私が決めた日
12/05は私が決めたあなたの誕生日だった。
「わたし、この子がいい! この子じゃなきゃダメなの!」
当時6歳の私が幼い彼を見た時に放った言葉。一目惚れだった、運命だと思った、隣に居るのはこの子しかいないと思った。販売用ではなく、コンテスト用の幼いチワワを私は譲り受けた。
レッドのスムース。マズルは長く、掛け合わせて今の形を取っているチワワではなく、古い図鑑に載っているメキシコ原産のチワワの様な姿だった。幼い頃から面食いだった私が一目で気に入った、それはつまりとってもイケメンで可愛らしかったという事だ。
数か月待って、彼をお迎えした日した日の事は忘れもしない。車の後部座席に乗った私の膝にひかれたタオル、その上に小さな生命が大人しく伏せの姿勢をとっていた。
それから家に帰るのが楽しみになった。友達と遊ぶのも楽しかったけれど、それ以上に彼といる事が私の癒しで、楽しみで、安心だった。
自転車の籠に乗せて、公園まで行く。駐輪場から公演を一周して、また自転車に乗って家に帰る。そんな散歩コースだった。彼は歩くのが好きじゃないから、芝生に乗せて少しハーネスを引っ張らないとお散歩を始めてくれなかった。だけれど、歩き始めると楽しくなるのか、公園を一周なんて当たり前だった。
一年経つか経たないかだろうか、彼の誕生日がいつなのか母に聞いたが、分からなかった。12月生まれな事だけが分かっていたから、私は彼に言った。「誕生日は12/05ね!」と。
それから、毎年ささやかながら彼のお祝いをした。犬用のお菓子なんて食べないからお肉を味付けしないで焼いて小さく切ってあげていた。プレゼントは洋服。冬の寒い日でも散歩に行けるようにコートを買ってあげたり、家で寒くない様に部屋着を買ったり、特別に高い缶詰を買ってきたり。
幼稚園生だった私は22歳になり、彼は年を取ってもなお、歩き私に寄り添っていてくれた。
そんな幸せな最中、事件が起こった。
ほんの少し、私の帰りが遅くなった。
彼は歩けなくなっていた。
彼は放し飼いで部屋の中を自由に駆け回っていた、最近足腰が弱くなり始めていたから気を付けようねと話していた。そんな時、だったのだ。彼はフローリングの上で倒れていた。
何があったのかは何となく察しがついた。眠っていた所から動こうとしてうまく立つことが出来ず、強く体を打ってしまったのだと。病院に行って薬をもらってきて、今よりもっと気を付ければ彼の脚も良くなるだろう。そう思っていたのに、彼はもう歩けなくなっていた。サプリや薬や補助しながら歩行もさせていた。でも徐々に体は固くなっていって、その内に後ろ足だけではなく、前足も悪くなって歩く事が叶わなくなってしまった。
それでも、彼は生きてくれていた。毎日三食、ご飯を食べて、お水を飲んで、トイレをして。その内に認知症が始まった。家族で代わりばんこに夜泣きに対応して何とか睡眠を確保する日々が続いていた。でも、次第に耐えられなくなって、病院に連れていき相談した。
薬を貰い、彼の認知症は日を増すごとに少しずつ改善していっていた。昼夜逆転が治り、痛くないように整えた床の上で前進する。
その日も特に変わらない日常だった。彼は肉が好きだからと肉をあげた。でも、一切れだけ食べて、二切れ目は食べなかった。私はご飯を食べたあとに上げたからもうお腹がいっぱいだと思っていた。
朝、目を覚ますと家族が私を見て言った。
「泣かないでね?」
私は彼に掛けられている布団を剥いだ。
いつもと変わらない姿の彼がそこにはいた。でもなぜだろう、体に耳を当ててみても何の音もしなかった。温かくも、なかった。
あぁあぁ、言葉にもならないような嗚咽だけが口から出て行く。
その内に追いついてきた涙が零れ始めた。止まらなかった。理解してしまった事が嫌で、もう戻ってこないことが嫌で、夢なんだと思ってしまいたくて、硬直した彼を抱いて、布団にもぐって眠った。
温かい布団の中、何もしていないのに、彼は氷で冷やしているんじゃないかと思う程に冷たかった。
あぁ、失うことがこんなにもつらいなんて知らなった。父の時はこんなに尾を引く事なんてなかったのに、涙を止める事が出来なかった。ずっと一緒だと言ったのに、彼が35歳になるまで生きないとダメだと言ったのに。17年、短すぎる。人間の年だと80代? 知ったことではない。彼は私の運命なのだ、共に居るべきだったのだ、辛い時は寄り添ってくれた。泣いている時も近くに居てくれた。楽しい時なんて数えられない。昨日まで生きていたじゃないか。温かかったじゃないか。私が死ぬまで一緒だと言ったじゃないか。
もう戻る事のない彼を一日抱いて過ごした。
翌日、簡易的なお葬式をした。家の庭に彼を埋めて、墓石を立てて、手向けの花を置いた。
それから三日三晩、涙は止まらず、体調を崩した私は何もすることが出来なかった。
人の涙は立った三日で枯れる事が分かってしまった私は自分自身に怒りが湧いた。あれだけ彼がいないと生きていけないと言っていたのに、どうして私は生きているのだろうか。どうして、ゆっくりと日常を取り戻せてしまっているのだろうか。嫌いだ、こんな私が。
だが、少しずつ考えも変わり始めた。毎日立てる二本の線香。毎日捲る、彼の写真。
彼は私の運命だったのだ、見た瞬間この子しかいないと思った。だったら、だったら、彼は体を変えて、また家に帰って来るのではなかろうか。また、私が見つけ出せるのではないのだろうか。今は早く彼が家に帰って来るように毎日口にしている。
早く家に戻っておいで。早く新しい躰で会いにおいで。
空しくてもなんでもいい。そう思っていた時だ、ふと彼の命日が気になった。何の日だったか、よく思い出せない。でも大事な日だった気がする。
カレンダーを見る、彼の命日。日付は12/05。
枯れたはずの涙がまた溢れて止まらなかった。彼は私が決めた誕生日に亡くなった。
出会ってからは17年。でも、生まれてからは……私が決めた誕生日だったら……彼は18歳だ。
忘れていてごめんね、大事な日を。誕生日まで必死に生きてくれてありがとう。きっと、ずっと、貴方は、私の愛しい子。この世でも、あの世でも、ずっと貴方が一番だよ。
私の元に来てくれてありがとう。私の傍にいてくれてありがとう。ずっとずっと、愛しい子。




