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風呂から上がって、色々と聞きたがるジェナをとりあえず食堂に連れて行った。イーヴも食堂に来たところだったらしく、入り口でちょうど顔を合わせることになった。
イーヴは俺とジェナの髪がまだ完全に乾いていないのを見て、あっという間に魔法で乾かしてくれた。驚くジェナに、私はエルフだから、とイーヴは言った。
「あぁ、エルフは魔力が強いって聞いたことがあります。…本当だったんですね」
多くの人にとって、エルフは昔話に出てくるような遠い存在だ。その魔力を目の当たりにして、ジェナはぱちぱちと目を丸くしていた。
食堂の席に通された俺たちは、ジェナに昨日、今日あったことを話す。
「えっ、イーヴさん、クーの親父さんの知り合いだったんですか!?」
「そうなんだ。偶然にもね」
まさかの展開に、ジェナはさらに驚く。そりゃそうだよな。俺もまだ驚いてるよ。
「クーの親父さん、学者の先生とは言ってたけど、エルフの研究をしてたんだ」
「うん、そうみたい。俺も知らなかったけど…。」
「クーは、エルフの里で生まれたんだ。私にとってはついこの間のことのようだよ。エルフの里で人間が生まれるなんて初めてで、みんな本当に慌てて…でも、無事に生まれた時本当にみんな喜んだんだ。エルフの里では、同じくらいに生まれた子供たちといつも楽しそうに遊んでいたんだよ」
「全然覚えてないや。…ごめん」
「いや、謝ることはない。人間はそういう生き物だから。とても急いで生きている。ソーンも…」
目を伏せるイーヴに、俺だけじゃなくてジェナも気の毒そうな顔を向けた。友人を亡くした人だと思うと、誰でもそんな顔になるだろう。
だがイーヴは、気を取り直すようにぱっと顔を上げた。
「何かの縁だから、良かったら王都にいる間はふたりともこの宿に泊まってくれ。もちろん宿代はこちらが負担する。ジェナへのお詫びも兼ねて」
「えっ、いや…それは申し訳なさすぎる。実際、俺は怪我もしてないし…、あの時は頭に血が昇っていたけど、馬車が壊れていたとはいえ通行の邪魔をしたのは俺のほうだ」
「宿代は旧友の息子とその友人へのプレゼントだと思ってくれ。弔いの一環だよ。私はこの20年、クーに何もできなかった。人間はふつう、毎年プレゼントをするんだろう。その20年分だよ」
「それにしても、この宿…俺がいつも使ってる宿の10倍は良い宿だ。分不相応だよ」
「清潔で良い宿だ。食事もうまい。幼馴染を大切にしている兄貴分が、かわいい弟を泊まらせるにはいいだろう?」
「…クーを人質にとるなよ…」
「いやだな、そんなつもりじゃないよ」
俺はすでに、イーヴが言い出したら聞かないやつだと分かっていたから、ふたりのやり取りを黙って見ていた。
俺たちにメリットしかない申し出を、結局ジェナは受け入れた。
「それで、親父さんの研究室はどんなようすだったんだ?」
「本がいっぱいあったよ。でも後任の人が来るから、1週間くらいでどうにかしなきゃいけない。本はほとんど売ることになるかな…」
「なら、古本屋を紹介するよ。後は日用品かな。ある程度まとめておいてもらえれば、買取屋を連れていけばその場で査定して、持って帰ってくれる」
「ありがとう、助かるよ」
ジェナの申し出はすなおにありがたかった。王都の業者なんて俺はひとつも知らない。こういう時にどうすべきかも。
ジェナは俺より2歳上なだけだが、王都に出入りしていることもあっていろんなことを知っている。遺品整理も、もしかしたら経験があるのかもしれない。
「ちょっと待って。古本屋に見せる前に、私に見せてほしい。ソーンの研究には貴重なものもあると思うから…専門出ない古本屋より高く買い取るから」
イーヴがそれに口をはさむ。確かに、研究のことは専門家に任せた方がいいのかもしれない。ジェナを見ると、うん、と頷いた。
「たしかに、俺の知っている古本屋は学術書専門じゃないから…貴重な資料はイーヴさんに任せたほうがいい。あとは、親父さんの弟子とか、助手とかはいなかったのかな?そういう人が引き継ぎたい資料とかもあるんじゃないか?」
「あぁ、確かに。明日学園の人に聞いてみよう。…あ、ジェナ、ありがたいけど自分の仕事を優先して。俺はそのついででいいから」
「もちろんだよ。明日仕事のついでに、買取屋に声をかけてくるから」
俺はジェナの言葉にほっと息をついた。
これまでもさんざん面倒をかけているのだ。これ以上は申し訳なさすぎる。
「私も明日は、また王城に用事がある。昼間はバラバラだけど、良かったら夕食はまた一緒にとらないか?一日の報告も兼ねて」
「いいですね、そうしましょう。1週間しかないなら、効率的に進めないと」
俺が黙っているうちに、ふたりが話をまとめてしまったが、特に不満はない。
目の前のうまい肉を、ただ黙々と食べていた。




