02 お持ち帰りは双方の合意で
どうやら俺は、めんどうなことに巻き込まれてしまったらしい。
路地裏で仮面の少女を助けたのはいいが、俺の家に連れて行けと言ってきたのだから。
もちろん、俺は断る気しかない。
生憎、少女を介護できるほどの余裕は無いし、警察のお世話になるのはごめんだ。
「お嬢さん、帰る家はどうした?」
「翔様も先ほど入る前に見たと思いますが、ボディーガードの方が倒れてしまったので、その間は迎えが困難なようなのです」
凛とした優しい声で淡々と言ってくれるが、犯行現場の処理とこの子を連れ帰るのは別物だろ!?
なんだ……俺が知らない間に、お嬢様系の世間は隠蔽に力を注いでいるのか?
とはいえ、この町は夜になると治安が良いとは言えないので、この子を野放しにして置くのも危険だ。
俺は聞いたこともないケースの話題に、思わず頭を掻いた。
悩んだところで、解決するわけでも無いが。
暇人に見える俺にだって、この後はゲームソフトを買うという、最重要項目が残っているのだから。
――そういや、名前を聞いてなかったな。
俺はふと、自分が名乗ったにも関わらず、少女が名乗っていないことを思い出した。
ずっとお嬢さんだけでは、言いづらいにも程がある。
この場を離れようにも、少女はずっと見てきているので、俺は反応に困っているのだ。
にしても、凛としたようなお嬢様の雰囲気を、どこかで見た気がするのは気のせいだろうか?
「念のため聞いていいか? お嬢さん、お名前は?」
「……さ……にしかぜ、西風咲夢」
「桜さん?」
どうやら発音が違うのか、少女は首を振っている。
「花が咲くのさに、夢と書いて、咲夢と言います」
「咲夢さんか」
咲夢さん、その名前を聞いてもピンとこない。
やはり、記憶は見当違いのようだ。
自己紹介をしてもらったのはいいが、俺は悩むしかなかった。
咲夢さんを家に連れて帰るのをどうするか、という疑問に。
普通に考えれば、男の家……というよりも俺の住んでいるマンションはセキュリティー的に良くないので、この子を連れ帰るのは下手すれば危険だ。
じりじりと迫ってくる咲夢さんを見ても、表情が分からない、仮面をつけた女の子だ。
――他人ってことは、所謂お持ち帰りか……面倒だよな。
面倒ごとに巻き込まれたくないのも本音の一つだ。とはいえ、咲夢さんを野放しにして警察の御用になるものなら、家に連れていく選択肢しか無い気がしてきたな。
「……咲夢さん、聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「いつまで居候するつもりだ?」
「早くて一日、遅くて二日になるかと。翔様には、助けていただいた恩もありますので、お話をしなければいけませんから。どっちにしろ、家のありかを何処に逃げようが突き止めますのでご安心をしていただければと」
「安心ってことを知ってるか?」
助けたのが事実と言え、ストーカーまがいな事をされたらこっちが先に音を上げちまうってものだ。
お嬢様系の服装を見るに、咲夢さんの言っていることは信憑性が高いし、恐らくどこかの関係者の娘さんだ。
様々な人を見てきた俺からすれば、本人に聞かなくても分かるくらいに、咲夢さんの仕草や姿勢、言葉遣いから見てわかる。
とにもかくにも、俺にはやらなくちゃいけないことがあるんだよな。
「咲夢さん、埒が明かないし話を飲もう。ただな、俺にもやらなきゃいけないことがあるんだ」
「やらなきゃいけない事ですか?」
「ああ。俺は今日発売のゲームソフトを買うために外に出てるんだ、付き合ってもらうことになるぜ」
「ゲームですか……別に構いませんよ」
「構わねぇのかよ」
「そうです。私を居ない者として扱っていただいても構いませんよ。翔様にこれ以上迷惑をかける事は出来ませんから」
俺は咲夢さんの言葉に、どこかイラつきを覚えそうだった。
イラつきってよりも、自分を蔑ろにする発言を許せない、ただのエゴかも知れないな。
今はひんやりとした風が吹く季節だ。そんな寒い中をお嬢様系の服装をしている咲夢さんに、俺は自分の脱いだパーカーを被せた。
「そんな格好じゃ風邪ひくだろ。それでも着てろよ」
「それだと、翔様が……」
俺はそっと咲夢さんとの距離を詰め、軽く上から覗き込んだ。
「俺の事は気にするな。お前はお前を大事にしろ。後、様をつけるな堅苦しい」
「……以後気をつけます。でも、翔様は私を二度も助けていただいた恩人ですので、軽々しくお呼びできませんよ」
「そうかよ。好きにしろ」
咲夢さんの全てを否定する気もない俺は、意地悪なやつかも知れないな。
ぴょんぴょん拍子に話は進んでいるが、結局俺は咲夢さんを連れ帰らないといけないのか。
――部屋、掃除してないんだよな。
自堕落な生活を送っている自覚はあるが、女の子を上げるなら部屋の掃除くらいはしておくべきだった、と思っても後の祭りに過ぎないか。
同じ年ごろの咲夢さんと同じ部屋……考えただけでも困るのだが?
それでも話を飲んだ以上、ゲームソフトを買った後に咲夢さんを連れ帰るのをやり通すだけだ。
気づけば、咲夢さんは何故かもじもじしていた。
先ほどの凛とした振る舞いから一変、どこか恥ずかしそうな、そんな様子だ。
「あの、無礼は承知なのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「……一、二日だけではありますが、寝間着を買ってもいいですか?」
「……晩御飯のついでに買うか。てか、咲夢さん、いつまで仮面をつけてるんだ?」
「これは、大事なものですから」
そうかよ、としか俺は言いようがなかった。
彼女がつけたままを望んでいるのなら、他人の領域に足を突っ込む必要は無いのだから。
咲夢さんは先ほど渡したパーカーをちゃんと着て、ご丁寧にチャックまで閉めている。
見知らぬ男からの服に未警戒……世話を焼かされそうで面倒な気がしてしょうがない。
俺は咲夢さんがこれ以上事件に巻き込まれないよう、そっと腕を取った。
咲夢さんは驚いたように体を震わせた。しかし、無意識なのか意識してなのかは不明だが、体の赴くままに預けてくれている。
思った以上に腕がほっそりとしているせいで、掴んだ俺が動揺を隠せていないのだが。
「ほら、ついてこないと置いていくぞ」
「そう言って、しっかり腕を持っていますよね?」
「うっせぇ」
俺は気恥ずかしさがありながらも、咲夢さんを連れ、予定の場所を巡りつつ帰路を辿るのだった。