05 夢の中で見た女の子と一致することはありえるのか
晩御飯を食べ終え、食器の後片付けを終えた俺は、うたた寝気味の咲夢さんに寄り添われていた。
仮面をつけていたら凛としているのに、お腹がいっぱいになったらまったりしているのは、どこのおこちゃまだよ。
……咲夢さんを介護している余裕は無いんだよな。
と言うか、さっきから髪が顔に当たってむず痒すぎる。
「咲夢さん、お風呂沸かしてあるから先に入るんだな」
「え……ここは主である翔様から入るべきでは?」
「お前なぁ……咲夢さんは来客なんだ、遠慮しなくていいんだよ」
「私、子どもじゃないから理解しています」
「見りゃわかるが、精神的には幼すぎるんだよ」
むむっ、と声に出して言われたところで、俺に響くわけがない。
それともあれか、男の家でお風呂に入るのは、女の子としては戸惑いがあるってことか?
生憎俺は、突撃お風呂大作戦を行うほど飢えてないし、お風呂くらいは心を洗うようにリラックスしたいものだ。
俺は面倒くさくなって、咲夢さんの寝間着が入った袋とバスタオルを押し付けた。
「ほら、後がつっかえるだろ、さっさと入ってくるんだな」
「では、先に入らせていただきますね」
咲夢さんがお風呂場の方に消えっていった時、俺は息を吐き出した。
咲夢さんは不思議な女の子って感じがするんだけど、どこか隠してるみたいで、気に障るんだ。
初対面だから知らなくて当然とはいえ、面倒なものは面倒なんだよ。
――今日見た夢、か。
ふと、家を出る前に見た夢を思い出した。
あれは本当に不思議だったんだ。
どこかぼんやりとした空間で、一人の少女に会ったんだよ。
そりゃあ、俺は男だし、夢で女の子に会いたい、って欲くらいはあるぜ? でも、その夢はどこか違ったんだ。
夢の中って本来、自分の妄想通りに動くだろ?
それなのにその少女は、まるで自我があるみたいに、俺に手を伸ばしてきたんだ。
あんましよく覚えてねえけど、咲夢さんくらいの大きな胸に、白髪の長い髪、まんまるとした大きな水色の瞳を持った整った顔立ちをした美少女だったんだ。
咲夢さんに感じた何かは、恐らく夢が影響してたのかもしれないな。
俺はそんな幻を見ている自分の頬を、軽く叩いた。
パチン、と肉の弾ける音が響く。
待っている間にゲームをしようとした、その時だった。
「あの、翔様……」
「なんだ、もうあが……!?」
どうしてそうなった!?
顔を上げれば、そこにはバスタオル一枚だけを纏った咲夢さんが居た。
胸がでかすぎるのか、抑えているタオルから上部分が押し出されている。
いや、男の俺にとってはでかかろうと小さかろうと、刺激的な光景であることに変わりはないな。
ふと目を逸らしても、下はタオルを抑えきれていないものあって、鼠径部がチラチラと見え隠れしてて、ごくりと生唾を飲み込んじまう。
普通の男なら襲いたい狼になるが、面倒ごとはごめんだから、俺は賢者を名乗らせてもらいたいな。
――咲夢さん、仮面をつけてない……偶然か?
そもそも襲わない理由って言うか、咲夢さんの素顔に問題はあった。
逸らしていた視線は、自然と咲夢さんの顔をまじまじと見ちまうんだ。
整った顔立ち。
雫を纏ったような艶やかな唇。
小顔にそぐわぬ、まんまるとした大きな水色の瞳。
素顔を隠していたから知らなかったが、俺が夢で見た少女と顔つきが一致している。
夢や記憶を簡単に忘れちまう俺でも、あの夢の少女だけは鮮明に覚えていたんだ、間違いないんだよ。嫌な思い出を引き連れた、この少女を。
でも逆に、どうして俺の目の前にその人物が居るんだ?
夢には正夢……現実の未来で起こる出来事を可視化する、って事象はあるな。
それじゃあ、あれは夢で、これが現実で、俺は今正夢の現実と向き合っているって言うのか?
俺が言葉を失っていたのが原因か、咲夢さんは不思議そうに首を傾げた。
後ろで三つ編みになっていた髪はほどけて揺れており、艶のある白髪も相まって天使の羽を連想させてくる。
しまいには胸が揺れるもんだから、俺は鼻の下を伸ばしそうになった。
「あのな、咲夢さん、男の前にバスタオル一枚で出てくるもんじゃないぜ?」
「……翔様は嫌でしたか? そんなにも私の顔をまじまじと見ている、狼さんですよね」
「何を言ってるんだ、お前は」
流石にツッコミが追い付かないな。
咲夢さんの声を改めて聴いたが、仮面をしていた時の少しくぐもった凛とした柔らかな声色とは違い、今は甘えるような、それでいて鈴を鳴らす一凛の花が咲いたような優しい声色だ。
――二重人格?
俺は瞬時に嫌な憶測を立てた。
無論、咲夢さんが二重人格は、あくまで俺の主観だ。
声を相手によって変える人が居るというが……咲夢さんは恐らく、仮面をつけている時と付けていない時で、緩急がつくタイプだろう。
その証拠に、先ほどまでの凛とした姿勢とは違って……少し甘えた様子を見せているというか、明らかに自我が顔を覗かせてるんだよな。
とはいえ、今の状況は俺にとって一番気まずい。
女の子が一人、バスタオル一枚で俺の前に立っているんだ。
ちょっとでも力を誤れば、目線的には酷い惨状になってしまう。
俺は二重人格云々を考えるのは後、というより咲夢さんに聞くのを前提で考え、一つ息を吐き出した。
「それで咲夢さん、ご用件はどうした?」
「あ……翔様に折り入って頼みがあるのですが……その、私の髪を洗っていただけないでしょうか?」
「あー、なるほど。つまり、この俺が咲夢さんのお風呂に一緒についてこい、と……どういう意味だよ!?」
ほんのりと頬を赤らめているアリアさんに、俺は驚きの声を上げる。
揺れるバスタオルの裾は、整理が追い付いていない俺の心を掌握しているようだ。