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帰還

更新します。

「――はっ!? はぁ……はぁ……はぁ……い、今のは一体?」

「お帰り。それにしても随分と早い帰還だったわね、勇者國定様?」

 

 肩を上下させるほどに呼吸を乱して滝のような汗をかいている國定に、私は敢えて厭味ったらしく声を掛ける。すると私の存在に気付いた國定は、刺すような鋭い眼光で私を睨み付けてくる。


「言い忘れていたけど、死ぬとここへ戻ってくるようにあらかじめ設定しておいたの。転移した人間の感想もきちんと聞かなければ、上が満足する報告書は認められないからね。で? どうだった? 念願の異世界転移を成し遂げた気分は?」

「――っ!? 貴様ぁああああああああああっ!」


 何をトチ狂ったか、國定は憤怒の表情で絶叫しながら私の方へと迫ってくる。

 そこで私はパチンと指を鳴らして超重力を発生させ、國定を難なく取り押さえた。


「うぐっ!? これは一体……?」

「何よ、いきなり。ビックリするじゃない!」

「貴様の……貴様のせいで……貴様のせいで……」

「はぁ? 私のせい? 私のせいで、何よ?」

「貴様のせいで……レーナも……グスタフさんも……皆死んだ! お前のせいで!」

「………………はぁっ!?」


 ワケの分からない主張に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 タダでさえパッチリとした二重が、更に大きく見開かれる。


「何を言っているのよ? 何であの無惨な最期が、全部私のせいになるワケ?」

「お前が……お前がきちんと俺に聖剣や高威力の魔法みたいなチート能力を付与してくれれば、その力で皆を救えた! お前が俺に勇者らしい力を授けてくれれば、誰もあんな最期を迎えずに済んだんだ!」


 なんともまあ、自分勝手で自己中心的な主張ではないか。これには思わず、絶句を通り越して呆れてしまう。肺の息を全て吐き出すほどに深い溜息が漏れても、仕方ないだろう。


「何だよ、その反応! 事実だろうが! 俺は事実しか言っていない! 全部、お前のせいだ! お前が、俺に力をくれないから、そのせいで――」

「アンタさぁ……」


 好き放題喚き散らかす國定に、慈悲深く穏やかな私もいい加減腹が立ってきた。

 そこで私は機嫌の悪さを足音で示しながら國定の方へと近付くと、その眼前で膝を折って両肘を両膝の上に置く――ミズガル流に言うとヤンキー座りを披露。そのまま地に付したままの國定のワカメ髪の毛を乱暴に掴んで、その顔を私の方へと向かせる。

 そして吐息が当たるほどに顔を思いっ切り近付けた上で。


「ヴァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッカじゃないの!?」


 唾が飛ぶくらいに思いっ切り、腹の底からの罵声を浴びせてやる。

 すると國定は虚を突かれたのか目を白黒させ、「……えっ?」と小さく弱弱しい声で呟く。

 どうやら、何で罵倒されたのか理解出来ていないらしい。真正のバカだ、この男は。


「餓鬼を前にして怯えるだけで何もできず、我が身可愛さで我先にと逃げ出したのは誰?

 チート能力が無かったから立ち向かえなかった? 救えなかった? はっ! 甘ったれんじゃないわよ! アンタはそれ以前の問題でしょう? だってアンタは、そもそも立ち向かう勇気も戦う覚悟も、持ち合わせていなかったじゃない」

「そんなことない! チート能力が無かったから戦えなかっただけだ。活躍出来なかっただけだ。だから、俺のせいじゃない! 全部、チート能力をくれないお前のせいだ!」

「人のせいにするんじゃないわよ。全部、アンタのせいでしょうが。あのレーナとかいう女が死んだのも、他の女子供が死んだのも、全部アンタのせい。ついでに言えば、グスタフとかいうイケオジとその配下が死んだのだって、責任の一端はアンタにあるわよ。

 彼らは高所から落ちれば簡単に死んでしまうタダの人間。それでも必死に勇気を奮い立たせ、勇敢にも生き抜こうと戦い抜いた。一応アンタは、高所から落ちても死なないくらいに頑丈な体になっていたのに、戦わずに逃げた。我が身可愛さに、女子供を見殺しにして」

「そ、それは……」

「まあ確かに、チート能力があればあの場で皆を救うことができたかも知れないわね。でも、あの場は救えたかもしれないけど、その先はどうかしら? あの世界でチート能力を頼みにした戦いを続け、そしてどこかでチート能力が通用しない相手に遭遇したとする。その時アンタは、間違いなく恐怖のあまりに逃げ出したでしょうね。他の誰を見殺しにしてでも、我が身可愛さで一目散に逃げだしたハズよ。

 結局、勇者として生きるためにアンタに一番足りていなかったのは、チート能力なんかじゃない。誰かのために体を張って戦うっていう勇気や勇敢さよ。勇者の勇は勇気の勇であり勇敢の勇だというのに、アンタはその大事な物を一切持ち合わせていなかった。違う?」

「そんなことはない! 絶対にチート能力があれば結果は変わった! だからやっぱり、チート能力は必要だったんだ! チート能力がなきゃ、救える命だって救えない!」

「ああ、そう。つまり、誰かを救うのも、運命を変えるのも、全部チート能力ってワケね。

だとすればアンタは、チート能力のオマケでしかないってことになるけど……なら、アンタ要らないじゃない。チート能力が大事で、肝心のアンタ自身には何の力も無いんだから」

「――えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔。今気づいたって、そう言わんばかり。

 全く、そんなことにすら気付いていなかったのか。私は思わず鼻で嗤ってしまう。


「あのね、能力を使いこなす人間は重宝されるでしょうけど、能力に使われるだけの人間に価値なんか無いわ。能力でイメージし辛いなら、道具でイメージしてみなさいな。道具を使いこなして結果を出す人間は称賛されるでしょうけど、道具そのものに頼りきりで自分では何も出来ないヤツなんてただの役立たず。結果を出すのは、全て道具なのだから」

「そ、それは……」

「そしてこの場合、アンタは典型的な後者ってワケ。チート能力が無ければ何もできない、チート能力のオマケ。だからチート能力が通用しなくなれば、あるいはチート能力を喪失すれば、アンタ自身は何の価値も魅力ないゴミでしかない。

 だから、もし私が誰かにチート能力を授けるとしても、それは絶対にアンタみたいな奴ではないわ。そうよ、能力頼みで自分自身に価値も魅力も持たない、アンタなんかにはね!」


 ショックを受けた表情で固まる國定。そして暫し黙り込んだ後に、「ひ、酷い……酷過ぎる言い草だ」などとか細い声で零す始末。やれやれ、どこまで愚かなのか、この男は。


「酷い? 何が? 全部事実でしょうが。実際アンタはチート能力が無いことを理由に戦いから目を背け、女子供を見殺しにしてでも逃げるだけ。最低だわ、これ以上ないほどに。

 アンタ自身に、価値も魅力も無い。器だって、笑えるくらいに小さい。そんなアンタがチート能力なんか手にしたって、まさに宝の持ち腐れ。身の丈に合わない力なんか手にしたって、力を持て余すか力に溺れるか、そのどちらかよ」

「……………………」


 すっかり押し黙って、俯く國定。肩をプルプル震わせ、微かに嗚咽が聞こえる辺り、泣いているらしい。全く、本当に世話が焼ける。

 私は溜息を漏らしながら頭をガリガリと乱暴に掻くと、國定に向き直る。


「ハッキリ言うけど、今のアンタがどんな異世界に行こうが、どんなチート能力を得ようが、アンタは勇者になれない。勇者と呼ばれるだけの器が、価値が、器量が、アンタには無い。

 まずは自分を磨きなさいよ。今のアンタじゃ、チート能力を授かってもチート能力のオマケ扱いされるのが関の山。それじゃあ、ダメ。寧ろ逆。チート能力の方がオマケに見えるくらい、大きな器と高潔な精神を養ってきなさい。

 それこそ、せめてアンタが行ったあの世界よりも遥かに平和で安全な場所でくらい、腐らずに努力を積み重ねて成果を出して称賛される人間になれるくらいにね。

 私、知っているわよ? アンタ子供の頃からちょっとイヤなことがあるとすぐに逃げて、挙句の果てに義務教育の途中でリタイア。そこからはずぅううと家に引き籠り、親に甘えて守られて、理由を付けて挑戦も行動もせず、自堕落に過ごして時間を無為に費やし続けた。

 そうしてとうとう二ホンで何も成せないと悟るや否や、『異世界に行けば主人公になれるかも知れない』だの『英雄になって皆にチヤホヤされて、女の子にも好かれるかも知れない』だの『俺はまだ本気を出していないだけ』だのと、下らない理想に縋って生からも逃げた」

「――なっ、何故……それを?」

「まあ、神様だからね。というか、今はそんなことどうだっていいのよ。大事なのは、アンタは物質的にも環境的にも不自由しない恵まれた場所に居た頃から、勇気を持って一歩を踏み出すこともせず、我が身可愛さにずっと逃げ続けていたってこと。

 死ぬことのない安全な環境ですら挑戦する勇気も勇敢さも持てなかったヤツが、チート能力手に入れたくらいで物語の勇者になんか到底なれない。我が身可愛さに挑戦を避け、失敗してかすり傷程度の傷を負うことすら恐れ、挙句自分の人生にすら向き合えなかった臆病者が、チート能力手に入れたくらいで称賛されるような勇者になるなんてハナから無理。それでも勇者になりたいのなら、死ぬ気で努力してみなさい。理由もなく命を脅かされるような世界より遥かに安全で恵まれた、ミズガルの中でもう一度ね」


 そう言い放つと、私は再度フィンガースナップを響かせる。

 すると國定の足元に再度光る幾何学模様が描かれ、その文様に國定は吸い込まれるようにして消えていく。


「お、おい……これは?」

「その印は、ミズガル行きよ。勇者になれないアンタに、ここにいる資格はないわ。そしてもう一度別の世界へ転生する資格もね。だからもう一度、ミズガルへ帰りなさい。そして、せめて二ホンとかいうぬるま湯の世界でくらい、チート能力なんぞに頼らず自分の人生切り開いてみなさい。それが出来なきゃ、チート能力授かったところで能力のオマケ止まりよ」


 私がそう言ってやると、國定は私を睨み返してきた。

 上等だと言わんばかりのその目付きは、ここへ来たときより、そしてここへ戻って来た時より、幾分かマシになっている。

 まあ、上出来じゃない? そう思うからこそ、この女神直々にこう言ってあげる。


「精々励むことね。そして、もう一度ミズガルで死んで、それでも異世界へ行きたいというのなら、ここへ来なさい。私が眼鏡に適う男になれば、その時はアンタを勇者にしてあげる」


 不敵な笑みと共に言い放った私の言葉に、國定からの返事は無い。

 返事を口にすることはなく、國定の体は幾何学模様の中へと消えていった。

 でも、それでいい。言葉の返事になど意味はない。何を言おうが、どう言おうが。

 大事なのは行動と、そこから導かれる結末だけなのだ。その結末を見届けて初めて、あの眼力とそこから覗く決心が本物だったが否かを測れるというモノだ。


「さてと。それじゃ、報告書作りますか。やっとお役御免になったワケだし……肩の荷が下りた気分で、清々するわ!」


 大きく伸びをしてから、私は対面の間を後にする。

 さて、今回の仕事で、一体どれだけ私の評価が上がることやら……楽しみだわぁ。

ついでに、國定の成長も楽しみにしておいてあげますかね。


如何でしたでしょうか?


一先ず最初の章は完結です。

こんな感じで、サクサク行きますのでどうぞよろしくお願い致します。

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