夕凪
七度目の命日。あなたが世界に見切りをつけてから、忙しく日々は過ぎ、何度も同じ季節が巡った。まるで決まり事のように。
外壁と庭だけは綺麗に整えられた家。内側は無法地帯。
家族に手を上げる酒浸りの父から、身を挺して幼い私を守ってくれたこと。
家事と子供に無関心な母の代わりに、献身的に私の面倒を見てくれたこと。
あの頃のあなたと同い年になった、今なら痛いほどわかる。あなたは本来、中学生の子供が請け負うべきではない役割まで背負わされていたのだと。あなたが限界まで追い詰められる前に、正しい大人たちに守られるべきだったのだと。
猫っ毛で扱いづらい私の髪を、毎日可愛く結ってくれたこと。
宵っ張りな私のために、毎晩子守唄を歌ってくれたこと。
ふたり手を繋いで、凪いだ夕暮れの海を眺めたこと。
あなたの死は、消えない火傷痕。
あなたの愛は、私の生きる標。
コルクの蓋で閉じられた硝子の小瓶の中、淡い桜色に色づいた骨の欠片。羽根のように軽くて、脆い。この小瓶だけがあなたとの繋がり。私の唯一の宝物。
小瓶をそっとショルダーバックに入れ、両親の目を盗んで家を飛び出した。束の間の逃避行。どうせ連れ戻される。体裁を守るためだけに。それでも今日だけは、あなたの命を奪ったあの家に帰りたくなかった。
当てもなく走り続けていると、思い出の海辺に辿り着いた。身を切るような潮風が、秋の終わりを告げる。夕焼けに染まった空と、きらきらと輝く海面が交わる水平線。その向こうに、あなたがいるような気がした。
帰りたい。あなたのもとへ。
衝動的に手すりに片脚をかけて、海へ身を投げようとしたその時。名前を呼ばれたような気がした。引き留められたような気がした。聞き慣れたあの優しい声に。
――綴、生きて。
燃える海は日没を迎え、凪いでいた。私の衝動もいつの間にか、凪いでいた。凪。あなたと同じ名前をした時間。
僅かに震える手で、ショルダーバックの中の小瓶を握り締めた。涙で霞んでいく視界の向こう、遠い記憶の中で微笑むあなただけが鮮明だった。




