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曰くつき探偵 秋山翔子―徘徊する者―  作者: ミスターハボック
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三話:混乱

2014年9月27日(土曜日)

      時刻16時30分

無償の商談が片づいて以降は、翔子を除く三人が事務所に取り残された。

 彼女は、自分一人で両親を見つけると終始意地を貫き、ロクに話しも聞かず捜索へ出て行ってしまった。どこかの山か林にいるかもしれないという、目的が判明していない状態でだ。

「あの人、本当に大丈夫なんでしょうか」

 幸江は心配そうに呟いた。出発時の翔子の表情を思い浮かべる。

 仔太郎の煽りを受けてから、眉間から瞼の周辺まで深い皺が寄っていた。

 それはまるで、攻撃性を露わにしたドーベルマンだ。普通の人間にあそこまで凶暴な表情が、果たしてできるのだろうか。

 そもそも彼女は、本当に探偵という職業に就いている者だろうか。

「あぁ、大丈夫。何も心配しなくて結構。あいつ、仕事はきっちりこなすからな。すぐ見つかるさ」

「ええと、はい。だといいんですけど」

 幸江は不安で仕方がなかった。何しろ提供できた情報があまりにも少ないのだ。ただしその情報は元々仔太郎が保有していたものであり、自分にできたことは彼の異変を発見した時刻と、住所と電話番号の提示だけだ。

 顎に人差し指を当てて、大悟は口を開け情報の再確認を始めた。

「さて、あいつがいない間にもう一度事実確認をするか。九月二十二日の月曜日、一六時頃の段階では寝たきりの父が居て、母はどうも外出してるらしく、車は無かったと。その時の坊やは丁度夕食を買いに行くとこだった。家に着くまでの出来事は無関係だから、除外するな。そういうわけで一七時四五分、自宅から帰ってみると両親が居なくなっていた。父の車はあったが、妻の車が無いまま。玄関にはなぜか、木の破片と乾いた土がタイルに積もってた。それから三日間に掛けて坊やが単独捜査をしていて、やけに外出しているのが気がかりになった吾妻ちゃんが確認を取って、今に至る。坊や、これで間違いない?」

「はい、間違いありません」

 仔太郎は無表情で頷いた。随分な長話を彼は、しっかり聞けていたようだ。低く小さな声音だったが、迷いは感じられなかった。

 再確認したところで大悟は頭を捻り、思考を巡らせた。

「しかし木屑と土ねぇ。場所はどこか自然のある場所――。写真を見た限りじゃ、公園のものじゃなさそうだ。腐葉土と木の節が多すぎる。ざっと考えて山か林のだな。それに小さいが石っぽいものもある。ていうと溶岩のあるところか。おまけに乾き切ってない状態ときたか。そんなものがあるなら、足跡の一つぐらい出来ててもおかしくないよな。なあ、足跡はどこかになかったか?」

聞いてみると、仔太郎は「いいえ」と短く言った。

 不自然だ。自然物のある場所に行ってきて靴に付着しないわけがない。土を落としてきたなら納得できるが、どう見ても手掴みで盛り塩状に積まれた状態だ。それにわざわざ玄関のタイルへ置く意味が分からない。なによりも両親に、こんなものの採集趣味があるとも思えない。それについても聞いてみるが、やはり脈のある返事はなかった。

 大悟は写真に写った家の異物をじっくりと見つめ、要領を得ない答えを導き出した。

「ダイイング・メッセージみたいなもんなのか?」

「―――っ!」

 そう言った瞬間に、仔太郎の表情が豹変した。

今までポーカーフェイスを気取っていたのだろうか、彫像のように動かなかった顔は、不安と恐怖で染められている。眼球は大きく震え、全身が震えていた。呼吸も荒くなっている。

「あぁ、悪い悪い。言い方が悪かった。正しくは見つけてくれって、サインなのかしれないと考えてだな」

「サイン……見つけてくれ?」

 安心させるはずが、余計に煽りを加えてしまったらしい。

「仔太郎、落ち着いて」

どうしようかと考えている内に、幸江が彼の肩に手を掛け呼び掛けていた。余計な刺激はしまいと、しばらく沈黙状態が続いたが、次第に落ち着いてきていた。

悪いことをしたと思った大悟は、二人分の飲み干されたマグカップを持って立ち上がった。

「いや、悪いね。新しい飲み物を淹れてくるわ。リクエストはあるかい」

 子供達は少し考えたあと、それぞれ答えてきた。

「私はさっきと同じコーヒーを」

「ミルクティー。お願いします

「あいよ」

 注文を受けた大悟は給湯室へ向かい、ブラックコーヒーとミルクティーの準備を手早く

進めていく。

翔子とのやりとりを思い出し、情報提供の手際の良さを見て分かったのだが、あの少年は頭がキレる。特に、写真の撮影を行った時刻が発見してすぐである辺り、異変に対する察知能力も高いだろう。

情報処理の速度も速く、頭脳面が発達しているために、あのような状態を招いてしまったのだ。

だが、一番の要因は両親に対しての感情だろうか。親には相当な思い入れがあると見て、間違いないはずだ。

「あーあ、早く見つけてくれねえかなー」

 家族と親しい者の相手をするのは苦手だ。

 大悟は家族らしい待遇を受けたことがなく、それがどういうものかを経験したことがない。その手の話題が来ると、いつも話を逸らして逃げている。

 またその話題を振られないようになることを祈る。

 思いふけりながら淹れ終えたマグカップを手にし、玄関フロアに顔を出す。

「おまたせ」

 今度淹れたものは両方、氷で冷やした飲み物だ。気分が高ぶっている時に飲ませると、落ち着かせる効果があるらしい。

カップを二つ置いたあとに飲むよう勧め、幸江と仔太郎が飲むのを確認し、大悟は再び椅子についた。

「さぁて、続きを始めようか。といっても、少し話題から逸れるけどな」

「え、さっきの続きは?」

それを疑問に思ったのか、早速仔太郎が口を挟んできた。

「あれはあくまで仮定だし、考えても埒が明かないからな。まずは分かってるところから埋めてく。それでなんだが坊や、行方不明になる前に、親父さんか奥さん、山とか林に行ってなかったか?」

「いいえ、行ってなかったと思います」

「じゃあ、靴に土の跡とかは?」

「……あ、そういえば」

「なにかあるのかい」

 手がかりがすぐにでも欲しいこちらとしては、たとえ小さなものでも見逃せない。

 仔太郎は情報を引き出すように、ゆっくりと言った。

「以前に父さんが、玄関前に立たされて怒られていたのを思い出して。その時に『家に入る前に土を落とせ』って、母さんが言ってました」

「ほう。それを見た日付は分かるか?」

「九月二十日です」

「失踪した日の二日前か。どこに行ってたかは聞かなったかい?」

 それを聞くと、彼は俯いて答えた。

「すみません。聞いていられなくて、立ち去ってしまいました」

「そうか」

 聞けるだけのことは聞いたため、別の問題に取り掛かる。次は所在調査において、最も重要なものだ。

「坊やは失踪した日の翌日から捜査を始めたそうだが、目星はあったのか?」

「玄関にあったものを見て、近所の山を探していたんですが、やっぱりいませんでした。父さんの会社の人に聞いても、母さんの働いてたスーパーの人に聞いても、手がかりは……」

 人を探すにあたって、その人物が向かいそうな場所を知らずにいるのは致命的だ。これではどこを探していいのか、分からないで終わってしまう。

 打開策は無いかと模索するが、有効な手立てが出てこない。両親に電話、またはメールを送るという方法は既に終わっており、友人はいないかを聞いても全く分からず仕舞い。警察へ捜索依頼を出しても、取り合ってくれないときた。

そうして無駄な思考を回してる内に、大悟はもう一度土の写真を手に取る。落ち葉と木と腐葉土、それらの種類で割り出せないかを考えるが、生憎と学者ではないため分かるはずがなかった。

だがその中にある石ころを見ている内に、少しずつある場所が浮かんできた。

七月二日に向かったあの山。あそこは足場が非常に悪かった。覆い茂った苔の下には、写真のものと同じ、腐葉土と共にあった黒っぽい溶岩。それを写真のものと比較してみると、よく似ていた。

もしや、失踪者はあの山へ向かったのでないか。

そう思い至った大悟は、二人に背を向けた。

 失踪してから五日が経ち、その時点で生存確率が危うい。もし向かっていた場所があそこだとすると、最悪の状況が目に見える。あの山は明らかに普通ではない場所だ。

 しかも警察までロクに捜査しようとしない始末ときた。失踪した人物の捜索はこちらとて面倒と知っているため、心境は分からなくもない。だが仕事を放棄しているのと同じなのだから、憤りを抱かずにいられない。

 いつまでも同じことを考えてはいられないため、ひとまずは仮説を出した。

「二人とも、場所が割り出せた。母親は分からないが、たぶん父親はそこいる」

 その言葉を聞いて仔太郎と幸江は身を乗り出した。

「父さんが!?」

「本当ですか?」

「あくまで予想だよ。情報が少ないし、信頼性もあまりないから、当てずっぽうみたいなもんだ」

 今回の依頼は本当に面倒だ。母親のほうは結局分からず仕舞いであり、父親があの山へ向かったかもしれないとしても、いつまでもいる保障はない。仮に居続けても、果たして生きている状態かどうか。

そして今回は報酬が一銭も入らない。このあとに新たな仕事が来なかったら、給料は払われくなってしまうかもしれない。

だが、大悟にしてみればどうでもいいことだった。探偵の仕事ができる、それだけで十分なのだ。

携帯のアドレス帳を開くと、スマートフォンのディスプレイを滑らかになぞり、呼び出しのウィンドウを押した。

これから伝えるあの場所が、日向康彦の居場所と信じて。

「翔子、大悟だ。行き先の特定ができたぜ。場所はあの黒峰山だ――。」

 大悟はこの時、背後から仔太郎に強い視線を向けられていたのだが、それを察知することはできなかった。


 時刻十七時五十五分。

 大悟は幸江と仔太郎を家に返す時に、「このことは他言無用とするように」釘を刺したあと、黒峰山について調べた。

 黒峰山だけで検索をしてみてもマスコミの不正確な情報しか手に入らない。そのためオカルトや考察などのワードも含めて検索を掛けている。しかしどれも目ぼしいものはなく、あそこで死んだ者は肉体が腐らない、自殺の名所だ、くらいしか書かれていない。

 無駄話を延々と垂れているブログなども検索に引っ掛かってくるため、なおのことイラつきが出てくる。

 「クソ! 俺が知りたいのはお前らの駄弁じゃねえんだよ」

 普段は見せないようにしているが、大悟も翔子と対して変わらない短気だ。利益が出ると分かれば我慢できても、今のように無駄な時間を浪費するものに関しては、表に出しやすくなる。人がいない時は特に顕著だ。

 そんな彼の元へつい先ほど帰したはずの仔太郎が再び戻ってきた。不思議に思って聞いてみると、自分だけに話があるとのことだ。

 対して利益が出そうにないため気乗りはしないが、あのまま延々と睨めっこをするよりマシだった。

 それでいざ耳を傾けてみると、早速あれについて突っ込まれた。

「黒峰山について。なぜ詳しく教えてくれなかったんですか」

 分かってはいたことだが、騙し通せるはずがなかった。「ただの仕事先で向かったことのある山だよ」と言って納得したのは幸江だけだった。その彼女も多少疑ってはいたが、そこはどうにか凌げた。

 追及を受けた大悟は少し黙り込むと、窓際にわざとらしく向かってぼやいた。

「さっきははぐらかしたけどさ? 本当のこと言ったら、坊やきっと泣くよ」

「泣きません。本当のことを話してください」

「どうだかね」

 駄目だしをすると彼は、口調を強めてきた。

「知っているんですよ。黒峰山について、携帯で調べました。自殺の名所、だそうですね。探偵は依頼主に対して、得た情報を開示、報告しなくてないけないはずですよ。それがなんであっても、です」

「……よく知ってるな。それも調べたか」

「ええ。それで、どうなんですか?」

「なにが?」

 とぼけた返事に対して、仔太郎は声を荒げた。

「ふざけるな! ――活動や情報の報告はどこの仕事でも必要なはずです。それをあなたは、怠って――。」

 尤もな正論を吐く彼の発言に、大悟はそれを遮って主張する。

「いいか坊や。俺達探偵の一番重要なことはな、依頼主を病ませないことにあるんだよ。もし本当のことを伝えて、坊やが精神が病んでもみろ。こっちは成果を果たせた気なんてしないし、依頼もある意味失敗だ。成果だけ出せても意味ないんだよ」

「嘘ですね。あなたはそんなことを考える人には見えません。自分にとって利益になることしか考えてないでしょう」

 そう言われた大悟は、窓から仔太郎に視線を向けて噴き出した。それからケラケラ笑い声を上げて、腹を抱えた。

「はっはっは。こいつはすげえ。俺の頭ん中が見えてんのか?」

 大悟の目元は瞼で細くなっており、いかにも意地の悪そうな顔が浮き出ていた。

 事実、この男の意地悪さはそのまま現れている。

「結論から言うと、そう正解。俺としては両親がどんな状態であろうが、そっちに送り返せればそれでいいんだ。そういう契約だしね? というか、この仕事できるんだったらなんだっていいよ。俺はさ」

「……もういいです。早く本当のことを教えてください」

 自分の内面を見て嫌悪している仔太郎を見て、大悟はからかうように答えた。

「オーケー、約束は守ろう。それじゃあ結論から言っちまうか。もう親父は助からねえよ」

「えっ?」

 合理的な思考とは恐ろしいものだ。尤もらしい可能性ばかりを思うために、非情な判断や決定を下すことに躊躇いがない。

 大悟はそうしたことをポンポン出すため、これまでに何度人を激情に陥らせたことか。

 自分でも数えきれないほどだ。

「あの山はな、一度入ったら簡単には出られないんだよ。遊歩道は消えかけで歩き難いし、昼でも滅茶苦茶暗くて似た景色がずっと続く。GPSを使えばまぁ、なんとか出ることはできるかもしれないが、電波状況が悪いせいで時々切れるんだわ。それのせいで俺達まで行方不明の仲間入りしそうにもなったな。ざっとこんなもんだ」

 大悟から開示された情報を飲み込んだ仔太郎は、その内容をすぐに理解して青い顔をした。

 その様子を見た大悟は、やれやれと両手を天に向けて仰いだ。

「だから言ったじゃねえか。泣くよって」

「泣きません。――情報が得られればそれでいいです。さようなら」

「おっと、待ちな」

 足早に帰ろうとする彼を、気まぐれで呼び止める。本当にただの出来心だったが、それを聞きたくなった。

「やけに親父さんのことを気に掛けてるようだな。そんなに大事なもんか? 家族って」

「なんですって?」

「いやね、分からねえんだよ。家族ってやつが。生みの親ってのは分かるし、くれた命に感謝するのも分かる。ただそこまで大事なもんなのか?」

「あなた、本気で言ってるんですか?」

 彼は信じられないと目で訴えかけてきた。

 いつも気まぐれで聞くことだが、なぜこんな反応をされるのだろうか。具体的な説明を求めても要領の得ないものしか返されず、結局分からず仕舞いとなっている。

 彼もやはり同じことを言うのだろうか。

「なにか、大切に思われているとか、感じたことはないんですか? あなたは異常ですよ」

「その『大切』ってのが分からねえんだよ。なんだそれは? 苦労して育成されるのが大切なのか? それとも泣いて抱きしめてくるのを大切っていうことか? それとも愛してるってのがそれか?」

「もう、やめてください。話しても無駄なのが目に見えます」

 やはり今回も駄目だった。

 大悟は納得することなく頭を掻き回し、翔子のパソコンが置かれたデスクへ足を運んだ。

 そして先ほどの続きをし、暗に帰っていい旨を示した。

「また来ます」

 意味が通じたようであり、仔太郎は静かに事務所をあとにした。

 扉が完全に閉じて姿が見えなくなったのを確認した大悟は、デスクへ足の乗せて天井を向いた。

「なるほどね。親父のことを相当気に入ってるのは分かったぜ。けどなお前、おふくろに関しては全く話が出てこなかったけど、そこのとこどうなんだろうな?」

 その時、大悟は笑うわけでもなく、怒るわけでもなく、無感情に言葉を並べていた。


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