政略婚約者をクズ王子だと思ってたら、実は一番のクズは別にいました~それでも私は愛されたかった~
アルディアナ・マルトリス公爵令嬢は驚いた。
もうすぐ、結婚を控えているエルド第二王子が、変な事を言い出したのだ。
「私はリアーゼと一緒に君の所へ婿入りする」
「はい?」
リアーゼ・ハルディ男爵令嬢。最近、エルド第二王子と親しくしている令嬢だ。
エルド第二王子はそれはもう金の髪に青い瞳の美しい男性で、王立学園一の美男だと評判になっていた。
リアーゼ・ハルディ男爵令嬢は桃色の髪に大きな瞳の可愛らしい令嬢だ。
ただ、礼儀がなっていないとか、色々な男性と親しくしすぎるとか悪い噂が立っていた。
アルディアナは教養も、美しい銀の髪に青い瞳の外見も立ち居振る舞いも全てにおいて、自信がある。
王族が婿入りする事に対して、名門マルトリス公爵家なら当然の申し入れだと思っていた。
エルド第二王子はアルディアナより一つ年下だ。
何をしても頼りなく、優秀で王国の至高と言われているブルド王太子と比べたら何かと劣っていた。
そんな第二王子でも、王族である。
馬鹿な所は婿だから構わない。
お飾りだってかまわない。
王族の種さえもらえれば、それでいい。
それがマルトリス公爵家の考え方だった。
だからアルディアナもその通りだと思っていた。
どんな馬鹿でも種さえもらえれば構わない。
恋とか愛とか望んではいけないのだ。それが公爵家の娘としての在り方なのだから。
エルド第二王子とは話しをしていても全く、合わないのだ。
アルディアナは学問の事や、政治の事、貴族の社交の事、色々と話をしたいのに、
エルド第二王子は、
「アルディアナは固いなぁ。私は市井の事に興味があるんだ。貴族の社会なんて、つまらない。ああ、もっと色々と市井の事を知りたいな。そうそう、市井では屋台とかあって、立って食べたりするらしいよ」
「わたくしは、市井の事など、興味ありませんわ。それよりも、社交界デビューが来月なのです。わたくしももう、17歳。エスコートして下さいませんと」
「えええ?私がエスコート?私はダンスも下手だし、上手くエスコートする自信がないよ。そうだ。君の父上にエスコートしてもらいなよ。私はともかく欠席する」
「それではドレスをプレゼントして下さいませ。婚約者からドレスをプレゼントしてくださるのが当たり前ですわ」
「ドレス?何が似合うか解らないし、お金が必要なら母上に言って出して貰うよ。請求書を王宮に送ってくれ」
いくら一つ年下だからって、アルディアナは馬鹿にされていると思った。
確かに彼は王族だけれども、正妃の息子ではない。
ブルド王太子が正妃の息子であるが、エルド第二王子は側妃の息子だった。
側妃が甘やかしているという事は知っていた。知っていたが、あまりにも酷い。
最初は多少馬鹿でも、王族の血を公爵家に入れられる事は有難い事だとは思っていた。
それでも‥‥‥
「解りましたわ。お父様に頼んでエスコートして貰う事に致します」
「そうそう、それでいいよ。あっ。リアーゼ」
「エルド様ぁ。どう?似合う?エルド様に昨日プレゼントしてもらった金の髪飾り、つけてみたの」
「ああ、似合うよ。とても似合う」
細かい細工が施されたキラキラした金の髪飾り。かなり高いのだろう。
それを男爵令嬢に?わたくしが婚約者なのに?
思わず、
「エルド様?わたくしが婚約者なのです。わたくしではなく、別の女にプレゼントを?」
エルド第二王子は悪びれる様子もなく、
「だって君は沢山ドレスや髪飾りを持っているだろう?リアーゼの家はそれほど裕福でないんだ。高い物も買えないし。だから私の小遣いから、髪飾りを買ってやったんだ」
「とても嬉しいです。エルド様ぁ」
エルドに腕を絡めて、これみよがしにくっつくリアーゼ。
なんて酷い女。彼は私の婚約者なのよ。
何だか寂しく思った。
馬鹿でもなんでも構わないと思った。
だって政略なのですもの。
王族の血を公爵家に入れる政略。
だけども、明らかにエルド第二王子の心はリアーゼに向いている。
市井の話をするのだって、多分、リアーゼの影響だ。
リアーゼは二年前、ハルディ男爵家に引き取られたと言っていた。
ハルディ男爵が酒場の女に産ませた庶子だ。
ハルディ男爵家に来るまでは、母の手伝いをして、酒場で皿洗いをしていたらしい。
他の令嬢達からそう話を聞いた。
そんなリアーゼにエルド第二王子は夢中なのだ。
イライラして過ごしていた毎日、王立学園を卒業したと同時にこの男と結婚しなくてはならない。
まだ一年あるけれども、このままでいいの?
この男、婿入りしても、不倫しかねないわ。王家からの婿入りだから文句も離婚も出来やしない。
そんなとある日、言われたのだ。
王立学園で授業が終わった放課後、アルディアナが帰ろうとしていると、エルド第二王子から声をかけられた。傍には男爵令嬢リアーゼが腕を絡ませている。
エルド第二王子は、アルディアナに、
「私はリアーゼと一緒に君の所へ婿入りする」
「はい?」
エルド第二王子は、当然といったような顔で、
「私は王族だ。それが君の所へ婿入りしてやるのだ。愛しいリアーゼを連れて行くのは当然だろう?」
リアーゼという女も、にこにこしながら、
「私とエルド様の子を、公爵家の子としてくださいね。だって、アルディアナ様とは白い結婚をしたいと言っているんですもの」
エルド第二王子も頷いて、
「愛するリアーゼと子作りをする。お前は私とリアーゼの為に、マルトリス公爵家の仕事をしてくれ。私はさっぱり解らないからな。ただ私がいるだけで、良いだろう?王族の血を引いた子がいずれ公爵を継ぐのだ。素晴らしいと思わないか?」
馬鹿なの?と思った。
マルトリス公爵家の血を引くのはこのわたくしなのよ。
確かに王族の血は欲しいけれども、わたくしの血が入っていなくてどうするの?
アルディアナははっきりと言った。
「この女を連れて婿入りは許さないわ。いくら王族の血が欲しいからって、わたくしの血が入っていない跡取りは犯罪です。我が家の乗っ取りだわ。貴族はね。血を大切にするの。お分かり?わたくしの血の方が大切なの」
「えええっ?高貴な私の血の方が大事だろう?」
「下賤の娘の血を入れてどうするのです?わたくしとは関係ない女の血を」
リアーゼが涙をぽろぽろ流して、
「私が下賤の血の娘だからって、馬鹿にしているわ」
「我がマルトリス公爵家の血を先に馬鹿にしたのはそちらでしょう」
「でもでも、私とエルド様は愛し合っているのです。貴方との家には仕方なく」
「仕方なくですって?」
ぷちっと切れた。
いくら王族の血が欲しいからとは言え、我慢の限界である。
「解りましたわ。そんなに愛する人との生活を望むなら、婚約を解消致しましょう」
エルド第二王子は目を見開いて、
「えええっ?お前の一存で婚約解消なんて出来るものか」
「これから王家とお父様に訴えますわ。貴方達は我がマルトリス公爵家を乗っ取ると言っているのですもの。認められるでしょう」
エルド第二王子が掴みかかって来た。後ろからそれを止めたのが、ブルド王太子だ。
「エルド。これ以上、恥をさらすな。マルトリス公爵令嬢。エルドが迷惑をかけたな」
「これは王太子殿下。わたくしはエルド第二王子殿下との婚約解消を申し出ようと思います」
「ああ、こちらからも父上母上によく言っておくよ。後、あいつの母の側妃にも」
エルド第二王子はブルド王太子に羽交い絞めされながら、
「私は悪くないっ。私は王族だっーーー」
リアーゼも、エルドにしがみついて、
「エルド様は悪くないわっ。私達は愛し合っているのよ」
不愉快だった。
アルディアナは、ブルド王太子に向かって、
「助けて頂き有難うございました。エルド様。貴方と縁が切れてすっきり致しますわ。それでは失礼致します」
アルディアナ・マルトリス公爵令嬢とエルド第二王子との婚約は解消された。
それから程なく、エルド第二王子とリアーゼ・ハルディ男爵令嬢が姿を消した。
エルド第二王子はあまりにも愚かなふるまいに離宮に行かされるのを恐れたのだろうと、
二人して、駆け落ちしたのだと噂になった。
しばらくしてブルド王太子が花束を持って、マルトリス公爵家にやってきた。
「私の妻になって欲しい」
「ええ?貴方には、婚約者のマーガレット王女殿下が」
マーガレット王女とは隣国から結婚を予定している王女だ。
ブルド王太子は頷いて、
「勿論、マーガレット王女とは結婚するよ。君には側妃になって欲しい。マーガレット一人では社交界で心配でね。マーガレットには許可を貰っている」
マルトリス公爵は慌てたように、
「娘は我が公爵家の跡取りですっ」
「私とアルディアナの間の子を跡取りにすればよかろう。どうかな?」
今から、新たな婚約者を探しても、良い相手は見つからないだろう。
アルディアナは、
「この申し出受けたいと思います。いいでしょう?お父様。お母様」
「ううむ。王族の血は欲しい所だからな。私がもう少し、頑張るしかないか」
名門マルトリス公爵家に王族の血を入れる事は父がこだわっていた悲願である。
アルディアナは側妃になる事を決意したのであった。
五年後、アルディアナは、息子と共に、豪華な馬車に乗っていた。マルトリス公爵家に里帰りである。三歳の息子は可愛い盛りだ。
幸せか?といえば、とても寂しい日々。
マーガレット王太子妃はとても良い人だ。ブルド王太子との仲は良好で。結婚してすぐに王子に恵まれた。今は二人目を妊娠中である。
側妃になったアルディアナをマーガレット王太子妃は頼ってくれるし、ブルド王太子も大事にしてくれるが、サビシイ。
心に風が吹いているような。
たった一人の人に愛されたかった。
ブルド王太子もプレゼントをくれるけれども、リアーゼとかいう男爵令嬢が貰っていた金の髪飾り、欲しかったな。
エルド第二王子が好きだった訳ではない。ただ、ただ女として愛されてプレゼントを欲しかったのだ。
胸が痛む。
可愛い息子はいずれ、マルトリス公爵家の跡継ぎになる。
この子を見せたら父も喜んでくれるだろう。
ふと窓の外を眺めていたら、見覚えのある男性を見かけた。
駆け落ちして姿を消した元第二王子エルドだ。
「馬車を止めて」
馬車の窓を開けて声をかける。
「貴方、エルド様?わたくしよ。アルディアナよ」
「これはアルディアナ様。他人のそら似ですよ」
「いえ、見間違えるわけないわ。あの女とは上手くやっているの?駆け落ちしたんでしょう」
「ああ、あの女?駆け落ちを持ちかけておいて、待ち合わせ場所には来なかった。どうも騙されていたみたいで。男爵家自体も消えていましたよ。今は独り身ですが」
「えええ?」
「あの頃は、冷たい態度を取って申し訳なかったです。私は子供だった」
エルドは深々と頭を下げた。
アルディアナは首を振って、
「いいのよ。それよりも今はどうしているの?」
「とある商会で働いていますよ。私にはどうも、この方があうようだ。それではアルディアナ様、お元気で」
頭を下げて歩いて行くエルド。
ハルディ男爵家が消えていた?あの令嬢も待ち合わせ場所に来なかった?
どういう事?????
一週間、実家に帰った後に、王宮に戻りブルド王太子に詰め寄った。
「エルド様に会いましたわ。ハルディ男爵家も、男爵令嬢も消えていたって何かご存じかしら?」
ブルド王太子はにんまり笑って、
「君を手に入れたかったから、ハルディ男爵令嬢を仕立て上げて、エルドを誘惑させたんだ。エルドなんかには君はもったいない。今は幸せだろう?私の側妃になって」
心が砕けた。
学生時代、あんなに傷ついたのはこの男のせい?
いえ、エルド様も悪いわ。リアーゼという女が好きになったからって、婚約者はわたくしなのよ。
でもでもでもっ‥‥‥皆して、わたくしの心をズタズタにしてなかった事にしたいの?
政略だと解っていても、わたくしはたった一人の人に愛されたかったんだわ。
愛されたかった。ただただ愛されたかった。
「王太子殿下。我がマルトリス公爵家の跡継ぎも産まれました。わたくしは側妃を下りたいと思います」
「怒っているのか?リアーゼを使って君を手に入れた事を」
「いえ、怒っていませんわ。マーガレット様も社交界に慣れてきたようですし、わたくしの役目は終わりました。わたくしは息子を連れて、マルトリス公爵家の為に生きたいと思います。よろしいですわね?」
アルディアナは渋るブルド王太子を説得し、マルトリス公爵家に息子を連れて一月後、戻った。
父と母は大喜びで迎えてくれた。
「娘と、可愛い孫と一緒に暮らせるなんて」
二人とも息子を抱っこして嬉しそうだ。
そんな中、アルディアナは思った。
これからは息子の為に生きよう
そう決意した。心にサビシイ風が吹く。
秋の空を見上げようとしたときに、いきなり父が言い出した。
「お前はまだまだ美しい。婿入りしてくれる相手を探さないとな」
母も頷いて、
「そうよ。いい相手を見繕っておいたわ。独身で若いのは無理だけど、それなりに取り揃えておいたのよ」
バサっと置かれた再婚相手の資料に、アルディアナは笑って、
「ガレッド・ジュプレン?この人は???」
国王陛下の末の弟で、王族でありながら、植物を研究している変わり者である。
書いた著書と、名前だけは知っていた。
後に、その変わり者ガレッドが婿入りし、植物学を駆使して、さらにマルトリス公爵領を発展させ、アルディアナとの間に5人の子を設ける相手とはアルディアナも今は知らない。
ただただ、この人の著書は面白かったわ。会ってみてもいいわね。
と未来の事に希望を持つアルディアナであった。




