表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

1話 美しい世界ってなんだろう。

堕落した果てに神になろうとした人間は、ただ淘汰され駆逐される。そうやってこの物語は終わる。

神とは一体なんだろうか、宗教的、神話、特定の神などではなく、神そのものに対して疑問があった。調べてみても人知を超えた存在、人間を超越した存在と出てくる。しかし、私はこう考える、神というのは蓋を開けてみれば空っぽであり、それ故に先ほど述べた力を持っているのだと。きっと、本当に存在してはいけないのだと思う。もし世界に神がいたなら、それはどれだけ美しかったのだろうか。そんな疑問だらけで、生きている。


キィィ、と激しいドリフト音がして、ピーーという甲高い車のクラクションが容赦なく降りかかる。その音は何かまずいことが起きているのだと本能が呼び起こされ、視界が歪んでいく。気づいた時には遅かった。ドッ、衝突音がした瞬間、体が浮いた感覚と共に、意識が消えた。


「ん…」


うつ伏せで倒れていたキヨネは先程まで寝ていたような感覚に陥っていた。その状態のまま、ベットの物置があったであろう場所に手を伸ばした。右に左、地面に手を振っているようにも見える。


「あれ」


まだ呑気に手を振っていると、正面からカサカサと草叢をかき分ける音がした。吃驚したキヨネは反射で立ち上がる。その時、キヨネはことの深刻さに気づいた。そこは、日が暮れる間際の森の中であったからだ。

音は近づいてくる。もしかすると獣の可能性があると考え、急いで音とは逆の方に向かおうとする。しかし、足の感覚がうまく掴めずに転んでしまう。転んだことで土と体が擦る音が響く。


「そこにいるのですか?」


その音のせいで気づかれたのだろう。ただ、日本語に人の声だ、それもこっちに気づいているようで、何が何だか分からなく、焦ったキヨネは四つん這いになり近くの木の反対側に凭れ、息を殺していた。すぐに何かが草叢を抜ける音がし、キヨネは恐怖で震えている。もしかすると救助隊かもしれないと考え、幹の端から覗いてみる。そこには、真っ黒な鎧を全身纏う謎の人物がキヨネを探していた。

鎧? コスプレ?

悍ましい非日常的な光景に勢いよく顔を引っ込め、口を塞ぐ。不自然にキヨネが凭れている木が揺れる。鎧の人物はその木に指を差し、指先に空気中から黒く、吸い込められそうな何かを溜め、それをレーザー状に放出した。その瞬間、キヨネの凭れている木とその先にある数十本の木が抉れ、先の方で大きな轟音が鳴り響く。火は起きておらず、巨人が上から木を抉ったようだ。


「え…」


その光景に力が抜けると同時に口から溢れ、脚の側面がペタンと地面につく。幸い、木が抉れたのはキヨネの頭の位置よりも少しだけ高い位置だった。そのため怪我はない。


「キヨネ様、そこにいらしたのですね、驚かせて申し訳ございません」


すぐ後ろから話しかけられ、恐怖も最高潮に達する、ただ、自分の名前が様付けで呼ばれているようで、疑問を抱く。そのまま震えながら鎧の方に顔を向け、恐る恐る尋ねることにした。質感のリアルなツルツルとした宇宙のように黒い鎧を前に言葉が詰まりそうにもなった。


「あっ、あの、どうして、私の名前を知っているのですか?」

「それは…… 以前、お会いしたことがありますので」


鎧で籠った声で答えられるがキヨネは思い当たりがない。こんなにインパクトのある見た目を忘れることはない、人違いかと思うがキヨネという名前が一致している。


「それは、どこで?」


話が通じると分かると質問を繰り返す。


「同じこの場所でお会いしたはずですが」


この場所…。辺りを見渡しても木しかない、先程抉られた木の先を見てもずっと木、こんな森の中は私の人生の中で初めてだと思う。


「あなたは、誰ですか?」

「私は四天王、レイジネスと申します。つかぬことをお聞きしますが、もしかして記憶がないのですか?」


四天王、レイジネス、そのような非現実的な記憶はない。しかし、記憶がないと答えては、さっきのレーザーが今度は自分の体を貫通させてくるかもしれない。その気持ち悪いほどに艶のある黒い鎧は、レイジネスに冷酷非道な印象を抱かせた。


「いや、その」


命乞い? それとも、正直に言う?

なんて答えようか脳漿を絞っていると、今度は右側から草叢が揺れる音が近づいてくる。レイジネスは急いでキヨネを庇うように草叢に身構える。まるで姫様のように扱われるキヨネはポカンとしていた。


「今朝の人の方、ほら早く! 爆発音もしたし、きっと何かいるはず!」

「ちょ、ユッカ、早い」


こっちに向かってくる人のやり取りが聞こえてくる。子供の声だろうか、随分と幼く聞こえる。


「子供?」


意外だったのか、レイジネスはそう口にすると、草叢の方に慎重に近づき始めた。すると草叢から勢いよく子供二人出てきた。絹のような艶のある金髪、片目が隠れるほど長い前髪で左目が隠れている少年と、空と見違えるほど鮮やかな空色の髪、その色と同じ色の瞳を持つ少女。二人とも走り切った様子で息が切れている、顔を上げると二人ともレイジネスを前に愕然としていた。


「え……?」

「これは少し困りましたね」


顎に手を当てて少し考えたレイジネスはキヨネの方を向いた。


「キヨネ様、もし思い出したのなら、戻ってきてください、あなたはこの世界の…」

「もしかして、魔族四天王のレイジネス?!」


レイジネスの話の途中で女の子は強気に口を出す。


()()、四天王ですか、全く、最近の教えはひどいものですね」


魔族を強調していたようにも聞こえる、その言葉を放つと、真っ黒な何かがレイジネスを包む、まるで黒い炎が揺らめいているようだ。熱くもなければなんともない、しかし、その気配がピタリと動かなくなった瞬間。ドッ、と全身に痺れる何かが伝わってくる。もしかすると、これはレイジネスの殺気なのかもしれない、初めて感じるが、確かに感じた、死を。全身の血の気が引け、視界はぼやけ、自分の心音がハッキリと頭の中で響く。キヨネと子供はその殺気に凍りつけられたように動けなくなっていた。

レイジネスはハッとした様子でその気配を消した、そしてキヨネに近づき、手を取った。いきなり固い何かが手を掴んで来て驚くが、手を払う余裕などない。


「驚かせてすみません、それでは、お待ちしておりますからね」


そう言い残すと手を離し、少し距離を空けたレイジネスは、霧のように儚く消えていった。残された3人はいなくなってもなお、動けるまでに時間を有した。


「大丈夫ですか?」


初めに動き出した少女はキヨネに近づき心配そうに話しかけた。


「う、うん、大丈夫」

「よかった〜、ユッカ死んじゃうかと思ったよぉ」


少女は疲れ果てた様子でその場でしゃがみ込んだ。この子供たちも自分が認識できる言語を話すことに驚きながらも、ここでも質問をする。


「その、ここって、どこ?」

「ここ? って、リモトルボ村のこと?」


村…? 私がいたのは…。あれ、どこだっけ。

自分の住んでいた地域の名前を思い出そうとするが何も思い出せない。日本? それらしき単語が頭に浮かぶが、惑星の名前は頭に刻まれていた。


「地球、だよね?」


もしこれが違うと言われたら。


「ちきゅう? タカラ、ちきゅうって知ってる?」


少女は眉を顰めていつの間にか動き出している少年に聞いた。この様子を見てキヨネは一つの考えに辿り着いた。

ここは元の世界と違う、さっきのレイジネスといい、異世界だ。私はもしかすると異世界転生というものを果たしたのかもしれない。そう考え着くとなんだか少し興奮した。異世界の特徴として、魔法というものがあり、キラキラとした生活を送ることができるかもしれない。個性豊かな人がたくさんいて、感情的になれる人生が歩めるかもしれない。それに……、それに? キラキラって、なんだろう。

初めはワクワクするファンタジーの世界を想像し、少し興奮していた。ただ、本当にこの世界にきて嬉しいのか分からなくなる。よく分からない感情だ。なぜだろう、少しの興奮の後、頭の中は真っ白になり、こう思う。嗚呼、元の世界で私は死んだんだ。と、幼い頃から怯懦な性格の私だったが、死んだ時はどのような顔をしていたのだろうか。少しの虚無感に陥っていると、少年が心配をしてくれる。


「大丈夫? お姉さん、立てる?」


少年はキヨネに手を差し伸べる。なんて気遣いができる子供たちなのだろうと感心する。こんな弱気になってはいけないと、手を取るが思っていたよりも自分の体重が重く、少年は両手で引っ張る形となった。少し恥ずかしい。


「ごめんね、重かったよね」

「いえ、僕の力不足です」

「あれえ? タカラちょっと照れてる?」


少女は小悪魔のような笑みで少年をからかう。


「照れてない」


キッパリと言い切る少年、この少年少女、随分とお似合いで掛け合いが何だが場が和むものがある。そんな二人におっとりとしていると。


「お姉さん、帰る場所ありますか? よかったら、村に来ますか」

「なっ…!!」

「な?」


まずい、こんなに丁寧な対応に思わず、なんていい子なのヨシヨシ(早口)、と言ってしまいそうになってしまった。どんな世界でも子供に対して母性が出てくるのって変わらないんだな、あ、世界は変わっても私は変わってないのか。

なっ、と言ったキヨネに首を傾げる二人、ここまで丁寧な対応にキヨネは断る訳にもいかないので、お願いしますとついて行くことに。

そして子供たちは出てきた草叢から村に向かう、もうすぐ日が暮れるそうで急ぎ足となった。目印もない森をただ駆ける不安は二人の掛け合いとその一生懸命走っている姿でかき消される。しかし、異世界にきた不安よりも大きくなって行くのは疲労だった、前の世界では運動不足だったのか分からないが、子供の走りくらいでも息を切らしてしまう。


「あと少しで森を抜けます」


少年はそうキヨネに伝える。少しの運動で息の切れているキヨネは返事をする余裕すらもなかった。

そして目の前に木から溢れる夕陽が見えてきた。


「よかった。まだ日は暮れてないよ」


少女は胸を撫で下ろした。そして、その光に迎えられるように森を抜けた。その瞬間向かい風が三人を襲い、目が開けなくなる。細かい瞬きを繰り返し、目を開いた次の瞬間。

そこに広がっていたのは、日が暮れる前の一面赤く照らされた景色。奥に目をやると、高低差のある山脈がはっきりと存在感を示し、夕焼けの綺麗な赤色に染まっている。視線を下に向けると、畑と村が見える、石造りの家が並び、望楼が村の端々に設置されている。畑は黄金色で、風により金属の艶のように靡いている。目を凝らすと、村の真ん中には広場のような場所も見え、随分と栄えていそうだ。丘に作られているのだろうか、少しの高低差が目立つ。近くには細い川も流れ、この景色だけで生きるには困らなさそうな場所であった。


「すごい、美しいね、何だろう、この景色だけで生きていけるっていうか…」


風光明媚に心打たれ、思わず口から溢れる。ハッといま恥ずかしいことを言ってしまったのではないかと顔を赤くし、二人の様子を横目で見る。二人は最大限風を浴びて、気持ちよさそうにしている。よかった、聞かれていな…。


「ユッカもそう思うな、嫌なことがあっても全部忘れちゃいそう」


聞かれてた、そういう気持ちよりも素敵なことを言う少女に感心する。


「魔法ができないことは忘れちゃダメだよ」

「うっさいな、ま、タカラよりかは早く走れるからいいんですう」


魔法…。やっぱりこの世界には魔法がある異世界なんだ。

少年は少女を揶揄ったつもりだったのだが、すぐにカウンターを喰らい苦笑で流した。少女から目を離そうとする少年はキヨネのことを一瞬見た瞬間、もう一度見た。綺麗な二度見の後、目を見開くと、少年は口を開いた。


「お姉さん、これを頭に被せて」


差し出されたのは少年が羽織っていたコートだった。真剣な眼差しに断れず、その小さいコートをフードのようにする。


「もっと、こう、髪の毛が隠れるように」

「ちょっとタカラ、お姉さんに変なことしようとしてるでしょ?」


少年にどういう意図があるのか分からないのは少女も同じらしい。キヨネははみ出ている髪の毛を見えないようにしまい込んだ。


「いや、そんなことないよ、とりあえずユッカ、もう遅いんだから、ここで解散しようか」

「え〜、まいっか、ここの方が家も近いし、もうすぐ晩御飯だもんね」


急な展開に文句の一つもせず、子供特有の素直さで少女は帰っていく。まだ村の入り口の気配もしない場所での解散に不安がよぎるが少女は迷いなく駆けていく。


「私の名前はユッカ、12歳! よろしくね、お姉さん!」


思い出したかのように自己紹介をしながら大きく手を振るユッカに手を振り返す。手を離すと垂れ落ちてしまいそうになるコートを頭の上から抑えながら。


「僕たちも早く帰りましょう」


少年はキヨネの手を取り、森を抜ける時くらいのスピードで村へと向かった。急な展開に追いつけず、何が何だか分からないキヨネだが、少年は少し悲しそうな顔をしていた。どうしてここまで真剣なのか理解できないが少年の表情に少し心が痛んだ。

村に近づくと、柵に両脇を抑えられた道が見えてくる。とても長い道で、入口と逆を見るとはるか遠くまで続いている。きっとほかの村につながっているのだろう。開閉式の柵がいくつか見え、それを押して道に入る。先ほどまで草が生い茂っていた道が、土で固められた道になり、とても歩きやすい。そうして道を進んでいくと、柵は途切れ、横に長い建物がぽつぽつと見える。横を通ろうとすると、家畜の異臭が鼻の奥を侵食してくる。勢いよく鼻をつまむ。少年は慣れているのか鼻をつまむどころか表情一つ変わっていない。

進んでいくと住居がいくつも見え始める。床も石畳となり、いよいよ村に入った実感が湧く。白いペンキで壁を塗っている石造りの家はその窓とむき出しになっている支柱の木の板が相まって、ケーキの断面のように見える。そんな家に監視されているように慎重に進むと、少年はある一つの家の前で足を止めた。


「ここが、僕の家」


並んである石造りの家の中の一つの家の前で止まる少年。村の入り口のすぐ近くだったので人も少なかった。少年はドアノブに手を近づける、しかし、途中で静電気が走ったかのように一度手を少し遠ざける。その様子に首を傾げたキヨネは少年の手を見ると少し震えていた。何かがおかしい少年にキヨネは心配になったが、震えていたのも束の間だった。少年はキヨネを一目見て。大丈夫、そう呟いた。今のキヨネにその意味を理解する余地はなかった。今度はしっかりとドアを開き、玄関へと踏み込む。


「た、ただいま」


 返ってこない挨拶、電気のついていない家中、この家には誰もいないのだとすぐに分かるが、時間を考えると家に親がいてもおかしくない時間だ。玄関にあるスイッチを押すと何故か天井に配置されている蝋燭がついた、仕組みは分からないが、もしかしたら魔法なのかもしれない。最初は玄関からすぐ左にあるリビングに入れてくれた。ドア付近のスイッチを押し、灯りを付ける、そこにあった光景にキヨネはゾッとした。四人掛けテーブルの四つの椅子のうち二つには案山子(かかし)のような、木でできた人型の何かが座っていたからだ白く塗られているものと黒く塗られているもの。タカラは平然としていて、さらにはそれに話しかけ始めた。


「母さん、今日はお客さんが来てるよ。」


 独り言、いや、少年は黒い案山子に母という設定で話しかけた。それも寂しそうに、きっともう一つは父。キヨネはさっきタカラが心配そうに言った大丈夫の意味が今理解した。


「は、初めまして、キヨネと申します!」


そうキヨネが言うと少年は少し変に笑った。何かおかしかったのだろうか。


「ごめんね、こんな変なことに付き合わせちゃって、初めまして、僕はタカラ」


何やら急に子供らしさを排除したような態度で自己紹介を始めた。その態度に背筋が凍る。


「いや、変なことじゃないと思うよ、その、両親は…」

「僕が5歳の頃、離れ離れになっただけ、この案山子は親の変わりなんだ、僕が勝手に置いているだけ」


自宅墓のようなものだろうか。しかし、亡くなったとは一言も言っていない。


「キヨネさん、二つ話があるんだけど」

「はい!」


先ほどよりも低い声で、まるで怪談を始める雰囲気で話すタカラに対し、驚きながら反射的に返事をした。しかし、真剣な眼差しは幼さを感じさせない冷徹さを醸し出している。すぐにキヨネ自身も冷静さを取り戻す。


「キヨネさんは、魔族?」


急に魔族かと聞かれる。そのことに対する嫌悪感はない、まだ魔族というものに対して実感がわいていない証拠だろう。キヨネにとって魔族は前の世界ではファンタジーの中の話だけだった。そして主人公に対して悪の立場をとる存在。タカラが疑う理由は先ほどレイジネスと一緒にいたことからだろう。ユッカはレイジネスを魔族四天王と呼んでいたこともあった。


「人間、です…」


しかし、そう考えた上でも、異世界転生をしてきた身ではっきりと自分が人間だと言える自信がなかった。レイジネスの言葉、自分の過去がよくわかっていない中、ここで人間と証明できるものがない。そもそもどうやってこの異世界にやってきたのかも分からない。前の世界での異世界転生の常識から何となく見当はつくが、想像はしたくない。


「そうだと思ってた、後一つ、こっちの方が大切、その黒い髪、黒い瞳は生まれた時から?」


自信のない答えだったがタカラは人間だと認めてくれた。黒い髪、黒い瞳。自分の姿すら頭に浮かばない状況でそう聞かれても分からない、目にかかっている前髪は黒いので髪は黒いのだろう、それよりも…


「そうだけど、大切って、どう言う意味?」


少し怖かった、もしかしたら魔族の特徴として述べたものがあるとなると、どう弁明しても無理だ。いっそ異世界転生のことを口にすることも考えたが、信じてくれないだろう。


「この世界で黒い髪、黒い瞳を持つものは、人ならざるものと判別され、強制的に拉致されてしまうんだ」

「……え?」


タカラのような幼い少年の口から、拉致という物騒な言葉が言い放たれたことも相まって、理解が追いつかなかった前の世界では黒い髪に黒い瞳はある人種では当たり前であった、それがこの世界では人ならざるもの?


「僕はうまく説明できないんだけど、僕の母さんは黒い髪だという理由で、王都の平和維持団に拉致された、まだ帰ってきていない、そして」


前髪を上げ、片方隠れていた目に手を当てて、何かを摘んだ、花びらのようなものだ。そして摘んだものを取り出すと、黒い瞳が姿を表す。掴んだものはカラーコンタクトレンズだった。


「僕は呪われた子として母が拉致された後に酷い扱いを受けてきた、自分でそんなこと言いたくないけど、紛れもない事実なんだ」


ユッカと同じ年だと仮定すると12歳、その年とは思えないほど哀愁漂う雰囲気と、その悔しそうな表情に心臓が握りしめられているように心が痛くなった。けど、私にはどうしてやることもできない、というか、今何をすれば、何を思えばいいのかすら分からない。ただ、来たばかりのこの異世界生活、早速危機が訪れそうになっているのは確かだ。


「とりあえずお姉さん、その姿じゃこの辺は危険、どこからきたのか分からないけど、とりあえず村長のところへ行った方がいいかも」

「村長?」

「うん、きっと村長ならどうにかしてくれる、この不思議な瞳の色を変えるものも村長からくれたんだ」


コンタクトレンズを? もしかすると同じ転生者なのかもしれない。タカラは席を離れ、村長の家までの地図と、黒いローブを渡してくれた。逆に目立たないか心配したが、直接黒い髪だとバレるよりかは変な人だと思われた方がマシだという。肝が据わっている考えに本当に子供なのか疑いを持ち始める。白い服の上にローブを羽織る。

そういえば、この白い服と紺色のひらひらした服はなんなのだろうか。

そして家から出ようとする時。


「いって、らっしゃい…」


そうタカラに変な笑顔で言われた、それに応えるようにキヨネも満面の笑みで、いってくるね。そう返した。タカラは嬉しそうにしていた。

まだまだ子供らしいところもあるじゃん。

そして家から出る。何だかこの世界でやりたいことが決まりそうになっていた。


「僕の家なら、帰ってきていいから!」


キヨネは短く肯き、駆け出した。暗い外、街灯の下で地図を確認しながら目的地に向かう。そして村の中央部となる大広場に出ると、香ばしい匂いがキヨネを迎える、思わず足を止めて見渡してしまう。ドブネズミが街に出て少し立ち止まるように、その輝かしい景色に圧倒されていた。大通りにはたくさんの屋台、飲食店、売店が見える。ガヤガヤとしている居酒屋のようなところもあった。通る人の中には獣の耳と尻尾を持つ獣族もいた。

このような光景を見て異世界に来た実感が湧いてくる。不安と期待が交差し、どこかポツンと置いて行かれてしまったような感じだ。せっかくなら知らないものを食べてみたり、買ってみたりしてみたかった。ただ、タカラの表情がまだ脳裏に残っている。きっとここでローブを取れば私は通報されて拉致されてしまう。そんなことを考えると無気力になってしまう。もしかするとタカラが言ったことは嘘なのかもしれない、けれどそれは疑いたくなかった。あの案山子を見た、あの表情を見た、あれは嘘ではない。そして、一つ見届けたいものができた。そのためにこの世界は上手く生きないといけない。そう思うと同時に足が動いた、大通りを右に曲がる。すると、とんがり帽子の屋根の家が見えてくる、特徴的な家という情報から、きっとここが村長の家なのだろう。駆け足でドア前に向かい、呼吸を整える。ノックをしようと手を握るがノックするあと少しの力が入らない。すると、中から向かってくる足音がし、ドアが開いた。覚悟が決まっていなかったキヨネは顔を合わせることができず、俯いたまま硬直してしまう。


「うわ! びっくりした!」


村長であろう人物は驚いたのか、かなり過剰な反応をしているようにも聞こえる。硬直したままで反応しないでいると、コホンと咳払いで場を一旦落ち着かせた。


「ごめんね、今少し大変な用事があって、用件だけ聞こうか?」


キヨネは何を話すか一切考えていなかったので頭の中は真っ白で、二人の間に沈黙が訪れる。


「どうしたの? 大丈夫?」


村長であろう人物はかがんでキヨネと目を合わせようとした。慌てたキヨネは勢いでフードを外してしまった。もうどうにでもなれ、その一心だった。


「………」


目が合った。村長であろう人物はキヨネと同じくらいの年齢で、爽やかな好青年という印象を抱く。ただ、そんな爽やかそうな人が私の姿を見ると、ぎょっとした顔をしている。眉は痙攣し、声が出ないのか、口は半開き。目の前に地獄があったら好青年でもここまで顔を崩すのだろう。


なんでそんな顔をするの? 違う、私は何も知らない、ただ、この世界に放り込まれただけ。

キヨネは心の中で訴える。タカラの言ったことは本当であったのだろう。これから何をされるのだろうか。もしかしたら前世に、とっても悪いことをしたのかもしれない。これはその罰なのかもしれない。

そんな風に考えているとキヨネの顔色も暗くなっていく、だんだんと俯き、どうにもならないことに涙が零れそうになる。


「ごめん、とりあえず中に入ろう」


そうして連行された気分で家の中に入る。キヨネはローブを強く握りしめる。もう、ここまでなのか。


「あ~! びっくりした、まさか本当に黒髪黒眼の人が存在しているなんて」


思っていたよりもカジュアルに驚く青年に目を見開く。


「初めまして、リモトルボ村の村長、プロテアだ、君の名前は?」

「あ、え?」


このまま牢獄にでも放り込まれると思っていたキヨネは名前を尋ねられて戸惑ってしまう。さっきまで死んだような顔をしていた村長の様子は一変していた。まるで地獄を見たような顔から普通の好青年に戻っている。その様子にキヨネは呆気にとられる。


「私、これからどうなるんですか?」


質問を無視し、質問で返す。


「どうにもなんないよ、まあ最初は黒髪黒眼を初めて見たから驚いただけ、安心して、この家の中は安全だから」


この家の中、村長はそう言った、やはりこの世界では黒髪黒眼は迫害されることは事実らしい。ただ元の世界ではありえない事実に頭がひっくり返りそうになる。


「どうして、この世界では黒い髪に黒い瞳を持つ人は差別されてしまうんですか?」


ただただ疑問だった、タカラから聞いたときはまだ完全に危機感を持っていなかったが、この家を訪ねた時の村長の顔は絶望を形にした顔をしていた。


「ごめんね、質問に答えたいのはやまやまなんだけど、今から用事があって、すぐ終わるから、ここで待ってて」


そういえばそうだった。そして村長はそのまま家を出て行った。一人になってようやく落ち着いて考えることができた。

そもそもこの世界はなんなのだろうか。石造りの家、色鮮やかな髪色に瞳、獣族、魔法。そして黒髪黒眼が迫害される。こんなの元の世界では見たことがなかった。というか、元の世界がどんなだったのかも朦朧としていてはっきりしない。ただ、この世界の特徴は元の世界ではこう呼ばれていた気がする。異世界。そして、異世界に迷い込むことを、異世界転生。私はそんな異世界転生を果たしてしまった。

一つ一つ事実を確認する。

ただ、異世界転生というのは元の世界で事故にあったりし、死を迎えることで起こることだ、自分が元の世界でどんな人だったのか覚えていない。ただ、自分がその世界で死を迎えた事実に少し落胆する。きっとまだやり残したことがあったのだろう。きっとまだ見れた景色があったのだろう。そう考えると無気力になる。多分よくわからない感情というのは自分に対しての追悼であろう。それに、きっと前世の私は……。


「ただいまー!」


そう考えると村長が帰ってきた。とても短い用事に目が点になるキヨネだった。


「今日、古い友人に会う約束があったんだけど、彼女シャイだからどこにいるか分かんなくて、そのまま帰ってきちゃった」


まさかの用事を破ってきた。


「それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫、どうせ、会えないんだから」


どうせ会えない、その言葉は哀感を帯びた声で、吐き捨てられるように発せられた。そんな哀愁に包まれた様子にかける声がない。そしてゆったりとキヨネの向かいに座り、口を開く。


「さて、さっきの質問だけど、その前に、名前を聞いても?」

「あっ、キヨネです」


急に言葉を発すときや、忘れていたことを確認されるとき、ついつい、あっと言葉の先頭についてしまう。キヨネにとってその癖は出てくるたび、治したいと思ってしまう。


「キヨネさんね、まず、キヨネさんはどうして迫害されるか全く知らないの?」


コクリと肯く。


「そっか、それなら詳しく説明しよう、まず、この世界は10年前再構築されたんだ」


いきなり理解しがたい話に頭がフリーズし、沈黙が訪れる。すぐに異世界だということを頭の中で思い返し、ゆっくりと肯く。


「その10年前に起こったことなんだけど、ある黒い髪に黒い瞳を持つ人がこの世界に魔族を生み出したんだ」


魔族、これはユッカが言っていたような。ここは素早く肯く。


「その魔族はたった一週間の間でこの世界にあった三つの王国の内二つを滅ぼした」


どのくらいの規模なのか理解が追いつかない、ただ唖然として肯く余裕もない。


「滅ばされた後、黒髪黒眼の特徴を持つ人は呪いの存在として迫害される羽目になったというわけ」

「ちょっと待ってください、悪いのはその最初の黒い髪に黒い瞳を持つ人ですよねそれなのにどうして関係のない私のような人が迫害されなければならないんですか?」

「それは多分、本能がかき乱されるからだと思う。僕は特殊と言えば特殊なんだけど、初めてキヨネさんを見た時、とんでもない憎しみ、悲しみに支配されそうになったんだ、多分それはこの世界では全人類言えることだと思う」

「そんな……」


何も知らないこの異世界では納得するしかない。


「けど、ユッカちゃんや、タカラ君は、大丈夫でしたよ」


けど納得するだけが良いことではない、私は自分に向き合うためにも、この事実を否定しなければならない。


「憶測でしかないけど、僕多分子供にはそのような感情を感じないのかな、まだ10年しか経っていないんだ、検証も何もできていないんだよ」

「けど、けど……」


前世のことなど通用しない、この世界に対しての恨みも何にもならない。キヨネは俯き始める。村長とも顔を合わせられない。


「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「それを最初に言ってくれればいいんだよ、顔を上げて」

「え……」


プロテアは立ち上がり、キヨネの顎をつまみ上げた、これはいわゆる顎クイというものなのだろう。ただそんなことを考えている間もなく村長は話を続ける。


「タカラに会ったんだね、それなら僕の所へ向かわせるのも当然だ。まず、キヨネさんにはウィッグとコンタクトレンズを渡そう、話はそれからだね、何色がいい?」


顎を上げられたままなので答えることができない、それに気づいたプロテアはパッと手を離した。顎クイ中息を殺していたキヨネはゆっくりと深呼吸をする。タカラがつけていたからコンタクトレンズは分かっていたが、まさかウィッグまでこの世界にはあるなんて。異世界でウィッグなんて逆に非現実的な要素だと思っていた。思いを巡らせていると、ある一つ色を思いつく。思いつくというよりも、その色の絵の具が頭の中で一滴垂れてきたように頭に広がった。


「赤、それもとっても明るい赤色でお願いします」

「赤か、いいね! 早速準備を始めようか」


どこか別の部屋に入ると中から真っ赤なウィッグを持ってきた、そのまま背後に回るプロテア、期待を込めて目を瞑るキヨネ。プロテアは肩まで整えられたキヨネの髪の毛をネットでまとめ上げる。慣れた手付きでウィッグを取り付けた。その間約1分。終わったよと言われてもほぼ何も感じなかったのでまだ目を開かない。そして肩をツンツンされてようやく気付く。まさかこんなにも早く終わるものなのかとゆっくりと片目ずつ開く、机の上には手鏡が置かれていた。


「どうぞ、新しい人生には新しい色を、だね」


そして覚悟を決めて手鏡を力強く握り、自分に向ける。そこには鮮やかな宝石のような赤色の髪をした自分がいた。目はぱっちりとしていて、鼻も高そうに見える、バランスのよい顔じゃないだろうか。


「こんな顔をしていたんだ……」


誰にも聞こえないように呟いた。髪に関しては、長さは少し長めで胸辺りまでの長さ、おしゃれな女の子という感じが自分の中の何かが満たされた。鏡を見ながら笑ってみたり、口角を下げてみたり、ほっぺたをつねってみたりした。自分だ、この鏡に映っている人は自分だった。しかし、自分の姿を知れても思い出せることは何一つない。


「どう? キヨネさんみたいな面長で整った顔立ちの人は長い髪の毛が似合うかなって思ったんだけど」

「最高です! ありがとうございます!」


この世界に来てから一番大きな声で感謝を述べる。嬉しかった。まるでこの世界で生きていく許可が下りたような。そして自分の顔を知れた。


「そしてこれ、コンタクトレンズ」

「ありがとうございます」


コンタクトレンズを付けたことはないが何となくつけ方は分かる。目につけるものだろう。下を向き、手で目を開き、慎重に眼球につける。片目が終わり目をパチパチさせる。まだ鏡を見るのはもったいないと両目を終わらせる。器用に両目を終わらせまたもパチパチさせる、なんだか異物感がすごい、すぐに慣れるのだろう。そして、待望の鏡を見る時間だ。

そこに映るのは生まれ変わった自分だった。異世界の住民らしさが出ている。嬉しくて涙が零れそうになる。多分初めて色を見た人はこのような感動をするのだろう。


「嬉しそうでなにより」


誇らしげにプロテアは言った。


「でも、なんで異世界なのにコンタクトレンズとウィッグがあるんだろう……」


この時何も考えないで呟いたが相手がプロテアじゃなかったら大変なことになっていたかもしれない。


「異世界?」

「あ、いや、その……」


完全に聞かれてしまい誤魔化しようがなくなった。異世界転生してきたことは伝えてもいいのだろうか。


「やっぱり、君は異世界転生してきたんだね」

「もしかして、プロテア村長も?」


ずっと疑問だった、タカラもプロテアのことは特別視しているようだったし、可能性としては考えられた。しかし、プロテアは渋い顔でどう話そうか悩んでいる。まるでないはずのパズルのピースを探しているようだった。


「いや、そういうわけじゃないんだ、風の噂で聞いたことがあるんだよね」

「そうだったんですね」


少し残念そうにするキヨネ。もしかしたら元の世界のことについて知れるチャンスだったが、そうではなかった。しかし、異世界にも異世界転生という概念が存在していることは驚いた。異世界にもそういうラノベのようなものがあるのだろうか。


「異世界転生ってやつはここまでで、まず、キヨネさんは住む場所はあるの?」


異世界転生について聞きたいことがあったがプロテアはそこで遮断してしまう。さらに、現実に戻されたような質問にショックを受ける。確かに、タカラには帰ってきていいって言われたけど、住むってなったら受け入れてくれるかな。いやいや、幼いとは言っても小学生くらいの年齢だろう。他人の判別はつく。


「タカラ君には帰ってきてと言われたんですけど、さすがにまずいですかね」

「タカラか…… キヨネさんはタカラの家の中には入りましたか?」

「入りました」

「そうですか、そこで何を思いましたか?」


ここで何やら面接のようなことをやらされていることに気づく。一気に緊張感がのしかかり、答えるときに一度考える必要があった。

何を思ったか。タカラのあの案山子を見て、いや、タカラを見て、私は……


「この世界で生きていこうと思いました」


そう真剣に答える、すると村長は一笑した、それも嘲笑などではなく、ただ一本取られたと言わんばかりの笑みだ。


「いいね、そういうの嫌いじゃない」

「それなら!」

「うん、一緒に住んでいいよ」

「ありがとうございます!」


ここでまたこの世界に来てからの声の大きさを更新した。


「ちゃんとタカラには許可を取ってね」


そういわれ少し不安がよぎるが、きっと大丈夫だ、生まれ変わった自分なら、と自分を鼓舞する。そしてその後も何度も感謝をしながら家を出た。

キヨネが家から出た後。


「プロテア様、あの小娘、いかがいたしましょうか」


プロテアの家の部屋の中からある一人の老人が出てくる。プロテアの前で跪くと、キヨネのことについて口にした。


「う~ん、黒髪黒眼は初めて見るけど、面白そうじゃない?」

「ですが、魔族に関わっているとなると、我が王国の威厳を保つためにも……」

「あれは僕の王国なんかじゃない、それに、あの子は嘘をついていない」


すぐに冷酷な表情で老人に鋭い剣を刺すように言う。


「承知、我がプロテア国王に誓います」


プロテアの家から出たキヨネはルンルンとスキップをして大広場に出た。もうフードをしなくてもよく、来た時よりも建物の高さが高く感じる。屋台に対して目を輝かせることもでき、ショーケースに飾られている豪華なドレスに張り付くこともできる。時々自分の胸部を見て髪色を確認したりする。生まれ変わったキヨネは興奮を抑えられないままタカラの家へと向かう。

途中、暗くなった空を仰いだ。またたく星影に、少し欠けた月、見ている夜空は元の世界とよく似ている。ただ、いつも見ている時よりも心が躍っていた。異世界に来た事実が常に頭の中にある。やってみたいこと、食べたいもの、着てみたいもの、入ってみたい場所が無限に湧いてくる。なんだかそれが美しく思えてしまう。前の世界では思えなかったのだろうか、世界を美しいと思うためには、生きるしかない、そうこの世界は教えてくれた。

タカラの家から暖かく、柔らかい蝋燭の灯りが零れていたのでタカラはまだ家の中だろう。慎重に扉を開いたからだろうか、タカラの気配がしない。中に入ろうと少し汚れたローファーを脱いだ時、タカラがひょこッとリビングから顔を覗かせた。


「お姉さんか、びっくりした」


キヨネ以外にもこの家を出入りするかのような言い方だ。


「おかえりなさい」

「ただいま」


まるでもう住んでいるかのような安心感があった。これは聞く必要もないかもしれない。だが、いきなり寝泊まりするのは寝場所の準備など大変かもしれない、まだリビングしかこの部屋の造りを知らないから寝室がどうなっているのか想像もつかない。


「寝る場所、準備しといたよ」


キヨネが口を開く前にタカラはそう言った。まさか心でも読まれているのだろうか、ただ、その気遣いのおかげで切り出しずらかった話をしなくて済んだのはラッキーだ。


「ありがとう、誰かから聞いたの? 私がこの家で寝泊まりするって」

「いや、帰ってくるかなって、信じてたから……」


少し赤面して話すタカラ、なんとも子供らしく愛おしい。そのまま寝場所を確認すると、二階に案内された。階段を上り左側の一番近い部屋だ、中には二つのシングルベッドが両端に置かれていた。


「左がお姉さんでいい?」


タカラはそう確認する。もしかして同じ部屋で寝るのか尋ねたかったが、まだ小学生くらいの子供だ。思春期が来るまでは我慢しようとキヨネも覚悟を決める。それにタカラだと思うとなんだか許せるような気もした。


「うん、ありがとう」

「お姉さん、お腹空いてない?」


家の案内が終わった後、タカラがそう聞いてきた。そういえばこの世界に来てから何も食べてない。ただ、あまりお腹は減っていない。普段なら確実にお腹は減っているはずなのに、異世界転生酔いというものなのだろうか、大広場に出た時は香ばしい香りにお腹を鳴らせたが今はそんなことはない。食欲が行ったり来たりしている。少し不思議な感じだった、ただ、タカラがそう聞いてくるということは、タカラがお腹が減っているということだ、この家にキッチンはあるが使われている痕跡はない。大広場に会った何かの串焼きを想像すると、行ったらまた食欲が湧くかもしれない。


「とりあえず、外に出てみる?」

「そうだね」


そうして二人で外に出た。キヨネの提案で大広場に出ることにした。タカラの身長はキヨネの肩くらいで、隣で歩くと弟のようだ。大広場に着くと、タカラはきょろきょろとし始める。

何を食べようか探しているのだろうか。いや、眉を顰めていてどこか不安そうだ。まるで誰かに見つからないようにしている。


「やっぱり、僕がいつも行ってるお店じゃだめかな?」

「いいよ、体調悪いの? 大丈夫?」


広場に出てからタカラの様子が少しおかしい、何かに怯えている。人酔いなのか、顔が青ざめている。


「うん、大丈夫」


ゆっくりと歩きだすタカラにキヨネは自然に手を取った。吃驚して顔を上げるタカラ。

つい手を取ってしまった。なぜだろう、まるで自分を見ているようで、ここまで痛心に堪えないのは。

そのまま会話もなく進んでいった。いつの間にかキヨネよりも前にタカラが歩いていた。それでもタカラは手を離そうとしなかった。手を握ることの代償かのように手汗が湧き出る。それでもなお、タカラは手を離そうとしなかった。

階段をいくつか上がったり下がったりかなり複雑な道を進み、着いたのは村の端にある小さなレストランだった。看板には豚みたいなたれ目の丸い動物がイラスト風に描かれていた。ドアを開き、中に入る。


「いらっしゃい! お、タカラ君!」


店にはウサギのような獣族の店主がいた、すぐに隣にいたキヨネに気付く。獣族というのは性別に見分けがつきにくい、ただ、店主には少し胸に膨らみがある。きっと女性の方なのだろう。


「姉、いや、親戚?」

「あっ、私は…」

「お姉さんだよ」

「そういうことね」


 店主は納得した、それでよかったんだとキヨネは苦笑していたが、すぐにタカラの隣に座る。店の中は小さなバーのようになっていてカウンター席しか用意されておらず他に客はいない、もっと夜遅くならお酒を飲みに来る客が来そうな雰囲気、あの的は、ダーツ? あれはアーケードゲームだろうか? なんだか元の世界にもあった娯楽によく似た設備がある。


「いつものでいいか?」

「うん、ブブブのステーキで」

「タカラは好きだなぁブブブのステーキ、お姉さんも同じでいい?」

「はい、お願いします」


 勢いで同じものにしてしまった、メニューであろう冊子を手にしようとしていたところなので少し残念な気持ちになる。店主の反応からタカラはいつもブブブのステーキというメニューを注文していることが伺える。

 それでも気になったキヨネはメニューを手にし、この店に何があるのか調べておくことにした。異世界でのご飯は充溢したものにしたいという心の表れである。この世界での通貨は、よくわからないマークで、ブブブのステーキは200と書かれている。これが高いのか安いのかは別のメニューを見て判断することに。


「これ、食べたことある?」


 キヨネはタカラにサギサのソテーというメニューを指さした。値段は150、どうやらブブブのステーキはかなり安い方だ、高いものだと1500が最大だろうか。ムーマのステーキ、これは記念の時に食べるものなのだろう。


「サギサ? 僕、鳥肉はあまり食べたことないけど、ここに始めてきてからずっとブブブのステーキだけ食べてきたから」


サギサは鳥なのか。


「おいしそうだね」


肯くタカラ、顔色が良くなっていて安心する。


「はいこれ水ね」

「あっ、ありがとうございます」


 またまた語頭にあっ、と付いてしまう。こうなるたびに自分の頭をポカンと叩いてしまいたくなる。そんなこと誰も気にせずに、店主がカウンターに水を二つ置く。元の世界でも似たようなことがあったのだろうか、なぜか親近感が湧き、両手で丁寧に持ち上げた。水の味が気になり、この世界に来てから初めて何かを口に入れる。透き通った水に驚く。水だけで満足できるなんて、そう思い、ステーキにも期待を寄せていた。

 すると、店主がテキパキと動き始めた、カウンターなので少し顔を上げれば料理過程を見ることが出来た。若い店主は料理になると雰囲気がガラッと変わった。一つ一つ丁寧に器具を準備し、食材としっかり向き合っている。

 肉を切る工程、肉のブロックは何ら変哲のない普通の肉の形、小さな山のようなものだ、色も現実とは変わらず少し霞んだ赤色、脂肪の部分は白いピンク色のようで食欲をそそる。

 肉は5㎝の幅で切られ、その分厚さにキヨネは吃驚する、その肉の一枚を縦に半分にして、肉のブロックは冷蔵庫に戻された、半分にされてもなお大きいので食べきれるか心配になる、ふとキヨネはタカラの方を向くと、タカラは思い切り背を伸ばしてキヨネと同じようして料理過程を垣間見ていた。

 フライパンに火をつけ、塩と胡椒を肉にかけ、少し経った後、肉をフライパンにのせた。肉が焼ける音、まるで無数の小さな何かが弾け飛んでいるような音に思わず吸い込まれそうになる。クンクンと嗅いでみると肉の香ばしい香りが店中に広がっている。


「お腹すいてくるね」

「そうだね」


 両面数分焼き上げ、側面も転がすように焼き上げた。そのまま焼けた肉をアルミホイルに包み、どこか別の場所に置かれた。

 その間、店主はに店の裏側へ丸いパンを二つ持ってきてはそれを横に半分に切った、切った断面からほくほくと湯気が上がっているのを見ると、出来立てのように感じる。

 大きな平たいお皿を二つ準備し冷蔵庫から手のひら位の葉っぱを洗い、水気を切るとまずそれから乗せ、肉をアルミから出すと、肉汁が溢れでている、それをそのまま葉っぱの上に、パンを肉に凭れ掛けた。そろそろ終わるかという頃、冷蔵庫から緑色の個体を乗せた。

 二人は席にしっかり座ると、二つの大きなお皿が置かれた。


「完成だ! ブブブのステーキだ!」


 真ん中には存在感を誇る大きなステーキ、それを支えているのは下に引かれている草、パン、そして、謎の緑色の個体。


「いただきます」

「い、いただきます」


 タカラは変わらないテンションで手を合わせた。その後すぐにナイフとフォークを使い肉から豪快にかぶりつく。それを横目に戸惑いながらキヨネは言った。

 五感で楽しむにはあと味わうだけだという瞬間。フォークを肉に刺し、ナイフで肉を切る。切れたものをフォークで刺し、口にする。

 ん! まるで急にパンチされた衝撃、ソースのようなものは何もかかっていない故の素材の味、普通の肉だ。ものすごく柔らかく、香ばしい。


「おいしい」


 思わず口からこぼれる。その後すぐに我に返り、恥ずかしそうに口をふさぐように口元を拭いた。


「それはよかった、その緑色のバターを使って、その草で巻いて食べたら味変なるよ」


 店主はおいしそうに食べるキヨネに一つ食べ方を教えた。


「これ、バターなんですね」

「バジルバターっていうんだ、バジルを練りこんでるから、鼻に抜ける風味も一段と上がる」

「バジルバター……」


 キヨネはナイフの先端にバターを乗せ、そのバターににらめっこのように顔を合わせる。それを草に塗り、切った肉と共に包む。


「いただきます」


 真剣な表情でもう一回言い、口に入れた。これもまた衝撃だった、縦と矛が肩を並べあったような、肉の豪快な食感がしゃきしゃきの野菜で包み込まれていることでまた新しい食感が生まれている。それにバターの風味で料理の格が一段と上がった。複雑な味だけど、こっちの方がおいしい。


「おいしいの? その食べ方」


 知らなかったタカラがキヨネに聞く。タカラはこの食べ方をしたことがなくキヨネの表情から興味が湧いたのか、とても気になっている様子だった。


「うん、バター多めがいいかも、ほんとにおいしい」

「そういうなら」


 タカラはバターと肉を草で包み、目を閉じて勢いよく口の中に入れた。風味に驚いたのか目を見開き、キヨネに向かっておいしいと言わんばかりに頷いた。


「よかったな、タカラ」


 店主も嬉しそうにしていた。その様子にキヨネも喜んだ。それからパンもバターと肉と合わせて食べると草とは違う食感に驚きながら食べた、どんな食べ方をしても美味しかった。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせ、二人は合わせて言った。


「僕、今まで野菜を残してばかりでごめんなさい……」


タカラは俯きそう言った、きっと今までバターと草を食わず嫌いしていたのだろう。ただ店主は優しい笑みを浮かべた。


「いいよ、普段あんなにもおいしそうに食べてくれるのはタカラくらいだったから、生きがいみたいなものだったんだ」


そう優しく言ってくれた、その言葉にタカラは嬉しそうに笑って見せた。


「ありがとうございました」


そのまま店を出た。キヨネは異世界での初めての食事らしい食事で嬉しかった。

そして家に帰る。行きは会話がなかったが帰りはキヨネが口を開いた。


「空、きれいだよね」

「この空は、創造主が作ったって言われてるらしいよ」

「へぇ、神様みたいなものなのかな?」

「かみさま?」


このまま他愛のない話が続くと思っていたが、神様でつまずいてしまった。


「神のこと、私は様付けしちゃうけど」

「髪? 紙?」


イントネーションの違いからタカラは別の用語を口にする。キヨネはハッとしたそして今日何度も思い返す、ここは異世界であることを、変なことを口走ってはこのようなことになる。ただ、この世界には神様がいないということ? 別に問題があるわけではないが、少し疑問に思った。神ってなんだろう?


「神って何だと思う?」

「だから、白くて、何か書いたりする紙なのか、毛の方の髪なのかどっちのこと?」

「どっちも違う、想像してみて、神は一体何なのか」


子供相手に難しい質問だ、いや、全人類に対して難しい質問だ。きっと、元の世界で辞書を引いても超越した存在としか出てこないだろう。ただ、本当にそうなのだろうか、その意味で務まっているのだろうか。


「分かんないよ、お姉さんは何だと思うの?」

「私? 私は……」


少し長くなった、まるで考えておいた台本のように話をするキヨネだった。タカラはそれを真摯に受け止めて上手く応えようとする。


「神は、なんだろう、ないけど、力を持ってるもの…少し難しいな、願い、は夢のようなもので、その対象にいる存在、よくわかんないや」

「きっと、そのままでいいと思うよ」

「そう? でも、かみっていう、願いを叶えてくれて、世界を変えるほどの力を持つものって、存在してはいけないと思うんだ」

「私もそう思う、人間って完全なものを求めているように見えて、常にそれは自分とは別のものだと自覚しているんだと思う」

「でも、自分は完全だと自称する人もいるんじゃないかな、王様とか」

「そうして完全だというヘイトを集めることで民衆からの支持を得るっていう、なんていうんだろう、人間の属性によって言葉って違う力を持つから、難しいな」


タカラの鋭い指摘に曖昧な回答をするキヨネ、その答えにタカラは少し黙り込んでしまう。


「それなら、僕たち二人は同じ言葉の力を持とうよ、僕、答えのないこういう話をボーっと考えるくらい好きだし、僕たち二人だけは、ずっと、同じラインで進んで、生きていきたい」


そう思いついたタカラは顔を近づけるように少し背伸びをしていた。その時吹いた風により、片目が隠れるほど長い前髪が揺れ、コンタクトレンズはしておらず、黒い瞳と琥珀色の瞳の両目が合う。タカラの家で見た時よりも、輝いていて、まるで星のように美しい瞳をしていた。


「そうだね」


なんだか嬉しくなったキヨネはこの気持ちを表す表情を持ち合わせていなかった。ただ、自然と口角が上がり、共感することしかできなかった。

そしてそのまま会話もなく帰り道を進んだ、お互い遠い空を同じ気持ちで見つめていた。




この作品は主人公伝記第一章となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ