして、無視しても対して痛くないというのが分かると、今度は背を向けている時に肩を指で突かれるようになった。

 これが彼女には気に入らなく、その度に何度も怒声を上げたのだが、周りはしらを切っていた。その中でふざけて笑っているのがいたが、それは体育会の男子だった。

 背中から突かれるのが嫌いだと分かった連中は次に、物への悪戯に手を出した。それも気に入らなく犯人を捜したが、やはり見つからなかった。目の届かないところでやられては、どうしようもないのだ。

 ただ、ある時に翔子は私物が荒らされている場面を見つけることができた。授業を抜けた時、そのままるサボる振りをして、犯人を突き止めようとしていたのだ。その時の授業は国語だった。

 犯人の姿が確認できると、入り口付近の廊下に画びょうを撒いて逃げ場を無くした。そして彼女は血に飢えた犬のように走り出し、道場から持ち出した木刀で殴り掛かった。狙った部位はこめかみだ。

 犯行を行っていたのは野球部と柔道部、テニス部に所属している男子達だ。全員で五人いた。その中で一番強いであろう、野球部の男子生徒からこめかみを打った。

 今まで悪戯を無視していた生徒は、彼女の凶行を見て教室から逃げ出すが、廊下に撒かれた画びょうに転ばされたのだろう。ドン、ドン、と倒れる音がいくつも響いた。その時には退路を自分達で塞いだはずだ。あとで判明したことだが、中には針が突き刺さった者もいた。

 教師の応援が来るまでの間は、気が済むまで丸腰の憎い相手を滅多打ちにした。

 女子が運動部の男子に勝つ時点で凄いが、一番驚かされるのはズバ抜けた攻撃性と、徹底された計画、良心の呵責の無さだ。

 時間に余裕があったのなら、翔子は教員を含む、クラスメイト全員に木刀で直接殴るつもりだった。彼女からしてみれば、視界に入った者は例外なく敵と認識していたのだ。

 そんなことをしていた自分の目は、時が経つに連れて生気を無くしていった。生きてても楽しくないと感じ、他者に対する一方的な憎悪が思考を塗り潰していった。

 その時には、無関係な人間に噛みつくまで人格が凶暴化していたが、こんなことになった大元はもっと別にあった。この件では再発を起こしただけであり、これでもまだ良い方なのだ。

 こうした経験があったせいで、仔太郎と同調をしてしまう部分があったのだろう。だがいくら似たところがあるといっても、決定的な違いがあるために、全てを重ねるような真似はしなかった。

 きっと彼は、まだ最悪の手段を取っていないだろう。後先などどうでもよく、それを分かってて実行した自分とは、違うのだから。

「馬鹿馬鹿しい」

 ガラにもなく感傷に浸っていた彼女は、携帯の時刻を見た。気づけば十九時三十分を上回っていた。

 これ以上の捜索は危険だ。

 事務所に帰ろうと、出口へ足を進めようとした時だ。

「……ん?」

 急に喉の渇きに襲われた。ウエストポーチに閉まっていたスポーツドリンクを一口、乾いた喉へ流してみるが、まるで効果がない。

「おかしいな」

 さらに飲んでみるが、やはり渇きは癒されない。もっとおかしなことに、今度は足場が小刻みに揺れ出した。奇妙に思って足元を見ると、自分の足が震えていた。

「……おいおい、何だこれは」

 悪いものを口にしたのだろうか。記憶を探ってみるが、甘いコーヒーを口にした以外は見当たらない。

 まさか糖尿病でも発症したのだろうか。

「この仕事が終わったら、検査でも受けてみるか」

 肉体異常に四苦八苦しながら山を下り、初日の捜査は終わりを告げた。


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