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曰くつき探偵 秋山翔子―徘徊する者―  作者: ミスターハボック
2/5

一話:既視感

9月27日(土曜日)

時刻15時15分

    

 秋山翔子は怖い女である。目つきが鋭く、仏頂面で、愛想がない。体格は女性のそれとは見えず男性のものに近い上、そこら辺の男より力が強い。

 外見から想像できる人物像では『いつも不機嫌で、怪力持ちの怖い奴』といったところだ。実際のところ、あからさまなまでにその通りであり、関わり合いたくないタイプの人物だ。暴力団の人間と思われても何ら不思議ではない。

 そんな彼女の職業はというと、私立探偵。浮気調査や所在調査は勿論のこと、人物の信用調査、裁判に必要な証拠の収集調査など多岐に渡る。

 探偵業を始めたのは二十歳丁度からであり、現在は二十三歳と三年間この生業を続けている。収入はそれほど悪いものではなく、年収が一年目は三百万、二年目から六百万、三年目では八百万近く稼げた。今のご時世は酷いものであり、どこで働き勤めても年収が二百万も行かないというのはざらであった。

 彼女もその内の一人であり、以前は製造業のライン工として働いていた。だが低賃金と長時間の拘束と労働、残業と上司のパワハラに耐えかねて退職し、この職業に目を向けた。

 探偵業に就いた理由としては、復讐と八つ当たりを含めたドロドロした感情の捌け口を見つけるためだ。浮気、信用、身辺の調査は人間関係の悪化や破壊を促進させるのに適しており、彼女にとって気に入らない人物の排除には打ってつけだった。

 翔子の専門は、これらの私怨で動くものだが、他の調査を引き受けることも多かった。なにせ探偵業も楽な仕事ではなく、引き受けられる案件というのは存外に少ない上、競争率も中々高いのだ。そのため動ける時にはなるべく多くの依頼をこなし、少しでも稼ぐ必要がある。

 楽でないのはこれだけではない、この職業には会社勤めにはないリスクも、多く発生する。大金を稼げる案件は当然それ相応の困難と危険が伴い、安い案件に限っては見返りが少ない割に結構な重労働であったりもする。

 不満を零したくなる機会がいくらかありもしたが、現在の仕事にありつけて満足している。

 以前の職場では企業から身を拘束されて自由を奪われていたものだが、探偵になってからは自分自身で自由に考え、行動ができる。あそこにいるより遥かに良い環境であり、収入もそこより増えている。

 かくして彼女は、この職業にありつけて正解だったのである。

 時刻は十五時十五分、翔子はデスクに置かれたノートパソコンのスクリーンを見つめ、眠そうにニュース記事を眺めていた。自分で入れたコーヒーを片手に、世間話程度になる情報を目から脳へと送っていく。

 いつものことだが、目に飛び込んでくる記事はどれも芸能人の特集や対して役立たない政策の曲解紹介ばかりで、相変わらず面白みが感じられない。事件の記事や経済の動きを見ているほうが、余程マシと言えるぐらいにだ。

 まして、ゴシップなんてものに一体、何の娯楽性があるというのか。

 頭の中で押し問答を繰り返し、情報を呑みこんでいく。彼女はゴシップの記事を嫌う傾向にある。それらの情報を仕入れたところで対して得にならないことと、無駄なものとしか見ていないためであり、何よりも記事に載るような芸能人が例外なく嫌いだからだ。

 彼らの多くは嘘吐きだ。人前では一丁前に生い立ちと一緒で武勇伝を語るが、実際のところは対して活躍などしていなかったり、それどころか善人と思われていた人物が悪人であったという、表裏反転している者も少なくない。

 意地悪に説いてしまえば、口先だけの偽善者。翔子は過去の経験上で、連中をそう捉えている。

 牛乳と砂糖を入れた甘いコーヒーを飲みつつ、次々と記事を読み漁っている最中、翔子のデスクに丼とお椀が置かれる。

 赤い器の中には野菜をふんだんに使用した親子丼が盛られていた。親子丼の隣には味噌汁と非常に健康的な献立だが、それにコーヒーが加わるとなると些か微妙な組み合わせとなる。

「ちょっと、翔子さん?メシはちゃんと食って貰わないと助手として困るんですが」

 白のワイシャツと群青色のスラックスに身を包んだ青年がぼやいた。散切り頭が寝癖のように跳ねており、だらしない印象を受けるが、翔子よりかはしっかりしている。

 東条大悟というこの男は、先程の言葉通り彼女の助手を務めており、書類の整理や証言の記録、その他雑務全般を任されている。

 後述の雑務に関しては大悟が勝手に始めたことだが、翔子の雑務の仕方が大雑把であり見ていられなかった結果からきている。助手として務めるようになったのは翔子が探偵2年目に入ってからであり、それまでは彼女と同じ道を辿っていた。

 翔子とは高校からの同期であり、自主退職して無職となり、途方もなく彷徨っていたところを誘われ、探偵の助手として身を置くようになった。以来、彼女のサポートをすることになったのだが、業務外での苦労が絶えないでいる。

 それでも心労までには至らない程度であり、給料も以前勤めていた会社に比べればそこそこ良いため、不満らしい不満はない。強いていえば、だらしなさを何とかしてほしいだけだ。

 親子丼と味噌汁にがっつきながら、翔子は返事を返してくる。

「ああ、毎度どうも。あんたって律儀なものよね? 十二時にメシ食べる奴なんて、今の社会でどれだけいると思う。前にいた会社じゃ十四時過ぎにメシなんて普通だったよ。多少時間が遅れたって大丈夫じゃない」

「あんたが良くてもね、俺が良くないんだ。そして今はもうおやつの十五時だ。こんな時間でメシなんて夕飯どうするんだよ? 十九時とか二十時にメシを作れってことか、その時間まで待つのすっげえ苦痛なんだぞ」

「いや、それあんたがお節介焼いてるだけだろ。自炊ぐらい自分でやれるっての。鬱陶しい」

「どうせインスタントで済ませる気だろ?しかもそれ自炊とは言わん」

「馬鹿にするなっての、ご飯炊いて肉適当に炒めて食えばそれで十分でしょうが」

「やっぱ駄目だ、お前に健康管理は任せられん」

 仕事の話が来ない時は、いつもくだらない談議に花を咲かせて暇を潰す、そんな自堕落で自由気ままな生活を送っているが、二人からして見れば好ましくないのが現状だ。これが一週間、良くて十七日程度なら許容範囲内だが、それが一ヵ月近くなると辛くなってくる。その状態がずっと続いている今では、悲惨なことになっている。

 大悟と翔子はため息と悪態を吐き合うことしかできずにいた。

「にしても、仕事来ないなあ」

「かれこれ約三ヵ月は来てないわね」

「八月の収入はゼロ。給料を受け取っちゃいるが、いつか払われなくなりそうで怖いな。去年の売り上げは一体、なんだったんだ。一炊の夢かよあれは。酷いもんだ」

 大悟は月末に毎度、翔子から給料を手渡しで受け取っている。だがその額は常に変動する。二十七万より下にいくことはないが、五十万より上にいくこともない。平均的には大体三十~四十万辺りだが、仕事の無くなった二ヵ月分の給料は五十四万円丁度で最低額。

 中々に低い金額だが、事業主の翔子に比べればマシなほうであり、彼女自身が収益から収入として引いている金額は、たったの十六万だ。残りは全てこのボロ事務所兼、住居の維持費と道具費に回している。

「世間はあれで騒がれてるのに、こっちに回ってくる仕事が少ないのは納得いかないものね」

「あれ……? ああ、あの変死体か。どうしたらあんな状態になるんだろうな。―――ていうか、非公開だったのにバレてるじゃねえか。なにやってんだ、警察は」

「―――。」

 愚痴から打って変わり、穏やかでない話になった。

 事の発端は平成二十六年、今年の七月二日のことだ。黒峰山という田舎の山で十二体の死体が発見され、世間には非公開にされていた事件がある。これには秋山探偵事務所も一枚噛んでいて、行方不明者の捜索を依頼されていた。当然それを引き受け、多額の着手金と引き換えに十七日間の長期捜索の末に依頼された人物を発見したのだが、既に事切れた『酷い状態』の遺体だった。

 それが見つかっただけでも大きな問題だったが、事態の悪化はこれだけでは済まされず、遺体から少し離れた奥地にも同様の状態のものが見え、そこから先は悪夢の光景だった。

 見晴らしの良い奥地の広間、そこでは合計十一体の遺体が無造作に、まるで小石のように転がっていた。縄で首を吊った者、ナイフで首を抉った者、毒薬を盛った者と死に方は様々だが、ある事に関して、発見した遺体全てには完全一致する事実があった。


 遺体が腐敗を起こしていないのだ。


 なぜこのような状態になったのかは全くの不明であり、警察の鑑識や医療機関で解析を頼んだ。だがすぐにお手上げ状態と放置され、遺体は最寄りの病院にある死体安置所に放置されたままとなっている。

 ホルマリンなどの薬品で腐敗防止措置を取ったのではないかと薬品検査もされたが、自殺に使った毒物の苛性ソーダ以外は、何も検出されなかった。

 そもそも仮に腐敗防止措置を行ったのであれば、検死するわけでもないのになぜあそこに遺体を放置するような真似をするのか。何かしらの行為であったとしても、ただの不明且つ無意味な行動でしかない。

 あの不自然で不気味極まりない遺体は、一応自殺したものとして扱われたが、実際のところはっきりしていない。

 その後、この件は事態の重大性を考慮して警察側から非公開にされ、世間に漏れることはなかったはずだった。だが遺体が発見された四日後には、インターネットを通して世間へ情報が漏洩していた。

 翔子が暇潰しでネットサーフィンをしていた時に偶然目に入ったものであり、そこはオカルト性が強い事件に関して膨大なデータを蓄積していた、有名な掲示板だった。大悟のバレていたというのは間違いであり、実際はこの掲示板に情報を流した誰かによって一足先に発見されていた。

 身に危険が降り掛かることはなかったものの、二人は不気味な体験を脳裏に刻み込まれた。以来この話はしないようお互い黙っていたのだが、その約束は大悟によって破られた。

 変死体事件で五十万の収入を得られたのは良かったが、それ以降の収益は完全にゼロ。七月の五十万の案件一つだけを除き、八月と九月は、繰り返すが収入は無し。

 事務所の経営がそろそろ危なくなってくる頃だ。曰くつきの安物物件であるばかりに維持費が安く済んでいるのは、不幸中の幸いだろう。

「あーあ、いっそ変死体の案件がまたこっちに回ってくればなあ」

「仕事は欲しいけど、そいつはやめろ。どうせロクでもないものに決まってるわ、あの死に様」

 できることなら今後とも、死体を見つけるような調査を受けたくない彼女だっだが、現実は思い通りにならない。

 老朽化の進んだ玄関の扉が静かに開け放たれ、二組の子供が姿を晒した。

 一人は紺色のブレザーを着た、十代後半くらいに見える栗毛の少女。

 もう一人は、なんとも奇妙な出で立ちであり、赤色のパーカーから覗かせる顔には、白い髪に青い瞳をした少年がいた。二人揃って大人しそうな印象を受けるが、 少年には少女に比べて何か異質なものを感じる。

 目だ。

 少年の目には、生気が感じられない。言ってしまえば彼が持つ人格が、全て引き抜かれて人形と化したかのような。そんなふうに感じ取れてしまう。

 特に顔面へ打ち込まれた打撲跡や、それを隠すように巻かれた包帯が悲惨な状態を物語っている。

 嫌な顔だ。相手が子供ということもあってか、思い出したくもない昔の自分の姿が脳裏に浮かぶ。この手の相手は深く関わるべきではないと、経験と自論で判断した。

「あの」

「あ、はい」

 赤い少年の方へ気を取られていた翔子が間抜けな声を上げるが、すぐに気を取り直して応対する。

「秋山探偵事務所の方、ですよね」

 人は見かけによるというべきなのだろう、ブレザーの少女は想像通り大人しい人物であると見て取れた。

「ええ、私が秋山翔子よ。ここにきたということは、何かおありで?」

 むしろ用が無ければ此処には来ないはずだが、万が一ということもある。

「はい。人探しを、頼みたいんです」

「……誰をお探しですか?」

 どこかで見た既視感と共に、嫌な気を感じた。

「この子の、両親です」

 またそれかよ、と内心で毒吐く。

 二ヵ月ぶりに寄せてこられた仕事は何かと思えば、七月に苦い思いをした人探し、またもや所在調査だった。もしまた、あの変死体を見つけることになるかもしれないことを考えると、気分が鬱屈としてきて仕方がなかった。


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