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16 ただ一人のために、感情を裂く

 志堂のおっちゃんと外に出た俺の目に飛び込んできた光景……それは、ハチの巣にされた車と、運転席で横たわっている血まみれの運転手。


 そして後部座席のドアは開いたまま、咲夢さんの姿は見当たらない。


「……どうしてだよ。俺が、咲夢さんを連れてきたから……なのか?」

「翔、立ち止まってないで証拠を探せ」


 志堂のおっちゃんが裏手に消えていくのを見てから、亡骸へと近づいた。

 見たところ、脳と心臓を的確に狙った犯行……銃弾の跡から見るに、間違いなく俺の嫌な予感は当たっている。


 後部座席は、見たところ綺麗なままで、運転手だけを狙った暗殺の類だ。

 雑な犯行現場だが、木を隠すのは森のように、本当に重要なものを大きな出来事で隠すふざけた暗殺方法。


 その心当りを俺は一人しか知らない。

 現場を見て蘇ってきた記憶を頼りに、俺は運転手が握らされていた紙に視線が落ちた。

 血痕が付いていない証拠の残し方は、彼女のやり口だ。


 筒状に丸まっていた紙を取り、中身を見る。

 初めてだ、こんなにも腸が煮えくり返りそうなほど、ふざけた文章を書くやつはな。


『翔、元気にしてたかしら? 安心してちょうだい、あんたの女は殺してない。ただ、眠らせたけどね。この町の古びた時計塔、そこで待ってるわよ。私があんたを凌辱してあげる』

「最後のイニシャル……キュイ。幽香……お前なのか、また……」


 暗殺者の呼び方で『キュイ』の名を持つのは……彼女、幽香しかいない。

 幽香は俺とは別のグループに所属していた、通称、誰がため、の異名を持つ関わりたくない相手だ。


 俺が暗殺者を辞めて以降も、なにかと探し当ててはちょっかいをかけてきた唯一の一人で、咲夢さんの安全を一番脅かす存在。


 彼女は感情を大事にしていないからこそ、誰彼構わず、自分の目的の為なら躊躇いを見せない危険な思考を持っている。


 時計塔を場所に選んできたのを見るに、この町の更に外れにあって一番目立つからだろう。


「……うん? これは……」


 俺はその時、運転手の横たわっていた尻部分に、故意的に撒かれたような砂……砂利を見つけた。

 それを手に取った時、光と共にクラクションの音が聞こえてきた。


 横についた車の窓が開くと、志堂のおっちゃんが顔を出してくる。


「おい、翔、乗れ! 嬢ちゃんを救うんだろ?」

「……ああ。時計塔まで頼む」

「犯人はキュイか?」

「案の定な」

「お前も変なやつにストーカーされたもんだな」


 俺が車に乗れば、志堂のおっちゃんは全速力で車を発進させた。


 向かっている際に武器を手渡されそうになったが、生憎現地調達している俺は遠慮させてもらった。




 時計塔に着けば、古びて動かない時計版を抱えて、鋭く高い建物がフェンスの中にそびえ建っている。

 そして今、古びたドアを前にして俺は立っていた。


「翔、俺は外で待ってるから、好きにしろ」

「志堂のおっちゃん、パーカーを預かっててくれ」


 志堂のおっちゃんに着ていたパーカーを託し、改めて任務を――咲夢さんの護衛をリアル遂行する決意を固めた。


 現時刻、二十二時を持って、ミッションを開始する。


 俺は古びたドアをこじ開け、時計塔の内部へと足を進めた。

 案の定というか、人混みはこうもあるもんだ。

 時計塔内部に足を踏み込めば、中腹とも言える開いた場所に、ゴロツキとも言える幽香の配下だと判断できる、凶器を持った何十人もの奴らが蔓延っていた。


「おいおい、のこのこと来やがったぜぇぁああ!」

「こいつ、捕らえるか殺せばご褒美だってよ」

「貧弱なやつを選ぶとは、あの方も目が腐ったようだね」


 何十人といるなかでも、退屈そうに座っていたやつらの数人は、俺を指名しているようだ。

 おおかた、幽香の手駒と言ったところだろう。

 悪いが今の俺に……遊んでる暇はないんだ。

 時間、って言うよりも咲夢さんの事情が心配だ。


 ちらつかせた暗器や武器、丁度いい。

 時間は無いが相手をしてやる。


「聖夜に捧ぐ懺悔は済んだか? 今宵は赤い月が綺麗だな」

「俺らを見てビビったかぁ? 何を言ってたんだおま――」


 俺はそのふざけた態度で前に出ていた一人を目視し、スタートを切る。

 周囲の反応は僅か以上に遅れている、まず、一人。


「なっ、いつのま――」

「喋りすぎだ」


 俺は一人を手短に、頚椎の間に手刀を差し込んだ。

 手際よく、地に落ちる前に奴の持っていたナイフを一つ回収する。


 可哀そうなことに、地を蹴ったコンクリートの床は今頃反応したのか、駆け抜けた風で死体の髪を揺らした。


 一人の地に落ちる音の間もなく、俺は周囲の一人一人と距離を詰める。


「なっ、化けも――」

「うわぁああ、や、やめ――」

「面倒くさいな……覚えたての技を見せたがるな」


 覚えたての技は無駄に思考を裂く。だからこそ、隠し玉として取っておくか、実践投入できる程に完成を仕上げるべきだ。


 まあ、そんな言葉を聞く間もなく、頸動脈から血潮が噴いたどす黒く輝く人形しか居ないけどな。


 彼らはまだ甘いからこそ、本職であった俺には敵わない。むしろ、俺の前を塞いでいる以上、許すつもりもない。

 俺には時間がない……その後ろ盾がある中、彼女の元への道を切り裂いているんだ。


 怯え始めた残党を前に、血濡れたナイフを払い、地に三日月を描いた。


「さあ、次、いくぞ」


 悪いが、俺の目にはもう光は無くなりつつある。

 心配が俺を追い込み、そうさせるんだ。

 俺じゃない俺に出会うように、足りない俺を補うように、過去からの魔の手はやってくる。


 手は自然と、再度ナイフをしっかりと握り直してから、逆手に持ち替えていた。


「ちっ、お前に殺されなくても、俺らはミスをすればどっちにしろ殺されるんだよ!」

「この、殺人鬼が!」

「俺の姿は捕らえられたか?」


 次に、怯えた奴らを淡々と処理していく。

 幽香も使えない玩具を用意したものだ。

 ナイフの血を払った次の瞬間、音よりも早く、倒れていく死体の後ろから光を視認した。


 ――この光は。


 ついには生存本能を見せたか。

 光の正体……それはマズルフラッシュ。簡単に言ってしまえば銃を撃ち始めた。

 俺は反射的に近くに横たわっていた死体を蹴り上げ、銃弾を防ぐ。


 そして空いていた片手でズボンのポケットから、拾っておいたマクロサイズの砂利を取り出し、銃を持った奴ら数人の見せる生身の箇所へとめがけて投げつける。


 動作も音もない攻撃に、彼らは何が起きたのか理解できていないようだ。

 生身……首筋へと当たった鋭くとがった砂利は骨を避け、頸動脈を破裂させていたのだから。


 後の残党も処理しようとした、その時だった。


「キュイ様の為に!」

「この身を!」


 こいつら、これでも暗殺者かよ?

 目の前の敵に集中しすぎて、俺は背後に回っていた二人に気づけなかった。

 がっつりと腕を固定されるだけならまだしも、こいつらは身を捧げる覚悟の特攻――爆弾を身に巻いていたんだ。


 俺を脅すためだけなのか、爆弾の起爆スイッチが見当たらない。この最上階に幽香が居るのは確定か。


 ――許してくれ。


 俺は暗殺者であって、感情を持つグループでやってきたからこそ、これだけは使いたくなかったが死の五の言っていられないよな。

 目をつむった瞬間、俺の腕を掴んでいた彼らは宙に浮いた。


 彼らが俺の目の前に落ちゆく時、開く瞳に光は、感情は宿っていない。


「すまない。俺の為に、死んでくれ」


 一つの破った制約は、壁に映し出された影が飛沫を飛び散らせていた。

 残虐、虐殺とも言える方法で、俺の瞳に小さな光が戻った時にはすでに、白い花が赤い水を得て輝いている。


 来た時とは一変して静かになった、俺以外の全てが居ない、赤く染まった現場を――ただ一人、佇み、足音が水しぶきを鳴らして、進ませるのだ。

 落とされたナイフは、赤い海に沈むまで、光を吸収した銀の鏡が俺の姿だけを映していた。


「……咲夢さん、今、助けるから」

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