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『助けてくれたし、お礼させてよ』


 レイラと距離を縮めたい英夢にとって願ったり叶ったりのマリエの提案にこれ幸いと乗っかった英夢は、二人と共にメインストーリーへ戻ってくる。

 マリエの先導で案内されたその店は、ムードのある瀟洒な外観の喫茶店。街の中でも屈指の大通りに店を構えていることからしても、相当な人気店なことは間違いない。実際店内にはローブ姿の若者が犇めき、笑いさざめき活気に溢れていてよい雰囲気。

 そして窓際の四人席に通された三人は、マリエのオススメでレイラも愛飲しているという香りの高い紅茶に舌鼓を打ちながら、レイラとマリエの身上を話題に話に花を咲かせる。

 共に十八歳の二人は貴族家系の出身であり、家族ぐるみの付き合いもある幼馴染。

 一週間後に控えたアカデミーへの入学のためにこの街にやって来た二人は、進学を機に親元を離れて学生寮へ入るのだという。だが、入寮先へ向かうつもりが如何せん不慣れな道に迷ってしまい、うっかりあの裏路地に入ってしまったためにあんな目に遭ったという。


『そこに颯爽と現れてくれたのが君! いやぁ、ホントに助かったよ。ありがと、エイム君』

『いえ、別に』

『私からも。ありがとうございます、エイムさん』

『いえいえ、そんな! いやぁ、照れるなぁ……』


 なんとも露骨な態度の違い。見ているこちらがヒヤヒヤしてしまうほどの温度差だが、幸いと言うべきか二人が気にしている素振りは無い。


『それにしても、アカデミーかぁ……いいなぁ』

『――えっ? エイム君、アカデミーに入学するんじゃないの?』

『いや、全然。俺、この街に来たばかりで何も知らなくて……アカデミーがこの街にあるって聞いて来たんだけど、どうやって入学すればいいか分かんないんだよね』

『はぁあああああああああああああああっ!?』


 ガタっと席を立ちながら机を叩き、興奮交じりに素っ頓狂な叫び声をあげるマリエ。

 そんな彼女に店はしんと静まり返り、視線が注がれる。ふと我に返って現状を認識したマリエは、恥ずかしそうに頬を紅潮させて小さく頭を下げてスッと腰を下ろす。

 その様子から何も無いと察した他の客はそのまま各々談笑へと戻っていき、周囲の様子を見て問題ないことを確信して漸く胸を撫で下ろしたマリエはエイムに声を潜めて話す。


『そんな無計画なままでこの街に来て、一体どうするつもりだったワケ?』

『まあ聞き込みでもして、どうにか編入出来ないか考えようかと……』

『……呆れた。全く、強くても随分抜けているのね。まあ、ちょっと可愛いけど』


 一人何かを決心したように『よしっ!』と呟くと、マリエはすくっと立ち上がる。


『エイム君、行こう? 君くらい強くて才能あるなら、きっと大丈夫だよ』

『大丈夫って、何が?』

『行きたいんでしょ、アカデミー。君の力量なら、アカデミーもきっと将来有望な魔法使いだと認めてくれる筈。そうすればもしかしたら許可してくれるかも知れないよ、入学』


 マリエの提案に、英夢は表情を綻ばせる。


『さぁ、行くよ! ほら、レイラも!』

『ああ、そうだな!』

『ああん、待ってよぉ……』


 マリエに手を引かれながら、英夢は店を後にする。

 大通りを駆けて街の中心たるアカデミーを目指していく英夢の足取りは、とても軽かった。



『おお……こ、これは凄い!』


 自称などではなく、本当に名家出身だったらしいマリエ。そんな彼女に語気強く詰め寄られたアカデミーの窓口係は、半ベソ状態で奥へ引っ込んでは学園長へことの詳細を報告。

 かくして重たい足取りを引き摺るような如何にも不承不承と言った様子でやって来た如何にも老練とした総白髪に年季の入った漆黒のローブ姿の学園長に『立ち話も何だから』と通された学園長室にて、魔法の素養を見極める魔道具への接触を求められた英夢。

 言われるがまま触れた途端に感じ取った、注ぎ込んだ端からどんどん魔力を食い尽くされていくかのような不快極まる感触。そこから英夢は、この魔道具が並みの魔法使いでは全魔力を注ぎ込んでも碌に起動しない初心者殺しの欠陥品だとすぐに見抜いた。

 如何にも面倒臭いと言わんばかりの最初の振る舞いからして、この学園長が時期外れの入学希望者を煙たがっているのは明白。

 貴族の令嬢二人にしつこくせがまれたので仕方なくその力量を試してみたが、口ほどにもない程度だったので丁重にお断りした――そういう筋書きで事を収めようとしているだろうことは、英夢に限らず皆の目に明らかであった。


『……上等だ』


 怠惰からくる底意地の悪い仕打ちに闘争心を滾らせた英夢は、その身に宿す魔法力を全開放。すると魔道具は無事に起動するだけに留まらず、許容量を超えた魔力を瞬時に注ぎ込まれたことでオーバーヒートして爆発損壊してしまった。

 全く予想だにしないその結果に、長年魔法に携わっていただろう学園長とて思わず瞠目。乾いた口調で感嘆の言葉を零すに至ったというワケである。


『これほどまでに規格外の魔法力とは……今年の主席入学者どころか在校生にも比肩する者はおらぬ。素晴らしい逸材だ。これを逃しては、アカデミーの名折れというモノだ!』

『それは、つまり?』

『是非とも君を我が校に迎え入れたい。この素質、どこまで伸びるか見たくなった!』


 初対面とは打って変わって、イキイキとした好々爺の顔を覗かせる学園長。

 その様子に英夢は表情を綻ばせ、彼を強く推薦したマリエも我が事のように喜色満面で手放しに喜んでくれている。だが、一方で。


『おめでとうございます、エイム君』

『ありがとう、レイラ!』

『もう。折角級友が増えるってのに、どうにも暗いわね! もっと喜びなさいよ』

『う、うん。そう……だね。あはは……ごめんね』


 歓喜の渦の只中にいるような二人とは対照的に、その表情に影を宿してどこか浮かぬ表情を見せるレイラ。流石幼馴染というべきか、その観察眼でレイラの些細な表情の変化を見逃さなかったマリエ。対して彼女を恋人に迎えたいと考えている癖に、これから始まるアカデミーでの活躍を想像して浮かれ切るだけの英夢には彼女の些細な表情の変化など気付けよう筈も無かった。



 魔法使いがその身に宿す魔力には各々固有の波動がおり、それは例え親兄弟であろうとも完全に同一ではなく大なり小なり違いがある。

 人間で例えるならば、指紋や声紋に遺伝子配列等と同じと言ったところか。そしてそれらと同じく、全ての人間が等しく有しながらも、個々人で差異があって決して同一ではない。

 その波動の違いを利用して相手の魔力を識別し、腕輪型の魔道具を持って同調させることで、魔法使いは傍目にはテレパシーのように映る遠距離での意思疎通を可能としている。

 アカデミーへの入学を決めたその日のうちに必要な魔道具を購入した英夢は、早速レイラと――ついでにマリエとも――魔力の波動を同調させるところまで首尾よく事を運んだ。

 尤も、ノリノリで波動同調に承諾したマリエと異なり、レイラはどこか渋っているような素振りを見せたのだが……そんな彼女の些細な機微を感じ取れるだけの優れた観察眼や豊かな想像力など、英夢は持ち合わせていなかった。

 そして持ち合わせていなかったからこそ、英夢は翌朝から早速レイラへの同調を図る。


『もしもし、レイラ? 俺、英夢だけど!』

『え、エイム君? どうしたの?』

『いや、今日時間あるかな? 出来れば、ちょっとお願いがあって』

『お願い? 何かな?』

『無事にアカデミーへの入学を許可されたとはいえ、何が必要なのかサッパリで……だから、教えてくれないかな? 出来れば、買い物にも付き合って貰えると助かる』

『ああ、成程ね。勿論いいよ、それくらいなら』

『ありがとう! 恩に着るよ。じゃあ、十三時に大通りのあの店で待ち合わせってことで』

『うん、分かった。じゃあ、マリエと一緒に行くね』

『あー……悪いけど、マリエには内緒で。出来れば一人で来てくれないか?』

『……えっ? 何でかな? マリエもいた方が、何かと参考になって助かると思うけど』

『それは、その……』

『……? その?』

『俺、もっと知りたいんだ……君の事。そして君にも、俺のことをもっと知って欲しいんだ。

だから、今日一日二人で過ごしたい……ダメかな?』


 頬を赤らめながら繰り出した、少々ぎこちないながらも精一杯のアプローチ。

 生前、ミズガルに居た頃には口が裂けても言えなかった気障なセリフ。イヤ、かつての英夢では意中の女性相手に連絡するどころか、連絡先を聞くことすら無理だっただろう。

 チート能力を得て異世界へ転生し、若返った上に精悍で端正な顔立ちまで手に入れた。

そうしてこれまでにないほどの自信を手に入れ、だからこその積極的かつ大胆な振る舞いと気障な言い回しが出来るようになったというべきか。

 そんな漲る自身故に、英夢はレイラに断られることなど微塵も想像していない。

 今の俺に惚れない女はいないと、臆面もなく本気でそう思っている感じだ。

 だが――


『ごめんなさい。そういうことなら無理です』

『――はえっ?』


 予想すらしていなかった拒絶の返事に、英夢は小さく硬直しながら困惑の声を漏らす。


『そ、そんな……何で?』

『ごめんなさい。無理なものは、無理なんです。マリエには私から連絡しておきますから、今日はマリエと二人で行ってください』

『…………えっ? いやいや、そんな釣れないこと言わずに――』

『それでは、また。次は入学式でお会いしましょう』

『お、おい! まだ話は終わってない……おい! おーい!!』


 先程までの気障な振る舞いなどかなぐり捨て、必死に追い縋る英夢。だが、レイラは一方的に同調を遮断。その後もしつこいまでに幾度か連絡を試みても、一切同調に応じない。

 言い訳の余地すらない完璧な拒絶、聞き分けの良い者ならば脈ナシと判断して引き下がるところだろう。しかし、生まれ変わって過剰な自信と自意識を手に入れた英夢は違う。


『……まあ、照れてるんだろ。見るからに初心そうだし。それにしても、あんなに可愛くて清純派とか最強かよ!』


 美貌と才覚と自信を兼ね備える今の英夢は、女性に拒絶されるどころかフラれることすらもあり得ないと本気で考えている。だからこその自分勝手な解釈に加えて、その上。


『待ってろ、レイラ。すぐに恥じらいなんか忘れさせて、俺だけのヒロインにしてやるぜ!』


 レイラへの執着をより確固たるものにした英夢は、一人その野望を膨らませていく。

 今の自分は主人公であり、それ故に思い通りにならぬことなどない――そんな子供染みた痛々しい思想を、今の英夢は疑うことなく本気で抱いている。

 そしてある種の選民思想と言っていいその考え方が、彼の愛読した物語の主人公どころか寧ろ悪役の思想に近しいということに、一度として思い至ることは無い。


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