無法
更新します。
『吐けっ! 貴様、子供たちにあんな危険で珍妙な遊びを教えて、何をするつもりだった!』
『いや、俺はただ……子供たちに遊びを教えてやることで、夢と希望を与えようかと』
『じゃあ何故子供たちから食料を巻き上げ、父兄から金を受け取った?』
『それは……くれるって言うし、丁度腹も減って懐も寂しかったから、有難いなぁと』
『やはりか! やはりお前それが目的だな? そのために、純粋な子供を誑かして――』
『違いますってば!』
連れていかれた憲兵の詰め所にて、晴見は憲兵たちから幾度も幾度も尋問を受けていた。
何度も何度も繰り返される、自白を引き出すための遣り取り。いい加減ウンザリしてきたのは言うまでもないが、当然嫌になったから帰してくれなどといったところで認められるワケが無い。まして晴見は、この場所で居住地も職も信用も皆無の完全な不審者。そんな不審者に、治安維持を職務とする憲兵が『どうぞお帰りください』などと言う筈もない。
そしてここで、非文明社会であることの欠点が晴見に襲い掛かる。
『そうやって、いつまで嘘を吐けるかな? こっちはお前に真実を語らせるためならどんな手段だってとってやるぞ!』
『……………………へっ?』
『さあ、お前は何をすれば真実を語る気になるかな? 鞭打ちか? 水責めか? 爪を剥ぐか? 少しずつ火で炙ろうか? ああ、飯食いたくてこんなことしたなら、歯を抜くか?』
鋭い眼圧と共に凄んでくる取り調べ役。
瞬間、晴見はここが数百年前のミズガルと大差ない世界であることを思い出す。
その頃のミズガル――晴見の言葉を借りるなら中世ヨーロッパ風だったか――では、魔女裁判や異端審問など拷問による自白を基にした裁判が公然と行われて裁きが下された。
法制度に基づく厳格な権力抑制も、論理と証拠に基づく公平な裁判も、高度な科学技術に基づく真実の追及も、全ては望むべくもない。ただ権力を持つ者が正義で、権力者の不興を買えば一市民の命など凄絶な辛苦の末に軽々と奪われていた、無秩序で無法な暗黒の時代。
そうなれば必然、晴見が頑強に否認や黙秘を続けたところで意味はない。何せ訴えた相手には、金持や貴族もいるという話。つまりこれは、最初から晴見が有罪になることが決まっている出来レース。そして憲兵の仕事は真実を明らかにすることなどではなく、決まったゴール目掛けて大体の辻褄を合わせていくことなのだから。
有罪は決まっている。あとは有罪を下されるまでの間にどれだけ痛く辛い目に遭わされるか。ならば、ここでこれ以上否認や黙秘を続けても意味などない。寧ろ憲兵に手間を掛けさせたことで心証が悪くなり、余計に思い処罰が下される可能性だってある。
かくなる上は……晴見は内から湧き上がるモヤモヤとした感情を気力で飲み下した。
『ご、ごめんなさいぃいいいいいいいいいっ! す、全て憲兵様の言う通りですぅうううう』
『ほう?』
先程まで怖い顔をしていた強面の憲兵の顔色が、露骨に変わる。
『それはつまり……何だ? どういう意味だ? 言ってみろ』
『はいっ! 私は子供を誑かし、不当に利を得ようと画策しました!』
『やっぱりか、この極悪人が! 被害者に、それも幼気な子供に申し訳ないと思わんのか!』
『も、申しワケございませんでしたぁああああああああああ!』
『罪を償い、改心するつもりはあるのか?』
『はい、ありますぅうううううううう!』
『そうかそうか。よし、いい心掛けだ。なら、その心掛けに免じてお前の沙汰を言い渡そう』
『ど、どうかお手柔らかに……死罪などは、どうか勘弁を』
『安心しろ! 殺しはしない。ただ…………』
不敵に笑う憲兵。その顔は悪魔に醜悪で邪悪。
晴見なんかよりも遥かに罪を重ねていそうな、生粋の極悪人にすら見えた。
◇
『さあさあ、皆さん寄ってらっしゃい! 今宵もまた、いい商品入っているよ!』
憲兵詰所の地下最奥にある、頑丈そうな樫の扉――どこよりも一際厳重な警護体制が敷かれたその扉の向こうに広がるのは、この世界の貨幣基準からして高価な贅沢品である蝋燭をふんだんに利用して光源を確保している、薄暗くて窓もない陰気な雰囲気の広い空間。
その空間の最奥にある檀上では、貴族が身に纏うような礼服に目元を隠すふざけた仮面という珍妙な格好をした男が精一杯に大声を張り上げる。そしてその声に、壇上を取り囲む仕立ての良い上品な服に身を包んだ紳士淑女諸兄が熱を帯びた歓声で答える。
『では皆様お待ちかね、今宵の取引を開始致しましょう。
さて、まずはこの商品。おっと、何とこれは今日の今さっき入荷したての新品ホヤホヤ。若い男の奴隷だよ!』
男がそう言うと、舞台袖で控えていた晴見は憲兵に背中を押されて壇上へと躍り出る。
その恰好はこの世界に来る際に来ていた服を全て剥ぎ取られ、局部だけを粗末な布で隠された上で手首と足首に金属の枷を嵌められた、まさに紹介の通りの奴隷の姿。
『ち、ちくしょう……何で? 何でこんなことに?』
壇上で嘗め回すような好奇の目に晒され、しかしどう考えても人間扱いされていないこの状況。押し寄せる恥辱と屈辱と困惑と絶望から、晴見はいつしか自然と涙を流していた。
◇
『安心しろ! 殺しはしない。ただ…………』
『……ただ?』
『罰金五百万ゴールドだ!』
『ごっ!? えっ!?』
憲兵から下された沙汰を耳にした瞬間、晴見は愕然とした表情と共に言葉に詰まる。
事前に見て回った市場の相場から考えれば、五百万ゴールドあれば好き勝手に食い散らかしても五年は余裕で食っていける金額。この世界の賃金相場が分からない晴見にとっては正確なイメージが付きにくい額だろうが、少なくとも途轍もない大金であることだけは容易に理解できた。
『む、ムリですよ! そんな金、有りません! 今の手持ちだって……』
弱弱しい言葉と共に晴見がポケットから取り出した全財産。
スマホを売却した代金と子供たちの父兄から受け取った金を足し合わせても、精々十ゴールド有るか無いかといったところ。到底足りるワケが無い。
それどころか。
『バカか、てめぇ! この金の大半は、不当に稼いだ金だろうが! つまりこれは証拠品。全額押収させてもらう』
『そ、そんな……横暴だ!』
『何が横暴だ、バカ野郎! 不当に利益を得たって、お前が今さっき認めたじゃねえか!』
『…………ぐっ!?』
『まあつまり、テメエは単なる無一文ってワケだ。けど、安心しろよ。俺様がお前からキッチリ五百万ゴールドを絞り出してやるよ。よかったなぁ、俺様が寛大でよ。連れていけ!』
『はっ!』
晴見の脇に控えていた憲兵たちが、途端に晴見を強引に立ち上がらせて連行していく。
まさにデジャヴな光景。『えっ? ちょっと!』と狼狽する晴見に、取り調べをした憲兵は皮肉交じりに言い放つ。
『精々高く売られろよ。足りない分はテメエの給料差し押さえるからな!』
嗜虐に満ちた高笑いと共にそう言い放った憲兵。
文句の一つでも言ってやりたいところだが、連行する憲兵に引き摺られる様にして連れていかれたためにそれすらも叶わなかった。
そしてそのまま、憲兵に地下で非合法に行われる罪人の身柄を商品にした奴隷市場まで連行され、そこで今の格好に無理矢理着替えさせられた。
同時に服を含めた一切の所持品も没収され、その所持品も売買の末に罰金に充填されるのだという。何から何まで理不尽窮まる状況、しかし罪を認めた晴見に拒否権などない。
結果として今このように、奴隷市場の商品として人ではなく物として扱われるに至っているというワケである。
◇
『さあ、最初の商品。取柄は何と言っても健康体。良い肉付きでしょう? これなら過酷な農場や牧場での仕事もきっと耐えられますよ! ただ、出品者によると識字が若干怪しいようで。字が読めないんで商家の下働きはちょっと向かないかと。さあ、価格は十万ゴールドから! では皆様、スタートです!』
礼服男が高らかにそう言い放つと、聴衆は次々と金額を提示していく。
二十万、三十万、四十万、五十万……値段は少しずつ釣り上がり、最後は。
『百! 百が出ましたよ? さあ、これ以上の値を出す方はいらっしゃいますか? いませんか? いませんね? では落札! 百です! 百万ゴールドで落札です!』
盛大な拍手と共に、晴見の値段が決する。
百万ゴールド――つまりは罰金の五分の一。となれば即ち、残る四百ゴールドは晴見がこれから稼ぐ給金を差し押さえる形で回収されるということ。
『お、終わった……俺の異世界生活……終わった』
ぶつくさと呟きながら、その場でガクリと肩を落とす晴見。もう歩く気力すらも無い彼を、またしても屈強な憲兵が手枷を引っ張って強引に連れ去っていく。
『ちくしょう……ちくしょう! ちくしょう!! ちくしょう!!!』
初日、ボロ小屋で散々な目に遭った際に漏らした言葉と同じ苦悶の声を、晴見は嗚咽交じりに呟く。だが、そんな晴見に手を差し伸べる者など無い。都合のいい救いなど無い。
何も為せず、どうすることも出来ず、晴見は遂に異世界で奴隷となってしまったのだった。
如何でしたでしょうか?