28 攻略後の戯れには蜜を
咲夢さんとの行為を終えてから、俺は咲夢さんと背中合わせをしてベッドの上に座っていた。
初めての感触や、初めての体験……その全てが夢だと思えるのに、全ては現実で、つい先ほどの出来事なんだよな……。
俺は所謂、賢者モードってやつになってるのか?
背に当たるブラジャーの紐の触感が、光景を脳裏に焼き付けてくる。
自分の指を見ても、さり気なく思い返せるのは、それほどまでに刺激的だったってことだよな。
「……その、咲夢さん、痛みとかは大丈夫?」
重ね合わせていた手は、ぴくりと動いた。
咲夢さんも緊張していたのか?
咲夢さんに聞いたところ、お互いに初めてだったみたいだし……ましてや咲夢さんは受け入れてくれていたから、初めての痛みだってあっただろう。
他人を自分に受け入れる……そんな痛み。
「翔様は、本当のお優しい方ですね」
重ね合わせていた手は、いつの間にか咲夢さんの方が上になって、ぎゅっと握ってくる。
離れたくない、って言っているのか?
俺には正直、異性の気持ちが分からないし、無理に理解する気もない。だけど、咲夢さんだけは、理解してみたいと初めて思った。
身体的な意味で重なったから思った事じゃない……ずっと前からあった、感情がそうやって言うから。
「優しいわけないし……これで分かっただろ。俺は咲夢さんの思う、飢えていない狼じゃない、飢えた狼だって」
「……寝言は寝てから言ってください」
「寝言なわ――。え、あ……あの、当たっているのですが……」
「先ほどまで幸せそうに触っていたものですから、安心して大丈夫ですよ」
どこに安心要素があるんだ?
俺は今、この背に確かな柔き弾力ある大きな胸の感触を直で感じている。
ブラジャー越しの感触とはいえ、正面に抱きしめるように回された腕から見える白い肌は、咲夢さんとの距離感を伝えてくるんだ。
急な出来事に、動揺で生唾を飲み込んでいた。
「……本当に飢えた狼なら、相手の心配をせずに、自分勝手に貪りつくしていたはずですよ。私は知っています……夢で嫌という程、見て、目を背けてきましたから」
「咲夢さん……」
普通に脳が回っていたら、言われなくても理解できていただろう。
なのに、俺は咲夢さんを初めて求めたことへの気持ちで……いや、それは言い訳だ。
本当に目を今も尚背けているのは、俺だから。
咲夢さんの心臓の鼓動が、トクン……トクン……、と胸越しなのに伝わってきて、心臓が締めつけられている。
「優しいからこそ、相手を思いやって……その、私を求めてくださった時も乱暴をせずに、力加減を心からしてくれたのではないですか? だから私は、翔様は飢えていない狼で、求められたことを幸せに思えたのですよ」
幸せ。
その言葉だけが、静かに締めつけた心臓を洗ってくる。
元暗殺者だけど、汚れちまった手だけど、咲夢さんの幸せを、人々を幸せにしたいと望んでしまったから。
俺は抱きしめてくる咲夢さんの手に、優しく触れていた。
「ありがとう……もう、充分だ」
「ふふ、なら良かったです。それと先ほどの問いかけですが、今は落ちつきましたので大丈夫ですよ……試しに、上から触ってみますか?」
「……女の子がそうやって軽々しく口にするなよ」
「目を逸らしているくせに」
「それじゃあ、向き合ってもいいか?」
「そうやって許可を取るのは優しい証拠では? そうですね。いいですよ」
俺は咲夢さんが腕を離したのを機として、体ごと後ろを振り向いた。
――さっきまで、この下着とかすらも身に着けていない咲夢さんに触れて……行為をしていたんだよな。
改めて見ても、心臓が爆発する程になれたもんじゃない。
咲夢さんの姿は、上品な白いブラジャーに、白いパンツといった、服を纏わぬ素肌の露出が多いままだ。
咲夢さんの呼吸に共鳴してか、ゆっくりと揺れる大きな胸は、刺激的すぎるな。
咲夢さんを見渡すように視線を逸らせれば、か弱い肉つきながらも整った体型に、引き締まったお腹とおへそ……その全てを見て、守りたい気持ちが湧く俺は、自分を騙している。
「じ、じろじろ見すぎですよ」
「咲夢さんが見てもいいって言ったから、仕方ないだろ……魅力的だし、そそられるからよ」
咲夢さんは俺がまじまじと見て、軽く鼻息を鳴らしてしまったせいか、恥ずかしそうに白い頬を赤くしていた。
ふと気づけば、咲夢さんは女の子座りで、恥ずかしそうに両手をパンツの真正面、股の間に手を置いているから……俺はあらぬ妄想信者へと誘われているんだ。
布越しとはいえ、秘部を指が撫でたらどうなるのだろう、と思ってしまったから。
素で触ったとはいえ、気になるものは気になる……ゲームで何パターンでも試したい欲求というやつに似ている。
視線をあげると、まんまるとした水色の瞳がうるうると俺を見てきていた。
「……えっと、その……初めてが咲夢さんで嬉しかった……」
「翔様を初めてに選びたかったから……私はとても幸せでしたよ。痛みよりも、一つになれた幸せの方が」
「……俺も……」
ぎこちなくなってしまう。
恋愛感情、それほど動揺させるものは他にあるのかよ。
頬を更に赤らめている咲夢さんから視線を外した、その時だった。
「え、あっ、咲夢さ――」
甘い香りが鼻を撫でた。
咲夢さんとの顔の距離が近づいてた。
瞬く間もなく、俺の唇は塞がれていた。
重なっていた咲夢さんの柔らかな唇……脳が溶かされる。
自然と、腕は求めながら脱力していた。
目を閉じると、喉の奥を熱くする。
初めてのキス味は不思議だ。
自分の呼吸がままならない程に、神経を割かれて、咲夢さんを求めていた。
咲夢さんも俺を求めてきてくれているのか、腕は逃がさないと言わんばかりに、俺の背と頭の後ろに回されている。
幾分経ったかも、数秒だったかも理解できないまま、そっと唇は離された。
お互いの間に透明な糸が引いている。
その唇は、お互いに重なり合っていたと教えているのか。
咲夢さんは目をとろけさせたように細めていて、心地よさそうに見える。
「翔……様……。キスの味は如何でしたか?」
「すごく、熱かった。脳が考えられない程に、しあわせだった」
「……それは、よかったです」
どこか落ち着かない様子の咲夢さんに、俺は思わず首を傾げた。
「気づいていないの、ですね。翔様の手は正直者なのに不思議ですね」
「……手? あ……。すまない、今離すから」
さっき脱力した時に、あろうことか手が咲夢さんのパンツに触れていた。
そして手は本能の向くままか、咲夢さんの秘部付近に指を伸ばしている始末だ。
俺が手を離そうとすれば、咲夢さんは首を振りながら、俺の手をそのままに抑えてきた。
「このままでもいいのですよ。翔様の手つきは、嫌じゃないですから」
「咲夢さん、俺にも理性の限界はあるからな……」
「別にいいのですよ。……翔様が眠っている時に……していた時よりも感じてますから……」
なんか、さり気なくとんでもないことを暴露してないか!?
咲夢さんが気持ちいいなら、水を差す気は無いけどな。
俺は自分自身の理性の取り返しがつかなくなるのを防ぐために、咲夢さんのパンツ越しに触れていようとも、必要最低限の力加減は心がけることにした。
お互いに不安を募らせたくない気持ちもあるが、咲夢さんを大切にしたいから、っていう気持ちが一番大きいのかもしれない。
「その、話は変わるのですが」
「どうした?」
この場面だけを見ると、色々な意味でヤバいのですがそれは?
「翔様が夢から戻ってきたので、今宵はパーティーをする予定があるので、参加していただけないでしょうか?」
「もし、参加しなかった場合は?」
「私を穢した責任を、身を持って取っていただきます」
「はい、参加します」
茶化すにしては肝が冷えたもんだ。
息を吐き出すと、咲夢さんが距離を縮めてきていた。
布越しに触れる指が変に押し込まれて、俺は正気じゃないんだが?
咲夢さんの大きな胸が胸板にぎゅっと押されて形が変わっている時、水色の瞳はまじまじと俺を見てきている。
「その、翔様……」
「なんだ?」
「時間はまだありますし、避妊具も残っていますし、その……」
俺はもじもじとしている咲夢さんを見て、求める手は変に力みかけた。
「なんだ、その……夢の影響で落ちつかないから、手伝ってくれないか?」
「翔様、火照っていますので、先ほどよりももっと求めてきてくださいますか?」
「無理だったら言ってくれよ、俺は咲夢さんを求めるから」
「はい、お願いします」
俺は咲夢さんを優しく押し倒していた。
そして閉じた瞳を確認して、唇をもう一度熱く重ねて――咲夢さんを心から求めたんだ。
無意識に感じていた恋心が揺らぐままに。




