19 プレゼントは幸せのテイクアウトで
館に着いてから、俺は傷ついた体に鞭を打ち、ルディアの居る研究室に咲夢さんを抱え込んでいた。
時刻は、夜の十二時を過ぎ……静寂を求める、聖夜を祝う者が現れる日になっていたんだ。
「……咲夢さんは?」
「……もう、咲夢は諦めるしかないかもしれないねぇ」
ルディアは手で顔を覆い隠し、項垂れるように椅子に座った。
咲夢さんは今、貝殻を模したベッドで眠りについたまま、目を覚まそうとしないんだ。
ちっと開いているパーカーから見える大きな胸を守る白い上品なブラジャー……それに目を落としてる俺に、飢えた狼ですか、っていつものように聞いてくれよ……。
俺は正直、ここまで自分の不甲斐なさを悔やんだことはなかった。だから、目を覚まさない咲夢さんに、気持ちの整理が追い付いていないんだ。
「翔君、このモニターを見ればわかってるだろうけどねぇ……ここまで咲夢の夢が汚染されるのは私も見たことがないんだよ」
ルディアの目線の先には、天井から吊り下げられた、咲夢さんの夢を観察するために取り付けられたであろうモニターが実在している。
そのモニターに、夢は映っていない。むしろ、砂嵐、黒いノイズしか走ってないんだ。
黒いノイズ……下手すれば、あの黒い手が咲夢さんを夢の奥深くに引きずり込んだのだろうか?
「恐らく咲夢は、深い夢に落ちたんだろうねぇ。まあ、翔君、君はよくやって……咲夢に笑顔を届けてくれたよ。私の方から感謝しようかねぇ。まあなんだい、その傷を処置して、後は自由に――」
「ふざけないでくれ」
「ふざける? 私は夢については誰よりも研究している自負があるマッドサイエンティストだよ?」
気づけば、背にしていた壁に思いっきり裏拳を決めていた。
そしてルディアを睨み、眠っている咲夢さんに近づいていたんだ。
近くにあった、咲夢さんがいつもつけていた仮面を持って、彼女の額に置いた。
俺は諦めていない。
記憶がぼんやりしているとか、そんな言い訳をするつもりも、異論を唱えるつもりもない。ただ、救える可能性があるのに立ち止まっていられないんだ。
「夢の中を攻略すれば、咲夢さんは目覚めるか?」
俺の言葉に、ルディアは驚いた表情を見せた。
ルディアの座っていた椅子は音を立てて倒れた。
白衣を後ろにバサッと羽避け、俺に真剣な眼差しを向けてきたんだ。
「翔君、その覚悟は本気かい? ましてや君は、咲夢の事を何にも覚えちゃいないんだよ? 助ける道理はどこに――」
「助ける道理? そんなの依頼されたからで十分だ。そしてこれは、俺個人の介入だ」
仮にこのまま指をくわえて立ち下がったら、俺は二度と胸を張って、他者と関わることも、幸せを望むこともできない……失敗した過去を繰り返す、人を殺めただけの生き物だ。
ルディアは呆れたようにため息を吐き、棒状の物を手に持った。
「翔君、仮に咲夢の夢に入ったとして。誰かの願望や不安、絶望が入り混じった世界……領域内に取り残されれば、咲夢は愚か、翔君も戻ってこられないかもしれないんだよ?」
「俺の身を案じてくれるのは嬉しい。けどな、それでもやらないといけない――攻略しないといけない夢が、依頼があるんでね」
言い切ると、ルディアは更に呆れた様子を見せた。
正直なところ、俺も無謀な賭けは好みじゃないし、柄じゃない。
でもな、漢には時に立ちあがらにゃいけねぇ場面もあるし、面倒ごとにも巻き込まれる覚悟が必要なんだ。
「はあ、そうかい。それじゃあ、依頼の褒美に、咲夢からの奉仕でも視野に入れとこうかねぇ」
「おばさん、何言ってんだ?」
「うーん? 翔くん、咲夢のおっぱいを好きにしたいだろ? 次、おばさんって言ったら殺すからね。私は永遠の二十歳だ、覚えておきな青二才」
話がトントン拍子でふざけた方向に進んでる気はするが、ルディアが乗り気になってくれたのは好都合だ。
咲夢さんには俺から止めれば問題……無いよな?
その時、ルディアは片手に包帯を持って俺に近づいてきた。
「とはいえ、その傷じゃ痛くて眠れないだろ?」
「こんくらい平気だ。で? どうしたら咲夢さんの夢と繋がれる?」
ルディアが手当てをするよりも早く、俺は問いかけた。
ルディアはそんな問いを軽く無視して、俺の腕と背中に手際よく包帯を巻きながら、咲夢さんの眠っている貝殻のベッドを見ている。
「簡単な話だよ。そのベッドは既に改良済みでねぇ、人間のレム睡眠にノンレム睡眠、科学的証明ができない深い眠りだって操れるようにできたよ」
できたよ、とルディアは言っているが、普通は出来たものじゃないよな?
ドン引きするような科学力に、俺は顔を引きつらせるしかなかった。
とはいえ、ルディアが改良してくれたから、俺は夢に入りやすくなったってわけか。
前に一度……その後に時折咲夢さんが俺の夢に侵入してきたけど、俺は飛び起きやすかったし丁度いいな。
俺はボロボロになった服を脱ぎ、応急処置を施された体に鞭を打ち、咲夢さんの眠っている横で仰向けになった。
「翔君、恐らくだが君の夢を主にすればこちらからも見れる。だから、もし危険だったらこちらから起こして呼び戻す……いいね?」
「ふん。一回で終わらせてやるよ」
「……今の翔君には、正直無理だよ」
ルディアの言葉を無視して、俺は目を閉じた。
背中や腕に出来た血の滲む傷跡は何気に痛いが、夢から覚めない咲夢さんに比べればマシだ。
「それじゃあ、咲夢を頼んだよ、翔」
貝殻の蓋が閉じられて、俺の口に呼吸用ガスマスクがおりてきた時、意識は現実からこと切れた。




