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俺の異世界無双の夢、幼女たちに破壊される

作者: S-R/セイラ
掲載日:2025/12/17

クスッと笑えるちょっぴり波乱な異世界転生、どうぞお楽しみください

早速だが、俺の異世界無双の夢は、転生して即行で粉々になった。

それも……


「ティーチお兄さん!ワイバーン3匹やっつけたよ!へへっ、速いでしょ~っ!」


「アポロ!あなた、確かに速いですが、怪我をしすぎです!考え無しに突っ込むからですよ!」


「でもカノンちゃん、倒したワイバーンの数2匹でしょ~?慎重すぎるんじゃない?」


「そんな考えしてると、早死にしますよ!」


「まあまあ2人とも、ケンカしないで。怪我ならわたしが治すから」


この幼女3人衆によって。


ワイバーン討伐に赴いた際、合計討伐数はなんと7。

そこから俺の倒した分を引くと、合計数はなんと7。


……パーティーメンバー(幼女3人衆)が最強過ぎて、俺の出る幕――――無し。


 ◇


時は(さかのぼ)り……


「ふむ。其方(そなた)、「一 一(にのまえ はじめ)」と言うのか。――プッ…文字繋げたらただの棒じゃな…」

「今俺の名前で笑ったか?」

「んー?なんのことじゃ~?」


生前、普通の会社員だった(はじめ)は、机の中に400億の借用書が眠るほど不運続きな生活を送っていた。


しかしある日、こんなくそったれな生活に別れを告げると決め、勇気を振り絞って生を終わらせた。


「で、その死因が…“崖からの飛び降り――――を試みたが、落下中に鳥とぶつかって死亡”。

……プッ!あっはははっ!や、やっぱ無理じゃ…!こんな死因、笑いなんぞ(こら)えられん…!」

「今度は逃げられねぇぞ!人の死因笑いやがって!」


目の前に立つ薄紫の長髪を持った少女の言う通り、(はじめ)は鳥と激突して死んだ。

そして死んだ後、天国に行こうとしたら、途中でこの少女に頭を掴まれ、そのまま雲の上に引きずり上げられた。


どうやら人生の最期の瞬間まで、不運を貫き通してしまったようだ。マジでなんも嬉しくない!


落下中の激突死とかいうバカみたいな死因を、少女「イコル」は腹をよじらせて笑い転げている。


何よりうざいのは……こいつが“神様”だということだ。


「はあ…神様に死因を笑われるなんて、思いもよらなかったよ…」


「仕方なかろう!こんなに面白い人生、初めて見たんじゃから…!」


「まだ笑ってるし!」


その人生を歩んできた本人からすれば、面白いことなんて1つも無かった。


周りからすれば、面白い人生なのだろうか?

それとも、この神の道徳心とかが少しイカれているのだろうか?


「はぁ~っ……其方、面白い人間じゃのう。わしは気に入ったぞ」


「やっと笑い終わったか…長ぇよ、ツボ浅すぎだろ」


「いやぁ、すまぬすまぬ。しかし、これだけ面白い人生を送った人間を前に笑わないというのは、(いささ)か無礼というものじゃろう?」


なるほど、理解した。

どうやら先程の二択の答えは、後者だったらしい。


この神、結構終わってる。


きっとイコルは、死因を笑いに来ただけなんだろう。

不運続きでくそったれな人生を歩んだ(はじめ)を、ただ笑いに――――


「む。そんなわけなかろう?そんなにわしが道徳心に欠けた神と思っておるのか?」


「な…!心読めんのかよ……!」


「ふふん、神じゃからな♪」


自分の身分を誇らしげに口にする神。

どうせだったら身分だけじゃなく…


「性格も神だったらいいのにな」


「性格も神じゃろ!!!わしは人の死を笑うような神ではないわい!

その逆じゃ、わしは其方のくそったれな人生に、1つ“幸運”を与えようと思っておるんじゃぞ!」


「幸運……?」


思わず、聞き返していた。


その言葉は、(はじめ)の人生において、あまりにも縁遠いものだったからだ。

掴めた覚えはなく、むしろ避けられてきたと言った方がしっくりくる。


「其方の人生にはの、帳尻が合っておらんのじゃ」


イコルは腕を組み、どこか偉そうに頷く。


「思い出してみい、其方の人生を」


「……。死ぬほど運の悪い人生だったよ」


「そうじゃな。じゃが、見方を変えてみれば、“運を使わなかった人生”とも言えるぞ?」


その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。


幸運が使われなかった人生。

もし、それが本当なら――


「…じゃあ、その幸運はどこにあるんだよ?」

「ふふん」


イコルは少し微笑(ほほえ)み、空中を歩いて(はじめ)の前に立つ。


そして彼女は見えない台座に乗っているかのように浮きながら、(はじめ)の胸に手を当てる。


「それなら、ここにある」


イコルは思いっきりその手を後ろに退き、(はじめ)の胸から金色の糸のようなものを引っ張り出した。


「これこそ、数十年もの間蓄積されてきた、其方の幸運じゃ」


「これが、俺の……」


「そしてこの幸運、派手に使おうと思っておる」


イコルは口角を上げ、告げた――――。




「其方、“異世界転生”に興味は無いか?」




「……!」


そのイコルの言葉を、どうしても聞き逃せなかった。


生前、何度も考えていた。

異世界転生してみたら、人生は変わるのか、と。


(はじめ)は夢見ていた。


異世界無双して人々に称賛される、幸運ばっかりの人生を。


「これだけの幸運があれば、其方に新生をもたらすことなんぞ容易(たやす)い。更に多大なる力を与えることすら出来る」


「……!」


「強制はせん。其方が決めるとよい。この幸運を使って異世界転生するか、別の願いを叶えるか。そもそも使わないという選択肢もあるが」


(はじめ)は視線を落とす。


幸運、成功、縁。

どれも一度も手にした覚えのない言葉だ。

それを今さら「自由に使え」と言われても、正直、実感が湧かない。


だが……


『其方、“異世界転生”に興味は無いか?』


何も掴まずに終わるのは、きっと“あの人生と同じ”だ。


しかし、少し疑問があった。


自分には、誰かにそこまでされる理由が見当たらない。

この神に何か貢献したわけでもないのに…


「…どうして、俺にそこまでしようとしてくれるんだ?」

「む?言ったであろう?」


その問いに、イコルははっきりと答えてみせた。


「わしが其方を気に入ったからじゃ」


あまりにも単純で、あまりにも身勝手な理由。

打算も、義務も、使命感もない。


ただそこにあったのは、「気に入った」という理由だけだった。


その言葉に背中を押され、(はじめ)は決意した。

そして目の前の“神”に向かって、自分の「選択」を口にする。


「異世界転生して、無双する。それが俺の夢だ…!」


自分の選択を、力強く。


そして再び(はじめ)の前に立つ。


「ならば、其方に神の血を授けようではないか」


「神の血…?なんだ、そりゃ――――」


――カプッ。


イコルは、神の血とは何かと疑問に思う(はじめ)の首もとに優しく噛みついた。


「はっ!?お、おい!なにやって…!」


「動くでない、やりづらいじゃろ」


一瞬戸惑うも、イコルの言う通りじっとすることにした。


不思議と痛みとかは感じず、首もとにはまるで空気がくすぐるような、そんな感覚しかなかった。


「ほれ、終わったぞ。違和感とかは無いか?」


「…ああ、特に無い。…今、神の血が流れてんだよな?俺の中には」


「うむ。その血があれば、其方はそこそこ異世界で無双出来ることじゃろう。魔法も使えるぞ、ちゃんとイメージ出来ればじゃがな。ほれ、わしの優しさに感謝することじゃ」


「…ありがとう、イコル」


その言葉に、イコルは満足そうに頷いた。


「まあ、全部其方のためってワケじゃないがの」


「え、そうなの?」


「当たり前じゃろ、其方が得してわしが得しないのは不平等じゃ!」


そう言って、イコルは胸を張る。


神のくせに、平等不平等に目を光らし、どこか妙に人間臭い理屈を口にして。


「其方の人生がこれからどれだけ面白おかしく転ぶか、苦しみもがく姿がどれほど(みじ)めか、特等席から眺める気じゃ。

――――つまり、わしも楽しみた~い!」


「正体表したな性悪神!」


他人の人生を自分の娯楽に使うとは、まるで悪魔だ。


…まあ、転生させてくれるのなら、それぐらいは多目に見ておこう。


「あ、そうじゃ、其方。異世界に転生したら、そうじゃな…自分のことを「ティーチ」とでも名乗るのがよかろ」


「「ティーチ」…新しい名前か、異世界っぽいな!」


異世界転生したら、名前も変わる。


よくある展開に、異世界転生するという1つの夢がすぐそこにあると知らされ、後のティーチという新たな命は胸を躍らせる。


「準備はよいか?」


「ああ、準備万端だ!」


目をキラキラと輝かせて、(はじめ)は転生後の人生の期待で胸を膨らませていた。


――今思えば、これほど期待を胸に募らせたのは、子供の頃以来かもしれない。


無邪気な返事を聞いて微笑むイコルは、手に持っていた幸運の糸を、不思議な力で1つの小さな球体に変えた。


そしてイコルはそれを(はじめ)の胸に押して入れ、(はじめ)の胸元が金色の光を放ちはじめた。

同時に(はじめ)の胸にはぐいっと押される感覚があった。


「えっ…」


体が後ろへ傾き、踏ん張る間もなく、(はじめ)は仰向けのまま倒れ込む。


「あ、言い忘れとったが、神の血には“副作用”があるから気をつけるんじゃぞ。じゃ、行ってこ~い!」


「待って?それ結構大事な話の気がするんだが!?」


“副作用”とかいう、明らかに重要ワードを軽く告げられた(はじめ)は、後ろに働く力に抵抗なんて出来ず、イコルに手を伸ばしながら倒れていく。


「異世界無双の夢、叶えてみせろ」


足元の雲が、まるで水面のように波打ち、そのまま身体を受け入れるように――否、突き抜けた。


水面のような雲は、突き抜けた直後、自分の姿を映す。

それはかつての一 一(にのまえ はじめ)ではなく、別の青年――新たな命、「ティーチ」である。


「うわぁぁぁああああっ!!!」


先程までいた明るい空から一転して、空は紺色に染められていた。

そんな空の中、落下の感覚がティーチを襲う。


背中に空気抵抗を受けながら、流れ星のように下へと落ちていく。


「あっ、見てお母さん!流れ星!」


「あら、ほんとねぇ~!」


どこかの町では、猫耳の少女が落下する何かを空に見つけ、指を指し、「流れ星」と口にした。


その正体が、胸から金色の光を放っている人間であると知らずに。


「ぐぅぅぅううう!!!」


ティーチは落下しながらも、地面との距離を確認するために空中で体を捻り、仰向けからうつ伏せの状態となる。


幸い地面まではまだ距離があるが、このままでは森に墜落して死ぬ。


もしまた死んだら……


『もう死んだのかぁ~?ざーこざーこ♡』


とかイコルに言われんのが見えてうざいから、マジで死にたくない。


「なんとか、生き残る方法を…!!」


折角与えられた新しい人生、即行で終わらせるわけにはいかない。


ティーチは必死に思考を最大限に巡らせ、生き残る方法を見出そうとする。


「考えろ、考えろっ、俺…!!」


こんな早くに人生のカーテンコールをするわけにはいかない。

脳の隅から隅までを使い、突破口を探っていく。


そして、脳のどこかで、ある声が反響した。


『その血があれば、其方はかな~り異世界で無双出来ることじゃろう。魔法も使えるぞ、ちゃんとイメージ出来ればじゃがな』


――そうだ、ここは異世界。

ティーチの体の中には、神の血が流れている。


「魔法……!なんとかして、魔法を……!」


もし魔法が使えれば、この危機的状況を打破できるかもしれない。


イコルは『ちゃんとイメージ出来れば』と言っていた。

魔法はイメージ――異世界もので何度も聞いた言葉だ。


「魔法はイメージ、魔法はイメージ、魔法はイメージ…!」


試しに、脳内で実際に魔法を放つイメージをしてみる。

頭に浮かんだのは、落下速度を殺すための“風”。


ティーチは必死に念じる。

体を受け止める上昇気流や、落下を食い止める風の膜を――。

頭の中では何度も描けているのに――


「クソッ…出ろ……!風、出ろって…ッ!」


しかし、何も起きない。

風は吹かず、落下速度は一向に緩まらない。


地面が、森が、あり得ない速さで迫ってくる。

「死」が、近づいてくる。


「出ろ…!出ろ…!」


焦りが思考を乱す。

イメージが、崩れかける。


地面まで、あと数十メートル。

それまでに魔法を出せなければ、死ぬ。


「出ろぉぉぉぉおおおッ!!!」


そして落下直前、ティーチは最後の希望を声に乗せた。


……そして、ティーチの体は地面に激突し、ティーチは死


「どわぁぁあああ――――っ!?」


――んだと思われた瞬間、手の先から風魔法が暴発し、ティーチが地面に激突することはなかった。


だが暴発により、今度はティーチの体が横へ吹き飛ばされ、森の木々の間をすり抜けて飛んでいく。


このとき、ティーチは思った。

神に死因を笑われて、転生したと思ったら空から落ちて、落下死直前で今度は横に飛ばされて……


「俺の異世界転生…最初ッから波乱万丈すぎんだろぉぉおおお!!!」


 ◇


「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」


一方、森の中を小さな影が、狐の耳と尻尾を揺らしながら駆けていた。


足音は不思議なほど軽く、息は落ち着いている。


「おい!待ちやがれ、キツネのガキィ!」


「痛い目に遭いたくなかったら、それ置いてけェ!」


その影の背後から、荒い息と重たい足音が迫る。

盗賊2人。1人は細身、もう1人はかなり太っている。

動きは雑で、怒鳴り声だけがやけに大きい。


その音を無視して、ただ走る。


しかし、一歩踏み出した瞬間。

落ち葉の下に隠れていた太い木の根が、思いがけず足を引っかける。


「っ……!」


体勢が崩れ、前につんのめる。

すぐに立て直そうとするが、背後の足音はもう近く、振り向けば、すぐそこに盗賊が立っていた。


「ヘヘヘ…鬼ごっこは終わりだなぁ嬢ちゃん」


「むー…!」


「あ?なんだその目は…舐めてんのかガキィ!?」


1人が右手に握るナイフを振りかぶり、いつでも殺せる体勢をとる。


それを見つめる幼女は、盗賊にバレないよう後ろに腕を置き、自分の腕に鋭い爪を立てる。


――その時だった。

横から何者かの叫び声が聞こえたのは。


「おわぁぁぁああああっ!!!」


「えっ!?」


木々の間から男が吹っ飛んでくるという衝撃的な光景を目撃し、狐耳の幼女は無意識に自分の腕から爪を放していた。


そしてその男は、目の前の盗賊2人と激突し、その奥にある木と手を組んで盗賊を挟んだ。


恐らくかなりの威力だったんだろう、盗賊2人は「ゴォエブッ」という絶命したような声を出して気絶。


そのまま男は体当たりで木をへし折り、その向こうへ。


「…?――あ!待って!そっちには……!」


男に向けて手を伸ばし、待って!と叫ぶ。


しかしその声は虚しく空振ってしまう。


「そっちはまずいの!――――ていっ!」


狐の幼女は魔法か何かの力で、周囲の空気を歪ませ、手元に空気の弓と矢を形作る。

それを実体化させ、狐の幼女は弓を引き、放つ。


放たれた矢は円を描くように飛び、狐の幼女の元に戻ってきた。


「――やっ!」


その矢に掴まり、子供とは思えないような自慢の身体能力で矢に乗り、そのまま人智を超越したような速度で男を追う。


一方で、男の方は。

暴発の反動に対抗できないまま、男は飛んでいく。


――しかし、先程よりはスピードが落ちている。

どうやら、あの木にぶつかったおかげで少し威力が減衰したらしい。


やっと止まれる。そう思って喜びを感じたのも束の間。


「――――へ…?」


その体は崖から飛び出し、宙に舞ったのだった。


生前の落下の時に似たような感覚が、今男の体を包んでいる。


横方向ばかり働いていた力は、ついに重力に目を向けてしまい、男の体には重力が働き始める。

――つまり、男の体は今まさに、崖から落下しようとしているのだ。


「またかよぉぉぉおおお――――ッ!?!?!?」


仰向けのまま、重力に従う他なく落ちていく。


下を見れば岩だらけ。確実に落ちれば死ぬ。

しかし幸い、鳥はいないらしい。同じ死因は避けられるようで、少し安心した。

……死にそうだというのに。


『もう死んだのかぁ~?ざーこざーこ♡』


うわあ、マジで死にたくない…

こうなる未来しか見えないから、なんとかして死を避けたいが、そんな方法どこにも見つからない。


終わったな、俺の異世界生活――――。


「やぁぁああっ!」


「…っ!?」


しかし人生終了を覚悟したその瞬間、男の右手を小さな手が掴んだ。

その手の持ち主は、狐の耳と尻尾がある、青い瞳の綺麗な幼女。


ぎゅ、と。

思いのほか強い力が、男の右手を引いた。


しかしそんな可愛らしい擬態語とは裏腹に、男を引き上げる力は幼女のものとは思えないほど強かった。


「う~…っ!お、重い…っ!」


一応重そうにはしているが、今男の腕を掴んでいるのは、幼女の“左手”である。

左手だけで男の体重を全て支えているのだ。


矢に乗る幼女と、幼女に片腕で掴まれる男。

そんな状況の中、矢は旋回しながら高度を落としていき、2人を川辺に案内してくれたのだった。


「はぁ、はぁ…し、死ぬかと思った…!ありがとう、助かった…!」


男は死にそうな顔をしながら、生き残ったことに喜びを感じている。


「ふう…大丈夫?怪我してない?」


「ちょっと右肩が痛い…」


「右肩…さっき木にぶつかってたからかな?ちょっと見せて」


少女は小さく息を整えると、男の右肩へそっと手をかざした。

白い指先から、淡い光が滲むように溢れ出す。


しかしその時、男の背後から低く喉を鳴らす音が響く。

その音の方向に目をやると、そこにはよだれを垂らした何かが、こちらへ走ってきていた。


「なっ…!ウルフ!?」


男の背後から、ウルフという名の脅威が迫ってくる。

目と目が合い、殺意を感じ取る。


その目を見ながら、男は恐怖を帯びた顔をすることしか出来ずにいた。


「…っ!」


ウルフの鋭い爪が、命を狩り取ろうとする。


しかしその爪が届く寸前、幼女は手元の弓を手に取り、目にも留まらぬ速さで矢を放った。

その矢は男の背後の脅威を射抜き、血が飛び散る。


その血は男と幼女の服にかかり、赤色が目立つようになってしまった。


「ぁ……え…?」


「う~…服汚れちゃった…」


「え?え?」


突然の出来事に理解が追い付かない。

ウルフが現れて、襲われそうになって、幼女に射抜かれて、腹に穴が空いて。


…どうしても、途中から理解が及ばなくなる。

なんだ、幼女に射抜かれて穴が空くって。


「お兄さん、大丈夫?」


幼女がこちらを覗き込む。その声は幼いのに、不思議と落ち着いていた。

男は理解に苦しみながら、こくりと頷き立ち上がる。


…やはり、信じがたい。

こんなに身長差があって、小柄な幼女が、片手で自分を掴んでいたことが。


「……」


幼女は優しく微笑むが、その裏には計り知れない力がある。

人は見かけによらない。その意味を、もう充分というほど理解した。


「……?」


――その時、何かが身体中をツンと刺した気がした。

それはまるで、何者かに見られているかのような。


……それに静かすぎる。

川のせせらぎ以外、森の音が消えている。


その中に、草が踏み荒らされる音が四方から重なり、闇の奥で、複数の黄色い光がこちらを睨み返していた。

――1つや2つなんてところじゃない。


「……!」


その黄色い光が、森の中から正体を現す。

それはまさに、十数匹のウルフ。

どうやら縄張りに足を踏み入れてしまったらしい。

1匹1匹が、こちらに殺意を向けている。


「大丈夫だよ、お兄さん。わたしに任せて」


「……いや」


胸の奥が、ひどく熱くなる。

幼女に助けられたのに何も返せない情けなさと、それでも生きたいという欲が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。


だが1つ――夢がある。


自分がまだ未熟で、魔法も自由自在に使えない男なのは分かっている。


しかし、異世界無双の夢――それを叶えるためには…


「俺も戦うよ」


「……!――ふふっ、ありがとう」


ここで止まってちゃいけない。

自分の夢のためと……あいつ()にバカにされないために。


「ねえお兄さん。お名前、聞いてもいい?」


「え、今!?」


「うん、今。わたしはスイセンっていうんだ、よろしくね!」


男は一瞬、言葉に詰まった。

こんな修羅場で名前を名乗ることなんて無いと思っていた。


こんな状況で名乗るとか、どんな自己紹介タイムだ…


スイセンはこちらが名乗るのを心待ちにしている。

その眼差しに負け、男は口角を上げながら、名前を口にした。


「――俺は、ティーチだ」


その名乗りを開戦の鐘として、ウルフたちは襲いかかってくる。


(落ち着け…あの感覚だ。あの感覚を抑えれば、上手く魔法が打てるはず…!)


身体中の感覚を研ぎ澄まし、再び魔法をイメージする。


あの暴発は恐らく、力を込めすぎたのが原因。

力を抑えれば、飛ばされることなく敵を倒すことが出来るはず。


「出ろ…!風魔法!!」


ティーチの右手から、微風が吹き始める。

調整は上手くいっている。あと少し力を入れれば…


「――ッ!?」


しかし魔法に集中しすぎてしまい、ウルフの口は既に目前。


それにより、抑えるはずだった力を一気に解放してしまい…


「どぉおわああッ!?」


ティーチは再び風魔法の暴発により吹っ飛ばされ、木に叩きつけられる。


威力は前の6割ほどに抑えられたが、それでもかなりの威力で背中が痛い。

だが、ただ吹き飛ばされただけではない。


「…やってやったぜ…ざまあみろ…!」


風魔法はウルフの胴を切り裂き、1匹を討伐。


残るウルフもどんどん倒していこう、そう思って立ち上がった先に見たのは…


「やっ!ほっ!ていっ!」


空中にぶら下がったり、正確に矢でウルフを射抜いたり――人間離れの身体能力を見せるスイセンの姿。


可愛らしい掛け声と共に、瞬く間に1匹、また1匹と手にかけていく。

そして刹那のうちに、ウルフは全滅。


十数匹のうちティーチが倒したのは1匹、それ以外は全てスイセンの功績である。


「あああぁぁぁーーー…………」


幼女との力の差に絶望し、異世界無双の夢にヒビが入った気がした。


スイセンはそんなティーチを見て、無邪気にニカッと笑う。


「やったね、ティーチお兄さん!2人で協力して……お兄さん?大丈夫?」


「あー…大丈夫、大丈夫…ちょっと腹が減っただけだから…」


「お腹がすいたの?――そういえばわたしも、なんにも食べてないや」


自分のお腹に手を当てる。

意識してみると、腹が食べ物を欲しがっているように思えてきた。


「お兄さん」


「…?」


「ご飯、一緒に行こ!」


 ◇


「ごめんなさいっ!部屋は1つしか空いてなくて…!」


「え」


近くの町で食事後、夜を明かすための宿に向かった2人。

しかし宿の部屋は1つしか空いておらず、同室に。


……同じ部屋に成人男性と幼女。


(他から見たら兄妹…いや、下手したらヤバイやつだと思われそうだな……)


「わあっ!ふかふかベッドだ~♪」


スイセンはベッドに飛び乗り、手元の周囲の空気を歪ませて、クマの人形を作り出す。

それを抱き抱えて、ベッドの上をゴロゴロし始めた。


その一方で、ティーチは今、かなり限界である。

同じ部屋に幼女と2人、それだけでもマズイが、実はもっと他の理由があるのだ。


(はあ…まさか、幼女に奢ってもらうことになるなんて……)


転生後、手持ちには武器も金も、何も無かった。

一文無しで転生したティーチには、食事費や宿泊費が無い。


その分を幼女スイセンに奢ってもらったことで、ティーチは今、大人としての尊厳を失ったように感じていた。


――バチンッ!


(元気出せ、俺!奢られたんなら、稼いでその2倍の金を返せばいい!落ち込む必要なんてない!)


自分の頬をバチンと叩き、表に出していた弱さを内側へ戻す。


「そういえばティーチお兄さんって、お家はあるの?」


「家?家なら東京に――じゃなくて…!――家な、実は無いんだよ、俺」


「ふ~ん、そうなんだ。わたしと一緒だね」


「えっ…スイセンも?」


「うん。無いんだ、帰る場所」


どうやらスイセンは学校に通えておらず、友達もおらず、冒険者をやって稼いでいるらしい。


こんな苦労を、まだこんな年で経験しているなんて。

そう思うと自然にティーチの顔が曇った。


「お兄さんは、学校行ってた?」


「まあ、一応な…」


「へえ~!いいなあ…!学校って楽しいところなんでしょ?」


楽しいところ、か。

楽しかったことなんて、あっただろうか。


不運続きで、友達ができたと思ったら離れていって。


「…正直、楽しいと思ったこと、無いかもな。スイセンと同じで、友達もいないし」


「――うーん…」


スイセンは可愛らしく首をかしげて、何か考えているようだ。


数秒間の沈黙と思考、そしてスイセンは「お兄さん、ちょっといい?」と言って、ある提案をした。


「わたしとお兄さんで、パーティーを組まない?」


「パーティー…?」


「そう!2人で一緒に冒険者して、一緒に旅するの。どう?」


その提案は友達のいないティーチにとって、非常に魅力的であった。

「ああ」――そう答えるだけで、ティーチとスイセンの距離は更に縮まり、友達と呼べるようになるかもしれない。


ただ……


「やりたいけど、俺は不運な男だから、足を引っ張るかもしれない。だから――――」


「ごめん」――そう言おうと口を開いたその時だった。

スイセンの声が、それを言うことを許さなかったのは。


「不運じゃないよ。お兄さんに助けてもらったあの時、お兄さんはわたしにとっての幸運だったもん」


「……!」


「一緒に冒険しよ!ティーチお兄さん!」


優しい笑顔で手を差し伸べる姿は、イコルとは比べ物にならないほど神様のようだった。


その笑顔が、ティーチの心の曇りを晴らす。

気づけば迷いも言い訳も、全て置き去りにして…


そしてそこには、スイセンの手をとった事実があるだけだった。


「えへへっ。これでわたしたち、仲良しこよしお友達、だね!」


「……。ははっ、そうだな」


今この時、仮ではあるが、パーティーが誕生。

そのパーティーという言葉には、“友達”という意味が含まれている。


……そして、その日の深夜。

町が静寂に包まれた頃、スイセンは1人、目を開く。


「………」


足音を立てないようゆっくり歩いて、向かった先はベランダ。


スイセンはベランダに立ち、月を見上げる。

その赤色の瞳には、美しい月が映っていた。


「……」


………。


…………………。


……………………………。


……………………………―――――――――。







「――友達……………」






 ◇


太陽が昇り、影は陽光に呑まれていく。


ティーチは朝の始まりと鳥のさえずり、窓から吹く優しい風と共にに目を覚ました。


上体を起こし、体を伸ばす。


「んぅぅ……」


その時、隣からスイセンの声が聞こえてきた。

そちらに目をやると、スイセンはクマの人形を抱き抱えながら、ぐっすりと……いや、待て。


よく見ると、スイセン服がズレて、胸元がかなりがら空きになってしまっている。


「おわぁぁあああっ!?」


「ん…ん?え…?なに?お兄さん、どうかした?」


ティーチは急いで体を180度横に回し、スイセンに背中を向ける。


「ふ、ふふ、ふっふふふー、ふふフクゥ、フク…服…!」


「服…?」


あわあわしながら服のことを訴え、スイセンは自分の服に目を向ける。


そこには、肩にかけていた紐が落ちており、上裸状態の自分がいて……


「わ…あわ……」


状況確認したスイセンは、頬を赤らめて――


「わぁぁぁああああ――――っ!?!?!?」


 ◇


「冒険者ギルドへようこそ。えっと…パーティー登録ですか?」


「うん!」


「それでは、こちらの紙にパーティーリーダーと、メンバーの名前をご記入ください」


朝のトラブル後、2人はパーティー登録をしに冒険者ギルドへ。


冒険者ギルドには男も女もいて、酒を飲んで話していたり、掲示板に依頼の紙が貼られていたりと、この世界の冒険者ギルドは、異世界系でよく見る場所だった。


「はい、できたよ!」


「確認いたしますね。パーティーリーダーがティーチさん、メンバーがスイセンさん。はい、確認しました」


「――え待って、パーティーリーダーもう1回言ってくれません?」


「え?はい…パーティーリーダーはティーチさんですが……」


「え?え?」


なんか勝手にパーティーリーダーに任命されてて戸惑うティーチ。

その傍らでニコッと笑うスイセン。


「これから頑張ろうね、ティーチお兄さん!」


「……」


いや、待て。

なんで俺がリーダーなんだ。話し合いとか、そういう民主的なプロセスはどこへ行った。


「スイセン?なんで俺がパーティーリーダーに…?」


「だってお兄さん、わたしより年上だもん!」


スイセンは「当然でしょ?」と言いたげな顔でこちらを見上げている。

その無邪気さが、いちばん反論しづらい。


……まあいいか。

こんなに無邪気な目を見たら、断ろうと思えなくなってきた。


責任が増えた気もするが、少しだけ胸が高鳴るのも事実だった。

だから――――


「分かった。任せてくれ、スイセン」


「うん!任せた!」


このパーティーで、パーティーリーダーの名に恥じないように、強くなると決意する。

そして拳を強く握り、声高らかに叫んだ。


「必ずこの世界で、無双してみせる!!!」


 ◇


と、気合いだけは100点だったんだが…


「わはぁ~っ!やっぱり魔物狩りって楽しいね!カノンちゃん!」


「そんなに楽しんでいるのはあなただけですよ、アポロ」


「嘘ぉ!なんで!?楽しいじゃん!」


赤色の髪の幼女アポロと、紫色の髪の幼女カノン。


自分より強い幼女がパーティーに2人も加入して、もはやティーチの存在意義が危うくなってきていた。


――というか、どうして自分のパーティーには幼女しか入ってこないのか…


「仕事が早いね、あの2人。それにすっごく仲良しだし!」


「あ、ああ……うん、そうだね……」


戦おうとしたら、攻撃する前に魔物が死んでいたり。

攻撃されそうになった時、幼女たちに守られたり。


今この4人パーティーで、ティーチのヒエラルキーは恐らく…“底辺”!


ティーチがいてもいなくても、パーティーの戦力は変化しない。

――いや、足を引っ張らない分、むしろ上がるかもしれない。


「はあ…俺の夢、どこいった……」


夢が更に遠くなった気がして、気が沈む。

更に、幼女の足を引っ張ってしまう点で更に気が沈む。


ああ、転生したけど、ちょっと死にたくなってきたかも。


「ティーチお兄さ~ん!はやく次!ワイバーンの討伐行こ~っ!」


「待ってください、アポロ。ワイバーンなんて楽勝ですが、ティーチの体力面を考えて、もっと簡単な魔物にしましょう」


「ぐ…気を払われてる…!」


カノンのティーチを思っての言葉が、逆にティーチを更に死にたくさせる。


「むー、そっかあ…じゃあ……えいっ!」


「おわっ!?」


アポロの残念そうな顔は一瞬にして笑顔になり、ティーチの脚にしがみついてきた。


「あ!アポロ!脚にしがみついたら、ティーチが座れないでしょ!」


「いや、いいよ。逆にこうしてもらった方がいいかも…」


「だってさ、カノンちゃん♪ほら、カノンちゃんも一緒に!スイセンちゃんも!」


「わ、私はそんな子供みたいなこと…しません、し……」


そう言いながら、カノンはティーチのズボンをつまむ。


そんな可愛らしい姿を見ていると、なんだかさっきまでの死にたい気持ちが、どんどん治まっていくような気がする。


「ティーチお兄さん、まるで先生だね!」


「あはは……。――ん?待てよ、先生…?」


先生という単語を聞いた瞬間、脳裏にあの神の声が反響した。


『自分のことを「ティーチ」とでも名乗るのがよかろ』


先生――学校で子供たちに色々教える役職。

英語ではティーチャー。

ティーチャー…ティーチャ……ティーチ……。


そこでティーチは、気づいてしまった。


「まさか、「ティーチ」って……そういうことかよぉぉぉおおおおお!!!!!」


イコルから貰った名前には、「幼女パーティーになるから先生ポジションになるぞ」という意味があったのだ、と。


「ティーチお兄さん!そろそろ行こーよ~!」


「疲れは取れましたか?じゃあ、早速出発しましょう」


「一緒に行こう、ティーチお兄さん!」


幼女たちとの旅は、まだ始まったばかり。


俺の異世界無双の夢も、いつか、きっと……始まるはずだよな…?


 ◇


…………。


月夜のもとの、空気の冷たい花畑。

そこに、花の上を歩く影がひとつ。


足元の花を1輪手に取り、顔の前に持っていく。

その花は、冷たい吐息によって凍り、美しい結晶を風に乗せて散っていく。


「死者の嘆きの弾丸で――」


その銃口は冷たい声と共に、赤い月へ向けられる。

冷たい指が引き金に触れ、腰にかけた鍵を風に揺らしながら、女は凍てつくような目で言い放つ。


「お前に死を与えよう」


この弾丸が貫くべきは、既に定まっているのだ、と。

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