不遇
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次に晴見がやって来たのは、街外れの広場。
ただ広いだけで何もないこの空間だが、しかしその広さが良いのだろう。元気一杯な子供たちの完全な遊び場と化しており、ワイワイと騒ぎながら楽しげに走り回っている。
『いいねぇ。元気そうで、体力有り余ってそうだ。あの子たちなら、きっと!』
子供たちの様子を見て猶更考えが上手くいく確信を持った晴見は、手近に転がっていた木の枝を拾うとその先端で地面に線を引き始める。そうして描かれたのは、大人二人が入って少々余裕があるくらいの程々に広い円。加えて、その中心には平行になるように引かれた二本の線。
その出来栄えを見て『まあ、こんなもんか』と口走った晴見は、人懐っこそうな笑みを張り付けると近くを走っていた少年の一団に声を掛ける。
『皆、元気だね。どうかな? お兄さんと一緒に遊ばないかい?』
『うん、いいよ!』
『なにしてあそぶ? かけっこ?』
わらわらと集まってくる三人の少年。年齢は皆六歳かそこらだろうか。
まだ警戒心が薄い代わりに好奇心が旺盛な年頃らしく、彼らは何の躊躇もなく晴見の元へ集まってくる。そんな少年たちに、晴見はふふんと得意げな表情を浮かべて言う。
『お兄さんと相撲でもとらないかい?』
『『『すもー?』』』
あどけない顔で小首傾げながら復唱する少年たち。
そんな彼らに、晴見はどや顔で説明を始める。
『いいかい? これは三人でやる遊びなんだ。まずは二人がこの二本の線に沿ってそれぞれ向き合って立つ。そして残る一人がここに立って、審判役だ』
『しんぱん?』
『どっちが勝ったかを決める人の役だよ。で、向き合って立った二人は審判の掛け声で試合を始めて、最終的に相手をこの線の外に押し出すか足以外を地面に触れさせたら勝ち。逆に線の外に押し出されたり、足以外が地面に触れちゃったら負けだよ。どう? 簡単でしょ?』
一息に説明する晴見。だが、子供たちには少々難しかったのか、まだ理解が追い付いていない様子。
『じゃあ、一緒にやってみようか。まずは一番大きな君だ!』
三人のうち一人を指名し、向かい合うように立たせた晴見。
向かい合った少年は、どこか緊張した面持ちをしており。そこで晴見は笑顔で言う。
『じゃあ、行くよ! はっけよい、のこったっ!』
ゆっくりとした、加えて優しい力で少年と組み合う晴見。
優しく押し出そうとするも、若干小太り気味の少年は意外とパワーがあって。
晴見自身予想していなかったのだが、存外いい勝負が展開される。
ここで勝ってしまうよりは、いっそ勝利を譲った方がいいか。瞬間そう判断した晴見は、敢えて一瞬力を抜くことで少年によって円の外にまで押し出される。
『おっと、お兄さん外に出ちゃったね。よし、この勝負は君の勝ちだ! 凄いなぁ、君』
笑顔で勝利を讃えてやれば、勝利を手にした少年は年相応のあどけなさで破願する。
脇で見ていた残る二人も、この勝負が力比べであることを理解して。そして大人相手に力比べて真っ向から勝負して勝ちを拾った友人の健闘を笑顔で祝福する。
『どうかな? これ、面白いと思わないかい?』
『『『うんっ!』』』
晴見が笑顔でそう問えば、少年たちは実に嬉しそうに首肯して見せる。その眩しいくらいに素直で愛らしい反応は、思わず晴見もその目を細めて見入ってしまうほどだった。
◇
子供の拡散力とは侮れないもので、晴見がたった三人の少年相手に教えただけの相撲は数日経たずに子供の間でブームと化した。子供たちの憩いの場たる広場の至る所に不揃いな土俵が描かれ、そこで何人もの子供たちが相撲に興じている。
そんな相撲少年たちに、晴見は「せんせー」と舌足らずな口調で呼び慕われている。
生前子供と接する機会など無かった晴見に、こんな経験はない。故に嬉しいような、どこかこそばゆくて照れ臭いような、不思議な感覚を味わっていた。
加えて、少年三人に相撲を教えた直後に晴見が盛大に腹の虫を鳴らした際には、感謝の気持ちと彼らがなけなしの小遣いを寄せ集めておやつをご馳走してくれて。流石に最初は抵抗感のあった晴見だが、そんな微笑ましい気遣いを無下にも出来ず、何より途方もない空腹感は如何ともし難く、結局は自分より二十は年下の子供たちに馳走になってしまった。
だが、空腹が満たされた瞬間に強烈な罪悪感と羞恥心に襲われた晴見は
『土俵には神様がいるからお供えをしないといけない。これはそのお供えなんだよ』
などと言い繕うことで少年たちを納得させると同時に辛くも自分のプライドを保った。
口から出任せの、晴見自身ふざけた話だと思う言い分。しかし心優しく純真な少年たちは見事に真に受けてくれ、相撲をするためには晴見にお供えの食べ物を渡さないといけないという妙に外れた話として広めてくれていた。
お陰で晴見は連日子供たちが備えてくれるご飯やお菓子のお陰で上を凌ぐことができ、更には子供の相手をしてくれる優しいお兄さんということで父兄からお礼の金品まで頂戴することがあった。その上子供たちが街にある質屋の存在まで教えてくれて、この世界ではまるで役に立たないスマホなどを売却したことで数日は宿に泊まれるだけの金も作れた。
期待して始めたこととはいえ、まさかここまで上手く事が運ぶとは……些か味を占め始めた晴見は、今日も今日とて相撲の監督役を請け負いつつも内心では幾許か手に入った金銭を元手にどんなビジネスを展開しようかと思案を巡らせていた。
だが、そんな時だった。
『憲兵さん、ここです! あっ、あそこです!』
慌ただしい様子で子供たちの憩いの場に押し入って来た身なりの整った若い女性と、そんな彼女に続いてやって来た鎧を身に纏って槍で武装した数名の男たち。先導する若い女が晴見を指さすと、男たちは険しい顔で晴見を取り囲んでは槍を突きつける。
『――な、何ですか? これは一体何なんですか?』
『とぼけるな! この女性を始め、数名から通報があったのだ。子供に奇妙で危険な遊びを教えている不届き者がいると』
『………………えっ?』
まさに青天の霹靂。よもやの事態に、晴見は狼狽を禁じ得ない。
『ちょっ、ちょっと待ってください! そんな、別に危険な遊びなんかじゃ――』
『嘘を吐くなっ! 実際、この遊びをしていた子供がケガしたという報告も上がっている。そしてケガをした子供の中には、大商家や貴族の子弟もいたそうだぞ!』
『はいっ!? いや、そんな馬鹿な!』
晴見の把握している限り、ケガをした子供などいない。
しかし、それはあくまで晴見の把握している限りでは、の話。
大商家や貴族の跡取り息子などの高貴な家の子供は、庶民の子供に混ざらず自分の家の中で遊ぶ。それでも、外の噂というのはどこからともなく入ってくるもので。そんな噂の中に、幸か不幸か相撲の噂まで混ざり込んでしまったのだ。
市井の子供たちが熱を上げるその遊びに興味を持ったどこぞの貴族の子弟が、同じく高貴な子供を集めて密かに相撲の真似をした。その結果一人の貴族の子供がケガを負ってしまい、その場に居合わせた子供たちは自分たちの保身を図るために揃ってケガをしたのは相撲を広めた晴見のせいだと口裏を合わせて大人たちに報告したのだという。
甘やかされて育った子供の親とは、得てして子煩悩なもの。まして家を継ぐ大事な跡取りがケガをしたとあれば、その家のメンツに関わりかねない。だからこそ子供たちの半ば冗談としか思えない言い分を本気で受け入れ、晴見を糾弾したのだ。
当然、そんな貴族屋敷の話など晴見にとっては寝耳に水の出来事。言ってしまえば、貴族や大商家などの特権階級の者たちのメンツを守るためのスケープゴートにさせられたのだ。
『でも、そんな子供がケガしたくらいで大袈裟な。まさかそれくらいで逮捕だなんて――』
『それだけじゃない。お前、子供から食事を巻き上げて、更には彼らの大人から金を受け取っているだろう? つまり、対価を受け取ったということ。それは即ち、商売ということだ。
そしてこの街では、商売を始めるのならば事前の届け出が必要。だが、貴様からこのような珍妙な遊びを広めるという届け出は出ていない。つまりは、無許可営業だな!』
『………………ええっ!? そんな横柄な! これは別に商売なんかじゃ――』
『黙れ! 詳しく話を聞かせて貰おうじゃないか。さあ、来い!』
『ちょっ、ちょっと? ねえ、ちょっと?』
屈強な憲兵たちに脇を固められた晴見にどうにかできる筈もなく、抵抗したところで罪が重くなるだけ。観念した晴見はすごすごと彼らに同行していく。
先程まで子供たちの無邪気で和気藹々とした楽しげな声に満ちていた広場は、今やしんと静まり返って神妙な空気に満たされている。
子供たちの心配そうな視線と、憲兵の非難の意が込められた鋭い視線と。
向けられた眼差しからの居心地の悪さに、晴見はただ渋い顔を浮かべるしかなかった。
如何でしたでしょうか?