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07 始まる夢の攻略と、人の夢と繋がる力をもつ少女

 お風呂から上がり、咲夢さんをベッドに案内した俺は今、ソファで横になっていた。


 ――俺を雇いたい、か。生憎、俺はお金で買われるような人間じゃないんだよな。


 眠りにつくまでが遅いせいか、余計なことを考えてしまう。

 俺は雇われる気も、お持ち帰りされる気もない。

 元暗殺者である俺に、人と一緒に居ていい理由は無いんだ。


「はあ、明日の朝には結論言えばいいだけだし、寝るか」


 俺はそう呟いて、目を閉じた。




 ぼんやりとする。

 体が綿のように軽い。

 俺は、寝たはずだ。


 ぼんやりとした意識の中、目を開けばそこは何もない白い空間が広がっている。

 俺は確かに、ソファの上で寝た記憶があるんだ。

 ここはどこだ? 誰かいるのか?


 声が出ない。

 人の気配は感じなかった。

 眠りが深すぎて、襲撃に気づかずぽっくり逝ってしまったのか?


 疑問が浮かぶ中、俺はどうにか動く手を伸ばした。

 靄のかかったような白い空間に、答えは無い。


「やっと気づいたようですね」


 柔らかくもおっとりとした甘い声を、俺は確かに聞いた。

 それじゃあ、本当にここは天国なのか?

 人を殺めた俺が行けるわけもないよな。

 本当の事だけど、自分で言ってて虚しくなる。


 ――声は出せないまま。いや、待てよ。


 どうにか声の主の方に声を出そうとしたが、声は出せなかった。

 声を出せないからこそ、俺はひらめいたんだ。


 仮にこれをゲーム内――いわば、俺がプレイヤーとして自分を操作する。

 ゲームで主人公が声を出すには次の通りだ。

 一つ、現実でマイクを繋いでボイスチャットとして連携する。これは、ここがどこなのか分からないし、機材も使えないから論外だ。


 二つ、メッセージウインドウに文字を打ち込むか、選択式にする。

 メッセージ、それを脳内で保管するとして、頭で言葉を思い浮かべれば話すくらいは出来るのではないだろうか。


 一か八かだが、それに賭けてみるしかないよな。

 俺は何を話すか決め、声に出してみた。


「すまない。ここはどこだ?」


 お、話せた。

 この空間は現実と違って、恐らく脳で考えたことを具現化する仮想空間、と考えていいだろう。

 ここまで理解出来れば、後はこっちのものだ。


「……翔様、私の姿が見えますでしょうか?」

「翔、様……? もしかして、咲夢さんか?」


 声にした時、目の前はぼんやりとした霧に覆われた。

 その霧が晴れれば、白髪を三つ編みにしたツインテールに、大きな水色の瞳を携えた美少女――咲夢さんが宙に座っていた。


 白のブラウスにスカート、上から藍色のベストとリボンを着用しているのもあり、お嬢様のせいそーな服装からは一変した雰囲気を醸し出している。


 仮面を外した代わりかは不明だが、着飾らないカチューシャをつけているようだ。


 咲夢さんは姿を見せるなり、俺の近くにふわりと舞い降りてきた。


「そうですよ」

「ち、近くないか?」


 ぎゅっと距離を咲夢さんは詰めてきた。

 上目づかいで見てくる水色の瞳は、気まずいにも程があるだろう。

 というよりも、でかい胸の距離感を間違っているのか、俺の胸板にがっつり当たってるのですがそれは。


「翔様、ここは夢の中ですよ? ここなら、全てが出来る、全てを壊せる、とても自由なところなのですよ」


 と咲夢さんが言った瞬間、パラパラとゲームソフトが振ってきた。

 パッケージを見るに、今では手に入らない非売品や、プレミアム価格のソフトもあるな。普通に一つ持ち帰りたいのですが。


「それに、夢なら翔様のお世話も出来るのですよ」

「……咲夢さん、お前は女の子なんだから、言葉遣いには気をつけるんだな」

「夢なら、男の子は女の子を襲ったり、自分の物のように扱ったりしているのです。気をつけるのは、その夢を見ている飢えた狼では?」


 俺は変な夢を見るか、ゲームの中をリアル体験する夢くらいしか見ないが、世の中にはそういう奴もいるんだな。


「翔様、私は折り入って頼みがあります」

「申し訳ないが、雇われるのはごめんなんだ。他を当たってくれ。あれだろ? これは俺がお前と夢で会っているのは、現実を見てしまっているからで、お前は仮想の人物だろ?」

「――私は、人の夢と繋がる力を持っています。だから、今あなたの目の前に居るのは紛れもなく、西風咲夢ですよ」


 俺は息を呑んだ。

 夢の中で、俺は彼女に断る練習をするため、といつから認識していた?

 彼女が言っている『人の夢と繋がる力』という事実は不明だ。それでも、話していたリアリティのある証言や、咲夢さんが嘘をつくとは思いにくい。


 人を疑わなければいけないが、俺は頭に血でも回ったのか?

 咲夢さんとはたった一日だけだったけど、俺はどこまで信用しているんだ。


 もやもやした気持ちに首を振れば、咲夢さんは笑みを浮かべていた。

 見る事の無いと思っていた、仮面の奥底に隠れていたその笑みを、俺の前で露わにしたんだ。


「わかった」

「随分と物分かりがいいのですね」


 物分かりが良いって言うよりも、ここが現実と違うのは一目瞭然だ。

 ましてや空からゲームソフトが振ってきたんだ、俺の夢じゃない、と言い張るのが酷な話だろう。


 その時、咲夢さんの後ろが歪み、無数の黒い手が迫ってきているのが見えた。


 ――あの夢と、同じだ……。


 これは、最初に咲夢さんに会う夢を見た時と同じ、咲夢さんを連れ去った黒い手だ。

 悪いが、ここから先は予習済みなんだよ。

 俺に二度も、同じ失態をさせるな。


「きゃっ!」

「悪いが、先客はこの俺だ。咲夢さんは正式に、俺の依頼主だ。お前らには渡さない、絶対に」


 黒い手が人かどうかは分からない。だが、咲夢さんを狙っている悪なのは確かだ。

 気づけば、俺は手にナイフを持っていた。

 二度と触れる事の無いと思っていた、ある紋様が刻まれた銀色に輝くナイフを。


 ナイフを振れば、黒い手は靄となって消えている。

 なんだったんだ、と思うよりも、俺は咲夢さんを守れたのだろうか。


 咲夢さんが嬉しそうに笑みを浮かべているのが、背中越しだけど理解できた。


「宣言しよう。俺がお前を攻略する! 今度こそは絶対に助けてやるからな」

「……翔様……『やはり、あなたはその姿が、とても素敵ですよ。私があなたの最後の依頼主なのですから、間違いありません』」


 優しい声を聞いた――そこで、俺の意識は途絶えたったのだった。

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