一杯
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モンスターを求めて、一人足早に森の中を進む蓮司。そんな時だった。
『おい、今のって……』
『ああ。あの気取った王子様が新しく迎え入れたっていう、新人冒険者だろう?』
『へぇ……じゃあ、あと数か月後には居なくなるってわけか。可哀そうになぁ!』
『おいおい、聞こえるぞ! 声絞れよ、バカ。何でも、因縁付けて来たロットンたちを容赦なくぶっ殺したヤベェヤツらしい。関わらない方がいいぜ、絶対!』
すれ違った、三人の冒険者らしき強面男たちの会話が自分の事を言っているのだと、蓮司はすぐに察した。実際話の大半は事実なために何も言うことなどないが、耳聡く聞き咎めた内容は蓮司の思考を支配するには十分。
『あと数か月で居なくなる……? 何だ? 何の話だ?』
『おーい、レンジ! ちょっと待ってよ!』
抱いた疑問に対する答えを求め、思考する蓮司。
そんな最中、蓮司の背後から聞き覚えのある声が響いた。振り返ってみれば、そこにはローブととんがり帽子に銀縁眼鏡という見慣れた格好の少女の姿。
『クリスティ! 一体どうしたの?』
『どうしたの、じゃないわよ! 冒険者稼業の右も左も知らないペーペーの癖に、一人で先に行っちゃ危ないでしょうが!』
蓮司の前までやってくるなり、膝を折って息を荒げながらそう言い放つクリスティ。
潔く『ご、ごめん……』と言いつつも、息を整えるクリスティの姿にどこか艶めかしさを感じた蓮司は、些か顔を赤らめて視線を逸らす。
『まあ、いいわ。これからは一人でどこか行かないでよ。危ないから』
『はい……』
『分かればよろしい。では、早速――』
蓮司の腕に自身の腕を絡ませ、ズンズンと歩き出すクリスティ。そんな彼女に、蓮司は半ば引き摺られる形となる。
『ちょっ、ちょっと!?』
『安心なさいな。すぐに戦力になれるよう、この天才クリスティ様がビシバシ鍛えてあげる。それじゃあ、モンスター狩りへレッツゴー!』
クリスティに連れられて、蓮司は更に森の奥深くへ進んでいく。
美少女と腕を組んでの冒険――自身が望む状況を早速体感できた興奮と喜びは、一瞬とはいえ頭を支配した疑問すら軽く吹き飛ばす。
鼻歌交じりのクリスティと、鼻の下を伸ばした蓮司。
絶妙に嚙み合わぬ二人は、森の奥深くへ向けて仲良さげに歩いて行った。
◇
クリスティに指導を受けながら野生モンスター相手に戦闘を繰り返すこと数時間。
最初は初心者丸出しで洗練されていなかった蓮司の戦い方も大分サマになり、今では森の中でも最弱のホーンラビットどころか、程々に経験を積んで実力を付けた中級冒険者ですら手を焼くコボルトまでも容易く撃破できるようになった。
『随分と上を上げたようだし、そろそろ辺りも暗くなる。今日はこの辺で切り上げようか』
程々に戦闘経験を積んだ頃に漸くニコロと共に合流したユークスの鶴の一声によって引き返して街まで戻って来た一行は、そのまま彼らが拠点としているという宿屋へ足を運ぶ。
周囲の建物より明らかに背の高く、瀟洒な外観の高級宿。この世界は勿論のこと、ミズガルに居た頃ですら利用したことの無いだろう立派な宿に、蓮司は思わず尻込みする。
『今日入ったばかりなのに、流石にこんな宿にご一緒するワケには……僕一人でも、もっと安い場所で大丈夫ですよ』
『遠慮しなくてもいいんだよ? ほら、入って入って!』
『えっ? でも……』
『こら、ユークス! あんまりレンジを困らせないでよね。仕方ない。流石に一人は可哀そうだし、アタシが一緒に泊まってあげる!』
『――えっ!?』
クリスティからの突然の申し出に、度肝を抜かれる蓮司。
すかさずユークスも『まあ、そんなに気兼ねするなら仕方ない』と理解を見せる。
『いやいや、それは申し訳ないですよ。クリスティも、ユークスたちと一緒に――』
『本当にじれったいわね、アンタ! ほら、もう決定! 早くいくわよ!』
『あっ、ちょっと!』
強引に蓮司の方向を変え、そのまま背中をぐいぐいと押していくクリスティ。
口では遠慮がちなことを言いながらも、蓮司の抵抗は弱い。そうしてクリスティに連れられて街中の雑踏の中へと消えたところで。
『ホント、今回の獲物は安上がりでいいですわね』
『ああ、全くだよ。お陰で経費が浮いて助かる。それにクリスティも良くやってくれる。
これは、ご褒美を弾まないといけないかもね』
『あら、常日頃頑張っている私への御褒美は無いのかしら?』
『勿論あるさ。さあ、今晩はじっくり楽しむとしようか』
肩を寄せ合い、体を密着させながら、高級宿へと入って行くユークスとニコロ。
二人が如何に欲得に塗れた夜を過ごしたか……それを語るのは、止すとしましょうか。
◇
クリスティに紹介された宿は、人一人が過ごすには手頃な広さのワンルームが中心。雰囲気はさながらビジネスホテルといったところ。高級宿には思わず尻込みした蓮司だが、この手のホテルにならさほどの抵抗感も違和感もなく。寧ろ経験から安堵さえ覚えたほどだ。
『ふぅ……』
ギシッ……と軋む少し固めのベッドに横たわりながら、今日の事を思い出す。
異世界へ転移してすぐにトラブルに巻き込まれ、仲間と出会ってパーティーに加わり、ギルドに登録して冒険者となり、実際に戦闘まで行った。蓮司にとって、過去これ以上にイベントが盛り沢山の日は他に無い。
当然疲労感は感じるが、イヤな疲労感ではない。寧ろ心地よく、充足感すら覚えたほど。
そして何より、自分に優しくしてくれるユークスやニコロにクリスティの顔を順に思い出しては、思わず顔を綻ばせる。
『俺……異世界に来てよかった。この世界は、まさに理想郷だよ!』
天井で回るシーリングファンを見つめながら、独り言をぽつりと呟く。
明日はどんないい日になるだろうか……そんなことを考えながら、疲労感から押し寄せてくるまどろみに身を任せて意識を手放そうとした、その時。
コンコンコンと、部屋をノックする音が響く。その音に、蓮司の意識は急に引き戻される。
ルームサービスなど頼んだ覚えのない蓮司からすれば、身に覚えのない来訪者。
一体誰だろうか? ゆっくりとドアを開けてみれば、そこには。
『よかった。まだ起きてた』
些か頬を赤らめたクリスティが見せる、柔和で可憐な笑顔。
服装も昼間見た魔法使いのローブに覆われた厚手気味な格好とは打って変わった、体のラインが見て取れる薄いノースリーブワンピースにサンダルというラフなスタイルであり、女性に対する免疫が皆無と言っていい蓮司もまた思わず頬を赤らめる。
『あっ、あの……どうかしましたか?』
『ええっと……その……まあ、大した話じゃないんだけど……』
言い難そうに体をモジモジさせながら、しかし意を決したように体の後ろに隠していた手をにゅっと伸ばして、その手に握っていたビンとグラスを蓮司の前に差し出す。
『まだ眠れないから、一杯付き合って』
『…………えっ?』
憎からず思う可憐な少女からの、不意の誘い。
これに首を横に触れる程、蓮司は硬派でも紳士でもいられない。
そのまま流されるように、蓮司は自室にクリスティを招き入れていた。
◇
突如始まった酒宴――といっても、蓮司は酒が飲めないので水だったが――から一時間ほど経った頃。
『んふふふふ……れ~んじ! んふふふふ……』
ベッドの上に腰掛ける蓮司の肩へ無防備にしなだれかかるクリスティの頬はリンゴの如く赤らみ、眼鏡の奥に見える瞳は蕩けたようで昼間見た凛々しさは微塵も見られない。
元々ラフで薄手だった服装もすっかり着崩れ、肩紐一本で辛うじて支えられたワンピースからは下着の一部が覗いている。
いろんな意味で開放的で、なんとも刺激的な格好。奥手で初心な蓮司は常に目のやり場に困り、どう対応していいか分からないためにオドオドドギマギとするしかない。常に水分補給をしている筈なのに、喉と唇が常にカラカラとなっているほどである。
『ん……眠い……』
酔い潰れたクリスティが、そんなことを呟きながら猫のようにふわぁ……と欠伸を零す。
その様もまた愛らしく、蓮司の理性は決壊寸前。それでも必死に本能を律し、『そろそろお開きにしますか?』と声を掛けた時だった。
『むぅう~! えいっ!』
『のわっ!?』
突如体当たりで押し倒される蓮司。
そんな蓮司の上に、クリスティは獲物を追い詰めた女豹を思わせるどこか艶めかしい動きで覆い被さり、色っぽく舌なめずりをして見せる。
『く、クリスティ? な、何を!?』
『鈍感だぞ、レンジぃ……こんな時、男女がすることなんて一つでしょ?』
『で、でも……』
半ば反射的に蓮司がそう呟いた瞬間、クリスティはムッとした表情を浮かべる。
『何? レンジは私の事嫌い?』
『そうじゃありません……ありませんけど……』
『けど、何よ? もう、レンジってばそればっかり! 言いたいことがあるなら、言いなさいよ』
顔をずいっと、吐息が掛かるほどに近付けてくるクリスティ。
これに観念した蓮司は、半ば自棄で胸の内を吐露する。
『僕……経験ないんです。今まで、一度だって!』
魂の籠った正直な申告の言葉。それを聞いたクリスティは一瞬ビックリしたように呆けたが、すぐにニヤリと笑みを零す。
『なぁんだ、そんなこと? なら大丈夫』
徐に蓮司の耳元へ顔を近付けるクリスティ。
そして耳元で息を吹きかけるように囁く。
『お姉さんに、ま・か・せ・て?』
蓮司の理性は、完全に崩壊した。
あとはもう、クリスティに導かれるまま欲望と快楽の世界へ一直線。
異世界転生初日の夜、蓮司はもう一皮剥けて更なる大人の階段を登ったのだった。
如何でしたでしょうか?