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18 過去にすれ違った者

「ふんぬぅ!」


 時計塔から飛び降りた俺は、咲夢さんを抱えたまま、どうにか入ってきたドア付近に着地した。


 咲夢さんの着ていた服は無くなり、ブラジャーとスカート姿にさせてしまったが……生きてるだけ安いよな。


 眠っている咲夢さんの胸を拝めていたいけど、幽香が追ってきている以上は無理を言っていられない。


「一か八かだけど、成功してよかった」


 ドア上を守る出っ張った屋根の角にかかった、咲夢さんのボロけた服を見てそっと安堵した。


 そう……俺は時計塔から飛び降りた瞬間は大きな傷や死を覚悟した。

 落ちている瞬間に地上を見た時、その出っ張った屋根が見えて、咄嗟の判断で咲夢さんの服を剥いだんだ。


 そしてタイミングを合わせて、屋根の角に咲夢さんの服を引っかけて勢いを僅かでも殺した。一階の高さになったタイミングで外壁を蹴り、咲夢さんを抱えたまま無事に着地できたってわけよ。


 実際、咲夢さんの服は幽香の暗器と言える爪には弱かったけど、普通よりも強固だったのが幸いだった。


 俺が咲夢さんの肩からズレたブラジャーの紐を直した時、おっちゃんの声が聞こえてきた。


「おい、大きな音がしたけど無事か!? ……翔、任務中に嬢ちゃんの肌で欲を発散するのはどうかと思うぞ」

「誤解だ。それより、俺の預けていたパーカーを。……後、咲夢さんを頼む」


 俺は自分が着てきたパーカーを志堂のおっちゃんから受け取り、咲夢さんに着させた。

 寒空の下、女の子の柔肌を露出させたまま放置するわけにもいかないからな。

 それに幽香が遅れているのは……武器を用意していそうだ。


 俺は志堂のおっちゃんに咲夢さんを預けてから、ドアへと視界を戻した。


「私のカケル、生きていたのね。今、こっちに戻してあげる」


 ドアから出てきた幽香は片手にナイフを持っており、近接戦をご所望のようだ。

 志堂のおっちゃんが咲夢さんを抱えて距離を取ったのを確認してから、最後の歩を進めた時だった。


「先輩、これを使ってください!」

「……これは」


 月明かりに紛れ、投げられて刺さったもの……ある紋様が刻まれた銀色に輝くナイフ。

 そのナイフを投げてきた志堂のおっちゃんの手下は、すぐさま幽香から距離を取った。


 このナイフを俺は一番よく知っていて、一番使うことを拒んでいるナイフだ。

 夢では仕方なく使ったが……今の俺は忘れているが、制約が、守るべきものがある。


 一瞬の迷いが生まれた時、大きな声が響き渡った。


「きゃぁあけぇるぅぅ! お前は今こそ、そのナイフを使うべきだ! お前は、何が守りたいんだ!!」


 俺の守りたいもの……。

 そんなの、決まっているじゃないか。


 俺は腰を下ろし、震える手を無視して、ナイフを抜いた。

 ナイフを抜いた今――守りたい笑顔が、救いたい笑顔が、幸せがあるから、俺は俺を攻略してみせる!


「幽香、お前は俺の大事なものを、大切なものを傷つけた。もう、終わりにしよう」

「あんたは暗殺者に帰ってくるべきなのよ!! あんたの居場所はここしかないの!」


 幽香はスタートを切った。

 俺も幽香に合わせて、姿勢を構え、ナイフを持った手に力を入れる。


 ナイフが重なった瞬間、火花が散る!


 残像が見える程の攻防に、重なり合うたびに生まれる火花が、俺と幽香の暗い間合いを照らす。

 恐らくゼロイズムを使っている幽香の攻撃は、間合い一歩誤れば致命傷は避けれない。

 決意や覚悟だけで詰められる、簡単に仕留められる相手じゃないのは、俺も幽香も同じはずだ。


 ナイフを力強く振りかざした刹那、俺は幽香のナイフに合わせて押し合いを図った。


 ――くっ、重い。


 体の重心の使い方、そして相手の動きへの対応は、今も尚本職の幽香の方が上手か。


「幽香、お前、それほどの腕があるのに何で組織の犬になっていやがる」

「……あんたには、関係ない!」


 わずかにズレたナイフは目の前を遮る。

 ナイフの鋭さ……いや、ナイフだけを使っているのを見るに、これはおとりか。

 お互いにナイフ片手、ましてやもう片方の手をフリーにしてるのは、相手への探りを含めても定石だ。


 それでもわずかだが、俺の揺さぶりは明らかに幽香の感覚を狂わせたはず。なら、このナイフの届く間合いを保っている今、揺さぶりをかけるチャンスだ。


「関係ないか……なら、お前が俺を殺そうとするのは、組織の命令か?」

「命令? そんなの関係ない。今のあんたを殺すのは私が私に課した、命令、なのよ!!」


 刹那、幽香のナイフが(くう)を切る。

 銀の一線が視界を横切った時、幽香の瞳には鬼が宿っていた。


「あんたが組織を勝手にやめて……私はその出涸らしとして実力が一位になった……こんな屈辱、感情は初めてよ」

「よかったな、感情を知れて」

「ふざけるな! あんただけは連れ戻して、私が凌辱して使い崩してあげるわよ」


 幽香は戦いの中、悪戯に笑みを浮かべている。

 彼女はやはり、殺戮を楽しんでいる破壊者だ。


 生憎、俺ものこのこと殺されてやるほど……柔な覚悟で咲夢さんの依頼を受けていないんだよな。

 むしろ、こいつを仕留めてからが本番だ。


 ナイフを構えなおせば、幽香はもう片方の手も構えた。

 ここらが本気で、勝負は一瞬だ。


「悪いが、俺は既にお前を攻略している」

「だまれぇぁああ!! このおちぶれがぁ!」


 幽香はスタートを切った。

 俺の顔寸前にナイフが横切った瞬間、鋭い殺意!

 俺は目前で体を横にひねる。

 闇夜に紛れて、幽香の鋭い爪が空を裂いた。


 ――夜も相まって、面倒な暗器だ。


 幽香の爪は折れない程に鋭く、ましてや直線の鋭さなら変幻自在の暗器。

 警備や検査にも引っかからない……組織の中でつぎ込まれたテクノロジーの結晶体だ。

 まともに食らえば、俺もただじゃすまないよな。


 現状無傷と言いたいが、さり気なくナイフの軌道を変えて腕の薄皮一枚を数か所貰われているから、俺が不利に近い。


 暗殺者の勘も鈍ってるな、こりゃぁあ。


「ちっ。仕方ねぇか。穏便に済ませたかったけど、速度上げてくぞ」


 俺は瞬時に、ナイフを振ると同時にため込んだ唾を吐く。

 幽香が唾をナイフで弾く刹那、幽香のもう片方の腕に傷をつける。


 切れ味は薄かったが、垂れた血が腕を辿っているのを見るに、爪の暗器は使えないだろう。


「はぁあ。はぁ。……もうそろそろ、くたばってくれねえか?」

「私の腕一本取ったところで、あんたはここで死ぬのよ」

「……そうか」


 その時、深い雲が月を避けたのか、月明かりが俺の顔を照らした。


「なっ、カケルあんた、まさか……やめなさいよ。……それをやめろ!」


 月明かりが丁度よく差し込んで、幽香には俺の表情がよく見えているだろう。

 幽香が俺を恐れ始めたのは不明だが、この一瞬で終わらせる。


「遅い!」

「しまっ――」


 瞬時に、俺のナイフは幽香のナイフに当たって火花を散らす。

 同じ、ではないのだ。

 俺は瞬時に手首をひねり、幽香のナイフを受け流し、姿勢を低くして足を払った。


 幽香が宙に浮いたのを見逃さず、俺は幽香の腕を抑え、仰向けになった幽香の首筋にナイフの(みね)を当てる。


「はぁ……俺の勝ち、いや、攻略だ。幽香、暗殺者であるお前は死んだ」


 俺はそう言って、幽香を仕留めずに立ち上がった。

 立ち上がったと同時に、ぽつぽつと雨が降ってきたんだ。

 いつの間にか、黒い雲が月を覆い隠していたらしい。


 そして、喉から声を出したような、悲しみとも取れる啜り声が聞こえてきた。


「うっ、うっ……どうして……どうしてカケルは、私にとどめを刺さないのよ!」


 幽香は、俺に負けたのが悔しかったらしい。

 雨はだんだんと強くなり、前髪を伝い、視界を水で濡らしていく。

 地が洗われていく中、俺は腰を下ろして幽香を見た。


 そして幽香のフードを軽くあさり、用意周到な馬鹿ほど持っている包帯を拝借した。


「別に。俺はお前を殺すつもりは無い」


 俺は幽香の傷口に応急処置の要領で、傷をつけた幽香の腕を包帯でぎゅっと強く結んだ。

 おそらく幽香は、俺に殺されないのを前提、もしくは爆風に紛れて逃げ切るのを前提で包帯でも用意してたんだろう。


 雨が濡らしていく中、幽香は睨むように俺を見てくる。


「……俺は言っただろう。別グループのあんただけは殺すって。つまり、お前は俺に負けて、組織の人間としても地に落ちた、キュイという人物は死んだんだ」

「……私は、あんたの依頼主を人質に取ったのよ。一思いに殺しなさいよ。殺されて、当然なのよ」


 俺は呆れて、幽香の傍に座った。


「俺は過去のことは忘れているけどさ……お前が咲夢さんを殺そうとしていなかったのは見ればわかるんだよ。大体、暗殺の為なら手段を択ばないお前が、咲夢さんの服を裂いただけなのは、何よりも俺の依頼主を傷つけなかった……感情のある証拠だろ?」


 幽香の狙いが何にせよ、俺を暗殺者に戻したいのなら感情を壊すのが手っ取り早い筈だ。

 俺は唯一、咲夢さんには大きく感情を割いているんだから、失えばそれ相応の痛手を負ったのも同然。

 幽香がそれを実行しなかったのは、自分の力でどうにかしたい、その感情があったからに違いない筈だ。


「カケル、どうしてあんたはそんなに感情をもってして暗殺者の、組織の頂点に立っておきながら……組織を去ったのよ」

「幽香だけには言っておく。俺は、ぼんやりとしか覚えてないけど、最後の依頼主に、大切な気持ちを貰ったからだよ。この、銀のナイフに誓ってな」


 咲夢さんの前で数名殺めてしまったのは事故だが、俺は人の幸せを望むって、過去に誓ったのだけは覚えている。

 だから、組織を抜けて、自堕落なゲーム生活を送る学生になって溺れていたんだ。


 俺の夢が『人の幸せを望む』のは、本当に皮肉な話だよな。


 さんざん人を殺めて、汚れちまったこの手で。


「おっと、俺は咲夢さんを助けなきゃなんねぇんだ。もう行くな。……お前がこの先何をするか、どう生きるかは勝手だ。それでも、俺の邪魔は二度とするな」

「……その感情が、あんたを蝕むわよ」

「――覚悟の上だ」


 幽香は不服なのか、俺の顔を見ないようにしてか体を横に向けた。

 立ち上がった時、聞きなれた声が聞こえてきた。

 そして見えるは車のライト。


「翔! 早く乗れ! お嬢ちゃんを救うんだろ?」

「ああ。知ってるなら、屋敷まで頼む」

「おうよ」


 俺は車に乗り込み、隣で眠ったままの咲夢さんの無事を祈って、屋敷へと急いだ。

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