第4章アルトの過去後半
長いです(ToT)どうぞ、最後までつきあってください☆
春のような心地よい風と、花と草の匂い。
顔に何かが振れている。
目が覚めると、目の前には緑豊かな草があり、秋だというのに色とりどりの花が咲いていた。
ウィルは重たい体を起こした。
「ここは……」
見に覚えのある場所。
それもそのはず。
ここは、どう見てもラスト国。
ラズラスといつも攻撃呪文の練習場所として使っている森だった。
すると、どこからともなく子供達の笑い声が聞こえて来た。
ふと、ウィルは空を見上げる。
箒にまたがった子供達が、笑い声をあげながら、何かから逃げていた。
ウィルは鳥肌がたった。
そう、子供達を追いかけていたのは、数匹のドラゴン達だったのだ。
すかさず背中にまいてあった杖を取りだし、ウィルはドラゴンめがけて呪文を唱えた。
が、杖から魔法がでてこない。
「大丈夫ですよ」
杖のルーが、そっとウィルに呼び掛けた。
「どこが大丈夫なのよ!子供達がドラゴンに襲われているのよ!!」
「襲われているのではありません。あれは、ドラゴン達と遊んでいるのですよ」
遊んでる?
ウィルは耳を疑った。
しかし、そう言われてみれば、子供達とドラゴンが楽しそうにじゃれあっているように見えてきた。
呆然とウィルはその光景に見入っている。
「信じられないのは、しょうがないことだよ。ウィル」
どこまで飛ばされたのか、木の枝が体に絡み付いている箒が姿をあらわした。
「どういうことなの?」
眉間にしわを寄せ、ウィルは信じられない光景に戸惑っていた。
「昔、ドラゴンと魔法使いはとても仲がよかったんだ。アルト女王様も、小さい頃ドラゴン達と一緒に遊んでいたんだよ。ラズラス旦那もな」
「嘘よ!だってドラゴンは凶暴で、皆を苦しめる生き物なんでしょ?ママだって、ドラゴンに殺されて」
わけがわからなくなったウィルは、頭をかきむしった。
箒は自分の体をそりかえし、上を見る。
「ウィル、あいつらから邪気は感じられるか?」
かきむしっていた手が止まる。
戦争の時のドラゴンと、今目の前で子供達とたわむれているドラゴン。
言われてみれば、今のドラゴンからは嫌な空気など漂っていない。
反対に、とても穏やかな空気がドラゴン達の体を包んでいるようにも見える。
「これが、ドラゴンの本当の姿なの?」
ウィルの質問に、静かに箒は頷く。「そろそろ、本題にはいってもよろしいですかな?」
ずっと手に握られていたルーが、場の空気をかえるように口をひらいた。
ルーはウィルの手から離れると、フワッと体を浮かばせた。
「今の過去は、およそアルト女王様が生まれて五年。つまりアルト女王様が五歳のときの過去に来ています。時空が歪みやすくなっておりますので、過去が所々とんでしまいますがご了承くださいませ」
バスガイドみたいな口調で、ルーが説明していく。
「あともう一つ。過去と言っても、その人達に話しかけることは可能です。しかし、少しでも話しかけてしまうと未来が大きく変わる恐れがありますので、きおつけてください。おっと、人物に触れる事はできませんよ」
「こんな所に私達をつれてきて、何があるって言うの?」
とウィル。
「この過去をみれば、すべてがあてはまると思います。今までの出来事に」
あえて詳しく言わず、もったいつけながらルーが言う。
強引にでも、すべてはかせようとウィルがルーに近付こうとしたとき、どこからか美しい歌声が聞こえてきた。
それも、どこかで聞いた事がある……この歌は。
箒とウィルは辺りを見渡す。
「来ましたね。さて、ここからは口にチャックでお願いします」
冷静にルーはそう言うと、黙り込んでしまった。
歌声に体が引き寄せられる。
どこからか聞こえているのかまったくわからないのに、体はまっすぐと前へ歩いて行く。
芝生の真ん中に、大きな大木が見えてきた。
そこに、大木に絡み付いて、歌声に聞き惚れている一体の大きなドラゴンがいた。
もう一人、大木に寄り掛かって楽器を弾いている一人の少女もいる。
木でできた琴のようなものを弾きながら、真っ黒いローブに身を包み少女は気持ちよさそうに、優しい歌声を空に響かせていた。
―ママ―
歌を歌っている少女の横顔。
まぎれもなくアルトだった。
ウィルが、もっと近くに行こうとしたが、ルーが服をつかんで引き止める。
文句を言おうとウィルは言葉をはっしようとしたが、喋ってはいけないと言われたのを思い出し、しかたがなく諦めた。
うっとりとしていたドラゴンが、何かの足音でピクッと体を動かし、ジッと向こう側に目を向けた。
大木がキシキシときしむ。
少女の歌声も止む。
「アルト、ここにいたのね」
小さい頃のラズラスだった。
とても幼いラズラスは、ウィルよりも身長が低く、とても可愛らしかった。
今のラズラスからは、とても想像しにくい子供バージョンのラズラス。
ウィルは、おかしくてたまらなかった。
声をたてず、くすくすとウィルら笑う。
「やぁーラズラス、一段とたくましくなったな」
ドラゴンが翼を広げ、大木からおりてきた。
「嬉しい限りの言葉だわ。ベギス」
ベギスと呼ばれたドラゴンは、ニッコリと口元を緩めた。
「ラズラスの後ろに隠れているちっこいのも、あいかわらずじゃな」
ラズラスの背中から、青い瞳がチラッと除いた。
琴を皮で包み、アルトは背中にしばった。
「アダード、ベギスに挨拶ぐらいしなさい」
溜め息をつき、アルトはラズラスの後ろにいるアダードに話しかけた。
モジモジと影が動き、やっとのことで、その影はラズラスの後ろから現れた。
ブロンドの髪をのぞいては、すべてアルトにそっくりだった。
「さすが双子じゃな。髪の色まで一緒だったら、わしかて、どっちがどっちか区別がつかんわい」
甲高い声で笑いながら、ベギスはアダードの頭をなでて言った。
「おはようございます。ベギスさん」
アルトそっくりのアダードは、口のなかに言葉を詰まらせたようなかんじで挨拶をした。
「うむ、おはよう。さて、わしはそろそろ行くかの。アルト、また歌を聞かせてくれ」
「ええ」
アルトは微笑みをベギスにむける。
翼を大きく伸ばし、めいいっぱいはためかせると、ベギスは空高く飛んで行った。
三人はベギスの背に向かって手を振り、城へともどっていった。
―双子だったなんて―
考えをまとめる時間などなく、映像はすぐに切り替わり、城のなかへと移動した。
女王様と王様が、帰ってきた二人を抱き締めて何かを話しているようだ。
幸せそうに、アルトとアダードは手を繋ぎ、王様達と共に二階へとあがっていく。
絵に描いたような、幸せな家庭。
ウィルは、とても寂しい想いが込み上げてきた。
―ママが生きていたら、きっとあんなふうに…―
そのとき、時空の歪みのせいか、階段を登っている四人の姿がぼやけてきた。
映像はプツリッととだえ、辺りが真っ白な空間に囲まれてしまった。
箒がウィルの側にピタッとくっついてくる。
「なにが起こったんだ?」
「わからないわ。ルー!いったいどうしたっていうの」
空間の向こうで浮いているルーに、ウィルは叫んだ。
落ち着いた様子で、ルーは先の見えない道を眺めていた。
無言のまま。
すると、どこからか話し声が聞こえてきた。
白い空間で響き渡る。
「もう、限界か。封じるしかないようだな」
「はやく手を打ったほうがいい。邪悪な魔力に心を奪われぬうちに」
「うむ。ベギス、お主の力を貸してほしい。わしの力ではどうすることも……」
「わかっておる。わしも手伝おう」
「すまない」
しだいに遠くの方から、二つの影が接近してきた。
暖炉のあかりが、白い空間をてらしだし、いつのまにか辺りは部屋へと変わっていた。
「明日、村の者達を城の前に集めておいてくれ。後は我々、スカイスネイクの者達がうけもつ」
「ああ。村の者達には悪いが、そうするしかなかろう」
そう言って、会話は途切れてしまった。王様とベギスは、時間が止まってしまったかのように動かなくなった。
「白魔導師と黒魔導師がいたことはご存じでしたか?」
ルーがきゅうにウィルにしゃべりかけてきた。
「一度だけ、ママから聞いた事があるわ。でも、あれはただの作り話でしょ?」
ウィルが答える。
「いいえ。白魔導師と黒魔導師は本当に存在していたのですよ。村の半分以上は白魔導師の血を受け付いています。けれど、残りの村の者達は、黒魔導師の血が流れていたのですよ」
「じゃー、あの時ママが話してくれたことは、すべて本当の事だったのね」
驚きながらウィルが言う。
「所々おひれはついていますがね。黒魔導師の力は、下手をすると、心を支配されとしまうのですよ。黒魔導師の力はとてつもなく強く、普通の村の者達ではいじすれことは難しいことなのです」
「だから、王様は決意したのです。力を封じ込めてしまおうと。案の定、村の者が一人犠牲にあってしまいましたが」
ルーが説明しているうちに、いつのまにか城の外へと映像が切り替わっていた。
門の前には、黒いローブを着た村の者達が並んでいる。
そこには、ベギスを中心に、数体のドラゴンが立ち並んでいた。
「一人づつ、順番にベギス王の前に立て」
赤いマントを着たドラゴンが、牙をむき出し手村の者達に指示している。
言われたとおり、村の者達は順番にベギスの所へと足を運んで行く。
幼い少年が、ビクビクしながらベギス王の前にしゃがみこみ、両手をあわせた。
体は震え、怖さで涙を流している。
ベギスは優しく少年の頭をなでてあげた。
「何も怖がる事はない。すぐに終わる。さぁー目を閉じて」
「ベギス王」
小さな声で少年はベギスの名をよんだ。
「魔法の力を封じ込めたら、もう空を飛ぶことはできないの?」
涙をローブの袖でふきとりながら、少年はベギスに聞いた。
「大丈夫。ただ、強すぎる魔力を小さくするだけじゃ。何も心配することはない。空が飛べなくなることはありゃーせん」
ベギスは自分の胸に手を当て、呪文を唱えた。
赤く真ん丸い玉が、ベギスの胸から現れた。
宝石のような輝きを放った玉からは、背筋が凍るほどの強い魔力が感じられる。
その玉を少年の額にあて、ベギスはニッコリと少年に微笑むと、玉に力をこめた。
少年の額から、黒い影が姿をあらわす。
黒い影は、どこかに逃げようともがいていたが、あっけなく玉のなかへと吸い込まれてしまった。
「終わったよ」
ベギスはもう一度少年の頭をなでた。
「ありがとうございました」
さっきまで泣いていた少年は、封印が終わるなり、元気よくベギスにお辞儀し、親のもとへとかけていった。
「次の者!来たれよ」
ベギスはたくさんの黒い影を玉のなかへと封印していく。
黒魔導師をもつ村の者達が半分以上いなくなった頃には、もう赤い玉は黒ずんでいた。
ベギスも相当疲れているようだ。
と、門の後ろに隠れて、ベギスの働きを除いている少女がいた。
―ママ?―
くべつがつかないウィルは、アルトかアダードがさっぱりわからなかった。
―次の映像に切り替わりますよ―
ルーの声が耳にはいってきたころには、もう切り替わっていた。
次は真っ暗な部屋のなかだった。
ベットにもぐりこんで、誰かがすすり泣いている。
「こんなはずじゃなかったの…。どうして……どうして私が」
声からして、アルトに違いないとウィルはおもった。
―どうして泣いているの?―
そう聞きたいのに。
ベットに手を伸ばそうとしたが、ウィルはすぐにその手を引っ込めた。
聞いてしまったら、未来が変わってしまう。
ウィルはアルトの泣き声を、じっと聞いているだけしかできなかった。
「王様、大変です!!村の者が一人殺されました!!これで二人目です」
泣いていたアルトの声はとだえ、兵士の叫び声が耳に響いてきた。
部屋にいたはずのウィルは、城の大広間にたっていた。
たくさんの兵士達が頭をさげ、王様が困ったように腕をくみ広間をウロウロしている。
「どういうことだ。昨日、村の者達の魔力を封印したばかりなのだぞ!」
怒りながら、王様は自分の爪をかじった。
兵士達が頭をさげながら、隣同士の者達と騒ぎ始める。
「もしかしたら、まだ黒魔導師の力をもっている者がいるかもしれません」
一人の兵士が、王様につげた。
「誰だというのだ。城の兵士達も封印はしてもらった。村の者達も兵士に誘導されながら来たのだぞ。まだ、黒魔導師の力をもつものがどこにいるんだ!」
頭にのっかっている王冠、王様は床にたたき付けた。
兵士達はビクッと顔をあげ、全員王様を見る。
「父様」
階段の上から大広間を見下ろしているアルトが王様を呼んだ。
「どうしたんだ、アルト」
王様は怒りを隠そうと、苦笑いでアルトを見上げる。
どうも、アルトの様子がおかしい。
顔を真っ青にし、焦っている。
「父様……アダードが。アダードのようすがおかしいの!はやく来て!」
それをきき、王様は急いで階段へと向かった。
兵士達も顔を見合わせ、王様の後についていく。
ウィルと箒も、兵士達にまざりながら階段を駆け上がる。
部屋のドアは開けっ放しになっており、中からは泣き声が聞こえてくる。
中にはいると、ベットを取り囲んだ、女王様、王様、アルトが泣いているアダードをなだめていた。
毛布にくるまり、顔をだそうとしない。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ずっと、アダードは同じ言葉を繰り返している。
王様が優しくアダードの体に触れる。
瞬間、王様はすぐさま手を引っ込めた。
「な、なんてことだ。まさか……アダードが」
ショックのあまり、王様は後ろに倒れこんでしまった。
「アダード、お顔を見せて!」
アルトはくるまっている毛布を勢いよく引っ張った。
毛布はすんなりはずれ、髪がぐしゃぐしゃになったアダードが体を丸めていた。
「私……私」
しゃっくりをあげ、アダードがやっとのことで顔を見せた。
兵士達が、悲鳴をあげ腰についている杖を取りだし、アダードにむけた。
口のまわりには血が付き、顔半分が黒い痣でおおわれていたのだった。
「お姉ちゃん」
鼻水をたらし、アダードは涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
アルトは一瞬アダードの姿にのけぞった。
だが、すぐにアダードを優しく抱きしめてあげた。
はかりしれない魔力が、アルトの心臓を締め付ける。
アルトは苦しくなりながらも、アダードの体を離そうとはしなかった。
「泣かないで。父様がきっとなんとかしてくれるわ」
王様はやっと落ち着きを取り戻し、杖を構えている兵士達にベギスを連れてくるそうしじをだした。
「どうして、私の娘が」
顔を両手でおおい、女王様は王様の胸に飛び込んで泣いた。
その夜、アルトはずっとアダードの側にいた。
アダードは時々苦しそうにもだえ、アルトの首を絞めようと何度も起き上がった。
そのたびに、アルトはアダードをだきしめ優しい言葉をかけた。
「大丈夫だから。だから…頑張って。闇になんか心を奪われないで」
あちこちにひっかかれた傷ができながらも、アルトはアダードの側にいた。
深夜になり、ウィルと箒が部屋の隅で寝かけてたとき、ドアがゆっくりと開いた。
ウィルは箒をつついて起こした。
ベギスと王様。それに、泣いている女王様もいる。
「これしか方法はあるまい」
悔しげに、ベギスは唇を噛み締める。
「もう、無理なのですか?もっと、別な方法もあるんじゃ」
女王様が、ベギスの体を揺する。
「ここまできたら……もう」
とベギス。
「話し合って決めたことじゃないか。国の事わ考えたら、こうするしかあるまい」
ベギスにしがみついている女王様を、王様は自分の元へと引き寄せながら言った。
寝ている二人を、ベギスは起こしてあげた。
アルトはあくびをし、目を覚ます。
隣で苦しそうに天井を見ているアダードを、ベギスは翼を広げ抱き抱えた。
ぐったりとしているアダードの瞳からは、涙がこぼれている。
「どこに連れて行くの?」
アルトの質問に、誰も答えようとはしない。
泣いている女王様と王様。
嫌な予感がしたアルトは、ベットからおりベギスの足をつかんだ。
「どこにも連れていかないで!!」
大声でアルトは叫んだ。
足にしがみついているアルトを、ベギスは見下ろした。
アルトの額に水が落ちてきた。
「もう手遅れなんだよ、アルト。ここまできたら、わしの力ではどうすることもできん」
ベギスも泣いていた。
もう片方の翼を広げ、開いている窓から、ベギスは外へと飛んで行った。
「わしらも行こう」
王様は女王様の体を支え、呪文を唱えた。
丸い円が二人の足下に広がり、光と同時に消えてしまった。
部屋に取り残されたアルトは、呆然とたっているだけだった。
「アダード…」
アルトは、こぼれそうな涙をふきとり、クローゼットにふりかえる。
何かおもいついたアルトは、クローゼットのドアを開け、服などをひっぱりだした。
「あった」
クローゼットのなかから出て来たのは、ほとんど使われていない箒だった。
アルトは箒にまたがると、窓へと向かって飛んだ。
「私達はどうすればいいの?」
展開についていけれないウィルが、困ったように窓を見てつぶやく。
「過去ですから。かってに映像は変わりますよ」
ルーの言うとおり、映像は森のなかへと変わった。
大木を囲んでいるグリム達が、祈をささげている。
「もう一人闇にそまってしまったのですね」
グリムの長老が、ベギスに抱かれているアダードを見て悲しげに言った。
「もっとはやくきづいていれば、こんな事にはならなかった」
とベギス。
長老は大木の横にある土に手をつき、呪文の言葉を唱えた。
土が地面にめり込み、階段が姿をあらわした。
ベギスと、さきほどつい王様、女王様は階段へとおりていった。
女王様は魔法を杖にかけ、明かりを灯し奥へと進む。
アダードの激しい息遣いが、こだまのように響いている。
奥へ奥へと進むと、石でできたドアが前をふさいでいた。
「頼みます」
ベギスは一歩後ろに下がり、女王様を前に行かせた。
光がついている氷の杖を、女王様は石のドアにむけて一振りした。
ドアは大きな音をたて、上へと持ち上げられた。
中は真っ白な空間でおおわれ、真ん中には一つだけ十字架が地面に刺さっているだけだった。
「わしが一人ではいろう。貴方達はここでまっていてください」
「まって!!」
そのとき、やっとのことでたどり着いたアルトが、箒に乗ったまま突っ込んできた。
徐々に箒を下におろし、アルトは着陸の体制にはいる。
だが、地面はヌルヌルしていたため、思い通りに着地ができず、そのまま滑り込むように顔面からこけてしまった。
女王様が、駆け寄ってくる。
頬をすりむいたアルトは、血を流しながらも、ベギスの元へと行こうとした。
しかし、女王様がアルトの体を抱きしめ阻止する。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん」
苦しげに、アダードはアルトへ手を伸ばす。
「お願い!ベギス。妹を連れていかないで!!」
アルトは女王様の腕のなかでもがきながら、泣き叫んだ。
けれど、ベギスはアルトの言葉など聞く耳をもたず、ドアのなかへとはいっていく。
「嫌だ…こんな所にはいりたくない。助けて!お姉ちゃん」
アダードの叫びに、アルトは女王様の腕にかみついた。
痛さで顔を歪め、女王様はアルトを離してしまった。
アルトはこけですべりながらも、アダードの元へと走った。
しかし、遅かった。
「アダード!」
ゴンッと音をたて、ドアは閉まってしまった。
中から、まだ姉を呼ぶアダードの声が聞こえる。
アルトは石のドアを叩いた。
「絶対…絶対、助けてあげるから。それまでまっててアダード………」
ドアに額をつけ、アルトは泣きながら座り込んだ。
なぜか、ウィルの瞳からも涙があふれてきた。
「これが、アルト様の過去でございます。あれからベギス王が、村の皆に忘れ呪文をかけ、違う記憶をめりこんだのです。ですから、この話は古い昔話へと伝わってしまったのです」
ウィルは泣き崩れているアルトから、目を離す事ができなかった。
「どうして、あんなひどいことをしたの?」
「アダード様は、もう手遅れだったのです。しかし、殺すこともできない。ですから、王様は考えたのです。アダード様を封印しようと。国を守るため、しかたがないことだったのです」
「じゃぁー、今の村の皆は嘘の記憶が思い出だとおもっているの?ママも……」
「そう言う事になります。ですが、それが幸せへと繋がっているのです。問題なく、毎日は進んでいます。では、そろそろ戻りましょうか。元の世界へ」
フワッとウィルの体が浮かび上がり、大きな円のなかへと吸い込まれていった。