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そして七月は焼け落ちる

この世界に神は二人いる。一方は人々の敬虔な祈りを無視して、未だに人前に姿を現さない神。もう一方は、人が人のために生み出した次世代のインフラ。世界各地の工場での生産調整から生活保護の供給、はたまた目の前の異性との相性診断まで。およそ求められる全てのサービスを供給するその「機能の総体としての神」を、人は「サリャーリス」と呼ぶ。


機能の総体としての神<サリャーリス>の予報によると、一週間後には小田原も梅雨があけるとのことだった。


久方ぶりの快晴に、昼下がりの街は少し活気づいている。期末考査期間のせいなのか帰りの早い女子高生たち。通り過ぎる彼女たちを、アイスキャンディーをかじりながら視線で追いかける他校の男子。暑さと湿度の中でも建設現場で休みなしで働き続ける機械人形(カラークリ)と、それを見上げる親子。

駅前通りに昔から続く食堂では、いよいよ始まった夏の高校野球の神奈川大会を旧式のテレビが映している。


「いやあこの時期は繁盛するね」


「あんたたち、この時期じゃなくても年がら年中ここで相撲なりなんなり見ているじゃない」


「まあ昔懐かしのパブリックビューイングってやつだな」


「何言ってんだ。あんときゃもっと画面がデカかったろ」


「失礼なこった。悪かったね、小さい画面で」


床が油でテカついている店内では、店員と客の軽口が飛び交う。客も店員も第二次焼け跡世代の老人たちだ。このご時世で酒と灰皿が机に乗っている様子からして、食堂というよりも地元の社交場と言った方が近いのかもしれない。


どこかからか聞こえてきた蝉の鳴き声に、老人の一人がはっと気づき、ぼんやりと店外の通りを眺めた。そして、彼はなんとなく初恋の人の名で検索をかけた。


一方老人の眺めた視線の先の通りには、蝉の声でふと歩みを止めた若者がいた。


「アブラゼミ、か……」


青年は懐かしさに駆られ一人ごちた。

彼は市内の大学に通う二回生で、実家も小田原にある。駅前通りも物心のついたころから利用している。時が経つほどに加速していく再開発に、一抹の寂しさを感じてはいるものの、彼はおおむね自分の故郷を愛していた。


今日も機能の総体としての神<サリャーリス>に行動を制御された機械人形(カラークリ)達が、頭上でせわしなく働いている。白く長い手足を器用に動かし、危険な建設現場において常に最適な動きと連携を取り続ける機械の少女達は、彼と目があったのを認めると微かに笑んで手を振った。青年は思わず手を微笑み手を振りかえす。そして、少し反省する。

なにせ、〈奴ら〉同様、機械人形(カラークリ)に感情などないのだから。だがそれでも、人の形と顔をもったモノに笑顔を向けられるといくらか気持ちがいい。


今彼の視界に入る建築物は、そのほとんどが機械人形(カラークリ)の手で建てられたものだ。機械によって建てられた建物たちは、しかし木材と緑に溢れていて温もりがある。壁面緑化の隙間に覗く淡い桃色の壁には蝉の抜け殻がしがみついていた。


彼はまた自然と微笑んでいたが、自分でもなぜ笑みが漏れたのかわからなかった。きっと、夏が近づいているせいだろうと、自分でもうんざりするような詩的なまとめをして、青年は再び駅に向かって歩み出す。彼は携帯端末(メガネ)に保存していた中学時代の写真を表示し、晴天の彼方に思い出を投影した。


どうしてか、夏はほとんど全ての人にとって輝かしい少年時代の象徴であり、微笑ましい回想の対象だ。梅雨の終わりが近づく今、人々は思い思いの記憶を抱きながら、夏めいた空を見上げる。


小田原駅の向こうにそびえる白い巨塔に積乱雲がかかっていた。その眺めに街を行く人々は郷愁と期待の入り混じった切なさを抱き、あまりの湿度に辟易としながらも、遠くの空の眺めが予感させる夏の訪れに少し浮き足立っていた。


ブルーシートを乗せてゆっくりと走る旧式の軽トラックも、どこか郷愁を誘う。

そこで、数機の輸送ヘリが青年の見る上空をよぎる。


「剣のマーク……?」


ヘリに注目すると、携帯端末(メガネ)には何も突き刺していない剣の紋章が表示された。つまり、輸送ヘリが連合情報軍隷下、無人化即応部隊の所属であることを示す。


〈人民の皆様。ただ今より特殊人為災害『アナフェマ』との戦闘が予測されます。ただちにカラークリの指示と補助に従い、退避してください。繰り返します。ただ今より……〉


街の至る所から発せられる警告。青年の携帯端末(メガネ)には文面化された避難警報と取るべき避難経路が映し出される。


青年の顔から一気に血の気が引いた。胸を締め付けるような恐怖に、脚が動かなくなる。

街中の機械人形(カラークリ)がいつのまにか作業を止めて新たな持ち場に移動している。ヘリが物資を投下していのか、一様に彼女たちは重武装されていた。


十代後半の少女の容姿を真似て設計された機械人形(カラークリ)は、その可愛らしい外見で人々を魅了する。人間であれば車載運用するような大口径の重火器。そのような火器の直撃を受けてもいくらかは耐えきれる追加装甲。これらの無骨な装備を身に着けてもなお、彼女たちは口元を覆わない。なぜなら、口元に残る少女性が、人間を操作しやすくするからだ。


 「橋本リョウ様、ご安心ください。我々が皆様をお守りいたしますので。ここは危険です。ただちに避難してください」


事実、うっすらとした唇から放たれる鈴の音のような人形の声に、青年は好意と安心とを抱き、指示に従おうと恐怖から意識を切り替えた。彼は駅とは逆方向に走り去る。


だが、突如、背後から轟音。


意識が中断され、思わず彼は振り向く。

視線ノ先には、土気色をした異形の怪物。

幾層もの甲殻に包まれた肉体は、死体のような土気色。身体を食い破るようにして背中や肩から突き出た甲殻類のそれに似た数多の脚。顔面は胴体同様甲殻で覆われ、口にあたる部分に空いた裂け目にやはり無数の脚が蠢いている。節足と甲殻に埋め尽くされた醜悪な外見の中で一際異彩を放つのは、本来右手のあるべき部位にぶら下がる不自然なほど巨大な鋏だった。


「アナフェマだ。本当にアナフェマだ……!」


アナフェマ。『特殊人為災害』と称されるその異形は、事実人間の成れの果てだ。彼らは己の苦痛を振り払うかのように、破壊と殺戮を撒き散らす。


〈戦闘を開始します。ただちに戦闘領域から避難してください〉


街中に響く警告。そして、機械人形(カラークリ)が怪物に向けて攻撃を開始する。25mm機関砲が轟音と共に火を噴く。空気を焼き切って進む砲弾が怪物に殺到する。重々しい甲殻をひしゃげさせた怪物に、上空の小型無人機が誘導爆弾を解き放つ。


爆発による空気の震えに木々が揺れ、緑化された壁面がさざめく。爆炎は衝撃に遅れて緑の壁に燃え移り、通りに面する壁が業火に包まれる。灰塵と砂煙、炎熱が通りに立ち込めた。


人々が逃げ惑う一方で、火柱と煙が立ち上る合間にも、機械の少女たちは砲弾を叩きこみ続ける。


しかし、この戦闘を目撃している人間に、少女たちの勝利を確信している者はいない。


「――――――――――――――――――――――!!」


咆哮とも悲鳴ともつかない絶叫がこだまする。


「くる――」


怪物の異様や戦闘の轟音に腰を抜かし、戦いを傍観していた青年が呟く。

その刹那、すぐ傍にいた機械人形(カラークリ)の首がコロリと落ちた。顔を失ったまま砲弾を放ち続ける人形の上に、巨大な蟹の鋏が閉じられていた。

間髪入れずに幾本もの股脚の槍が少女の外部装甲に叩き込まれ、瞬く間に胴体が刺し貫かれる。メキメキと胴体を蹂躙されていく内に機械人形(カラークリ)は制御を失い、ダラりと垂れさがった腕から銃が取り落とされる。


鋏と槍の根本、煙の晴れた爆心地に立っていた異形の怪物には、およそ外傷と呼べるものは何一つ付いていなかった。苦悶の絶叫と共に背中から突き伸びる槍と鋏が、次々と機械人形(カラークリ)に喰らいついていき、解体する。砲撃による損傷は受けたと同時に回復し、火勢が弱まるほどにアナフェマの攻撃の機会が増えてゆく。


槍の一本が、ビルに突き入れられた。それと同時に窓から人間の絶叫が漏れ出す。引き抜かれた槍の先端には若い女性がぶら下がっていた。腹部を貫かれた女性は酸素を求めるように口をパクパクと開いては、助けを求めて手を伸ばす。が、砲撃を止めて救出に向かう余裕は機械人形(カラークリ)側になく、助けに行く程の蛮勇を持ち合わせた人間もいない。もがき苦しむ女性に少しでも多くの苦痛を望むのか、アナフェマは決して最後の一撃を与えない。その場にいる誰しもが諦めの溜息をついた。


しかし、機械人形(カラークリ)たちは決して立ち止まらない。


一機の少女が女性に突き刺さる槍の根元を打ち抜き、救出に駆けた。その瞬間に槍と鋏腕が次々と襲いかかるも、少女は最小の動きで全ての攻撃を攻撃を躱してゆく。機械人形(カラークリ)の動きを操る機能の総体としての神<サリャーリス>が、アナフェマの攻撃がとる軌道の傾向を分析し、機械人形(カラークリ)の制御プラグラムを更新したのだ。そして、体構造の分析によって算出された「最適な砲撃」による支援が、ほんの数秒前まで存在しなかった救出するだけの余裕を新たに生み出す。


新たな可能性を切り開いたのは人工知能であり、切り開かれた道を歩むのは機械仕掛けの少女達。戦うための道具としては、人間はあまりに脆く無駄が多いのと同時に、戦いを操作するための頭脳としては、人間はあまりにも知性と即応性に劣る。現代における戦闘行為に人間が介入する余地はあまりに少ない。

 行動の最適化によって踏み出される機械人形(カラークリ)の進撃は、人間の存在価値を削り取る歩みだ。


アナフェマを眼前に捉えるまで接近した人形はそのまま流れるような動作で機関砲を構え、超至近距離からの砲撃を敢行。

 容赦なく襲いかかる砲撃の嵐はアナフェマに再生の暇すら与えず、異形の怪物の甲殻を確実に削る。

アナフェマの甲殻が完全に粉砕された隙を突いた後続の機械人形(カラークリ)が女性を拾い上げ、安全圏への搬送と応急処置を開始した。


他の機械人形(カラークリ)は車道を封鎖するように並び、砲門を一列に揃える。そしてアナフェマを挟み撃ちにするべく無人装甲戦闘車両が続々と到着する。双方の背後に乗りつけた兵員輸送車両からは、壁と見紛う程巨大な盾を握った機械人形(カラークリ)達が現れ、防壁を形成する。


「屋内にいても決して安全ではありません。我々が時間稼ぎを致しますので、その間に避難をしてください」


少女たちが街の人々に呼びかけた。彼女たちの声は、機能の総体としての神<サリャーリス>の福音だ。"連合"に住まい、神の恩恵を受ける全ての人間は知っている。彼らの神の言うことは、絶体に正しいのだと。

人々は一気に屋外へと逃げ出した。それと同時にアナフェマの再生速度と攻撃頻度が跳ね上がる。アナフェマは人間たちを貫き、切断し、生み出された死体にも執拗に攻撃を加え、原型を留めぬほどに損壊する。


絶叫を背後に走る青年は、振り向きざまに息を飲む。彼らアナフェマの絶望と憎悪は、ここまで深いのかと。


アナフェマは人間だ。この世界において、世に絶望し、内的なレベルで社会の倫理に屈服できなくなった「わるいこころ」の持ち主たちは、望むと望まざるとに関わらず異形の怪物に変容する。アナフェマのもたらす破壊と殺戮は、社会から爪弾きにされた追放者たちが撒き散らす、最期の嘆きなのだ。


走る青年の視界がグラつき、地面に倒れる。俯けに倒れたままに背後を見やると、根元から切断された右脚がアスファルトの上に転がっているのが青年の視界に入った。

覚悟をしていた激痛は不思議と感じなかった。青年は悲鳴を上げることもなく、姿勢を仰向けに変えてただぼんやりと空を見上げる。

夏めきはじめた青空に、眩しい太陽が輝いていた。


想像よりもずっと静かだった死の接近に、青年は何を叫ぶわけでもなく、空を見つめた。

だんだんと意識が遠のいていく中、青空を一筋の光が貫いているのが見えた。


青年はその瞬間、己の死を確信した。”奴ら”が来たのなら、絶対に無事ではすまない。と。


この世界で社会に絶望した人間は、皆怪物になる。



そして、この世界には、怪物と化した人間を皆殺しにする絶対的守護者が存在する。



大通りを薙ぎ払う爆音と閃光。機械人形(カラークリ)たちは一瞬で消し炭になり、逃げ惑っていた人間たちもまた血煙すら残すことなくかき消える。


通りに存在するのは、異形の怪物と、そして、二挺の巨大な八端十字架を両腕に携えた、甲冑の乙女。破壊と虐殺を伴って戦地に降り立った少女は、金色の鎧に身を包んでいた。両肩からは純白の翼が広がっていた。

彼女こそが、怪物と化した「わるいこころ」の持ち主の血肉の一片をすら絶滅する存在。ヒト社会の守護者。正義と博愛の絶対的担い手。



即ち、魔法少女である。



金糸のようにきめ細やかな長髪を風になびかせる碧眼の少女は、細身には不釣り合いすぎる八端十字架型の巨大な砲を構えて微笑む。


「我こそは光榮なる聖大致命者凱旋者のイコン、ゲオルギイ」


発せられた凛とした声。正教会の聖人の名を冠する彼女は、それに相応しく威風堂々たる立ち振る舞いで一歩一歩アナフェマへと接近する。


「アナフェマ。お前たちのような化け物を生かしておけるほど、この世の懐は」


八端十字を構える魔法少女(ゲオルギイ)


「――広くはないぞ」


戦闘開始の合図は、魔法少女(ゲオルギイ)による急速接近。風を爆ぜさせて直進する魔法少女(ゲオルギイ)。アナフィマは背中から生え出でさせた巨大な鋏腕の数々で迎え撃つ。その刹那、つんざくような音と共に再び閃光が放たれた。


ビルの壁面は溶解し、アスファルトは根こそぎ払われる。アナフェマの腕は蒸発し、胴体には巨大な風穴。またたくまに再生が始まるも、八端十字を鈍器のように振り回す魔法少女(ゲオルギイ)によって怪物は甲殻ごとミンチにされる。

怪物が抵抗の余地なく魔法少女(ゲオルギイ)によって一方的に嬲られているその様は、勧善懲悪というよりも「暴力」の一言に尽きる。


しかし、アナフェマも、ただ殺されて終わる存在ではない。

怪物は大きく後退し、魔法少女(ゲオルギイ)に対し距離を取る。


アナフェマの鎧の隙間から立ち込める澱み、あるいは瘴気。憎悪と絶望を煮詰めたような、ドス黒い光。


アナフェマが絶望に至ったその「類型」が、力として顕現しようとしている。


「『届かなかったもの』、か」


絶叫を撒き散らした果てに生み出されたものは、あまりにも、あまりにも巨大な三対の鋏腕だった。


それは、何物も掴むことのなかった、増長した自意識。

そして、純然たる質量による暴力。


30mを優に超える巨大な鋏腕を六本生成したアナフェマは、モーメントを無視するようにそのままその鋏腕たちを高速で振るう。ビルをなんなく切断し、また切れ味に依ることなく鉄筋コンクリートの支柱を打ち砕きながら走る攻撃は、人間の目視できる速さを超えていた。


巨大な地響きに遅れること一瞬。巨大な爆発音とともに建築物が爆散し、一つ一つが必殺の威力を誇る瓦礫の砲弾たちが街中に拡散する。拳銃で穿たれた人体のように、完膚なきまでに構造を嬲られ、喰らいつくされた小田原の街は、荒涼とした平地へと無残にも様変わりした。


遥か後方へ退避していた魔法少女(ゲオルギイ)は、その光景に心を痛めた様子を見せることなく、悠然と八端十字を構える。

なにしろ、彼女たち魔法少女には「こころ」が無いのだから。

無いものは、どうしたって痛まない。


「これで近隣のものは皆死んだか」


こともなげにそう呟くと、魔法少女(ゲオルギイ)は人形のような無表情をとった。こころのない魔法少女にとって、あくまで表情や身振りといったものは人間に対するメッセージであって、それ以外の価値は持たない。人間を畏怖させ、アナフェマへの憎悪を誘導し、社会の秩序を守る。それだけが彼女たちの振る舞いが持つ目的だ。


「――――――」


壊滅した街に、アナフェマの慟哭だけが虚しく響く。へし折れた街路樹に鳴く蝉は既に無く、すぐさま静寂が立ち返る。


空を裂くアナフェマの攻撃も、空を焼く魔法少女(ゲオルギイ)の攻撃も、最早大きな破壊をもたらさない。ただ空虚な暴力だけが振るわれ、その度に轟音が撒き散らされる。


人の消えた戦場で戦う彼女たちに、人類の読み取れる意味は残されていない。

災害のように破壊を与えるアナフェマと、更にその上を行く暴力でもってアナフェマを殺しにかかる魔法少女たち。その構図に人の介入する余地は無い。


アナフェマが身構え、胴体前面の甲殻を解放。中からキチン質のような質感をもった異形の槍が無数に射出される。空を爆ぜさせる超音速の攻撃。魔法少女(ゲオルギイ)は展開した翼で飛び立ち、八端十字と甲冑のブーストで回避する。しかし、その攻撃はあくまでけん制。回避行動に移った魔法少女(ゲオルギイ)の軌道上に巨大な鋏腕を伸ばし、本命を叩き込む。


 砲撃めいた衝突音。


巨大な八端十字型の武装で受けた少女はそのまま攻撃姿勢に移り、体軸を捻りながら十字を振るう。僅かに光を帯びた八端十字は鋏腕を切断。吹き飛んだ腕は瓦礫を巻き上げながら転がり、やがて灰と消える。


魔法少女(ゲオルギイ)は自らの攻撃に怯むことなく旋回し、再び放たれた槍の奔流を躱す。何者にも衝突しなかった槍は遠方の街に着弾する。


後方で起きる惨劇にわき目も振らず、加速接近。交差させた武装を抜き払い、甲殻が開かれたままのアナフェマの胴体を切り刻む。


後背部の甲殻だけで胸と下半身を取り持つことになったアナフェマは、絶叫をあげた。鋏腕による反撃をよんだ魔法少女(ゲオルギイ)は宙返りをするように大きく垂直に旋回し距離を開ける。

空ぶった攻撃。反動で怯んだアナフェマに対し魔法少女(ゲオルギイ)は八端十字を掴む。

投擲された八端十字が、鋏腕の一つを打ち砕いた。修復速度に遅れが出てきたアナフェマは次いで放たれる八端十字にまた一本腕をもぎ取られる。

一方の魔法少女(ゲオルギイ)は無表情のまま淡々と八端十字を錬成し、距離を維持したまま着実に敵の命を削いでゆく。


魔法少女とアナフェマの戦闘は、たいがいの場合一瞬で方がつく。魔法少女側のリンチじみた一方的暴力によって強制的に幕が下ろされるのだ。このアナフェマは、他と比較すれば相当に持ちこたえている方だ。


だが、やはり魔法少女は容赦をしない。相手の武功を尊重し、尊厳ある死を与えることなど決してない。弱りを見せれば安全圏から畳み掛けるように攻撃をけしかけ、敵の行動が止まり次第最大火力の攻撃で葬り去るのが彼女たちのセオリーだ。


そして、彼女の投げた八端十字がアナフェマの顔面を破砕すると、怪物の挙動が止まり静寂が戻った。


「――我は睿智(えいち)なるゲオルギイの化身」


静寂に応えるように始まる魔法少女(ゲオルギイ)の詠唱。


「我は勝たれぬ致命者、受難者」


呼応するように踏み出すアナフェマ。放たれる殺意。


「及び子羊の破られぬ防禦(ぼうぎょ)者として、今我を讃め揚ぐる者の為に堅固なる柱と為りて」


一歩一歩前進し、速度を速める異形の怪物。粉塵に弱められた陽光。


「我の祈祷を以て暴虐者の残忍を滅さん」


影となったその空間で、アナフェマは最期に苛烈に輝く紫電を垣間見た。


「――Аскалон(アスカローン)」


それは、かの聖人が竜を屠ったと時に使っていたとされる剣の名。ゲオルギイの名を冠する少女に与えられた必殺の一撃。青い輝きと破壊の奔流は即座にアナフェマを蒸発させ、そのままアナフェマの真後ろで形を留めていた小田原駅を消し飛ばす。何秒もの間地表に留まるように破壊の限りを尽くすその光線は、遥か遠方にそびえたつ白い巨塔を打ち抜くまで、小田原の街を一直線に蹂躙した。


 「痛悔機密、完了」


魔法少女(ゲオルギイ)はそっと呟き、死者への弔もなく再び飛び立った。


後に残された廃墟には、灰塵だけが揺れている。

夏の始まりを告げる入道雲。それをただ見つめるのは、灰になった死体たちだけだった。

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