13 ゲームをする前の雑談ってやつ
咲夢さんの作ったシチューを飲み終えてから、俺はモニターを前にして咲夢さんと座っていた。
隙間風が入ってきそうな突貫工事さながらのこぢんまりとしたボロ家なくせして、断熱性や防寒性に優れているのは職人技過ぎるだろう。
おかげで咲夢さん一人を入れただけで、暖房がある方が熱いくらいだ。
とはいえ風邪を引かせるわけにもいかないから、スチームヒーターはつけている。
面倒ではあるけど、一応咲夢さんは俺の依頼主であり、護衛対象となった子だから仕方ないと割り切っての判断だ。
――動作は問題なさそうだな。
俺は咲夢さんと……って言うよりも、咲夢さんに白と黒のドット絵で制作されている、神がかった物語と音楽、個性豊かなキャラクターがいるゲームをやらせていた。
少女を自機として操るシューティングゲームをやらせたかったのだが、生憎俺も持っていないので、似たようなゲームをやらせることにしたのだ。
とはいえこのゲームは、記憶を消してやりたいと言われる名作なので、咲夢さんが気に入ってくれたら嬉しいんだけどな。
「翔様は最初、殺めないでクリアしたのですか?」
「ああぁ……。俺はパソを持ってなかったから気になって動画を見ちまってな、買ったはいいもののプレイ自体はしないで積んだゲームの一つにしちまったんだ」
プレイしたい気持ちはあった。でも、俺の気持ちがそれをさせてくれなかったんだ。
ゲームが好きだって気持ちはあるのに、辛い話だろう。
特徴的なキャラクターや、行動によって起きる物語の分岐……その全てを動画で見ちまったからこそ、俺はプレイを出来なかったんだ。
やれるなら、この手でプレイはしたい。だけど、強敵と戦うルートを、知った上での攻略する戦い方を選びたい……その気持ちが、物語を楽しめなくしちまうんだよ。
ネタバレを自分で見たのが、本当に運の尽きだっただろうな。
俺が肩を落としかけた時、咲夢さんの髪が顔を撫でた。
くすぐったいと思ったら、ゲームを止めて、コントローラーを置いて俺を見上げるように見てきている。
俺の事なんて気にせずにプレイしてもいいんだけどな?
「……あの、翔様」
お願いしたそうにうるうると見てくる大きな水色の瞳、苦手なんだよな。
ほっそりとした手は伸びて、俺の服を掴んできていた。
「最初にゲームをやった時みたいに、翔様と一緒にやりたいです」
「……仕方ねえな。今は夜だし、次のチャプターまでな?」
俺がそう言うと、咲夢さんは目を輝かせてきた。
どれだけ一人でプレイしたくないんだよ、というのは咲夢さんに対して野暮か。
俺は咲夢さんの後ろに回り、コントローラーを持った咲夢さんの手に俺の手を重ねた。
咲夢さんに対して正解だったのか、笑みを浮かべるものだから、知らない男に手を触られていることに危機感を覚えてほしいもんだ。
温かい。俺の手よりもひと回りも小さくか細い咲夢さんの手は、触れているだけでも変な感触はあるけど、なんか、知っているような感覚がするんだ。
俺の方が危機感を忘れかけていた時、咲夢さんが目を細め、横目で見てきていた。
「どうした?」
「あの、翔様。私、夜更かしをしたことがないのですよ」
「……夜更かしか。咲夢さんは夢を含めても、時間とか厳しそうだもんな」
「夜更かしをする私は、悪い子ですか?」
「本当に悪い奴は、自分を悪い奴って聞かねえよ。咲夢さんは良い子だ。だから、夜も俺が守ってやるよ」
俺は幾度となく、この手で人を殺めてきた。だけど、その記憶は曖昧に歪んでいるけど、本当に良い奴はいなかったんだ。
咲夢さんに感覚が狂わされるのも、過去に行った償い、懺悔の一つなのかもしれないな。
ふと気づけば、咲夢さんはぴたりと動きが止まっていて、頬が馬鹿みたいに赤くなっていた。
熱でもあるのか、と思ってしまうほどに赤いから、女の子はやっぱり理解できない。
「咲夢さん、頬が赤いけど大丈夫か? 熱があったり体調が悪かったりしたら休んだ方がいいぞ? モニターの光の点滅で脳への影響を考えるなら、ゲームはいつでもできるから後回しにした方がいいからな」
「『さり気ない気遣いで口説くのは反則ですよ』……だ、大丈夫ですから……早くゲームをしましょうよ……」
仮面をとっているから表情を理解しやすいが、咲夢さんは目を逸らすように、消え入りそうな声で言うものだから、俺は首を傾げるしかなかった。
英語を混ぜるのはいいんだけど、俺にも理解出来る言語で話してもらえないのか?
諦めて画面を見て、咲夢さんの手に触れてゲームを始めようとした時、咲夢さんが急に俺の方に背を預けてきた。
後ろに居るから預けられるのはあるかも知れないが、咲夢さんは完全に俺を椅子の背もたれか何かと勘違いしているんじゃないか、と言えるほど自然に背に重心を預けているんだ。
「……咲夢さん?」
「えへへ、これなら、翔様と近づいてゲームできますね」
こいつ、やれる……!
主導権を俺が握っているとばかり思っていたが、実はその逆、咲夢さんが主導権を握っていたようだ。
……ていうか、相変わらずコントローラーは見えないから、ゲームの主導権は握られているも同然なんだけどな。
咲夢さんは何かを察したのか、俺をちらりと水色の瞳で見てから、小さく口角を上げた。
これはあれか? 所謂、小悪魔の微笑み、ってやつか!?
「ふふ。翔様、良ければ、腕を上にあげて、近づけてもいいのですよ?」
「……理解して言ってるのか?」
「翔様は飢えた狼じゃないのでしょう? でしたら、別に触れたとしても問題はないはずですから」
「俺は男だ」
「知ってます」
「絶対に知らない」
視線を泳がさずに見てくる咲夢さんは、理解しているとでも言いたいのだろう。
俺からすれば、咲夢さんは飢えた男の本質を知らない、ただのサクランボガールなんだけどな。
ぷくりと頬を膨らまされても、反応に困るからやめてほしいもんだ。
「わぁったよ。ちっとくらいは上にあげてやるから、間違えて当たっても殴るなよ?」
「翔様は私の恩人ですし、殴りませんよ。それに、私は暴力的な人間ではありませんので」
瞳を細めて見てくる咲夢さんは、何を考えているんだか。
俺は腕を少し上げた瞬間、軽く跳ねる弾力と同時に、過去の光景――つまりは走馬灯が走ったのだ。
「きゃぁぁあああ!」
「ぐべぇらぁりす!?」
「はっ、ごめんなさい!」
咲夢さんは振動、っていうか触れられることになれてなかったみたいで、軽く当たってしまった振動に動揺して、後頭部で俺の顔面目掛けて頭突きをしてきたのだ。
油断してた俺も悪いけど、咲夢さんが初心なのは理解しておくべきだったな。
「……咲夢さん、大丈夫か?」
「……ええ。本当に、すいません」
「別に気にしてないから。落ちついてから、ゲームをやろうな」
「はい!」
瞳を輝かせて言う咲夢さんは無邪気なもんだ。
少し落ち着いてから、俺は咲夢さんとゲームをするのだった。




