9
ふいに馬車の速度が落ち、やがて完全に停止した。
「ついたのかな」
俺は馬車の小窓から外を見る。高い壁が見えた。
「あの壁の向こうが、王都ですか?」
「そうだよ。クーは、王都は初めて?」
「20年ぶりくらいです。小さなころは住んでいたんですが、覚えてなくて」
大きな門があり、長い列ができていた。徒歩の人はその列に並ぶが、馬車はその横を素通りしていく。見ていると、門には鎧を身につけた門番がいて一言、二言話している。中には金を払っている人もいる。だがこの馬車はそのまま通された。
「なにも聞かれなかったけど、良いんですか?」
「あぁ、この馬車はいいんだ。王家の紋章が入っているから、何も言われない」
「えっ?俺も一緒に入って良かったんですか?」
イーヴは王に招かれたと言っていたけど、俺はただの通りすがりだ。もしかして、お金を払わなきゃいけないんじゃないか?
「いいよ、クーはいいにおいがするから」
そんなの理由にならない気がするけど…?
「まぁ、その分ちょっと不便をかけることになる」
「不便…ですか?」
「そう、私と一緒の宿に泊まってもらわなきゃならない。一応王家の預かりで王都に入ったから」
…もしかして、王都にいる間ずっと、ということか?
「それって、監視されるってことですか?」
「……ずっとついて回られるというわけではないから、気にしなくていいよ」
「そんなの、困ります。悪いことをするわけじゃないけど、気分が悪い。だったら俺は、ここで降ります。列に並んで、王都に入りますから」
監視されるなんてまっぴらだ。
一旦外に出て、もう一度入ればそんなことにはならないだろう。なんなら門の前でジェナを待っていてもいい。門の前なら、門番もいるし危険ということはないはずだ。
「いや、そんなわけにはいかない。きみを野宿させないと、きみの連れに約束したんだから」
イーヴは慌てたように言った。俺の本気が伝わったようだ。
「本当に、監視されるわけじゃないんだ。ただ、もし君が何か悪事を働いたら、王家に連絡が行くっていう、それだけのこと。困った時は助けてもらえるから、便利だというくらいに思っていればいいよ。宿は立派だし、食事も出る。もちろん、宿代もかからない」
「そんな立派な宿に、タダで泊まるなんて俺には不釣り合いです」
「タダじゃない。きみを轢きそうになったお詫びだ」
「それなら、ここまで送ってもらっただけで十分です」
「クー…、」
急に、イーヴが弱々しい声を出した。
俺は驚いて、一瞬黙ってしまう。
「きみを不快な気持ちにさせてしまって、申し訳ない。でも宿は快適だし、どうかこのまま宿についてきてくれないか?きみの連れにも、ちゃんとお詫びをしていない」
「…そんなに気にしなくていいですよ。実際、俺は怪我もないんだし」
「クー、」
まるで懇願するように、イーヴは俺を見つめる。…かと思ったら、馬車の中で腰を浮かせ、俺のとなりに座った。馬車の座席はひとりで座るにはゆったりしているが、ふたりだとぎゅうぎゅうだ。イーヴは俺に密着し、手をぎゅっと握った。
「そんな不義理をはたらいたら、エルフの里に帰った時に長に叱られる。…頼むよ、お詫びをさせてほしい」
「そんな…言わなきゃいいでしょう」
「それに、正直に言うと、これから王都で嫌なことがあるんだ」
ふと気づくと、イーヴの手が震えていた。俺はイーヴの顔を見上げる。秀麗な眉根が悲しそうに寄せられていて、なんとも言えず同情を誘われた。
「クーはなぜ、と思うかもしれないけど、きみのそばにいると不思議と落ち着く。嫌なことがあっても、宿できみに会えると思うとがんばれそうなんだ」
「イーヴ…」
「迷惑だろうけど、その分王都の中で不自由な思いはさせないと約束する。なんでもするから…」
俺よりも体格はいいのになぜか小さく見えるイーヴを、邪険にはできなかった。
いやだけど…しょうがない。
「なんかうまいもんでも、食わせてくださいよ。俺にも、ジェナにも」
「王都で一番おいしい食事を、嫌というほど食べさせるよ」
「いやまぁ、ほどほどで…」
結局はほだされてしまったけど、しょうがない。
こんなに美しい存在のお願いを、無視できるわけなかった。
ここまで閲覧ありがとうございました。
次回から王都に入っていきます。
王都でクーは驚きの事実を知ることになるのですが…。
評価・感想等いただけると励みになります。
誤字脱字はご指摘いただけると助かります!