14 幸せを見せるのが悪夢だと言うのなら
「翔様、ゲームがお上手なのですね」
「まあな……凡人くらいにはできるつもりだ」
「そうやって卑下して」
ぷくりと頬を膨らませて見てくる咲夢さんに、俺は頬を掻いた。
ゲームのチャプターを一つクリアしてから、俺は咲夢さんと話している。
咲夢さんは気に入ってくれたようで、まだ一面とはいえ、個性ある優しいキャラに好かれたという会話をしてくれるので、ゲームが好きな俺からすれば楽な限りだ。
最初は咲夢さんを面倒くさい奴としか見てなかったけど、聞き上手は話し上手って感じで、相手に合わせて話を変えられるのは才能だよな。
それに仮面を外している時の咲夢さんは、どこか、懐かしい感じがするんだよな。
咲夢さんを見たことがある、そんな気がするほどに。
「でも、卑下をしても、翔様は翔様ですから……『今の私が私でなくなる前に、翔様は気付けますか?』」
「英語で何を言ってるかさっぱりだけど、俺は俺だ。それ以外の誰でもないし、今は咲夢さんを護衛する、たった一人だけの逸材だとでも胸を張っててくれ」
「……翔様、やはり飢えた狼なのですね?」
「おいおい、ふざけてんのか?」
「ふ、ふざけてなんていませんよ!」
そう言って咲夢さんは、しっかりと背筋を伸ばしていた姿勢をそのままに、胸を張ってみせた。
でかい。としか言いようがないそれは、確かに揺れて、弾力ある姿を見せてくるんだよな。
……もしかして、咲夢さんは言葉の捉え方を間違っているのか?
「なあ、咲夢さん? 胸を張るって言うのは、自信に満ちたように堂々と構えている意味なんだけど、知ってるか?」
「……へっ?」
咲夢さんは自身の振る舞いを見てから、沸騰するように白い頬を赤くしていた。
これは所謂、天然ってやつか?
咲夢さんは恐らく、俺を飢えた狼とばかり言ってたから、意識がそこに割かれちまったんだろうな。可愛そうに。
咲夢さんが理解したかのように、自身の胸を隠す仕草を頬を赤らめながらするものだから、腕の力に押されて変形してるんだよな。
何がとは言わないけど、真正面で向き合ってる俺からすれば、漢心くすぐられてヤバいんだが?
恥ずかしそうにうるうるとした目で見てくる咲夢さんに、俺は面倒くささが湧き出て頭を掻いた。
面倒くさいってよりも、これ以上言うと咲夢さんが可哀そうだ。これでも一応、俺の依頼主なわけだし、精神を安定させるのも役目だよな……?
咲夢さんは、他者の夢を取り込んでしまう力がある分、精神的な安らぎも必要だろう。
少し考えてから、一つの悩みを俺は口にすることにした。
「なあ、咲夢さん?」
「……ううっ……なんでしょうか?」
やはり未だに羞恥心はあるのか、ぷるぷると震えて、軽い上目遣いの姿勢で俺の方を見てきている。
外の世界を知らないお嬢様には、単純な言葉でも刺激的だったのだと窺える。
「そんな警戒しないでくれよ」
「しますよ! だって翔様、言葉巧みに意地悪をするじゃないですか……」
「そういうことかよ。今後は気をつけるから、安心してくれ。それとも、元暗殺者の俺の言葉じゃ、依頼主とて信用できないか?」
「……暗殺者は信用できませんが、翔様は私が誰よりも信用していますから……」
俺は本当に、意地悪なやつだろう。
元暗殺者、自分で名乗るのを嫌っておきながら、咲夢さんに対して一つの武器としてちらつかせているんだから。
この意見が通らないと退職しますよ、と言って退職届をちらつかせる……受理される未来を考えない愚か者みたいな感じがあって、今後は気をつけたいな。
咲夢さんが姿勢を正したのを確認してから、俺は話を続ける。
「実はさ、咲夢さんの依頼を実現する前日までに、ある人の場所に行きたいんだ」
繋がる夢を見る前日までに、出会わないといけない人が居るんだ。
咲夢さんの事を話したいのもあるが、今では生きる道が違っても、俺にとっては大事な人だから。
咲夢さんは悩みを聞いてか、呆れたように息を吐き出した。
「そんなことですか。別に構いませんよ。行先さえ教えていただければ、車は手配しますので」
「サンキューな」
「その代わり……一つだけ、頼みたい事があります」
「頼みたい事?」
咲夢さんは真剣に頷いた。
俺からすれば、咲夢さんは依頼主だから可能な範囲で要求を呑むつもりだが、実際は怖いんだよな。
何を考えているか理解できない……それほど怖いものはないんだ。
「その用事、私も付いて行ってもいいでしょうか」
「……は?」
咲夢さんは本当に何を言っているんですかね?
俺の用事は確かに簡単で、寧ろ咲夢さんの手を煩わせることが申し訳ないほどだ。
とはいえ、俺が行きたい場所はこの館に来る前の町にあるから、治安が良いとは言い切れないんだよな。
面倒くさいと思いつつも、咲夢さんの言葉を無下にしづらいのも本音だ。
輝く水色のまんまるとした瞳は、明らかに純粋無垢な、外の世界を知らない子どもである。
俺は悩んだ末、一つの攻略を見出した。
「それじゃあ、俺の近くならいいぜ。それと、咲夢さんは車から下りない事だ。治安が悪いし、外に居て襲われるくらいなら、車内の方が安全だからな……」
治安は悪いが、車をひっくり返したり、車神輿をしたりはしないので、安全と言えば安全だろう。
条件をつけたのにも関わらず、咲夢さんは瞳を輝かせていた。
嬉しいのか、ニコニコとしているので、まあ、その果実もなにげなく揺れているわけで……。
「楽しみです」
「……どんだけ外の世界に興味あるんだよ」
咲夢さんのことはルディアから聞いていたので、ある程度は理解しているが、ここまで外の世界に興味を示すものだろうか。
俺からすれば、この安全な屋敷内で過ごしていた方が明らかに合理的なんだよな。
「翔様。……私、屋敷の外の世界に出たこと、翔様とお出かけした以外ではほとんどないのですよ……」
俺とのお出かけ。それは、咲夢さんを助けた日の帰り道を意味しているのだろう。
「だから、その……夢で、空想の外を夢で見ていました。悪夢みたいな……」
咲夢さんの夢で繋がる力は、自分自身を不幸にしてるんじゃ。
悪夢……それが意味するのは、自分が外の世界を見れていないのに、他者の夢が集まってできた世界を見ている、そんな望んだ夢が空想として現れているのを意味しているのかもしれない。
気づけば、俺は咲夢さんが他人だって言うのに、自分の拳を痛いほど握り締めていた。
「えっ、翔様?」
「……黙って撫でさせろ」
「女の子の頭を軽々しく撫でるのはよくありませんよ」
「嫌だったか?」
「……嫌じゃないです。落ちつきます」
「なら良いだろ」
俺は手を伸ばし、咲夢さんの頭を優しく撫でていた。
白髪の長い髪は後ろで三つ編みにされているとはいえ、確かな感触を、繊細さを手に伝えてくる。
男に撫でられて嬉しそうな咲夢さんが頬をとろけさせてるから、俺は目を逸らした。
目を逸らせば、咲夢さんが置いていた仮面が視界に映る。
やっぱり俺は決心しないといけないのか。
「――俺がお前を攻略して、その自由も、仮面で素顔を隠してても外に簡単に出れるようにしてやるから」
正直、咲夢さんは財閥のお嬢様だから簡単な話では無いだろう。それでも、俺はこうやって喜びに満ちた咲夢さんを見ていたいから、やり通したいって思えるんだ。
期待と不安が背中合わせなら、その期待に紛れた不安を請け負って、少しは洒落た笑顔が見えるくらいにはなってほしいからな。
これは夢の中の咲夢さんとの約束じゃない、今目の前に居る咲夢さんに捧ぐ契約だ。
「翔様……私は、幸せ者です」
「ふん。その言葉は、俺との依頼が済んだ後にでも取っておくんだな」
「はい」
「おわっと!?」
咲夢さんは嬉しさのあまり興奮しているのか、飛び込むように抱きしめてきた。
無駄に当たるデカいものの圧が凄すぎて、意識を割かれるのですがそれは。
「あの、咲夢さん、当たってるんですけど」
「今そうやって言うのは、野暮、と言うものでは? 私は、翔様が私を想ってくれるのが嬉しいのですよ『今の翔様なら、やり通してくれそうですね』」
「……お前が何を言ったかは不明だけど、任せてくれよ」
そう――俺は咲夢さんの幸せを、他人の幸せを望む偽善者なんだ。




