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新編

更新します。

「ちょっ、ちょっと待ってください! それは一体どういうことですか!?」


 机をバンっと叩き、身を乗り出して語気を荒くする私。

 そんな私に向けて、机の向こうで悠長に紅茶を啜るハニエル先輩は、ティーカップを机に置きながら深く溜息を漏らす。


「ですから、引き続き特務に従事してくださいと言ったのです。まさか、たった一件担当したくらいで自分のタスクが終了したなどと思っていたワケではないでしょう?」

「――ぐっ! で、ですが……」

「あと、転生者にはきちんとチートスキルかそれに類する能力を授けてください。

 タダの人間にちんけな加護だけ授けて異世界に放り込んだところで、何にも出来ないでしょうね。そんなこと、最初から分かりきっています。そんな検証なら、やるだけ無駄です」

「で、でも! いきなりチート能力なんか授けたところで、その人間が能力に即した器を持っていなければ破滅するだけです。その方が、遥かに分かりきっているじゃないですか!」

「だからそれを、バランスを見て上手くやれと言っているの。ああ、そうだ。小言ついでにもう一つ。一件ずつ詳細な報告書をちまちま作成して提出してくれなくて結構。数件分を集約し、重要事項のみを纏めて報告書を認めてください。以上です」


 言いたい放題言った上で、どこか晴々としたような朗らかな笑みを浮かべながら扉の方を指さす先輩。

 私はその忌々しい笑顔とあんな面倒を続けなければならない苛立ちでわなわなと震えながら、しかしこれ以上何を言っても無駄だと悟り、黙って一例だけして退出した。

 女神らしからぬ、大股開きでズカズカという酷くガラの悪いて自分でも品の無いと思う歩き方で廊下を闊歩しながら、固く決心する。


「あの忌々しいハニガエルめ……いつか絶対にギャフンと言わせて――否、無様にゲロゲロと鳴かせてやる! そして初等科教育の解剖ガエルの仲間入りさせてやるんだから!」


 私の目は、過去かつてないほどの野心と憎悪に真っ赤に燃えていた。



 かくて私は今、不本意ながらまたしても対面の間の椅子にフルメイク姿で腰掛けている。

 そして今、再び床に光る幾何学模様――最近初めて知ったけど、召喚聖印とかいう御大層な名前が付いているらしい――が光を帯び、異世界への旅立ちを願う者が訪れる。

 召喚聖印から姿を現したのは、痩せぎすでひょろっとした幼い顔立ちを下青年。

 対面の間へやってくる前に目を通した資料によれば、名前は神矢代蓮司で年齢は十七歳。


「おめでとうございます、神矢代蓮司さん。貴方はこの度、晴れて異世界へ転移するチャンスを授かりました」


 私が女神然とした淑やかな笑みを浮かべてそう告げると、蓮司は状況を掴み切れないが故の動揺と転移を喜ぶ嬉しそうな表情が同居した、少々ぎこちない笑みを浮かべる。


「そ、それって……本当ですか!?」

「理解が及ばないのも無理はありません。ですが、これは紛れもない事実。この間へ、そして私の前に呼び出されたことが、何よりの証拠なのです」

「やった! ダメもとだったけど、言ってみるモノだな……でもこれで、異世界へ行ける!あっ!? ということは、もしかして貴女が異世界モノのお約束たる女神様?」

「えっ? ええ、そうですよ。私が女神です。えっへん!」


 私がそう言うと、蓮司は子供の様に目を輝かせて私に羨望の眼差しを送る。

 キャラが濃すぎて対応に困った國定と比べて、なんとも話しやすくていい子ではないか。

 その外見や振る舞いから謙虚で遠慮がちな性格が透けて見える。

 しかし、この世界に連れてこられたということは、そんな子ですら自死を選ぶような状況に二ホンという場所があるということか。何ともまあ、嘆かわしいことではないか。


「蓮司さん。貴方は異世界への転移を希望しているとのことですが、具体的にはどんな世界へ行きたいのですか?」

「はい、女神様。僕、どうか冒険者として生きていける世界へ行きたいんです!」

「そう、勇者に――えっ? 冒険者?」


 素っ頓狂な声を出す私に、蓮司は「はいっ!」とにこやかに答える。


「僕、冒険者モノの作品に憧れているんです。冒険者って、いいですよね……危険なダンジョンや強力なモンスター相手に、信頼できる仲間と共に立ち向かう。まさにロマンです!」


 早くも転移した後の事を想像しているのだろうか、呆けた表情を浮かべる蓮司。

 しかし、一つ疑問が……。


「仲間と共にダンジョンやモンスターに立ち向かうなら、冒険者じゃなくて勇者でもいいのでは? 何故、そこまで冒険者に?」


 私がそう問えば、蓮司は暫し思案した後に。


「確かに勇者もカッコいいですけど、世界の命運とか多くの人々の命とか、僕にはそこまでの重荷を背負えそうにありません」


 成程。確かに肩書きには責任が伴う。その責任を負えないと思うのならば、肩書きを最初から背負わないというのもまた大事な判断だろう。

 一度背負った肩書と責任はそう簡単に外せない。加えて力量不足からその責務を果たせなかったとして、その時は大概『出来ませんでした、御免なさい』では済まないのだから。

 けど、冒険者――しかも仲間との冒険か……正直、それはこの子には厳しいと思うのよね。

 生前の振る舞いを鑑みると、なおのこと。

 でも――


「それに、勇者は魔王を斃しちゃえば終わりですけど、冒険者は世界の果ての果てまで暴かれない限りは終わらない。いつまでも冒険者として活躍できる。そうすればきっと、一度世界を救っただけの勇者よりも多くの人の記憶に残る壮大な冒険譚を紡げるでしょう! それに、後は――」

「ああ、もう充分分かりました。分かりましたから、もう結構です」


 目を輝かせてぐいぐいと冒険者として生きることの素晴らしさを力説してくる蓮司に、正直ちょっと疲れて来た。何というか、これ以上付き合いたくない。

 まあ、それにムリに希望を捻じ曲げたなんて報告したら、ハニガエルに何言われるか。

 ならば、いっそのこと。


「良いでしょう。では、貴方の決断を尊重し、冒険者がたちの世界へと貴方を転移させます。

その前に、ちょっと目を瞑って貰えますか?」

「…………? は、はい。分かりました」


 おずおずと目を瞑る蓮司。そんな彼の頭に触れて、彼の魂が望むものを見定める。

 これは、彼に授ける能力を選定するための儀式。魂の形と親和性の高い力を授けることで、その力をより直感的に最大限発揮することが出来る筈なのだ。

 まあ、ついでにいちいち希望を聞くのなんて、面倒だし危険だというのもある。

 さあて、彼には一体どんな力を――て、これはまた随分とささくれた精神性ね。

 こんな精神の子に無双できるほど強力な力を授けるのは、ちょっと危なっかしい気が。

 でも、ここで力を授けずに異世界へ放り込めば、絶対にまた文句を言われる。

 やれやれ、全く面倒な話だ。力を授けろ、でもバランスは考えろ、などと――


「あのハニガエルめ、いい加減なことを」


 蓮司に聞こえないくらい小さな声で毒吐きながらも、私は蓮司に力を授けてやった。


「細やかですが、祝福を授けました。これで異世界でも十分活躍できるでしょう」

「本当ですか? ありがとうございます、女神様」


 目を見開いて、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる蓮司。

 そのあどけない表情からは、あんな危険な精神性の持ち主だとは到底思えない。

 まさに、人は見かけによらないというヤツだ。


「ではこれより、貴方を異世界へと転移させます。頑張ってくださいね」

「はい! ありがとうございます、女神様!」


 輝きを放ち始めた召喚聖印の真ん中に立ち、そこで深く頭を下げる蓮司。

 そんな彼に、私は一抹の不安を押し隠しつつも朗らかな笑みを浮かべて手を振る。

 やがて召喚聖印の輝きが頂点を迎えると、彼の体は吸い込まれるように消えていった。

 さて、彼の冒険はどうなることやら。私は水晶を取り出して、その中を覗き込んだ。


如何でしたでしょうか?

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