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15 過去を知る人物はエロも知る

 あれからクリスマス前日……イブの日となり、俺は予定通り、咲夢さんと一緒にあるお店の前に来ていた。

 このお店は、町の少し外れにある、古びた看板と独特なレトロ感漂わせる木造建築が特徴的だ。月明かりが姿を見せている時間に来ているのもあって、余計な哀愁も漂わせている。


 運転手に車を止めてもらってから、隣に座っていた咲夢さんに視線を向けた。


「咲夢さん、すまないがここで待っててくれないか」

「ええ、翔様との約束ですし、私は車で待っていますよ」

「ありがとう。運転手さん、少しの間、咲夢さんを俺の代わりに頼むからな」

「ご安心を。わたくし目は西園寺家に仕える専属運転手でありながらボディーガードでもありますから。そこら辺のコバエ一匹や二匹、ぱちんと弾けますよ。プロですから」


 そう言って指を鳴らす運転手は、調子に乗っているのか、平和ボケをしているのか不明だ。

 何事も無いことを祈りつつ、俺は車のドアを開けた。

 車内に軽く入り込んでくる冷えた空気は、冬真っただ中だと伝えてくるようだ。


「翔様、いってらっしゃいませ」

「……ああ、行ってくる」


 俺は咲夢さんに見送られて、目の前のお店、喫茶店へと足を運んだ。



 今日は閉店時間となった喫茶店の扉を開ければ、中はオレンジ色の明かりが灯り、カウンターテーブルとカウンター越しの棚がレトロ華やかに輝いている。


 そして今、ジャケットを着たおっちゃんがカウンターテーブルと真剣に向き合い、ガラスを彷彿させるほど丁寧に拭いていた。

 俺が入ってきたのを見ないままに、音だけで判断して口を開いた。


「悪いな、今日は店じまいなんだ。……客じゃねえなら、その玉もら――」


 野太くも芯のあるダンディーな声……変わらないな。

 おっちゃんが顔を上げた瞬間、その汚い口は固まったように止まったんだ。


「志堂のおっちゃん、久しぶりです」


 この喫茶店のマスターを営んでいるのは何を隠そう――上村(かみむら)志堂(しどう)。俺が幼少期の頃に拾われてお世話になった、志堂のおっちゃんだ。

 今でも暗殺業を生業にしている、喫茶店という表の顔を持った役者と言える。


 志堂のおっちゃんは俺の顔を視認するなり、テーブルを拭く手を止めて、カウンター越しの椅子を指さした。


「そこに座れ」

「はいはい」


 丸いカウンター椅子に腰をかけると、志堂のおっちゃんは手際よくカップを用意して、挽いたコーヒー豆を入れていた。

 店じまい後で用意していたのか、湯気と共にコーヒーの入ったカップが目の前に出された。


 にこやかな笑顔を見せておきながら、飲め、と無言の圧力をかける眼力は、相変わらず変わってないようで安心だ。

 変わっていないと言えば、俺を育ててくれた場所の一つであるここも、少しのぼろさはあるものの懐かしいままだ。


 俺はコーヒーを口にした。

 苦いのに、どこか温かいのは、久しぶりに味わったものだ。


「翔、何をしに来た? のうのうと顔を見せに来た、なんて馬鹿な話じゃないんだろ?」

「相談があって来ただけです」


 実際、志堂のおっちゃんとは暗殺業を辞めた今でも連絡を取っていて、俺の未来を心配してくれている存在だ。

 とはいえ、いつ死ぬか分からない暗殺業なのもあって、連絡が突然途絶えてもおかしくないんだよな。俺はその一人なわけで。

 俺としては生きているが、暗殺者としては死んでいる……本当に、皮肉な話だよ。


「そういや翔? 財閥の嬢ちゃんは元気かい? お前、唯一好きそうな大きさだもんな」

「うっ、おえっ……」


 志堂のおっちゃんの急な問いかけに俺は思わず吹き出して、肺が死ぬかと思った。

 生きてるから問題ないが、なんで咲夢さんの話を?

 ていうか、なんで志堂のおっちゃんが咲夢さんの事を知ってて、俺が関わっている前提なんだよ!


 志堂のおっちゃんは俺が吹き出したコーヒーを布巾で拭きつつ、エラい目で見てきやがる。


「はっはっは、図星か? 男なんてそんなもんだ! てか翔、実際はどうなんだ?」

「……まあ、今はそいつの護衛を依頼として受けたよ。……別に、なんか、見ちまうだけだ」


 このおっちゃん、話せばわかるんだけど、面倒くさいことこの上ないんだよな。


「お前らしいな! はっはっはっ!」


 なんで性癖暴露大会を開催されてるんだ?

 新手の精神攻撃として流行っているのか?


 俺は咲夢さんの胸を、まあ……結構見てるから図星なんだよな。他の異性には、性のせの字すらわかねぇのに、なんで咲夢さんだけ……。

 俺がふて腐れた顔をしていると、志堂のおっちゃんは高笑いして健気だ。


「で、そう言うってことは、財閥のお嬢ちゃんの件で話に来たんだろ? お前が依頼されるのは数カ月以上前から知ってたからな」

「じゃあなんで教えてくれないんだよ!? 間違って暗殺したじゃないか!」

「守るためにその汚れた手を使ったんだ……間違いを犯しても、失うものを守れたのは勲章もんだろう。それに、翔に感情がそれでも残っているのが今を物語っているだろ」


 志堂のおっちゃんの言っていることは間違っていないので、俺はテーブルに叩きつけた手を戻した。

 聞いたところ、その件の処理は上村グループで請け負っていたらしく、死体処理は完璧らしい。また、元は暗殺対象を大金で募っただけで、行動としては問題ないとの事。


 俺からすれば問題しかないが、深入りするだけ面倒くさいだけだ。

 俺はもう、暗殺者の組織の人間ではないからな。

 ちっと手際よく人を(あや)める事ができる、落ちるとこまで落ちた一般人だ。


 俺が椅子に座って姿勢を正すと、にこやかな笑みで志堂のおっちゃんは見てくる。

 ふと俺は、自分の手を見た。


 志堂のおっちゃんの言っている通り、俺の手は汚れているけど、あの場で見て見ぬ振りをすれば、咲夢さんとの今は無かっただろう。

 言葉巧みに操られているのもしゃくなので、もうそろそろゲームのペースを握らせてもらうか。


 目力で圧をかけると、志堂のおっちゃんは呆れたように聞く姿勢を見せてくれた。

 話を通したい時はこの手に限る。


「相談なんだけど……その……そのお嬢様、咲夢さんに抱くようになった、ここが熱くなるような感情の名前を知りたくて……」


 震えた手で、自身の胸元を小突いた。


 俺は今になってなんで恥ずかしがってるんだよ。

 感情がしっかりと芽生えたのは、暗殺者を離れてからだから、志堂のおっちゃんが答えられるとは思ってないけどな。


 そう思っていると、志堂のおっちゃんはニヤついた……いや、微笑ましいような含みを持った笑みを向けてきている。

 この人『本当に暗殺者か?』って疑問になるほど感情豊かなんだよな。


「それは恋愛的感情、つまり人が人を好きになった時に抱く感情だな!」

「……は? 俺にも、まだそんな感情が? 咲夢さんに……」

「当然だ。あの組織の中の上村グループじゃ、あの暗殺集団の中でも頭が一つ出る程には感情を大事にして嫌われているからな」

「そのおかげで派閥を生んだ挙句、永久追放されてるのは馬鹿だろ。てか、無駄に殺生もしないよな」

「感情があるから無慈悲に魂をとらねぇからなあ。安心しろ、お前の同期含め、グループは元気にやってる」

「別に心配してない」


 あいつらがそこらへんで野垂れ死ぬとは考えにくいから、心配する気が起きないんだよな。

 そもそも、暗殺業を今も続けてるなら心配するだけ無駄だ。


 ――俺が咲夢さんに恋愛感情を……。


 今までを思い出そうとした時、不意に頭に頭痛が走った。

 靄がかかるようで、思い出そうとしているのに、記憶の本棚は本を抜こうとしない。

 俺が記憶を忘れやすいのもあるが、この痛みは感じたことがなく、初めての感覚に意識を割かれそうだ。

 走る痛みに頭を押さえると、志堂のおっちゃんはため息をついた。


「未だに記憶はぼやけるか? ……なんだ、無理は言わないけどよ」

「ぼやけるって言うか、過去の、暗殺者の時の記憶……最後の依頼前の記憶は思い出せないんだ」

「……仕方ないんだ。一つだけ教えといてやる、翔――お前は過去に、財閥のお嬢ちゃんと密接レベルで会ったことがある」


 志堂のおっちゃんから明かされた事実に、俺は驚きを隠せなかった。

 咲夢さんと会ったことがある、その事実に。

 今までを思い返せば、咲夢さんが一方的に俺のことを知っていたり、出会った口ぶりだったりするのを考えれば不思議じゃないか。


 ルディアも知ったような口ぶりだったし……俺は、なにか大事なものを忘れている?


「お前が嬢ちゃんの胸を見てんのは変わらねえとか、とんだエロガキだけどな」

「……あいつが悪い」

「そういって現実を受け止めないで、中途半端に夢に取り残されんなよな」


 そう言って志堂のおっちゃんが高笑いした瞬間、ガラスが砕け割れ、甲高い発砲音が聞こえてきたんだ。


「なんだ!? 外から――咲夢さん!」


 嫌な予感がした俺は驚く間もなく、聞きなれた銃声のした外へと向かった。

 その嫌な予感がしてドアを開けてみた外の光景は、来た時とはまるで真逆の光景だった。

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