俺の異世界無双の夢、幼女たちに破壊される
クスッと笑えるちょっぴり波乱な異世界転生、どうぞお楽しみください
早速だが、俺の異世界無双の夢は、転生して即行で粉々になった。
それも……
「ティーチお兄さん!ワイバーン3匹やっつけたよ!へへっ、速いでしょ~っ!」
「アポロ!あなた、確かに速いですが、怪我をしすぎです!考え無しに突っ込むからですよ!」
「でもカノンちゃん、倒したワイバーンの数2匹でしょ~?慎重すぎるんじゃない?」
「そんな考えしてると、早死にしますよ!」
「まあまあ2人とも、ケンカしないで。怪我ならわたしが治すから」
この幼女3人衆によって。
ワイバーン討伐に赴いた際、合計討伐数はなんと7。
そこから俺の倒した分を引くと、合計数はなんと7。
……パーティーメンバーが最強過ぎて、俺の出る幕――――無し。
◇
時は遡り……
「ふむ。其方、「一 一」と言うのか。――プッ…文字繋げたらただの棒じゃな…」
「今俺の名前で笑ったか?」
「んー?なんのことじゃ~?」
生前、普通の会社員だった一は、机の中に400億の借用書が眠るほど不運続きな生活を送っていた。
しかしある日、こんなくそったれな生活に別れを告げると決め、勇気を振り絞って生を終わらせた。
「で、その死因が…“崖からの飛び降り――――を試みたが、落下中に鳥とぶつかって死亡”。
……プッ!あっはははっ!や、やっぱ無理じゃ…!こんな死因、笑いなんぞ堪えられん…!」
「今度は逃げられねぇぞ!人の死因笑いやがって!」
目の前に立つ薄紫の長髪を持った少女の言う通り、一は鳥と激突して死んだ。
そして死んだ後、天国に行こうとしたら、途中でこの少女に頭を掴まれ、そのまま雲の上に引きずり上げられた。
どうやら人生の最期の瞬間まで、不運を貫き通してしまったようだ。マジでなんも嬉しくない!
落下中の激突死とかいうバカみたいな死因を、少女「イコル」は腹をよじらせて笑い転げている。
何よりうざいのは……こいつが“神様”だということだ。
「はあ…神様に死因を笑われるなんて、思いもよらなかったよ…」
「仕方なかろう!こんなに面白い人生、初めて見たんじゃから…!」
「まだ笑ってるし!」
その人生を歩んできた本人からすれば、面白いことなんて1つも無かった。
周りからすれば、面白い人生なのだろうか?
それとも、この神の道徳心とかが少しイカれているのだろうか?
「はぁ~っ……其方、面白い人間じゃのう。わしは気に入ったぞ」
「やっと笑い終わったか…長ぇよ、ツボ浅すぎだろ」
「いやぁ、すまぬすまぬ。しかし、これだけ面白い人生を送った人間を前に笑わないというのは、些か無礼というものじゃろう?」
なるほど、理解した。
どうやら先程の二択の答えは、後者だったらしい。
この神、結構終わってる。
きっとイコルは、死因を笑いに来ただけなんだろう。
不運続きでくそったれな人生を歩んだ一を、ただ笑いに――――
「む。そんなわけなかろう?そんなにわしが道徳心に欠けた神と思っておるのか?」
「な…!心読めんのかよ……!」
「ふふん、神じゃからな♪」
自分の身分を誇らしげに口にする神。
どうせだったら身分だけじゃなく…
「性格も神だったらいいのにな」
「性格も神じゃろ!!!わしは人の死を笑うような神ではないわい!
その逆じゃ、わしは其方のくそったれな人生に、1つ“幸運”を与えようと思っておるんじゃぞ!」
「幸運……?」
思わず、聞き返していた。
その言葉は、一の人生において、あまりにも縁遠いものだったからだ。
掴めた覚えはなく、むしろ避けられてきたと言った方がしっくりくる。
「其方の人生にはの、帳尻が合っておらんのじゃ」
イコルは腕を組み、どこか偉そうに頷く。
「思い出してみい、其方の人生を」
「……。死ぬほど運の悪い人生だったよ」
「そうじゃな。じゃが、見方を変えてみれば、“運を使わなかった人生”とも言えるぞ?」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。
幸運が使われなかった人生。
もし、それが本当なら――
「…じゃあ、その幸運はどこにあるんだよ?」
「ふふん」
イコルは少し微笑み、空中を歩いて一の前に立つ。
そして彼女は見えない台座に乗っているかのように浮きながら、一の胸に手を当てる。
「それなら、ここにある」
イコルは思いっきりその手を後ろに退き、一の胸から金色の糸のようなものを引っ張り出した。
「これこそ、数十年もの間蓄積されてきた、其方の幸運じゃ」
「これが、俺の……」
「そしてこの幸運、派手に使おうと思っておる」
イコルは口角を上げ、告げた――――。
「其方、“異世界転生”に興味は無いか?」
「……!」
そのイコルの言葉を、どうしても聞き逃せなかった。
生前、何度も考えていた。
異世界転生してみたら、人生は変わるのか、と。
一は夢見ていた。
異世界無双して人々に称賛される、幸運ばっかりの人生を。
「これだけの幸運があれば、其方に新生をもたらすことなんぞ容易い。更に多大なる力を与えることすら出来る」
「……!」
「強制はせん。其方が決めるとよい。この幸運を使って異世界転生するか、別の願いを叶えるか。そもそも使わないという選択肢もあるが」
一は視線を落とす。
幸運、成功、縁。
どれも一度も手にした覚えのない言葉だ。
それを今さら「自由に使え」と言われても、正直、実感が湧かない。
だが……
『其方、“異世界転生”に興味は無いか?』
何も掴まずに終わるのは、きっと“あの人生と同じ”だ。
しかし、少し疑問があった。
自分には、誰かにそこまでされる理由が見当たらない。
この神に何か貢献したわけでもないのに…
「…どうして、俺にそこまでしようとしてくれるんだ?」
「む?言ったであろう?」
その問いに、イコルははっきりと答えてみせた。
「わしが其方を気に入ったからじゃ」
あまりにも単純で、あまりにも身勝手な理由。
打算も、義務も、使命感もない。
ただそこにあったのは、「気に入った」という理由だけだった。
その言葉に背中を押され、一は決意した。
そして目の前の“神”に向かって、自分の「選択」を口にする。
「異世界転生して、無双する。それが俺の夢だ…!」
自分の選択を、力強く。
そして再び一の前に立つ。
「ならば、其方に神の血を授けようではないか」
「神の血…?なんだ、そりゃ――――」
――カプッ。
イコルは、神の血とは何かと疑問に思う一の首もとに優しく噛みついた。
「はっ!?お、おい!なにやって…!」
「動くでない、やりづらいじゃろ」
一瞬戸惑うも、イコルの言う通りじっとすることにした。
不思議と痛みとかは感じず、首もとにはまるで空気がくすぐるような、そんな感覚しかなかった。
「ほれ、終わったぞ。違和感とかは無いか?」
「…ああ、特に無い。…今、神の血が流れてんだよな?俺の中には」
「うむ。その血があれば、其方はそこそこ異世界で無双出来ることじゃろう。魔法も使えるぞ、ちゃんとイメージ出来ればじゃがな。ほれ、わしの優しさに感謝することじゃ」
「…ありがとう、イコル」
その言葉に、イコルは満足そうに頷いた。
「まあ、全部其方のためってワケじゃないがの」
「え、そうなの?」
「当たり前じゃろ、其方が得してわしが得しないのは不平等じゃ!」
そう言って、イコルは胸を張る。
神のくせに、平等不平等に目を光らし、どこか妙に人間臭い理屈を口にして。
「其方の人生がこれからどれだけ面白おかしく転ぶか、苦しみもがく姿がどれほど惨めか、特等席から眺める気じゃ。
――――つまり、わしも楽しみた~い!」
「正体表したな性悪神!」
他人の人生を自分の娯楽に使うとは、まるで悪魔だ。
…まあ、転生させてくれるのなら、それぐらいは多目に見ておこう。
「あ、そうじゃ、其方。異世界に転生したら、そうじゃな…自分のことを「ティーチ」とでも名乗るのがよかろ」
「「ティーチ」…新しい名前か、異世界っぽいな!」
異世界転生したら、名前も変わる。
よくある展開に、異世界転生するという1つの夢がすぐそこにあると知らされ、後のティーチという新たな命は胸を躍らせる。
「準備はよいか?」
「ああ、準備万端だ!」
目をキラキラと輝かせて、一は転生後の人生の期待で胸を膨らませていた。
――今思えば、これほど期待を胸に募らせたのは、子供の頃以来かもしれない。
無邪気な返事を聞いて微笑むイコルは、手に持っていた幸運の糸を、不思議な力で1つの小さな球体に変えた。
そしてイコルはそれを一の胸に押して入れ、一の胸元が金色の光を放ちはじめた。
同時に一の胸にはぐいっと押される感覚があった。
「えっ…」
体が後ろへ傾き、踏ん張る間もなく、一は仰向けのまま倒れ込む。
「あ、言い忘れとったが、神の血には“副作用”があるから気をつけるんじゃぞ。じゃ、行ってこ~い!」
「待って?それ結構大事な話の気がするんだが!?」
“副作用”とかいう、明らかに重要ワードを軽く告げられた一は、後ろに働く力に抵抗なんて出来ず、イコルに手を伸ばしながら倒れていく。
「異世界無双の夢、叶えてみせろ」
足元の雲が、まるで水面のように波打ち、そのまま身体を受け入れるように――否、突き抜けた。
水面のような雲は、突き抜けた直後、自分の姿を映す。
それはかつての一 一ではなく、別の青年――新たな命、「ティーチ」である。
「うわぁぁぁああああっ!!!」
先程までいた明るい空から一転して、空は紺色に染められていた。
そんな空の中、落下の感覚がティーチを襲う。
背中に空気抵抗を受けながら、流れ星のように下へと落ちていく。
「あっ、見てお母さん!流れ星!」
「あら、ほんとねぇ~!」
どこかの町では、猫耳の少女が落下する何かを空に見つけ、指を指し、「流れ星」と口にした。
その正体が、胸から金色の光を放っている人間であると知らずに。
「ぐぅぅぅううう!!!」
ティーチは落下しながらも、地面との距離を確認するために空中で体を捻り、仰向けからうつ伏せの状態となる。
幸い地面まではまだ距離があるが、このままでは森に墜落して死ぬ。
もしまた死んだら……
『もう死んだのかぁ~?ざーこざーこ♡』
とかイコルに言われんのが見えてうざいから、マジで死にたくない。
「なんとか、生き残る方法を…!!」
折角与えられた新しい人生、即行で終わらせるわけにはいかない。
ティーチは必死に思考を最大限に巡らせ、生き残る方法を見出そうとする。
「考えろ、考えろっ、俺…!!」
こんな早くに人生のカーテンコールをするわけにはいかない。
脳の隅から隅までを使い、突破口を探っていく。
そして、脳のどこかで、ある声が反響した。
『その血があれば、其方はかな~り異世界で無双出来ることじゃろう。魔法も使えるぞ、ちゃんとイメージ出来ればじゃがな』
――そうだ、ここは異世界。
ティーチの体の中には、神の血が流れている。
「魔法……!なんとかして、魔法を……!」
もし魔法が使えれば、この危機的状況を打破できるかもしれない。
イコルは『ちゃんとイメージ出来れば』と言っていた。
魔法はイメージ――異世界もので何度も聞いた言葉だ。
「魔法はイメージ、魔法はイメージ、魔法はイメージ…!」
試しに、脳内で実際に魔法を放つイメージをしてみる。
頭に浮かんだのは、落下速度を殺すための“風”。
ティーチは必死に念じる。
体を受け止める上昇気流や、落下を食い止める風の膜を――。
頭の中では何度も描けているのに――
「クソッ…出ろ……!風、出ろって…ッ!」
しかし、何も起きない。
風は吹かず、落下速度は一向に緩まらない。
地面が、森が、あり得ない速さで迫ってくる。
「死」が、近づいてくる。
「出ろ…!出ろ…!」
焦りが思考を乱す。
イメージが、崩れかける。
地面まで、あと数十メートル。
それまでに魔法を出せなければ、死ぬ。
「出ろぉぉぉぉおおおッ!!!」
そして落下直前、ティーチは最後の希望を声に乗せた。
……そして、ティーチの体は地面に激突し、ティーチは死
「どわぁぁあああ――――っ!?」
――んだと思われた瞬間、手の先から風魔法が暴発し、ティーチが地面に激突することはなかった。
だが暴発により、今度はティーチの体が横へ吹き飛ばされ、森の木々の間をすり抜けて飛んでいく。
このとき、ティーチは思った。
神に死因を笑われて、転生したと思ったら空から落ちて、落下死直前で今度は横に飛ばされて……
「俺の異世界転生…最初ッから波乱万丈すぎんだろぉぉおおお!!!」
◇
「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」
一方、森の中を小さな影が、狐の耳と尻尾を揺らしながら駆けていた。
足音は不思議なほど軽く、息は落ち着いている。
「おい!待ちやがれ、キツネのガキィ!」
「痛い目に遭いたくなかったら、それ置いてけェ!」
その影の背後から、荒い息と重たい足音が迫る。
盗賊2人。1人は細身、もう1人はかなり太っている。
動きは雑で、怒鳴り声だけがやけに大きい。
その音を無視して、ただ走る。
しかし、一歩踏み出した瞬間。
落ち葉の下に隠れていた太い木の根が、思いがけず足を引っかける。
「っ……!」
体勢が崩れ、前につんのめる。
すぐに立て直そうとするが、背後の足音はもう近く、振り向けば、すぐそこに盗賊が立っていた。
「ヘヘヘ…鬼ごっこは終わりだなぁ嬢ちゃん」
「むー…!」
「あ?なんだその目は…舐めてんのかガキィ!?」
1人が右手に握るナイフを振りかぶり、いつでも殺せる体勢をとる。
それを見つめる幼女は、盗賊にバレないよう後ろに腕を置き、自分の腕に鋭い爪を立てる。
――その時だった。
横から何者かの叫び声が聞こえたのは。
「おわぁぁぁああああっ!!!」
「えっ!?」
木々の間から男が吹っ飛んでくるという衝撃的な光景を目撃し、狐耳の幼女は無意識に自分の腕から爪を放していた。
そしてその男は、目の前の盗賊2人と激突し、その奥にある木と手を組んで盗賊を挟んだ。
恐らくかなりの威力だったんだろう、盗賊2人は「ゴォエブッ」という絶命したような声を出して気絶。
そのまま男は体当たりで木をへし折り、その向こうへ。
「…?――あ!待って!そっちには……!」
男に向けて手を伸ばし、待って!と叫ぶ。
しかしその声は虚しく空振ってしまう。
「そっちはまずいの!――――ていっ!」
狐の幼女は魔法か何かの力で、周囲の空気を歪ませ、手元に空気の弓と矢を形作る。
それを実体化させ、狐の幼女は弓を引き、放つ。
放たれた矢は円を描くように飛び、狐の幼女の元に戻ってきた。
「――やっ!」
その矢に掴まり、子供とは思えないような自慢の身体能力で矢に乗り、そのまま人智を超越したような速度で男を追う。
一方で、男の方は。
暴発の反動に対抗できないまま、男は飛んでいく。
――しかし、先程よりはスピードが落ちている。
どうやら、あの木にぶつかったおかげで少し威力が減衰したらしい。
やっと止まれる。そう思って喜びを感じたのも束の間。
「――――へ…?」
その体は崖から飛び出し、宙に舞ったのだった。
生前の落下の時に似たような感覚が、今男の体を包んでいる。
横方向ばかり働いていた力は、ついに重力に目を向けてしまい、男の体には重力が働き始める。
――つまり、男の体は今まさに、崖から落下しようとしているのだ。
「またかよぉぉぉおおお――――ッ!?!?!?」
仰向けのまま、重力に従う他なく落ちていく。
下を見れば岩だらけ。確実に落ちれば死ぬ。
しかし幸い、鳥はいないらしい。同じ死因は避けられるようで、少し安心した。
……死にそうだというのに。
『もう死んだのかぁ~?ざーこざーこ♡』
うわあ、マジで死にたくない…
こうなる未来しか見えないから、なんとかして死を避けたいが、そんな方法どこにも見つからない。
終わったな、俺の異世界生活――――。
「やぁぁああっ!」
「…っ!?」
しかし人生終了を覚悟したその瞬間、男の右手を小さな手が掴んだ。
その手の持ち主は、狐の耳と尻尾がある、青い瞳の綺麗な幼女。
ぎゅ、と。
思いのほか強い力が、男の右手を引いた。
しかしそんな可愛らしい擬態語とは裏腹に、男を引き上げる力は幼女のものとは思えないほど強かった。
「う~…っ!お、重い…っ!」
一応重そうにはしているが、今男の腕を掴んでいるのは、幼女の“左手”である。
左手だけで男の体重を全て支えているのだ。
矢に乗る幼女と、幼女に片腕で掴まれる男。
そんな状況の中、矢は旋回しながら高度を落としていき、2人を川辺に案内してくれたのだった。
「はぁ、はぁ…し、死ぬかと思った…!ありがとう、助かった…!」
男は死にそうな顔をしながら、生き残ったことに喜びを感じている。
「ふう…大丈夫?怪我してない?」
「ちょっと右肩が痛い…」
「右肩…さっき木にぶつかってたからかな?ちょっと見せて」
少女は小さく息を整えると、男の右肩へそっと手をかざした。
白い指先から、淡い光が滲むように溢れ出す。
しかしその時、男の背後から低く喉を鳴らす音が響く。
その音の方向に目をやると、そこにはよだれを垂らした何かが、こちらへ走ってきていた。
「なっ…!ウルフ!?」
男の背後から、ウルフという名の脅威が迫ってくる。
目と目が合い、殺意を感じ取る。
その目を見ながら、男は恐怖を帯びた顔をすることしか出来ずにいた。
「…っ!」
ウルフの鋭い爪が、命を狩り取ろうとする。
しかしその爪が届く寸前、幼女は手元の弓を手に取り、目にも留まらぬ速さで矢を放った。
その矢は男の背後の脅威を射抜き、血が飛び散る。
その血は男と幼女の服にかかり、赤色が目立つようになってしまった。
「ぁ……え…?」
「う~…服汚れちゃった…」
「え?え?」
突然の出来事に理解が追い付かない。
ウルフが現れて、襲われそうになって、幼女に射抜かれて、腹に穴が空いて。
…どうしても、途中から理解が及ばなくなる。
なんだ、幼女に射抜かれて穴が空くって。
「お兄さん、大丈夫?」
幼女がこちらを覗き込む。その声は幼いのに、不思議と落ち着いていた。
男は理解に苦しみながら、こくりと頷き立ち上がる。
…やはり、信じがたい。
こんなに身長差があって、小柄な幼女が、片手で自分を掴んでいたことが。
「……」
幼女は優しく微笑むが、その裏には計り知れない力がある。
人は見かけによらない。その意味を、もう充分というほど理解した。
「……?」
――その時、何かが身体中をツンと刺した気がした。
それはまるで、何者かに見られているかのような。
……それに静かすぎる。
川のせせらぎ以外、森の音が消えている。
その中に、草が踏み荒らされる音が四方から重なり、闇の奥で、複数の黄色い光がこちらを睨み返していた。
――1つや2つなんてところじゃない。
「……!」
その黄色い光が、森の中から正体を現す。
それはまさに、十数匹のウルフ。
どうやら縄張りに足を踏み入れてしまったらしい。
1匹1匹が、こちらに殺意を向けている。
「大丈夫だよ、お兄さん。わたしに任せて」
「……いや」
胸の奥が、ひどく熱くなる。
幼女に助けられたのに何も返せない情けなさと、それでも生きたいという欲が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。
だが1つ――夢がある。
自分がまだ未熟で、魔法も自由自在に使えない男なのは分かっている。
しかし、異世界無双の夢――それを叶えるためには…
「俺も戦うよ」
「……!――ふふっ、ありがとう」
ここで止まってちゃいけない。
自分の夢のためと……あいつにバカにされないために。
「ねえお兄さん。お名前、聞いてもいい?」
「え、今!?」
「うん、今。わたしはスイセンっていうんだ、よろしくね!」
男は一瞬、言葉に詰まった。
こんな修羅場で名前を名乗ることなんて無いと思っていた。
こんな状況で名乗るとか、どんな自己紹介タイムだ…
スイセンはこちらが名乗るのを心待ちにしている。
その眼差しに負け、男は口角を上げながら、名前を口にした。
「――俺は、ティーチだ」
その名乗りを開戦の鐘として、ウルフたちは襲いかかってくる。
(落ち着け…あの感覚だ。あの感覚を抑えれば、上手く魔法が打てるはず…!)
身体中の感覚を研ぎ澄まし、再び魔法をイメージする。
あの暴発は恐らく、力を込めすぎたのが原因。
力を抑えれば、飛ばされることなく敵を倒すことが出来るはず。
「出ろ…!風魔法!!」
ティーチの右手から、微風が吹き始める。
調整は上手くいっている。あと少し力を入れれば…
「――ッ!?」
しかし魔法に集中しすぎてしまい、ウルフの口は既に目前。
それにより、抑えるはずだった力を一気に解放してしまい…
「どぉおわああッ!?」
ティーチは再び風魔法の暴発により吹っ飛ばされ、木に叩きつけられる。
威力は前の6割ほどに抑えられたが、それでもかなりの威力で背中が痛い。
だが、ただ吹き飛ばされただけではない。
「…やってやったぜ…ざまあみろ…!」
風魔法はウルフの胴を切り裂き、1匹を討伐。
残るウルフもどんどん倒していこう、そう思って立ち上がった先に見たのは…
「やっ!ほっ!ていっ!」
空中にぶら下がったり、正確に矢でウルフを射抜いたり――人間離れの身体能力を見せるスイセンの姿。
可愛らしい掛け声と共に、瞬く間に1匹、また1匹と手にかけていく。
そして刹那のうちに、ウルフは全滅。
十数匹のうちティーチが倒したのは1匹、それ以外は全てスイセンの功績である。
「あああぁぁぁーーー…………」
幼女との力の差に絶望し、異世界無双の夢にヒビが入った気がした。
スイセンはそんなティーチを見て、無邪気にニカッと笑う。
「やったね、ティーチお兄さん!2人で協力して……お兄さん?大丈夫?」
「あー…大丈夫、大丈夫…ちょっと腹が減っただけだから…」
「お腹がすいたの?――そういえばわたしも、なんにも食べてないや」
自分のお腹に手を当てる。
意識してみると、腹が食べ物を欲しがっているように思えてきた。
「お兄さん」
「…?」
「ご飯、一緒に行こ!」
◇
「ごめんなさいっ!部屋は1つしか空いてなくて…!」
「え」
近くの町で食事後、夜を明かすための宿に向かった2人。
しかし宿の部屋は1つしか空いておらず、同室に。
……同じ部屋に成人男性と幼女。
(他から見たら兄妹…いや、下手したらヤバイやつだと思われそうだな……)
「わあっ!ふかふかベッドだ~♪」
スイセンはベッドに飛び乗り、手元の周囲の空気を歪ませて、クマの人形を作り出す。
それを抱き抱えて、ベッドの上をゴロゴロし始めた。
その一方で、ティーチは今、かなり限界である。
同じ部屋に幼女と2人、それだけでもマズイが、実はもっと他の理由があるのだ。
(はあ…まさか、幼女に奢ってもらうことになるなんて……)
転生後、手持ちには武器も金も、何も無かった。
一文無しで転生したティーチには、食事費や宿泊費が無い。
その分を幼女スイセンに奢ってもらったことで、ティーチは今、大人としての尊厳を失ったように感じていた。
――バチンッ!
(元気出せ、俺!奢られたんなら、稼いでその2倍の金を返せばいい!落ち込む必要なんてない!)
自分の頬をバチンと叩き、表に出していた弱さを内側へ戻す。
「そういえばティーチお兄さんって、お家はあるの?」
「家?家なら東京に――じゃなくて…!――家な、実は無いんだよ、俺」
「ふ~ん、そうなんだ。わたしと一緒だね」
「えっ…スイセンも?」
「うん。無いんだ、帰る場所」
どうやらスイセンは学校に通えておらず、友達もおらず、冒険者をやって稼いでいるらしい。
こんな苦労を、まだこんな年で経験しているなんて。
そう思うと自然にティーチの顔が曇った。
「お兄さんは、学校行ってた?」
「まあ、一応な…」
「へえ~!いいなあ…!学校って楽しいところなんでしょ?」
楽しいところ、か。
楽しかったことなんて、あっただろうか。
不運続きで、友達ができたと思ったら離れていって。
「…正直、楽しいと思ったこと、無いかもな。スイセンと同じで、友達もいないし」
「――うーん…」
スイセンは可愛らしく首をかしげて、何か考えているようだ。
数秒間の沈黙と思考、そしてスイセンは「お兄さん、ちょっといい?」と言って、ある提案をした。
「わたしとお兄さんで、パーティーを組まない?」
「パーティー…?」
「そう!2人で一緒に冒険者して、一緒に旅するの。どう?」
その提案は友達のいないティーチにとって、非常に魅力的であった。
「ああ」――そう答えるだけで、ティーチとスイセンの距離は更に縮まり、友達と呼べるようになるかもしれない。
ただ……
「やりたいけど、俺は不運な男だから、足を引っ張るかもしれない。だから――――」
「ごめん」――そう言おうと口を開いたその時だった。
スイセンの声が、それを言うことを許さなかったのは。
「不運じゃないよ。お兄さんに助けてもらったあの時、お兄さんはわたしにとっての幸運だったもん」
「……!」
「一緒に冒険しよ!ティーチお兄さん!」
優しい笑顔で手を差し伸べる姿は、イコルとは比べ物にならないほど神様のようだった。
その笑顔が、ティーチの心の曇りを晴らす。
気づけば迷いも言い訳も、全て置き去りにして…
そしてそこには、スイセンの手をとった事実があるだけだった。
「えへへっ。これでわたしたち、仲良しこよしお友達、だね!」
「……。ははっ、そうだな」
今この時、仮ではあるが、パーティーが誕生。
そのパーティーという言葉には、“友達”という意味が含まれている。
……そして、その日の深夜。
町が静寂に包まれた頃、スイセンは1人、目を開く。
「………」
足音を立てないようゆっくり歩いて、向かった先はベランダ。
スイセンはベランダに立ち、月を見上げる。
その赤色の瞳には、美しい月が映っていた。
「……」
………。
…………………。
……………………………。
……………………………―――――――――。
「――友達……………」
◇
太陽が昇り、影は陽光に呑まれていく。
ティーチは朝の始まりと鳥のさえずり、窓から吹く優しい風と共にに目を覚ました。
上体を起こし、体を伸ばす。
「んぅぅ……」
その時、隣からスイセンの声が聞こえてきた。
そちらに目をやると、スイセンはクマの人形を抱き抱えながら、ぐっすりと……いや、待て。
よく見ると、スイセン服がズレて、胸元がかなりがら空きになってしまっている。
「おわぁぁあああっ!?」
「ん…ん?え…?なに?お兄さん、どうかした?」
ティーチは急いで体を180度横に回し、スイセンに背中を向ける。
「ふ、ふふ、ふっふふふー、ふふフクゥ、フク…服…!」
「服…?」
あわあわしながら服のことを訴え、スイセンは自分の服に目を向ける。
そこには、肩にかけていた紐が落ちており、上裸状態の自分がいて……
「わ…あわ……」
状況確認したスイセンは、頬を赤らめて――
「わぁぁぁああああ――――っ!?!?!?」
◇
「冒険者ギルドへようこそ。えっと…パーティー登録ですか?」
「うん!」
「それでは、こちらの紙にパーティーリーダーと、メンバーの名前をご記入ください」
朝のトラブル後、2人はパーティー登録をしに冒険者ギルドへ。
冒険者ギルドには男も女もいて、酒を飲んで話していたり、掲示板に依頼の紙が貼られていたりと、この世界の冒険者ギルドは、異世界系でよく見る場所だった。
「はい、できたよ!」
「確認いたしますね。パーティーリーダーがティーチさん、メンバーがスイセンさん。はい、確認しました」
「――え待って、パーティーリーダーもう1回言ってくれません?」
「え?はい…パーティーリーダーはティーチさんですが……」
「え?え?」
なんか勝手にパーティーリーダーに任命されてて戸惑うティーチ。
その傍らでニコッと笑うスイセン。
「これから頑張ろうね、ティーチお兄さん!」
「……」
いや、待て。
なんで俺がリーダーなんだ。話し合いとか、そういう民主的なプロセスはどこへ行った。
「スイセン?なんで俺がパーティーリーダーに…?」
「だってお兄さん、わたしより年上だもん!」
スイセンは「当然でしょ?」と言いたげな顔でこちらを見上げている。
その無邪気さが、いちばん反論しづらい。
……まあいいか。
こんなに無邪気な目を見たら、断ろうと思えなくなってきた。
責任が増えた気もするが、少しだけ胸が高鳴るのも事実だった。
だから――――
「分かった。任せてくれ、スイセン」
「うん!任せた!」
このパーティーで、パーティーリーダーの名に恥じないように、強くなると決意する。
そして拳を強く握り、声高らかに叫んだ。
「必ずこの世界で、無双してみせる!!!」
◇
と、気合いだけは100点だったんだが…
「わはぁ~っ!やっぱり魔物狩りって楽しいね!カノンちゃん!」
「そんなに楽しんでいるのはあなただけですよ、アポロ」
「嘘ぉ!なんで!?楽しいじゃん!」
赤色の髪の幼女アポロと、紫色の髪の幼女カノン。
自分より強い幼女がパーティーに2人も加入して、もはやティーチの存在意義が危うくなってきていた。
――というか、どうして自分のパーティーには幼女しか入ってこないのか…
「仕事が早いね、あの2人。それにすっごく仲良しだし!」
「あ、ああ……うん、そうだね……」
戦おうとしたら、攻撃する前に魔物が死んでいたり。
攻撃されそうになった時、幼女たちに守られたり。
今この4人パーティーで、ティーチのヒエラルキーは恐らく…“底辺”!
ティーチがいてもいなくても、パーティーの戦力は変化しない。
――いや、足を引っ張らない分、むしろ上がるかもしれない。
「はあ…俺の夢、どこいった……」
夢が更に遠くなった気がして、気が沈む。
更に、幼女の足を引っ張ってしまう点で更に気が沈む。
ああ、転生したけど、ちょっと死にたくなってきたかも。
「ティーチお兄さ~ん!はやく次!ワイバーンの討伐行こ~っ!」
「待ってください、アポロ。ワイバーンなんて楽勝ですが、ティーチの体力面を考えて、もっと簡単な魔物にしましょう」
「ぐ…気を払われてる…!」
カノンのティーチを思っての言葉が、逆にティーチを更に死にたくさせる。
「むー、そっかあ…じゃあ……えいっ!」
「おわっ!?」
アポロの残念そうな顔は一瞬にして笑顔になり、ティーチの脚にしがみついてきた。
「あ!アポロ!脚にしがみついたら、ティーチが座れないでしょ!」
「いや、いいよ。逆にこうしてもらった方がいいかも…」
「だってさ、カノンちゃん♪ほら、カノンちゃんも一緒に!スイセンちゃんも!」
「わ、私はそんな子供みたいなこと…しません、し……」
そう言いながら、カノンはティーチのズボンをつまむ。
そんな可愛らしい姿を見ていると、なんだかさっきまでの死にたい気持ちが、どんどん治まっていくような気がする。
「ティーチお兄さん、まるで先生だね!」
「あはは……。――ん?待てよ、先生…?」
先生という単語を聞いた瞬間、脳裏にあの神の声が反響した。
『自分のことを「ティーチ」とでも名乗るのがよかろ』
先生――学校で子供たちに色々教える役職。
英語ではティーチャー。
ティーチャー…ティーチャ……ティーチ……。
そこでティーチは、気づいてしまった。
「まさか、「ティーチ」って……そういうことかよぉぉぉおおおおお!!!!!」
イコルから貰った名前には、「幼女パーティーになるから先生ポジションになるぞ」という意味があったのだ、と。
「ティーチお兄さん!そろそろ行こーよ~!」
「疲れは取れましたか?じゃあ、早速出発しましょう」
「一緒に行こう、ティーチお兄さん!」
幼女たちとの旅は、まだ始まったばかり。
俺の異世界無双の夢も、いつか、きっと……始まるはずだよな…?
◇
…………。
月夜のもとの、空気の冷たい花畑。
そこに、花の上を歩く影がひとつ。
足元の花を1輪手に取り、顔の前に持っていく。
その花は、冷たい吐息によって凍り、美しい結晶を風に乗せて散っていく。
「死者の嘆きの弾丸で――」
その銃口は冷たい声と共に、赤い月へ向けられる。
冷たい指が引き金に触れ、腰にかけた鍵を風に揺らしながら、女は凍てつくような目で言い放つ。
「お前に死を与えよう」
この弾丸が貫くべきは、既に定まっているのだ、と。




