第3章謎の女前半2
アルトの声がしたかとおもうと、いつのまにか夢から覚めていた。誰かがウィルの手を握っている。
ダニーとコールが、ウィルの手を握り締め眠っていた。
どれくらい眠ってたのかしら。
満月がのぼり、空にはたくさんの星が満開だった。
ベットの隣りには、杖と箒がおいてある。
「ウィル、疲れはとれたかい?」
寝てたとおもっていた箒がしゃべった。
「だいぶんとれたわ」
毛布を二人の体にかけてあげ、ウィルは言った。
「うなされていたようだったけど」
「ちょっと嫌な夢をみちゃったの」
「どんな?」
と箒。
話そうとしたが、なぜかさっきまで見ていた夢の事が思い出せなかった。
「なんだったっけ?」
首をかしげ、ウィルはうなった。
「ぼけがはじまったか」
ゲラゲラ笑い、箒が言う。
「本当に思い出せないんだって」
ムッとしてウィルはベットからおりた。
翌朝、ウィルはほとんど魔力が回復していた。
ダニーとコールを起こし、ウィルは寝巻から巫女の服に着替え、朝食を食べにに下へとおりることに。
二人は大あくびしながら、ウィルの後につづく。
すると、階段の方でボケーと外を見ているロバート王の姿があった。
顔はやつれ、目は真っ赤になっている。
アルトがいなくなってから、ロバート王は笑顔すらなくなってしまった。
ロバート王は、村にできたアルトのどうぜを眺めている。
「おはよう、パパ」
足を止め、ウィルは少し離れた所で挨拶した。
しゃがみこみ、二人もロバート王に挨拶の礼をする。ロバート王は、ウィルに目線をかえた。
笑いもしないロバート王の顔が、ウィルには辛かった。
「おはよう。朝食ができてるから、一緒に食べないか?」
「う、ううん。今日は村で食事をしようってことになってるから」
そう言うと、ウィルはロバート王の顔も見ず、まだしゃがみこんでいる二人の腕を持ち足早に去った。
がっかりと肩を落とし、ロバート王はまたアルトの銅像に目を向けた。
「なんで一緒に食べてあげないんだよ」
腕を引っ張られながら、ダニーが聞く。
ウィルは何も言わず、門へと急ぐ。
「パパさんは、奥さんの死で悲しんでいるんだよ。それを支えてあげれるのは、ウィルしかいないのに」
つづけてコールが言う。
「だって…」
ようやくウィルが口をひらく。
「何を話していいのかわからないのよ。会話の中心には、いつもママがいたから。ママが、私達をいつも笑わせてくれてたから」
うつむきながら、ウィルは小さい声で言った。
二人は顔を見合わせ、それ以上の事は何も言わなかった。
大切な人が死ぬ悲しみなど、二人にはわからない。
だから、ウィルの苦しみもすべて受け止めることはできなかった。
会話なしの三人はようやく村についた。
市場の道は、たくさんの人達で賑わっている。
丸々一匹の豚をぶらさげ、値切っている人や、集団で集まり今日の晩ご飯の話しをしている人達。
三人は色々な人達に押されは、前に進みを繰り返していた。
「ちょっ、おばはん俺の足踏んだ!」
顔をゆがめて、ダニーが横にいるおばさんに怒った。
「ちゃんと前みて歩かないほうが悪いのよ」
そうおばさんは言うと、人込みの中へと埋まって行った。
ダニーは声にならない怒をコールにぶつけた。
バシバシとコールの肩を叩いている。
呆れた顔をウィルはダニーに向けた。
「こんな人込みじゃ、踏まれるのはしかたがないわよ。コールも何か言ってあげなさいよ」
叩かれているコールは、ただ笑っているだけだった。やっと人込みが少ない場所へとでた三人。
真ん中には噴水があり、水色の真珠のようなものがキラキラと空に向って吹き出ている。それを丸い円のように囲みながら店が並んでいる。
「何食べる?何食べるんだ?」
さっきまで機嫌が悪かったのが嘘だったかのように、ダニーは涎をローブで拭き取りながら、辺りをキョロキョロしながら聞いて来る。
「コールは何が食べたい?」
コールは慎重に選ぼうと、念入りに一つ一つ店を見ていた。
「おーい!これめっちゃうまいぞ」
大声で叫んできたのはダニーだった。
トウモロコシを五本口に加えて、先に食べている。
人に聞いておきながら、もう自分で決めてるじゃないの。
「ウィル姫様。珍しゅうございますね、今日は城で朝食をお食べにならなかったのですか?」
やせ細った体をクネクネさせ、こちらに歩いてくるウィルに聞いてきた。
「たまには、村の人達が作るご飯が食べたいとおもいまして」
とウィル。
「姫様ならいつでも大歓迎でございます。好きなだけ食べてくださいな」
「まじで!全部食べていいのか?」
目をキラキラ輝かせてダニーが言う。
ちょっとたじろぎつつ、亭主は頷く。
「コール!はやくこいよ。全部ただだってさ」
店に並べられてある食べ物を、これでもといわんばかりに口の中に入れ込みはじめる。
コールもダニーにつづけて口のなかに放り込む。
「ちょっとは遠慮しなさいよ」
ウィルはダニーのローブを引っ張った。
「お前も食えって」
骨つき肉をつかみ、ダニーはウィルの口のなかに押し込んだ。
「あっ。おいしい」
こんだけおいしければ、くいつくはずだわ。
あっという間に、店の物をたいらげ、ダニーとコールはパンパンになった腹をさすり地べたに寝転んだ。
「うまかったぜ。いやぁー、もう動けねぇー」
とダニー。
全部食べるとおもっていなかった亭主は、苦笑いをしている。
「喜んでもらえてよかったですよ」
ウィルは背中に巻いてあった杖を取りだし、杖の先を自分の手のひらにあて、コンッと叩いた。
すると、十枚もの金貨が現れた。
「ご馳走さまでした。少しですけど、受け取ってください」
金貨を亭主に渡してウィルはニッコリと笑った。
貰えるとおもっていなかったのか、亭主の顔から笑顔があふれだした。
「また、いつでも来てください」
「二人とも、お城に戻るわよ」
杖を背中に戻し、ウィルは二人の横腹を蹴った。
めんどくさそうに二人は立ち上がり、土がついたローブをはらう。
そのとき、さっきまで天気がよかった空に、黒い雲が現れたはじめた。ゴロゴロと空が唸っている。
「一雨くるかしら」
空を見上げんウィルは言った。
「でも、今日は天気のはずだよ」
コールがそう言った瞬間、スコールが降ってきた。
激しい雨が地面に打ち付けてくる三人はあっというまに、びっしょりになってしまった。
「どこかで雨宿りしましょ」
あまりの激しい雨に、前もうまく見えない。
なんとか三人は適当に走り、雨宿りができる場所を探した。
村の者達も両手を頭にのせ、走り回っている。
なかなか、雨宿りができる場所が見つからない。
と、どこからか歌声が聞こえてきた。
とても美しい歌声だ。
ウィルは足を止めた。
驚いて二人も足を止める。
「どうしたんだよ。はやく雨宿りができる場所を探さないと」
雨が口のなかにはいって、ダニーはうまくしゃべれなかった。
「まって。誰かが歌を歌ってるの」
村の皆も聞こえるのか、雨宿りの事を忘れ、歌声に聞き入っている。
空から?違う。村全体から響き渡っている。
そこら辺を見ても、誰かが歌っているかんじはしない。
柔らかい歌声は、しだいに遠くなっていく。
につれて、雨もしだいにやみ、歌声は聞こえなくなってしまった。
真っ暗な雲は風にもっていかれるように、太陽の光をだして流れて消えてしまった。
ウィルと村の者達は、歌声はもう聞こえないのに、空を見上げてうっとりとしていた。
コールがウィルの肩をつつく。
驚いてウィルは空から目を離す。
「どうしたの?」
とコール。
「すごく綺麗な歌声が聞こえてきたの。貴方達も聞こえたでしょ?」
興奮が止まらなかった。
あんなにも綺麗な声、聞いたことがない。
村の皆も、騒ぎだした。
だが、二人は顔を見合わせて肩をすくめている。
「俺達には聞こえなかったぜ」
「なんで?」
それを聞いて、ウィルは聞き返した。
「なんでって言われても。僕達には全然」
どうして私達には聞こえて、ダニーとコールには聞こえなかったのかしら。
不思議におもいつつも、三人は城へと帰ることにした。
門のまえでラズラスが立っていた。空をじっと見上げ動かない。
悪ふざけでダニーがラズラスに向って突進しようとしたが、ラズラスはすかさず杖をとり、ダニーに向けた。
目線だけは空だけを見ている。
「じょ、冗談だって」
杖の先の向きを変えながらダニーが笑って言った。
「ラズラス」
心配そうにウィルは話しかける。
「ウィル、あなたにも聞こえた?」
「ええ。村の全員が聞いているわ。なんだったの?」
杖をしまい、やっとラズラスがこちらを向いてくれた。
「古い呪文の歌のようね。何もなければいいんだけど」
「僕達は聞こえなかったです」
コールが小さく話題にはいってきた。
「魔女用の呪文だから、貴方達も聞こえていいはずよ。もちろん、ドラゴンだけは別だけど」
チラッとダニーとコールを見てラズラスが言う。
最近、ラズラスが二人の事を疑っているのは、めにみえてわかっていた。
「さっ、二人とも行きましょ」
会話を終わらせるために、ウィルは二人の背中を押して、その場から去ろうとした。
「ウィル」
ラズラスの声にドキッとした。
「な、なに?」
声が裏返ってしまう。
「パパ様と、少しはお話してる?」
急にそんな事を聞いてくるとはおもわなかった。
下をむいたまま、首を横にふった。
「そう。パパ様も、あなたと同じ気持ちでいるとおもうわ。アルトが死んで、あなたとどう会話をしていいのかわからないのよ。でもウィル。アルトのぶんまで、パパの事愛してあげなきゃ駄目よ」
「うん。わかってる」
涙がこぼれそうになる。
気持ちではわかっているのに、行動にうつせない自分がむかつく。
私だけが悲しいおもいをしてるわけじゃないのに。
そんなウィルを、ダニーは自分の胸に押しつけた。
「ラズラス、あんまウィルをいじめるなよな」
「いじめてるわけじゃないわよ。人聞きの悪い」
ムッとしてラズラスが言う。
ダニーの鼓動がドクドクと聞こえ、ウィルはなんだか恥ずかしくなった。
「離して」
とウィル。
「おっと、ごめん」
両手を上にあげ、ダニーは一歩後ろにさがった。
顔が真っ赤になって熱い。
隣りではコールがニヤニヤしてこちらを見ている。
「わ、私さきにいってるから」
ウィルは走った。
「あーあ。人のこと言えないじゃないの」
腕組みをし、走っているウィルの背中を見つめながらラズラスが意地悪げに言う。
困ったようにダニーは自分の固い頭をかいた。
コールは口に手をあて、笑いを必死に我慢している。