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ピカピカに磨かれた黒い馬車から出てきたのは、背の高い青年だった。日よけのためか分厚い深緑のローブをかぶっていて、顔はよく見えない。あんな立派な馬車に乗っていたし、立ち居振る舞いも上品。顔は見えないが、ローブからのぞく指先はすらりとして白い。きっと貴族か、平民でも金持ちだろう。
「危険な目にあわせてしまってすまない。言い訳にもならないが、少し急いでいて…。お詫びをさせてほしい」
「お詫びねぇ」
ジェナは吐き捨てるように言った。俺と言い争いをしていたところに、この事故。不機嫌に拍車がかかってしまった。
だがローブの人物は、誠実そうにジェナに話しかける。
「見たところ、馬車が故障しているようだ。なにか足りない部品などはないか?急いでいるので、手伝えないのは申し訳ないが……」
「いや、部品は足りてる。それよりも…そうだ。王都に行くなら、こいつを乗せてやってくれないか?」
「えっ?ジェナ?」
ジェナはこいつ、と言ってぐい、と俺の背中を押した。
俺は驚いてジェナを振り返る。
「待ってジェナ。俺は修理を手伝うって…」
「修理は俺ひとりだってできる。それより、修理していたら閉門に間に合わない。こいつを野宿させたくないんだ」
「ジェナひとりを野宿させるわけにもいかないだろ!」
俺はジェナに訴えるが、ローブの人物はお詫びができると思ってか少し明るい声になった。
「それなら、ぜひ私の馬車に乗ってほしい。王都で宿も取ってあるから、もし宿が決まっていなければ、同じ宿に部屋を取ろう。その宿で落ち合う約束をすればいい。君へのお詫びは、王都で改めてさせてくれないか?慌ただしくて申し訳ないが、こちらも急いでいて、」
「それで問題ない。こいつをお願いします」
「ジェナ!」
俺はぐい、とジェナの服を引っ張った。
俺抜きで、俺の話を決めるな!
だが振り返ったジェナは思ったよりも怖い顔をしていて、俺は思わず押し黙ってしまう。
「俺の言うことを聞けって、おばさんにも言われただろ?御者の身なりもいいし、信頼できそうだ。宿の面倒まで見てくれるなら、はぐれることもないだろう。…クー、言うことを聞いてくれ」
こんなふうに言うことを聞かせようとするジェナは初めてだ。
俺が思っているより事態は深刻なのかもしれない、と初めて思い至る。それに…俺がいると、かえって足手まといなのかもしれない。
それに…人を見る目は、俺よりもジェナのほうが確かだ。俺は黙って従ったほうがいいのだろう。
悔しいけれど、俺は一歩下がってジェナの服を離した。
「…失礼ですが、お名前をうかがえますか?」
ジェナは馬車から出てきた青年に向かって訪ねた。
身分が高い相手にこちらから名前を聞くのは、本来ならマナー違反だ。だが、俺を心配してのことだと思うと、ジェナに文句を言うこともできなかった。
「あぁ、これは失礼した」
青年は無礼だと怒ることもなく、あっさりと言う。
青年がローブを外すと、見たこともないような金色の髪と、長い耳があらわになった。
金色の髪。長い耳。そして、透き通る緑色の瞳。
俺とジェナはぽかん、と青年を見た。失礼な視線に、けれども青年は気を害したようすもない。
「私はイーヴという。王に招かれたエルフだ。…これで、少しは信頼してもらえるだろうか」