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俺が入浴した後、てっきりイーヴも風呂に入るのかと思ったら、イーヴは入浴しなかった。曰く、入浴は人間の健康維持にはとても有効だが、エルフはそもそも人間よりも体が強いので、入浴する必要はないとのこと。魔力を使えば一瞬で清潔にできるのだとか。


入浴の必要もないのに、俺のためにわざわざ風呂を用意して、その上使い方まで教えてもらうなんて…申し訳なかったな。


「お風呂、ありがとうイーヴ」

「どういたしまして。クーが喜んでくれたなら、私は嬉しいよ」


本当に俺のことを子供だと思ってるんだろうなと思うと少しモヤモヤしたが、相手はエルフだ。おそらく100%好意だと思うと、文句を言う気にはなれなかった。


「じゃぁ、そろそろ寝ようか」


……そうなりますよね。



豪華な部屋のベッドは、信じられないくらい広かった。そして、信じられないくらいふかふかだった。

道中いろんな宿に泊まったけど、ここまで広くてふかふかなベッドはなかった。なんならジェナとふたりで泊まった宿の一部屋くらいの広さがある。


「すごいやわらかいし、なんかいいにおいがする…」

「香を焚きしめてあるんだろうね。…私は、あまり好きじゃないな…」


見ると、イーヴは顔をしかめていた。秀麗な眉間にしわが寄っている。頭が痛いのだろうか、手できれいな額を押さえていた。


「えっ、イーヴどうしたの…」

「エルフは、嗅覚が人間よりも敏感なんだ。人間にはいい匂いなのかもしれないが…」


匂いがきつすぎて、頭痛がするのか。エルフはなんでも人間よりも優れていると思っていたが、こうなると考え物だ。人間の宿だからしょうがないのかもしれないけど。


「どうしよう、窓を開ける?」

「いや、…クー、こっちに来てくれないか」


俺は呼ばれて、イーヴににじり寄る。

つらそうにしているイーヴが気の毒だった。宿の人に言えばシーツを変えてもらったりできるんじゃないか?それともやっぱり、窓を開けるか…。

悩んでいると、ぐい、と抱き寄せられた。俺の首元にイーヴの顔があって、すんすんと匂いをかがれる。


「えっ?なに、イーヴ?」

「やっぱり…クー、馬車の中でも言ったけど、きみは本当にいい匂いがする。頭痛がおさまってきた…」

「え?いや…首がくすぐったいんだ、けど…」

「すまない。…不快だろうか?」

「いや、不快とかじゃなくって…」


エルフって、距離が近いなぁと思っていたけど、これは今までで一番だ。

ぴったりと隙間がないくらいに抱きしめられ、しかも首元の匂いをかがれている。はずかしいどころの話ではないのだが、俺を抱き締めるイーヴが、さっきまでの苦しそうなようすとは打って変わって安らいだ表情になっていて引き離せない。


「不快じゃなかったら、このまま……」


えっこのまま寝るの?

こんなに誰かとくっついて寝るのは、子供の頃に怖い夢を見て母にしがみついて寝た時以来じゃないだろうか。それとも、ジェナと夜通し遊んで、いつの間にか寝てしまった時以来かもしれない。


「イーヴ…」


困ってしまって、俺はイーヴを呼んだ。だがイーヴは俺を抱き締めたまま、ぼす、とベッドに横になった。もう寝るつもりのようだ。

しょうがない、と俺はシーツを引っ張って身体の上にかけた。イーヴの身体はすこしひんやりとしていて、風呂であたたまった俺にとっては気持ち良い。

居心地のいい場所を探してごそごそしていると、ぎゅ、とイーヴの腕に力が籠もった。


「逃げないよ。頭痛いの、少しはいい?」


こく、とイーヴは頷く。誰だって体調が悪い時には弱ってしまうだろう。なんだかかわいくて、俺はイーヴの頭を撫でた。


「明日は、匂いのついてないシーツにしてもらおう」

「あぁ…」


それから、イーヴは静かになった。

寝たのかな…。


「明日、嫌なことがあるんだ…」

「…そう言ってたね」


イーヴは、静かな声で言った。かすかな震えが伝わってくる。こんなに密着していなければ気付かなかったくらいの、本当にかすかな震えだった。


俺も…明日は、父の研究室に行かなければならない。それは、父の死に向き合うということだ。20年会っていない父の死を、どう受け止めたらいいのか正直わからない。自分がどんな気持ちになるのかも。


「明日…帰ってきたら、またこうしてくれないか?」

「……」


正直、ちょっと抵抗はあるけれど。

でもこんなに弱っている友達を、慰めないなんてありえない。


「うん。俺でいいなら、いくらでも。だから…明日、がんばってこいよ」


イーヴはまた、こくりと頷いた。

俺は無言で、イーヴの背中をとんとんと叩いた。


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