6話 司祭は戦う
「司祭……様…」
受付嬢は目の前の光景を夢か幻だと思った。
だって、司祭様はさっきあの男に。
目の前の光景に信じられない気持ちを抱いているのは、なにも彼女1人だけではない。
「…どういうことだ」
「何がです?」
「お前は、確かに…」
アルスが困惑するのも無理はない。
自身が先程、殴りつけ重傷を負わせた。
その重傷の度合いも、肉が切れ、骨は砕かれ、砕かれた骨にいたっては、臓器を突き刺すだけではなく皮膚まで突き破り体外に露出するほどだ。
血管いう血管からも大量の出血をしていたはず。
なのに何故、この小僧は無傷の姿で立ってる?服の損傷から見ても幻覚で惑わされているわけでもない。
「驚くことではないでしょう。私は司祭ですよ。怪我をしたから治しただけです」
「はっ、怪我で済むようなものではなかったはずだが?」
「いいえ怪我ですよ。あれぐらいの怪我を治療できないようであれば、戦場ではもっと多くの人達が死んでしまいますよ。司祭としてこれぐらい当然です」
この場に、司祭や回復魔法を使う者や医療に携わる者がいれば、クリスの話を聞いて直ぐに”不可能”だ、と叫んでいただろう。
クリスの負傷具合は、最早負傷などといえるレベルではなく、治療しても助からない文字通り死にかけの状態だったのだ。
それをあろうことかこの男は、ただの怪我だと?
だが事実、男の体には傷跡はどこにもなく、見事に治療されている。
ここでアルスは、最大限の警戒を持って目の前の|敵〈・〉を睨みつける。
「……小僧、貴様名は」
「…クリスです。そこら辺にいるただの司祭ですよ」
「貴様のような存在がそこら辺にいてたまるか。クリスか…覚えておこう」
その言葉を最後にアルスの姿が搔き消える。
姿が消えたアルスを探すため周りに視線を向ける、クリスはどこにもおらず逃げたのかと一瞬思考したが、即座にその考えを消す。
司祭相手に逃げる、襲撃者がどこにいる。
ましてや相手は凄腕の実力者。
その考えは正しく、消えたアルスが突如何の前触れもなく目の前に現れたのだ。
「!?」
「終わりだ」
クリスの回復能力にはが確かに驚いたが、自身の動きについてこれなかったことから見ても戦闘能力はないと判断したアルスは、様子を見るのをやめ真正面から最大の一撃を与えて即死させるつもりだった。
クリスの笑みを見るまでは。
「させない!!!」
クリスとアルスの間に小柄な影が入り込む。
そして、クリスに殴りつけようとしていた拳を影が持っていた盾で防がれた。
「きゃっっっ」
「おわぁ!」
攻撃は防いだが、衝撃までも防ぐことは出来ず、後ろにいたクリスごと壁際まで飛ばされてしまう。
そんな2人を見ながら、アルスは眉をしかめる。
クリスとの間に割り込まれた時には盾で顔が見えなかったが、今は吹き飛ばされたことで影の顔をはっきりと見えるが、だからこそ疑問が頭を埋め尽くす。
(あの女は、確かに………っ!)
そんなアルスの思考する時間を許さないとばかりに、アルスの背後にもう一つの影が現れる。
影の手には剣が握られており、アルスの無防備な背中を刺しこもうとするも、剣がアルスに届くことはなかった。
「ふんっ」
アルスは、背後からの突然の強襲に反応が少し遅れるも、自身の屈強な肉体に力を入れることで鋼鉄を思わせるほどの硬さを作り出し、見事に剣からの一撃を跳ね返した。
影の者も攻撃が通用しないとみるとその場から飛び退き距離を開ける。
「…………貴様もか」
距離を置いた影を見据えアルスは、驚きとも困惑ともとれる顔で訝しむ。
(一体どういうことだ。この2人は立ち上がることのできないほどの傷を与えたはずだ)
2人だけではない。
このギルドに入ってから、その場にいた冒険者・護衛と思われる騎士達を全て戦闘不能にしてきた。
特にこの2人に関しては、抵抗が他の者達よりも激しかったため、暫く立ち上がることすらできない程のダメージを与えたはずだ。
なのに立ち上がるどころか、クリスを守り、攻撃を仕掛けてきたのだ。
(それに、他の者達もか)
気配を探れば、外からも何人かが起き上がりこちらに向かって来ているのが分かる。
何故?どうやって?
埋め尽くされる疑問はしかし、クリスの姿を見ることで解決する。
(そうか。お前か)
この状況を生み出したであろう人物は、疑問の回答を紡ぐ。
「エリアヒール」
可視化するほどの魔力の奔流がクリスを中心に広がり始める。
展開される魔法は、ありふれた回復魔法。
対象の場所に向かい離れた距離でも治療する魔法。
ただし、距離が離れれば離れるほど治癒効果は弱まり、対象人数が多くなる程に莫大な魔力消費と精密な魔力操作を必要とする。
はずなのだが。
「俺が倒した者達を全て治療したな」
「正解です」
「化け物が…」
化け物、まさにそう言われる事象を目の前の司祭はやってのけたのだ。
ここに来るまでに一体何人の者達を戦闘不能にしたと思ってる?
それをこの短時間で動けるまでに、いや2人を見る限り全快にまでさせたのだ。
おまけに死にかけだった自分自身の治療も施しているときた。
こんなことをたかだか司祭1人で可能か?
(いいや、不可能だな)
少なくともそんな真似ができる者をアルスは知らない。
一方、そんなアルスを油断なく見つめていたクリスは、魔法の発動を切り共に吹き飛ばされた女性に声を掛ける。
「さて、大丈夫ですか。え〜と…」
「あっ、私リリーっていいます」
「クリスです。リリーさん盾で守って下さりありがとうございました」
「いえいえいえいえそんな!私の方こそ昨日は司祭様に助けて頂きましたし」
首を何度も振りながらクリスに感謝を述べる女性リリーは、昨日クリスが治療したうちの1人である。
茶髪の髪が特徴的な小柄の女性であり、片腕にはそんな彼女を包み込む大きな盾が装備されていた。
クリスは気づいていないが彼女は、昨日オークの軍勢により左腕を潰さる重症を負ったが、クリスの治療で無事に左腕を元に戻してもらった者でもある。
アルスに対して抵抗が強かったのも、彼が恩人でもあるクリスを狙っていることを知ったからだ。
「リリーさん1つお願いあります。情けない話ですが、私に戦う力はなくてですね、できれば守ってほしいんです」
回復魔法に優れていようと、クリスは司祭であり戦士ではない。
戦闘能力を持たないクリスがアルスに対抗する術はなく、情けなくも自信より小柄な彼女に助けを求む。
そんなクリスを見てリリーは可愛らしい微笑みで答える。
「任せてください司祭様。私が命を懸けて司祭様をお守りします!!」
「ありがとうございます。ただ命は懸けないでください」
「話は済んだか」
警戒を怠ってはいなかったが、クリスの目ではアルスの姿を捉えられず接近を許してしまう。
目で姿を捉えた時には、クリスに向け拳を伸ばしていた。
「させません!!」
盾を掲げるリリーは、クリスに迫る一撃を防ぐことに成功するが、クリスの攻撃は拳1つで終わる事はなく連打を叩き込まれる。
ガンガンゴンガッガンガン
「くっ、うっ、うぅ〜…ッ!!」
打ちつけられるたびに鈍い音と共に、リリーの腕から痺れと骨の軋む音を感じる。
長くは持たないと感じたリリーは、司祭に攻撃を許してしまう恐怖に駆られる。
「ヒール」
だが、クリスもリリーにただで守られる訳ではなく《ヒール》を使いサポートをする。
腕の痺れと軋みが無くなり、リリーは再び盾を強く構え踏ん張る。
「ふん、所詮焼け石に水だ。腕が無事でも盾は長くはもつまい」
アルスの拳は一撃一撃が必殺の威力を秘めており、《ヒール》で腕のダメージは回復できても、盾が受けるダメージはどうしようもなく、リリーの盾から亀裂が現れ広がっていく。
このままでは2人共やられてしまうが、この部屋にいるのはアルスとクリス達3人ではない。
「俺の事を忘れてんんじゃあねぇ!」
「今お助けします司祭様!」
リリーの仲間であり、もう一つの影の正体であるアルオタはアルス目掛け突進する。
その後を追う様に、先程まで動けずにいた受付嬢もナイフを構え疾走する。
「ちっ」
迫り来る2人の攻撃を鬱陶しく思ったのか攻撃を中止したアルスは、その場から大きく飛び退き近くの壁を粉砕した。
粉砕された壁からは太陽の光が差し込んでおり、外に繋がっていた。
それと同時にクリス達がいた部屋から数多くの冒険者が雪崩れ込んできた。
「クリス司祭!」
「リリーちゃん!とついでにアルオタ、無事か」
「あの巨漢野郎よくもやってくれやがったな!」
「受付嬢ちゃん俺が助けに来たぜ!!」
次々に現れる冒険者と護衛の者達は、クリス達を守る様に陣を張る。
「これ以上は時間を掛けるのはまずい。命拾いしたなクリス」
「ええ。皆さんのお陰で命拾いしましたよ」
「抜かせ、貴様が余計な事をしなければ済んだものを。……食えない司祭だ」
それだけ言い残し、どうやったのか一瞬で姿を消したアルス。
「ふぅ〜なんとかなりましたね」
「そうですね司祭様」
「お怪我はありませんか司祭様!」
難を逃れたクリスは、その場に座り込み緊張の糸を解く。
そんなクリスに労いと心配をかける者達を見ながらクリスは内心愚痴る。
(あんな奴にまた狙われるとかごめんなんだけど。何で俺狙われなきゃいけないんだよ!戦争の活躍?司祭の給料が少ないから仕方なくやっただけだぞ!クソ〜やっぱり司祭なんてやめてぇ〜〜〜)
クリスの内心は置いといて、無事に襲撃者から生き残れたクリスだが、彼を狙う者達はまだ数多くおり、これからも彼の受難は続くだろう。
主人公ヒーラー役のため戦闘関連が難しいです。
上手いことみんなの役に立てるよう立ち回っていきます。
えっ?
戦闘シーン入れなければいいって?
………ファンタジーといったら戦闘でしょう!!
といことで、これからも戦闘シーン入れていきます。
(でも難しいですよね!戦闘シーン。作家さん尊敬します)
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