童歌
かくれんぼするものよっといで
もういいかい、まあだだよ
真理子が歌うようにお喋りをしながら、一人庭で遊んでいる。彼女には兄弟も姉妹もいない。テレビで頻繁に再放送されていた「アルプスの少女ハイジ」の主人公そっくりに、はねた髪と赤いほっぺが愛らしい、明るく素直な真理子は、餌を探して庭木にとまる虫や鳥を追いかけ、軒下の陰に住み着いた蜥蜴や土蜘蛛とも仲良くした。もっとも蜥蜴からしてみれば、小さな指が急に引っ張りでもしたら尻尾を千切るしかなく、土蜘蛛が地中に伸ばした筒状の住処をいじられるのは、下手をすれば命にかかわりかねない弱りごとであった。
けれども真理子は彼らとよく戯れ、心から愛でては無垢な寂しさを紛らわせた。ことに蜥蜴が真理子の手の中に残していく尻尾は、まるで目の前で見るマジックのようだ。体から切れたはずが激しくよじってのたうつので、好奇心の塊であった真理子は毎回目を丸くして驚いた。
「ママ、ママこれ、動いとる!」
にぎやかに叫びながら小走りで駆ける。居間の横幅に沿って造られた片側の隅には黒竹が植わり、もう片側には祖父のロッキングチェアが置かれているコンクリートのテラスを上がり、真理子は片手で木枠の硝子戸をがらりと開けた。母が飛び上がってティッシュの箱をつかむ。
「あれあれまたかね、はいはい、どれおばあちゃんにも見せて」
台所との境に垂れた薄白いレース編みのカーテンが揺らいで、祖母の笑顔が覗いた。細身のワンピースの裾をおさえつつしゃがむと、幼い孫の掌を、祖母は両手に包んで眺めている。後ろで悲鳴をあげる実の娘に代わって真理子の大発見に驚いてやり、やっぱり家の蜥蜴さんは模様まで品がいいねえと頷く。それから幼い瞳を見つめ、殺生な真似はいけないことだと教えた。真理子は固唾を呑んで聞き届け、はいと返事をした。そして庭の草叢を分けつつ、小声で謝りながら尻尾を返した。
この家には、凶事が付きまとっていた。
かけがえのない血縁ばかりがぶつり、ぶつりと途切れては露と消えた。
それでも真理子は、病気がちで寝込むことはあったにせよ、明るくすくすくと育っていった。通い始めた保育園では、最初の半月ばかりの間は人見知りをして泣きに泣き、「わたしがいないとお母さんが寂しがる」という理由をつけては帰りたいと訴えた。園の生活に慣れても、自分から友達を作るたちではなかったが、園児の誰よりも朝と帰りの挨拶を張り切るものだから、保育士は何かにつけて彼女の世話を焼きたがった。
夕暮れが近付く時刻。祖母がいなくなってから車の免許を取った母が、保育園まで真理子を迎えに来て、いつものように家に残し、また仕事場に戻って行く。黄色い帽子に水色のスモッグが愛くるしいひとり娘は、ひよこの絵が描かれた赤い鞄をささくれたロッキングチェアに放ると、もうもうと茂った草叢をかき分けて小さな隣人達を探した。
かくれんぼするものよっといで
もういいかい、まあだだよ
もういいかい
「まあだだよ」
しんとした庭に、ふと歌を返す声がする。
天を覆う古木の脇から、鬱蒼と葉を生やした枝を伸ばす一本の寒椿の、そのまっすぐな幹の中央に、遺影と同じ顔が浮かんでいる。
古木の背後からたとえ首塚が見え隠れしようとも、宵は母とそして少女を殺ぎはしなかった。顔の瞳は孫を見つめ、たおやかにほほえんでいる。
「もういいかい」