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03 近々しい距離の仮面の少女に困惑して

 お眼鏡のゲームソフトを買い、晩御飯の食材やらを買い終えた俺と咲夢さんは、ちょっとおんぼろなマンションに帰ってきていた。


 リビングに通せば……乱雑に物が散乱した光景がひろがっている。


「……意外と汚れているのですね」

「悪かったな」


 毒を吐くにも程があるだろ?

 毒と言えば、咲夢さんの寝間着を買ったのは良いが、ついでに下着も買われたので俺は目を疑った。


 普通に考えて、知らない男の前で自身の大きさをひけらかすような真似をするのか?

 疑問しか浮かばない俺がおかしいのか、咲夢さんに羞恥心が無いのか、真相は闇の中だ。


 咲夢さんを部屋にあげた俺は、テキパキと買った物を整理しつつ、部屋を粗方作業で掃除した。

 散らかっていたのが攻略本や紙とかだったのは幸いだ。


「片づけたから、嫌じゃなきゃそこに座ってくれ」


 俺が指を指したのは、テレビの前だ。

 生憎、自室はちょっと片づけが終わってないので、寝る前には片づける予定でいる。

 咲夢さんは開いた空間に、ちょこんと座った。そんな座る姿勢すらも上品なのは、お嬢様で間違いないな。


 彼女の事は未だに知らないので、憶測でしかない。


 咲夢さんに着せたパーカーをハンガーにかけてから、俺も咲夢さんの隣に腰をかける。


「咲夢さんの寝るところなんだけど、俺のベッドでも良いか?」

「……いえ、私はそこにあるソファでも、この絨毯の上でも大丈夫です。主である翔様が風邪を引かれてしまっては、面目が立ちませんから」


 仮面で見えない表情の中、淡々と述べる咲夢さんに、俺は頭を悩ませた。悩ませたというよりも、納得させる方法を考えている、に近いかもしれない。


 普通に考えれば、知らない男のベッドで急に寝てもいい、と言われれば警戒しない筈はないだろう。

 警戒している表情が分かればいいのだが、生憎咲夢さんは、顔色一つ窺えない、声色一つも変えない、謎多き存在だ。


 話の流れで家に連れてきたとはいえ、面倒な気持ちが勝り始めている。

 俺は隠れて高校生活を送っている身なので、咲夢さんをこれ以上巻き込むわけにはいかないのだから。


 咲夢さんも、仮面の隙間から見ていたのなら理解していると思うが、俺は人を殺めることに戸惑いは無い、最低な人間だ。

 人の幸せを願っておいて、平然と命を刈り取る、もはや亡霊そのものの程に。


「俺がそんなやわなやつに見えるか?」

「見えないです。ですが――」

「あのさ、堅苦しくなくていいって言ったよな? 咲夢さんは成り行きとはいえ来客人なんだ、こんな俺にもカッコいいところを見せてくれないか?」


 ちったぁマシなことを言いたいが、今の俺に出来る精一杯の労わりだ。

 嫌われようが嫌われなかろうが、俺には関係ない。


 咲夢さんは仮面の付け位置を直し、俺の方に視線をやった。

 そんな咲夢さんに、ぎこちない笑みを返しておく。仮面に隠れて見えないが、笑みを浮かべていることを願って。


「……やはり、翔様も体が目当てなのですか?」

「か、からだ……はぁぁぁあああ!?」


 咲夢さんの唐突な問いに、驚いた声を上げたせいで咳き込むしかなかった。

 え、俺はそんな目で見られていたのか?

 確かに、自堕落な生活を送って、適当にゲームをして、高校に行っているような男だ。

 お盛んな年ごろである自覚はあっても、俺は性の欲求に疎い方だと自覚している。


「何でそうなったんだよ?」

「いずれ話をしますが、人は平然を装っておきながら、ゆ……確か、翔様、上村、といいましたよね?」


 なんで咲夢さんは勝手に話題を変えたんだ?

 勝手なイメージを作られていたから、話題を変えてくれるのはありがたいけどな。


「上村だけど?」

「これも運命なのかもしれないですね」


 咲夢さんが本当に何を言っているのか、誰か通訳をしてくれないか。

 深く聞いたところで答える気はなさそうに見えるので、俺は何も言えないのだが。


「面倒くさいから話を戻すけど、咲夢さんはベッドで眠って、俺が代わりにソファで寝る、それでいいか?」

「……翔様さえ良ければ、一緒に、寝ますか?」


 ああ、なるほど……いや、なるかぁ!

 本当に何を言い出してるんだよ、咲夢さんは?


 咲夢さんは確かに、胸はでかいし、仮面にすっぽりと収まる小顔だし、肌は白いしで、男のロマンだとは思うぜ。

 とは言えお嬢様系の服を着ていて、ましてや黒スーツの護衛をつけていれば、手を出す方が明らかにリスクは高すぎだ。


 生憎、俺のアイキューはゲームで鍛えられているから、未来予測は簡単なんだわ。

 そもそもの話、俺自身の安全を保つためにも、咲夢さんの話に、いいね、なんて言い切れるわけがないだろ。

 ロマンを味わってくさい飯を食うか、ロマンを味合わずに安全に咲夢さんとお別れする……取るとしたら圧倒的に後者だ。


 人をおちょくっているのか、天然なのか外を見たことのないお嬢様かは不明だが、言葉には気をつけてほしいもんだ。


 俺は呆れたように手を振り、口を開いた。


「咲夢さん、そんな簡単に男を信じちゃよくな――」

「信じていませんよ。私が信じているのは、あくまで恩人である翔様であり、飢えた狼を雇った記憶はありませんので」

「……試してんのか?」

「喧嘩腰はよくありませんよ『……その態度、昔と何ら変わりなくて、ホッとしていますが』」


 なんで急に英語で喋った?

 完全に理解できなかったので、ワンモアプリーズ……いや、翻訳して言ってくれないか。


 妙な距離感に、俺は頬を掻いた。


「まあいいや、晩御飯を作る時間まではまだ早いし……咲夢さん、ゲームは興味あるか?」

「ゲーム、ですか?」


 ぎくしゃくした探り合いをするよりも、咲夢さんの好きを見つけ、会話を自然に出来るようになった方が楽だと俺はシフトチェンジした。

 不思議そうにしている咲夢さんを横目に、俺はテレビの画面をつけ、ゲームを起動する。


「咲夢さんに合うかは知らないけど、ちっとは話やすくなった方が、お互いに楽だろ?」

「私は別に、翔様とは話やすいと――」

「つべこべ言うなよ、ほら、自分でやりたいやつを探してみな」


 と言ってコントローラーを渡したのはいいのだが……コントローラーに視線を下げているだけで、一向に動かそうとしない。

 なんだ、このもどかしい時間は?


 ゲームはボタンを押す、スティックをぐりぐりする、って簡単に理解出来るもんじゃないのか。


「……どうしたんだよ?」

「翔様、私このようなものに触れたことがなくて、どうすればいいのか分からないのです」


 コントローラーを膝近くで持っている咲夢さんに、俺はどうアドバイスしたものか頭を悩ませた。

 アドバイスというよりも、まずは基本を教えた方がいいだろう。


 ゲームは向き不向きはあるが、楽しんだ者勝ちなので、触って楽しんでもらう方がいいのかもしれない。


「手、触れるな」

「……はい」


 やけに素直に受け入れてくれるな。

 俺が強引に押しているみたいで、嫌気がさしてくるのですが。

 まあ、ゲームを強引に進めたのは間違いないんだけど。


 仮面の隙間から見える頬の後ろがやんわりと赤くなっているけど、本当になんなのだろうか。


 俺は座っていた咲夢さんの後ろに回り、後ろから手に腕を回し、上から……覗き込んだのは間違いだった。


 あの、すいませーん。山が大きくて、コントローラーを下に持たれすぎているせいで何も見えないのですが。

 見えるものは一つだけあったわ……でっかい富士山だなぁ。


 良い眺め、と思いかけた俺は自分を殴りたくなった。


「咲夢さん、コントローラーはもうちょっとこの高さでもってだな」

「あ、こんな形をしていたのですね」


 今まで何を見てきたんだ。テレビ画面を見ていただけだよな、きっと。

 言葉にしたくなったが、俺はぐっとこらえた。


 咲夢さんに何をやってみたいか聞いても、首を傾げるだけで何も答えてくれない。

 聞いたところゲーム初心者だから、俺がエスコートしてやれ、ってことですかーそうですか。


 俺は咲夢さんの指に自分の指を重ね、コントローラーを操作した。

 咲夢さんの指は思った以上にほっそりとしてて、変に扱いずらいんだよな。でもまあ、女の子らしい肉つきか。


「これとかいいんじゃないか」

「……生活的なやつですか?」


 案外飲み込みは早いんだな。

 ゲーム画面を見ただけで、中身を当てるもんだ。


 俺が起動させたソフトは、島を開拓して動物と過ごすスローライフゲーム。

 家具を集めるのもいい、自分だけの島をアレンジするのもいい、キャラクターの服を手に入れて自分の好きな服装にするのもいい、そんな箱庭であって、想像の自由度が高いゲームだ。


 制作陣が用意した中で一あれば百があるように、人によって楽しみ方が違う。

 久しぶりに起動したけど、ゲーム好きの俺はワクワクしていた。


「ほら、こうやって動かしたり、家具を配置したりするんだ」

「今動かしている子、可愛いキャラですね。翔様の趣味ですか?」

「ちげぇよ!」


 誰が好き好んで女の子キャラを作るかよ。

 男キャラでやっていた面、あり余った服を収めるために作っただけに過ぎない。


 俺は咲夢さんのツッコミにも疲れたのはあるが、そっと手を離した。

 チュートリアルは終了だ。後は自分がやりたいように、ゲームはやればいいんだからな。

 右も左も分からない、そんな中を探索するのは良いぞ、脳内アドレナリンが刺激されるぜ。


 横に戻ろうとした時、咲夢さんは急に後ろに重心を預けてきた。

 背筋を伸ばしているのに、なんで俺に寄り掛かるんだよ!?


 後ろにまとめられた三つ編みがカサカサ当たってむず痒いわ。


「おいおい、俺は椅子の背もたれじゃねぇんだぞ?」

「でこぼこしてます、ごついです」

「ああ?」

「この方がやりやすいです」

「俺は嫌なんだが?」

「知りません。女の子には優しくするものですよ?」

「……なら、仮面外せよ」

「これは言いましたが、この私にとって大事なものですので……」


 悪いが、彼女が女の子だとは手つきや体つき、反応から理解してる。

 だからこそ、仮面に隠れた瞳を見せてくれたっていいだろ。

 俺は、素性も知らないやつに甘い程、優しくないんだよ。嫌だろ、出会って間もない奴が、慣れなれしいように優しくしてくるなんて。


 言葉は悪いけどよ、これは咲夢さんを俺から遠ざけるためだ。


 ――全ては、俺が元暗殺者だから。


 俺の気持ちを知らないとばかりに、咲夢さんは背を俺の方に預け、黙々とコントローラーを触っていた。

 あの、俺、椅子じゃないんだが。

 言いづらいんだが、これでも女の子は苦手というか、関わり方知らないんだよ……誰か、助けてくれ。


「翔様、先ほどみたいに、手を取って教えていただけないでしょうか?」

「……やっぱ、面倒なのは苦手だわ」

『……否が応でも、翔様は私と関わるのに?』


 頼むから、日本人が英語で会話しないでくれ。

 こちとらボディーランゲージだぜ?


 首を傾げた咲夢さんの手に俺の手を重ね、俺は渋々ながら久しぶりのライフゲームをプレイするのだった。


 ――本当に、面倒なことに関わっちまったな。

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