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「おや…ソーン先生のお身内の方ですか」


門番に言われた通り、青い屋根の建物に入って中にいた守衛さんに手紙を見せると、わずかに目をみはった。


「お悔やみを…」

「あ…はい。その…生前は、父がお世話になりました」


目を伏せて言われた言葉に、どう返していいかわからずしどろもどろになってしまう。

父の研究室に案内すると言われて、後ろをついていく。外から見た通り、建物内はとても広い。案内されなければ、すぐに迷ってしまいそうだ。


「こちらがソーン先生の研究室です」


守衛さんがそう言って、持っていたカギの束で閉ざされたドアを開ける。

どうぞ、と促され中に入ると、壮観だった。

他に研究室という部屋を見たことがないのでなんともいえないが、部屋の広さはそれなりにあるとおもう。突き当りの壁には広い窓があるようで、カーテン越しにわずかに光が透けて見えるが、部屋自体は薄暗い。両側は天井まで本棚で、びっしりと本が詰まっているし、立派な机の上にも本が山になっている。その他にも工芸品のような物が飾られた棚や、書類の束がたくさんあった。


「学園長を呼んできますので、こちらでお待ちください」


守衛さんはそう言って、ドアを閉めた。途端に部屋がまっくらになってしまったので、俺は慌ててドアを少し開けて明かりをいれる。薄明りの中、床に積まれた本を踏まないように注意しながら窓まで歩き、カーテンを開けた。


父が亡くなって、1ヶ月になると聞いていた。1ヶ月かそこらでは、ほこりが極端に積もったりはしないようだ。人の気配を感じる部屋だった。

だが、部屋の主はもういない。その部屋の主とは…20年も会っていない、俺の父親なのだ。


俺は机の上に置かれている分厚い本を手に取った。また明日読もうと思ったのか、しおりが挟まっている。パラパラとページをめくるが、内容はさっぱり頭に入ってこない。そもそも、父がなんの研究をしていたのかさえ俺は知らなかったのだと、改めて痛感した。

別の本を手に取る。今度は、文字さえ読めない本だった。これは…、父が研究で使っていたという、共通語か古代語だろうか?俺も昔は話せたというが…さっぱりわからない。もしかしたら文字までは習っていなかったのかもしれない。パラ、と何気なくページをめくる。


すると…不思議なことに、ひとつだけ読める言葉があった。


クツィル…。


これは、俺の名前だ。

公国文字ではない、絵のようにも見えるその文字が、俺の名前を示していることだけは、はっきりわかった。唐突に思い出した。なじみのない響きだとずっと思っていた名前は、やはり公国語ではなかったのだ。

どんな気持ちで、父は俺にこの名前を付けたのだろう…。


「お待たせして、申し訳ない」


部屋の入口から、ふいに声がかけられた。

俺がぱっと顔を上げてそちらを見ると、祖父くらいの年齢に見える男性が立っている。


「私は学園長のノイル。ソーン先生のこと、お悔やみ申し上げる。それから、知らせるのが遅くなってしまったことをお詫びする」

「いえ…、こちらこそ、父が…ご迷惑を」

「迷惑なんて、とんでもない。ソーン先生は優秀な研究者だった。こちらとしても、とても残念だ」

「そうですか…。俺は、20年くらい父に会っていなくて…、」

「そうだろう。…きみとお母上がこの街を去った日のことは覚えているよ、クー」

「……え?」


学園長はにっこりと笑った。


「やはり覚えていないか。幼い頃、きみはよくここに来ていた。私とも、一緒に遊んだことがあるんだよ」

「えっ、…すみません、なにも…」

「いやいや、もう20年も前のことだし、きみはまだ…3歳か4歳くらいだったから、覚えていなくても当然だ。立派になったなぁ。お母上の実家に戻ると聞いていたが、今もその村に?」

「はい。今は貸し馬屋で働いています」

「そうか、きみは小さい頃から動物も好きだったね。立派になったが、優しいところは変わっていないんだな」


にこにこと懐かしむように言われて、俺は心底驚いた。

まさか、幼い自分を知っている人が学園にいるなんて、思ってもいなかった。


「手紙を出すのが遅くなってすまなかった。きみとお母上がどこに住んでいるかわからなくてね。調べるのに、時間がかかってしまったんだ」

「いえ、父とは交流がなかったので…しょうがないです。わざわざ調べていただけたなんて…それだけでも、ありがたいことですから」

「そう言ってもらえると、少し気が楽だよ。…だが、実はあまりのんびりもしていられなくてね。後任の先生が来られるから、1週間くらいで部屋を整理してもらいたいんだ。…急かすようで申し訳ないんだが」


学園長は申し訳なさそうに目を伏せた。

俺はいえ、と首を振る。


「学園内の部屋ですから。…むしろ、1ヶ月以上もこのままにしていただいて、ありがとうございます」

「すまないね。お父上の蔵書には貴重な本もあるから、そこは学園で買い取らせてもらいたいと思っているんだ。とはいえもちろん先生の私物だから、きみが持って帰りたいものがあれば自由にしてもらって構わない。奥の机のカギがこれだから、中も確認してほしい。もし何かわからないことがあれば、いつでも聞いてくれ。

それで、今日は…きみを連れていきたいところが、2ヶ所ある」


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