2話 司祭は安月給
司祭の役割とは何か?
色々とあるだろうが俺がお世話になった婆さんから教えられたのは主に3つ。
『人々を慈しむ事』
『善行を積み上げる事』
『清く正しくある事』
これを心情に司祭として生きろなんて言われましたが、正直もう限界なんです。
何故かって?
安月給ですし、司祭として正しい行いをする為にも常に笑顔で人々と接しなければいけないし、安月給ですし、たくさんのお祈りをしなければいけない、安月給ですし、食事・寝室も質素、安月給、基本休日なんてものは存在せず、安月給、上層部の依頼は断れない、安月給、安月給、安月給、安月、安月、安安安安
「金が欲しいんだーーー!!」
ヴァーミリオン城の城下街メイン通りから外れた、小汚い裏路地にて男の叫び声が響き渡る。
大きな声に、近くを通りかかった人々は特に気にせずにその場を通り過ぎる。
この裏路地では、主に家や家族、職を失ってしまった者達が流れ着く所詮スラム街とされており金を集める為に物乞いや窃盗、詐欺などが多発している無法地帯であり、こんな叫びは日常茶飯事な場所だからだ。
そのスラム街にて、小さな教会が存在しておりクリスを含む4人が共に暮らしている。
教会に響く大きな声に目が覚めてしまったのか4人の内の1人であり、シスターの格好をした少女が呆れと共にクリスに近づく。
「もうまたそんな事を叫んでるんですか司祭様」
「…ああ、おはよう御座いますシスターマリベル」
シスターの名はマリベル。
この小さな教会にてクリスと共に生活をしており、主に教会の炊事洗濯、管理を主な仕事としており、何かとクリスのお世話をしている有難い存在である。
「……」
「…どうしましたか?」
「いえ、相変わらずエロイ格好だな〜と」
「……」
「いっっつ」
ゴンと大きく振り下ろした拳を避けられずまともに受けてしまったクリスは頭を押さえ座り込む。
「もう、またそんな事を言って!」
「いやだって」
「だってではありません」
マリベルが着るシスターの格好は体のラインがはっきりと分かるほどピッチリとしており、マリベルの細くそして豊満な体付きを強調している。
足元から膝下近くまでかけた深いスリット、そこから覗く健康的なムチムチの足、う〜んやっぱりエロいな。
それだけではなく、光に反射する程の透き通った黄金の髪色を腰元まで伸ばしており、大きくそして優しげな翡翠の瞳と幼なげ愛らしい顔付き。
幼い顔付きは庇護欲をそそられ、またそれらに不釣り合いな程の豊満な体付きは背徳感を生む。
「相変わらず思うのですが、よくその格好で襲われませんね」
「そんなの当たり前じゃないですか」
呆れと共に首を振るマリベル。
「このスラム街で司祭様や教会の者達を害しようとする者はいません」
「?」
「いいですか司祭様、あなたはこのスラム街で数々の偉業を起こしたのですよ」
元々クリスは司祭の総本山である場所からこの地に流れ着いた者であり、その前までのスラム街は正に今より酷い有様だった。
蔓延する病魔、多発する殺害、屍を貪る人々と本当に酷い有様だったが、それらを解決して回ったのがクリスなのだ。
「あの時の司祭様は本当に凄かったですね〜」
「…だってあんな所でぐっすり眠れないだろ」
「ふふ、そうですね」
口元を押さえ笑うマリベルはそんなクリスを優しく見つめる。
(本当に凄かったんですから)
思い出すのは、流れ着いたクリス司祭が最初に開いた言葉、『クソが』でした。
司祭としてどうかと思う言葉使いでしたが、それからの動きは迅速でした。
蔓延る病魔に犯された人々を治療して回り、悪徳を積み上げてきた者達を衛兵に突き出し、飢餓に苦しむ人々に無償での食糧や配給を配るだけではなく、職を与えていった。
お陰でこのスラム街での死者数や犯罪率は9割以上減ったと言っても過言ではない。
今でもスラム街では犯罪などは起きる事があるがクリス司祭が来る前よりは雲底の差であり、あの頃より住み心地が良く平和だ。
「司祭様が来られてからは自警団も作られてこの周辺を徘徊していますし、この教会に不埒な事をする者はいませんよ」
それに、クリス司祭に不快な思いをさせた者はこのスラム街で生きていけない筈ですから、と心の中で呟く。
「そうか、それじゃあ安心して留守番任せられるな」
「何処かお出かけになるのですか?」
「冒険者ギルドにな」
「なるほど、それでは今日は1日そちらに?」
「おう。それじゃあ俺は行ってくるから、お留守番よろしく〜」
「はい!任せてください」
互いに手を振り別れクリスは冒険者ギルドがあるメイン通りに足を進めた。
♢♢♢♢
ヴァーミリオン城下街の冒険者ギルドでは、少し前からとある噂が囁かれている。
曰く、「ギルドに入った瞬間に軽傷がなくなる」
噂は噂と聞き流す者は多いが、この冒険者ギルドを活用している一部の者はこの噂が噂でない事を知っている。
「エリアヒール」
クリスが発動した魔法は冒険者ギルドを包み込む。
広域回復魔法、指定した範囲内にヒールの効果を及ぼす魔法。
魔法が発動された瞬間、冒険者ギルドにいた者達の傷が回復されていった。
ただ回復する程のダメージを負っている者は一部の為、冒険者ギルド内で違和感を感じた者は少ない。
「今日もありがとうございます司祭様」
「日々冒険者達は命懸けの冒険に挑んでいます。これぐらいお安いご用ですよ」
「はひ」
ニコリと微笑む姿は正に司祭の鏡の様であり、その微笑みを見たギルド受付嬢は頬を赤らめる。
マリアベルなどクリスの事をよく知る者がいればお前誰だよと思う事だろうが、クリスを育てた者はしっかりとした調きょ……教育を施している為基本的に他の者と接する時のクリスはまさに司祭である。
またクリスの見た目は非常に整っており、青みがかった黒髪を短髪に整えられている。
顔つきもよく、優しい微笑みは女性を虜にするには十分な破壊力が存在する。
体付きも細身でありながらがっしりとしていて、触ろうものなら司祭の服で隠されていようと、その下でたくましい体つきが想像できる。
そんなクリスが、冒険者ギルドで何をしているかというと、お金稼ぎである。
冒険者ギルドでは、常に怪我を負う者が多く治療の為、回復師や薬品が必要不可欠。
そんな冒険者ギルドで、クリスは一室を借りて金銭を貰い冒険者に治療を施している。
このやり方は珍しくなく、回復師の何人かはこの方法でお金を稼ごうとするが、上手くいく者は少ない。
理由としては単純であり、殺到する冒険者達全員に治療を施しきれないからだ。
ヴァーミリオン王国は巨大な国家であり、その城下街の冒険者ギルドもなると数が多く質も高い。
そんな者達が回復を求めるとなると、純粋に数が多く回復魔法に必要な魔力が尽きるのと、強い冒険者が回復を求める程の怪我を治せなかったりする為だ。
が、そこは数々の戦場で腕を磨いてきたクリス。
何人来ようが魔力が尽きる事はなく、高い練度の回復魔法はどんな怪我をも治す程だ。
「司祭様、どうか仲間をお金はいくらでも払いますから!どうかどうか!」
今もクリスの前で頭を下げる1人の男は仲間の1人を連れてきた。
「これは…」
連れて来られた仲間の怪我は酷く、全身に切り傷があるが問題はそこではなく左腕だ。
「潰れていますね…」
「オークの大軍に囲まれて、それで腕を踏み潰されたんです!」
「なるほど」
この損傷具合では、《ヒール》を重ね掛けをしても意味をなさないであろう。
並の者であれば、どうしようもない状態だ。
並の者なら、だが。
「ハイヒール」
クリスの魔法は負傷者の左腕を包み込む。
潰れていた腕は、脈動を始め元の形に修復され始める。
まな板のように潰れていた腕も、徐々にだが元の大きさに戻り始める。
「お、おおー…」
「…凄い」
やがて、先程までの負傷具合が嘘の様に消えていき、部屋から聞こえてくるのは安らかな寝息だけだ。
「ありがとうございます司祭様!」
「お気になさらずに、これが私の役目ですから」
「司祭様っ………そうだ!今お代を払います、どんなに高くても絶対に払い切りますので!!」
「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。あそこの看板を見てください」
クリスの指す看板を見るとそこには、
『治療は1人につき10ゴールド ※負傷具合に関係なく』と書かれていた。
「10…ゴールド??…あのここに書かれているのは本当に…ですか?」
「はい、10ゴールドですよ。今お手持ちにない様でしたら、ギルドにお支払いをしていただければ大丈夫ですよ」
「いっ、いえ、あり…ます。払えます、ですが…!」
男の冒険者が戸惑うのも無理はなく、10ゴールドはパンが一つ買えるだけの値段なのだ。
とてもではないが、治療の額に見合っていない。
「司祭様は、毎度このお値段で治療をしてくださっているんですよ。お陰様で冒険者の死亡率や怪我で引退する方の数が減りまして本当に司祭様には感謝しかありません」
「いえ、私は少しでも冒険者の方の力になれればと思っているだけですよ」
「司祭様…」
クリスの返答にうっとりとした顔を浮かべる受付嬢はもはや恋する乙女の様である。
が、それはクリスの実情を知らないからである。
(くそ〜何が10ゴールドだよ!俺だってこの値段にしてくなかったのにあいつが〜!いっぱい人が来るからちょっとした稼ぎにはなるけど、これじゃあちょっと良いところの宿一泊が限界だ)
値段の安い治療には訳があり、クリスと暮らすある少女の発した言葉が原因だったりする。
『クリス司祭はパン一つで治療してくれるんだよ〜。僕の時はそれで家族全員治療して貰ったの!』
(あのガキ〜!お前の治療を引き受けたのは人通りの多い場所で懇願してきて断れなかったんだよ)
実に司祭らしくない考えである。
だが、こんな考えを微塵も表に出さずにいるクリスは流石である。
この面の厚い仮面がいつの日か知られる時が来るのだろうか?
それはまだ誰にも分からない。
因みにマリベルのちょっとした回想でクリスが『クソが』って言葉を使った理由としましては、初めてスラム街に行った時に財布を擦られてしまいブチ切れていたからです。
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