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10 目を覚ませば、そこは見知らぬ場所

 ――ここはどこだ?


 気づいた時、俺は白い天井、煌びやかなライトに照らされて目を覚ました。


「おや、翔君、目を覚ましたようだねぇ」


 目の前には、白衣を着たじーじーえー、通称おばさんの姿が見える。

 視線だけで全貌は不明だが、そのおばさんは頭にベレー帽を身に着け、白衣を纏った変わり者だと察した。


 そもそも、なんで俺はこうなってるんだ?

 下の柔らかさ的には、ベッド的な何かに寝かされてるみたいだ。

 横目で周囲を確認すれば、見知らぬ機械に、見知らぬ天井、見知らぬ壁、その全てを見たことがない。それでも、一度は見た気がする、そんな感じがしていた。


 ――俺は、咲夢さんに睡眠薬で眠らされたのか。


 面倒だな……仮に咲夢さんが暗躍者なら、俺は豚箱行き、いや死刑は逃れないか。

 見たところ、ここは研究施設みたいだ。

 体でも解剖されて、俺の存在を密かに扱うつもりか?


 学生とはいえ、余計な経験がある分、変なことを考えて仕方ないな。


「翔君、喋れるんだろうねぇ?」

「おばさん、誰だよ?」

「反抗的だねぇ。まさに男の子、って感じだけど、咲夢ったら変わった男を一途に気に入ったもんだねぇ」


 おばさんの問いに答えれば、腕についていた拘束具が外された。

 上半身を起こすと、おばさんはジッと顔を窺ってきている。

 あの、おばさんの顔がドアップなのは、絵面的にもどうかと思うんだが?

 というか咲夢さんはどこ行った?


 周囲を見ても、不思議な機械があるだけで、おばさん以外の姿は見えない。

 その時、おばさんは俺に手を伸ばして頬を引っ張ってきた。


 ――普通に痛いのですが。


「だれがおばさんだい? 私はルディア……咲夢の専属医かつこの財閥直属の博士だよ」

「ルディア? 俺は咲夢さんに事情を聞かされないでここに来たんだ……説明してくれないか?」


 少々荒っぽいが、俺はルディアを睨みつけた。

 睡眠薬入りコーヒーを咲夢さんに飲まされたかと思えば、起きたらベッドで拘束されてるんだ……致し方ない事だよな?


 ルディアはため息をつき「説明されてないのかい?」と呆れ気味に言っていた。

 呆れられたところで、俺は雇われること……側近を受理しただけで、多くは聞かされなかったんだ。


「翔君、君は咲夢に夢で干渉されて、二回目のお前を攻略すると言った、それは間違いないんだねぇ?」

「どうしてそれを?」

「あの子にも説明をされるだろうけどねぇ……咲夢はね、人の夢に干渉できる、そのせいで世間対にそっと触れる事のない、仮面で相手との視界を塞ぎ、自分を隠して一人を受け入れた、いわば悲劇のヒロインなんだよ」


 ルディアはそう言いながら、隣に腰をかけた。

 足を組んでいるルディアは、背丈が高く、若々しい肌をもっていて、咲夢以下の美を持っている。


「それはそうと、翔君は覚えていないのかねぇ?」

「何をですか?」

「……安心しときな、この財閥はあんたが元暗殺者で、上村グループに所属していたのも全て調べがついている……何年も前にねぇ」


 俺は目を見開き、ルディアに殺意を向けた。


「なんだい、その目は」

「どうして、それを知っている?」

「翔君にもいずれ謝らなきゃいけないねぇ。ある子の護衛を最後に、翔君が消息を絶った……それも全て知っているよ」


 俺はルディアの言葉に、思わず落胆した。

 落胆した……いや、思い出したくないんだ。

 元居た暗殺者の組織で、俺は最後の護衛を失敗して、禊として足を洗ったんだ。

 大規模な依頼金、その賭けに負けた俺は、学校生活を歩んでゲームに溺れる道を選んだ、現実逃避者なんだよ。


 俺が沈黙していれば「やっと来たね」とルディアが席を立った。


「ルディ師、繋ぎをありがとうございます」

「咲夢、随分の重役出勤じゃないか。私は翔君に補足だけはさせてもらったよ、後はあんたが頑張るんだねぇ」


 ルディアは気だるげな口調でやってきた咲夢さんにバトンを渡し、部屋を後にしていった。


 顔をあげると、咲夢さんが前に立っている。

 変わらない狐を模した仮面に、白髪の三つ編みをしたツインテール。

 白い優しさに包まれたような、フリルがあしらわれつつもスタイリッシュなお嬢様系の服は、咲夢さんの魅力と豊かな山を強調している。


 運命を拒んだ俺に、咲夢さんはどう思うのだろうか。

 俺は今、自分の当たってしまった壁に足踏みをしている、弱い人間だ。

 面白い事も、茶化しの一つも言えない、壊れた人形そのものかも知れないな。


 まとまらない考えに疲弊しかけていれば、咲夢さんが隣に腰をかけてきた。


「……翔様、具合は大丈夫ですか」

「少し、頭が痛いかな」

「私達が過去を全て知っているからでしょうか?」


 俺はうなずいた。

 咲夢さんはそれを見てか、ほんのりと、仮面の奥底で笑みを浮かべているようだ。

 どうして笑みを浮かべているのか、俺には理解できなかった。それなのに、仮面に隠れた素顔を、認識できてしまう。


「翔様は共に過ごす身柄ですし、改めて自己紹介しておきましょうか。西風改め、ここ……西園寺財閥の娘、西園寺咲夢と言います」

「西園寺財閥……どこかで聞いた名前だな……」

「『やはり忘れているのですね』……そして先ほどの方は、私と翔様の少数を除いて、私が人の夢と繋がる力をもっているのを知っている、ルディア博士ですよ」

「ああ、先ほど自己紹介してもらったよ」


 俺はどうしても本調子に慣れなかった。

 求める事に夢中になった今、どうしても気づけない。

 忘れてしまうのは俺の悪い癖だが、過去を裏切っているようで、どうもスッキリしないんだ。


 咲夢曰く、俺のまとめた荷物は既に運び終わっているようで、西園寺財閥の別荘たる館を後ほど案内してくれるらしい。

 俺が適当に相槌を打っていると、咲夢さんは背筋をしっかりと伸ばした。


「――翔様、私がどうしてあなたを雇いたかったのか、契約等の全てをお話ししましょうか」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。

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