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終幕

更新します。


『怖い怖い怖い怖い怖いぃいいいいいいいいい! た、助けてぇええええええ!』


 豊満な体を弛ませながら、息を切らし、滝のような汗を滴らせながら必死に走る國定。

 年齢的には十九歳と若いのだが、長年の引き籠り生活からくる運動不足で身体能力は年齢不相応に衰えている。加えて肥満による重量のハンデが更に速度を殺し、挙句膝や足首といった関節に絶えずダメージを与えることで時の経過とともに速度を容赦なく奪い去る。

 だからこそ、生物学上の身体能力では彼より劣る筈のレーナを始めとした女性や、彼よりも肉体的にまるで成熟していない少年少女たちよりもその脚力は著しく劣る。

 その結果――


『アレ? 皆、どこ?』


 姿を隠すためにレーナとその仲間たちが進路を近場の森へと向けたことも相まって、國定は数分経たずにレーナ達と逸れて孤立してしまった。

 縁も所縁も無い森――まあ、召喚されて一日も経っていないのだから、この森だけでなく世界そのものと縁も所縁も無いのだが――の只中に独り放置された國定は、まるで迷子になった子供の様に半ベソかいた状態で宛もなく迷い歩くしかない。

 そうして暫し森の中をさ迷い歩き、心細さが頂点を極めた、その刹那。

 ガサゴソ……と木々を掻き分ける音。更にその中に微かだが、人の足音が聞こえる。

 きっとレーナ達に違いない。そう確信した國定は、一切の警戒心も抱かずに音のする方へと一目散に駆け出す。


『皆、酷いじゃないか。置いていかないでくれよぉ……』


 どこか冗談めかしたような軽い口調でそう言いながら、木々を掻き分けた瞬間――國定は絶句して硬直する。そこにいたのは、先程山と観てトラウマを植え付けられた餓鬼の一団。恐らくは森へ逃げ込んだレーナ達を追い立てるための斥候の類だろうか。数にして、七体。その全ての視線が、國定の方へと向けられている。


『――ひっ!?』


 短い悲鳴を漏らす國定。

 腐乱死体が歩いているかのような餓鬼は、遠目で見るだけでも分かるほどに醜くおぞましい風貌をしている。そんな怪物の顔を至近距離でまじまじと見てしまえば、抱く嫌悪感は七割増しである。

 加えて、國定は先に目の当たりにした年端もいかぬ子供を寄って集って食い散らかす様を目の当たりにしている。餓鬼の顔を見た瞬間、その時の記憶が強烈にフラッシュバックして、國定の心は一気に恐怖で支配された。それこそ、股間を盛大に濡らすくらいには。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 恐怖で硬直して動けない國定など、人肉を貪る餓鬼からすれば格好の獲物。まして農業や狩猟中心の不安定な食糧事情の中で生き抜いてきたレーナやグスタフたちと比べれば、物資に溢れた文明社会の中で自堕落に生きて来た國定の体は、餓鬼たちにとってさぞかし魅力的なご馳走に映ったことだろう。

 理性無き食欲に突き動かされた餓鬼たちは、躊躇なく國定の方へ襲い掛かってくる。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 嫌だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!』


 半ば反射的に駆け出した國定は、これまでの人生で見せたことが無いだろう程に軽やかな動きで以て餓鬼の突撃を回避する。それも一度ならず、三度も。

 三度目の突撃を回避したところで、國定は反転。餓鬼たちに背を向けて駆け出した。

 目の前に突如現れた魅力的な馳走を、飢えた餓鬼たちがみすみす逃すはずがない。

 餓鬼たちは即座に國定の追跡を開始。逃げる國定と、追う餓鬼たち。食物連鎖の縮図たるデッドヒートレースの幕が切って降ろされた。



『ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……』


 火事場の馬鹿力というヤツだろう。國定はレーナ達と逸れた時とは比較にならぬほどの速力で森を駆け抜けていく。

 しかし、所詮は國定の中では最高速度に過ぎない。まして相手は少人数で森の中を動き回る斥候役だろう餓鬼たちだ。その速力は、大半の通常個体を超えている。

 逃げ始めて数分足らず。もう國定と餓鬼たちの間に、そこまで距離は開かれていない。

 そして、いよいよ國定が餓鬼たちに捕まろうという、その刹那――極限の集中力のなせる業だろうか。國定は再度、草木が揺れる音と人の足音を耳聡く聞き分けた。

 誰かいるかも知れないと、助けて貰えるかも知れないと、直感的にそう考えた國定は迷うことなく音のする方へと飛び込む。

 倒れこみながらも逃げ込んだ國定。果たして、そこにいたのは――


『く、國定さん……よかった、無事だったんですね』

『れ、レーナ!?』


 逸れた筈の、レーナ達。

 瞬間、國定の脳内に最悪の想像が駆け巡り、それは時間を置かずに現実となる。


『に、逃げ――』

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 國定が連れてきてしまった餓鬼どもが、草木を掻き分けて襲来。

 先頭の一匹は倒れ伏した國定を飛び越して、立っていたレーナへ飛び掛かった。


『ひっ!? きゃっ!』


 驚きから対応できなかったレーナはそのまま餓鬼に押し倒される。

 そして――


『ゆ、勇者様……た、助け――きゃあああああああああああああああああああああっ!?』


 組み倒した体勢のまま、餓鬼はレーナの細い首筋に噛み付く。

 木霊するレーナの絶叫と共に飛び散る、彼女の鮮血。華奢な手足をジタバタと震わせる彼女の抵抗も次第に激しさを失っていき、やがてはピクピクと痙攣するだけとなった。

 動きを失ったレーナに興味を失った餓鬼は、次なる獲物として彼女が共に逃げていた女子供の方へその落ち窪んで虚ろとなった眼を向ける。殺意を向けられた女子供はすぐさま逃げようとするが、そんな彼らの退路を他の餓鬼たちが既に先回りして塞いでいた。

 進退窮まった住民たち。いよいよ、惨劇の幕は開かれた。

 一斉に襲い掛かってくる餓鬼たち相手に、まともな戦闘力など持ち合わせていない女子供たちに成す術など無い。容赦もなく、慈悲もなく、情けもなく、年齢など関係なく次々と食い殺されていく。

 眼前で繰り広げられる惨劇に國定の精神力が耐えられる筈もなく。


『ひっ! ひっ! ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! お、俺には関係なぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!』


 弱った足で懸命に立ち上がると、貪り食われる女子供を見捨てて再び駆け出していく。

 勇者としてこの世界へ召喚されたはずの國定。

 しかし彼は、自身の窮地を前にして恐怖に怯えて逃げ出した。

 それも自分より弱い女や、自分よりも幼い子供を見捨てて――



『ぜぇ……はぁ……はぁ……はっ!? そっ、そんな……嘘だろ!?』


 またしても宛もなく森の中を駆け巡った國定。

 全速力で脇目も降らずに走り抜け、しかし急に足を止める。

 木々を掻き分け進んだ先に現れたのは、ほぼ垂直に切り立った崖。最早岸壁と言っていい。

 斜面に木草といった掴めそうな物はなく、あるとすれば途切れ途切れにある陥没くらい。


『こ、ここまで来たのに……こんなのってないだろ!』


 競技会に参加する凄腕のロッククライマーですら尻込みしそうな高難度の崖をまともに走ることすらできない國定に登れるわけもなく、國定に出来るのは力なくその場に崩れ落ちることくらい。


『ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう! どうしてだ!? 一体どうしてこうなる!? 俺は、勇者として召喚されたハズなのに! 英雄として皆に持て囃されて、レーナみたいな可愛くて優しい女の子に好かれて、幸せに生きる筈だったのに……』


 突き付けられた厳しい現実への怒りから、ふくよかで丸っこい手で何度も何度も地面を殴る國定。その目には涙が伝い落ち、地面を濡らしていく。

 そんな自傷行為を何度か繰り返した時だった。


『…………っ!?』


 急な悪寒を感じ取り、慌てて後ろを振り返る國定。

 木々が騒めく音が響き、同時に数えきれないほどに無数の足音が響き渡る。

 そして木々を掻き分けて姿を現したのは、やはりというか餓鬼の群れ。

 しかし、そんな餓鬼の群れの中で、一際國定の目を奪う個体が二体いた。


『……レーナ? それにアレは、グスタフ?』


 声にならない呻き声を上げながら、覚束ない足取りでゆらゆらと迫る餓鬼となった二人の姿。よく見れば二人だけでなく、レーナと共に逃げた女子供やグスタフが引き連れていた男衆の中で見た顔もある。

 瞬間、國定は悟った。餓鬼には、仲間を増やす増殖能力があるのだと。

 だが勿論、今更そんな餓鬼の特性に気付いたところで詮無いこと。

 その特性を看破したことが即ち、餓鬼の弱点へとつながるワケではないのだから。

 迫りくる見知った顔の餓鬼たちの群れから逃げるように尻もちを突きながら後退る國定だが、当然その退路は彼を絶望の淵に叩き落とした絶壁によって呆気なく阻まれる。

 逃げ場を奪われて追い詰められるその様は、彼が見捨てた女子供たちの末路と被る。

 まさに因果応報なワケだが、その現状に彼が気付くことなどない。


『嫌だ! 俺は……こんな形で死にたくないぃいいいいいいいいいいいい!』


 岸壁に縋りついて何とか逃げようとする國定。

 だが、國定がそんな方法で逃げ切れる筈もなく……敢え無く餓鬼たちに捕まって引き倒された後で、全身の肉を残さず貪り食われていく。グチャグチャバリバリという自身の体を食らうえげつない咀嚼音と不気味な呻き声、そしてミズガルで死した時には聞くことのなかっただろう自分の断末魔を聞きながら、数分後に國定は二度目の死を迎えた。

 救いようのない、救われるべきですらない、無惨で無様で最低な死であった。


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