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06 伝える言葉は慎重に選ぶべき

「髪を洗ってもらいたいって、何を言ってるのか理解してんのか?」


 俺は動揺を隠すように、出来るだけ穏やかに問いかけた。

 咲夢さんから、私の髪を洗ってほしい、と単刀直入に言われ、男である俺は悩むしかないのだ。


 また咲夢さんがバスタオル一枚で立っている……ましてや寒い季節なので、速めに決断をつけなければいけない。

 暖房をつけているとはいえ、少しおんぼろなマンションなので、バルタオル一枚は身が冷えるだろう。


「り、理解していますよ。でも、これは翔様にしか頼めないのです」

「……自分で洗えないのか?」

「あ、洗えないわけじゃなくてですね」


 洗えないわけじゃないなら自分で洗え、と思うのが俺の見解だ。

 とはいえバスタオルで裸体を隠しながらもじもじしている咲夢さんを見ると、明らかに違う目的があって頼んでいる、というのは理解出来る。


 俺、男なんだけど。


 俺はとにかく考えた。


 プラン丸一。

 男の証明として襲ってバスタオル剥がして、圧をかけて咲夢さんを一人でお風呂に入らせる。

 それは俺の魂っていうか、行動が許すはずもない。そもそも、それで風邪を引かれてしまっては本末転倒だ。


 プラン丸二。

 適当に濁してその場をしのぐ。

 おそらく無理だな。咲夢さんが仮面をつけている時ならまだしも、今の彼女は明らかに雰囲気が違うので、逆に俺が返り討ちにあう可能性が高い。


 プラン丸三。

 皮肉ではあるが、咲夢さんとおとなしくお風呂に入り、咲夢さんの髪を洗ったらさっさと出る。


 三が無難と言うか、双方にとっては利益ではあるよな。

 俺は目が眼福として潤う、咲夢さんは俺に髪を洗ってもらえる。これって、良い線いってるのではないだろうか?


 完全に純度百パーセントの男心が混ざっているが、事故さえ起きなければ容易いものだ。


 俺は言葉を濁している咲夢さんの白い肩にそっと触れた。

 まあ、そっと触れないせいでバスタオルを落とされても困るからな。


「分かった。咲夢さん、その条件を引き受けよう。ただし」

「……ただし、何でしょうか?」

「俺は絶対に咲夢さんを襲わない代わりに、話すべきことはいつでもいいから、しっかり話してくれよ」

「それはもちろんですよ。翔様には、やっていただかなければいけないことがありますからね。先に言っておくのなら、依頼、といった方があなたにも理解しやすいでしょうか?」

「……お前は、どこまで知って――」


 逃げやがった。

 云うだけ言っておいて、自分の意見が通ったらそそくさとお風呂場に向かいやがる。

 これだから、振り回すお嬢様の面倒はごめんなんだよ。


 ――思い出したくもねえ、あの日の光景を思い出しちまうだろ。


 俺は苦虫を噛み潰した表情をしつつも、お風呂場で呼んでいる咲夢さんの方へと向かった。



 お風呂上り、俺は咲夢さんの髪をドライヤーで乾かしていた。

 結局のところ、咲夢さんの髪を洗うだけ洗って出たのは良いが、マジで上から見た胸がでかいんだよ。なんというか、こう……男のロマンが詰まってる的な?


 実際、髪を洗いながらもまじまじと見ているのがバレてたのか、仮面をつけた咲夢さんからビンタを食らって頬に紅葉マークができている。

 普通にひりひりして痛いんだよな。

 女のビンタっていうのは、男よりも鞭のようにしなるから、武器(しげき)としては充分な威力なんだ。


「翔様、ここまでしていただきとても感謝しています」

「別に、俺が欲張った結果だ。お前が気にすることじゃない」

「……本当に、飢えた狼では無いのですね『翔様は変わらずに優しいのですね』」

「話すのはいいんだけどよう、英語を混ぜるのをやめてくれないか? 俺の辞書に翻訳って言葉は無いんだからな」


 何気にうるさいドライヤーの音を聞きながら乾かしてるんだ、こんな時くらいは耳を軽くしたいだろ。


 咲夢さんがくすくすと笑うせいで、乾かしている髪が揺れる。そのせいか、手を滑り落ちるようでくすぐったいんだよな。

 女の子っていうのは、こんなにも髪質が違うのか……。


 現状俺は普通を装っているが、これでも心臓の鼓動は速まるばかりだ。

 咲夢さんの寝間着……それがまあ、露出は少ないけど、フリルをあしらったワンピース系で女の子らしさが満点なんだよ。


 とはいえ、ワンピース越しに胸のでかさが強調されているのは、相変わらず目に毒だ。

 手を出す気は無いけど、俺は男だから、欲は溜まっちまうぜ。まあ、咲夢さんにビンタを食らうのはごめんだから、口には出来ないけどな。


「ほら、乾かし終わった。違和感があれば、自分で櫛を使ってほどくんだな」

「翔様、ありがとうございます」

「……聞いてもいいか?」


 俺はドライヤーを片付けつつ、背中越しで咲夢さんに尋ねた。


「咲夢さんはどうして、仮面をつけてるんだ? 仮面をつける程の後遺症はなさそうだし、水色の瞳は妖精みたいで可愛かったからな」


 振り向けば、咲夢さんは自身の狐を模したような仮面に触れていた。

 外そうとはしないが、明らかに仮面への執着を感じる、そんな立ち振る舞いだ。

 俺は依存に落ちたことがない。依存して地に落ちる奴を何人も見てきたせいだろうな。

 だとしても咲夢さんの仮面への依存度は、俺が見てきた中では明らかに格が違う……いや、別格すぎるんだ。


 自分への嘘、自分の姿を隠し、偽り、現実を見ていない奴の目と同等である。

 一言で言えば、気味が悪かった。


「そうですね。これ以上を話さないでいる必要はありませんね。では本題に入りましょうか。翔様、明日お迎えは来ますので、その準備を宜しくお願いしますね」

「お迎え? 準備? 咲夢さんは何を言っているんだ?」


 聞いたところで、咲夢さんはダイニングテーブルの椅子に座り、対面に座るように促してきている。

 あの、ここは人様……俺の家なんですが。

 いつから俺の人権は無くなった? むしろ、俺は彼女といた時間で人権諸々考慮されていない気がする。


 あれか、俺が元暗殺者って言うよりも、目の前で人を殺めたからドブ人間を見るような目で見ていやがるのか?

 呆れて肩を落としたが、俺は椅子に腰をかけた。


 目の前に鎮座する咲夢さん……仮面をつけているのもあって、変に圧を感じさせてくる。

 殺気同士のぶつかり合いじゃない、ただ純粋な話し合いという域を感じさせてくるようだ。


「翔様が気になっている仮面に関してですが、後である方から言われると思いますので、その時にでも耳を傾けていただければ」

「つまり、俺は現状じゃ知れないと?」


 頷きやがった。

 聞いた意味がないじゃないか!?

 仮面をつけてない方が可愛いんだけどな……彼女も彼女なりの深い事情があるんだよな、そうだよな、そう違いないよな。


 自分に言い聞かせてる俺は、どこか虚しかった。


「そしてお迎えのお話ですが……私はあなたをお持ち帰りすることにしたのですよ」

「へー、俺をお持ち帰りね……は?」


 今こいつ、さらっとお持ち帰りって言ったよな? いや、俺も復唱したから確かに言った。

 俺はここで平穏に暮らすつもりだったんだ。それなのに勝手にお持ち帰りを決めるって、咲夢さんは何を考えていやがる。


 お嬢様でもコミュニケーションは出来る奴だ、と思った。

 だけど今、その壁は崩れる音を立てて、俺に非常な現実を押し付けてきている。


「はい。あなたみたいな飢えていない狼を、私は前々から欲していたのです」

「俺が飢えてない狼だ?」

「そうです」


 ここは一つ、圧でもかけてみるか。

 圧って言っても武力的なものじゃない、言葉だ。


「生憎だが、俺はお前の胸をガン見してたし、俺は男で欲求はあるぞ?」

「三大欲求の中にゲーム欲が入り込んでいる人間の分際で性欲を語る愚か者ですか? そんなにゲームが好きすぎて、二次元のえっちな女の子ばかり見えているのですか? 目の前に居るのは現実のか弱い女の子ですよ」

「自分でか弱いっていう女の子が何処に居るんだよ?」


 あの、この淡々と述べる仮面の少女、まったく話が通じないのですがそれは。


 欲を言葉にしても、動じないどころか言い返してきやがる……咲夢さん、出来るやつだ。

 女の子は男に比べて一日で使う言語数が多いとは聞くが、まさかこれほどまでに差があるなんてな。

 仮面の奥からじりじりとした視線を向けてきている咲夢さんに、俺は苦笑いした。


「仕方ないですね」


 その時、息を吐くように咲夢さんは肩を落とした。


「この手段は極力使いたくなかったのですが……翔様、あなたを雇う、と言えば納得して、その身をこちらの屋敷に運んでいただけますでしょうか?」


 雇う……咲夢さん、簡単に使っていい言葉じゃないんだよ、それは。

 雇用人や仕事人、それらに使うのは目をつむるが、今の相手は俺なんだ。


 ――雇われるのは、あれで最後だったんだよ。あの失敗で、最後だったんだよ……。


 咲夢さんは、本当に嫌な記憶を思い出させてくる。

 忘れられる幸せを、俺に続けさせてくれよ。頼むから。

 俺は震える拳を握り締め、咲夢さんを睨みつけた。


「すまないが、その依頼は受け付けていない」

「では、どうしたら引き受けていただけますでしょうか? 私があなたを夜遣いすれば、嫌でも受けていただけますか?」

「自分を大事に出来ない奴の依頼は、余計に受けないな」


 咲夢さんから夜遣いという言葉を口にしてほしくなかったんだが、やってくれたようだ。

 俺は話している際に判断したが、咲夢さんは俺の事を少なからず知っている雰囲気がある。


 俺をあざ笑っているのかは不明だ。でも、俺は記憶を忘れやすいから、咲夢さんを断定して悪だとは決めつけられない。


 悩んでいれば、咲夢さんは肩を落とし、息を吐き出したようだ。


「そうですか。では……【俺がお前を攻略する】、この言葉を覚えていますでしょうか?」

「俺が、お前を、攻略……」


 俺は思い出した。

 思い出したというよりも、その発言は夢の中でしかしていない。

 咲夢さんが知っていることに、俺は驚きを隠せなかった。


 昨日の夜、俺は見たんだ、白髪の少女に手を伸ばして『俺がお前を攻略する』約束した夢を。

 正夢じゃ、なかったのか?


「どうしてそれを、と言いたそうですね」

「よくわかるな」

「こうしましょうか。お誘いの依頼は一旦保留にしていただいて、今日はもう寝ましょう。それで、朝にでも考えを聞かせていただけませんか?『嫌が応でもあなたは連れて帰るので意見は関係ありませんが』」

「英語はよく分からないけど、そうしてもらってもいいか?」


 彼女の英語は不明だが、明らかに良からぬスペルな気がした。


 ――俺の見た夢を知ってる咲夢さん、一体何者なんだ。どうして知っているんだ。


 俺はそんなことを考えながら、咲夢さんの肩にブランケットをかけてから、お風呂に入るのだった。

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