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挫折

更新します。


『ああ、もう! 全然眠れねぇじゃねえか!』


 眠りに付けないかと暫し横たわっていた晴見だが、辛抱堪らずにがばっと起き上がった。

まあ、無理もない。何せ目を閉じてから今までの間は、まさに散々の一言。

 ガサゴソという何かが這いずり回る音や、小動物の鳴き声が夜通し鳴り響き、加えてドアを失った入口や壁に穿たれた穴から遠慮なしに冷たい夜風が吹き込んで来ては、晴見の体をガタガタと震えるほどに容赦なく冷やしてくる。

 そんな状況で眠れる筈も無いと観念した晴見は、何か寝直すに当たって役立つモノはないかと渋々立ち上がってはポケットにしまっていたスマホの明かりと自身の夜目だけを頼りに小屋の中を探索する。しかし、廃墟同然の小屋の中に使えるモノがある筈もなく、就寝に役立ちそうな寝具の類はまるで見当たらない。

 それどころか、一通り内装を見て回っても風呂やトイレどころかベッドルームらしき空間すらなく、あるのは有るのは錆びた農具やナイフなどの金属製品が数点くらい。その現実に、恐らくこの小屋は宿泊を前提に作られたモノではないことを晴見は否応なしに悟らされた。


『ああ、もう……これじゃあ朝まで徹夜するしかねえじゃねえか! どうやって時間潰せばいいっていうんだ――そうだ!』


 頭をバリバリと掻き毟りながら不満の声を上げる晴見。

 しかし、同時に手にしていたスマートフォンに気付くと、その画面をタップする。


『よし、こいつが使えればワンチャン……頼むぜ!』


 恐る恐る画面をタップする晴見。かくして、起動した画面には――圏外の文字。


『だぁあああああああああああああああああああああああっ! クソッ! 何でだよ! そりゃあこの世界に電波なんて無いかも知んねえけど、今は主人公の窮地だぞ? こういう時こそ、ご都合主義で使えて主人公が窮地を脱する場面だろうが!』


 絶叫しながら、憤りのままにスマホを地面に叩き付ける晴見。

 するとスマホは床板を圧し折って床に減り込み、そのまま土中へと消えてしまった。


『あああああああああああ! 嘘だろ! 貴重な光源が……待って! 待ってくれよ!』


 スマホを取り出すべく、割れた箇所から床板を剥がしに掛かる晴見。

 老朽化している建物とはいえ木製のドアを軽々破壊できる今の晴見にとって、床板を剥がすことなど造作もない。加えて、板のささくれ如きでは指に傷を負うことも無い。

 何故なら召喚聖印を通る際に、転生者の肉体は最低限度の強化が施されるように仕込みがされているから。それは國定や蓮司の時も同様であり、だからこそ國定は高所から落下しても死ななかったし、蓮司は早くから第一線で冒険者として活躍することができた。

 しかし、例え晴見の身体自体が強化されていたとして、即ちそれは晴見の持ち物までもが強化されているワケではない。寧ろ、肉体強化に道具の方が付いてこられない場合が大半。


『あああああああああああ!』


 床板を外して地面を掘り返した晴見は絶望する。

 土と泥に塗れたスマホは完全に沈黙し、土と泥を払った上で電源ボタンを長押ししたところでウンともスンとも言わない。どこからどう見ても、完全に故障しているのは明白。

 こうして晴見は貴重な光源すら失ったのだった。まあ、光源を失ったと言っても、充電できないこの世界ではスマホなど数日足らずでゴミに成り下がっていたとは思うけど。


『……しょう! ちくしょう! ちくしょう!! ちくしょう!!!』


 何もかも上手くいかない、不便極まりないこの状況に、長年のブラック企業生活すら耐え切った彼の堪忍袋が爆裂したのだろう。怒りのままに絶叫しながら、只管地面を殴る晴見。

 それは彼にとって、感情任せの無意味な行動だったことだろう。

 だが、もう何度目になるか分からないほど一心不乱に地面を殴り続け、些か気が済んだところで視線を下ろしてみた瞬間、その顔は凝然と固まる。


『……これって、芽?』


 眼下に映るのは、土から少しだけ顔を出した新しい命。

 どうやら今の土殴りによって、意図せずに発動させたようだった。

 耕せば植物が急速に成長するという、私が授けたチート能力が。


『これは……これならもしかして、行けるんじゃね!』


 絶望の先に、希望の光明が一筋見えた瞬間だった。

 芽だけで何の植物か見分けられるほど、晴見は植物に精通していない。異界の植物となれば、猶更である。そこで更に新芽の周りの地面を叩き続け、果たして。


『……何だよ、コレ! 絶対生で食えねえし、ていうか絶対雑草だろ!』


 そうして成長したその植物は、道路の路肩にでも生えていそうな、見るからに青臭いだけで美味しくなさそうな単なる雑草。汗だくになるまで殴り疲れ、苦労の末に漸く手にした初収穫。それがこんな結末に終わって完全な徒労だったと悟れば、やる気を失うのも当然。

 救いがあったとすれば、少しは時間が潰せたこととチート能力のテストが出来たこと。そして運動で適度な疲労感を得られたことで微かな微睡を感じられたことだろうか。


『まあ、これで眠って朝が迎えられれば、今日は良しとするか』 


 何とかポジティブ思考を捻り出し、再度大の字になった晴見。そのまま微睡に身を任せて意識を手放しにかかる。

 だが、幾ら微睡に襲われていようとも、環境が変わっていないのだから問題は何も解決していない。結局は耳障りな音と夜が更けて更に強まる冷風で強制起床の繰り返し。

 そうして幾度かの微睡を棒に振ったところで、遂に朝日までもが顔を出してしまったというワケである。


『眠ぃ……けど、このままじゃ寝られねえ。日が出ているうちに、住環境を整えよう』


 そうして、一晩を明かした小屋を改めて見る晴見。

 だが、昨晩暗闇の中でスマホの僅かな光と夜目で見るのと、こうして朝日の中で見るのとでは、見え方がまるで違う。思いの外痛み切ってボロボロな建物は、どう見ても一人でどうにか修繕できる程度の損傷具合ではない。まして修繕にはどうあっても木材が必要不可欠だが、晴見は山から木を切り倒してここまで運搬する道具も手段も持ち合わせていない。


『………………無理だな、こりゃ。どーしよ』


 夜明けが来れば、何とかなる。恐らくは内心で、そんなことを考えていたのだろう。

 だが、現実は甘くなどない。農業系のスキルを持ち合わせようが、肝心の農地と住処はどうにかして自分で稼ぎ出すしかないのだから。

 晴見は、その生き辺りばったりで浅慮な思考故に、その視座を持ち合わせていなかった。

 それこそが、この男の最大の欠点と言えるだろう。

 この小屋を拠点として利用するという計画を早々に見直さざるを得なくなった晴見は、渋々といった様子で静かに一晩を明かした小屋を後にした。



 晴見は今、最初に降り立った街へ戻ってきていた。

 農村で土地も借りられず、廃屋を改装して拠点として畑を作れるだけの資源も能力も持ち合わせていない彼は、終ぞ農村からのスタートを諦めて街へ戻って来たのだ。


『やっぱ、農業する前に金を稼がねえとな。サクッと一山稼いで、農地を買ってスタートだ』


 意気込んで、街を探索して回る晴見。

 初日は付近の農村探しがメインとなり、あまりきちんと街の様子を見ていなかった。

 だが、こうして改めて見てみると、街の発展具合は想像以上。情緒と風情に溢れた街並みはどこか美しささえ感じられ、大通りには雑貨から食料品まで実に様々なモノを取り扱う露店が軒を連ねている。行き交う多くの人によって活発に売買が取り交わされており、街の経済状態が良好なことは一目瞭然。すれ違う人たちは皆揃って笑いさざめき、不満げな表情を探す方が難しい。


『すげぇ……結構栄えてんのな』


 街の活気を前に、晴見の口からふとそんな感想が漏れる。

 しかし、如何に活気に溢れていようが、如何にモノの売り買いが盛んだろうが、街どころか世界すらも晴見からすれば未熟で未発達な遅れた世界でしかない。実際、ミズガルの歴史からすれば、この世界は恐らく数百年は後進しているのだ。晴見の見縊りも無理からぬこと。

 そしてそんな非文明的な世界だからこそ、この時代より遥かに進んだ知識を持つ自分が何かを作って売り出せば、すぐさまそれがブームになって金儲けできる筈だと。

 事前にハニエル先輩に押し付けられた作品の言葉を借りるなら、現代知識チートによる無双が出来ると見込んで楽観的に考えてしまうのも、また当然の流れであった。


『よーし! まずは何がバズりそうか、露店を見て考えてみるか!』


 意気揚々と、軒を連ねる露店の商品を片っ端から見て回り始めた晴見。当初はまさに余裕綽々といった表情で、自信に満ち溢れていた。

 しかし、そんな楽しい時間もほんの束の間。数時間も経たないうちに、彼は――


『はぁあああああああ……』


 裏路地で路肩に腰を下ろして、深々と溜息を漏らす情けない姿を晒していた。


『何だよ……石鹸にマヨネーズにその他諸々……意外と色々あるじゃねえか』


 露店の品揃えは晴見の想像の遥か上を行く充実ぶりを見せていて。

 この手の物語で王道の商品であろう石鹸は既に露店にて安価に売られており、同じく王道だろうマヨネーズやバターは材料となる卵や牛乳が高価すぎて入手できない。どこかで入手できないかと聞いてみたモノの、輸送コストの都合でこの辺では入手が難しく、加えてバターに関しては酪農が盛んな街に行けば普通に売られているという。

 露店を見て回り始めた当初は、どうせ未発展の時代なのだから石鹸も調味料も碌なモノが無いハズだから簡単に儲けられる筈、などと楽観的に考えていた晴見。だが、現実は非情なもので、そう簡単に作れて簡単に儲けられる商材など存在しなかった。

 尤も、石鹸だのマヨネーズだの、製造に携わった経歴どころか実際に作った経験すらも無い晴見に、商品として売り出せる品がいきなり作れたとは思えないが。


『まだだ……まだだ! 生活雑貨がダメでも、娯楽がある!』


 つくづく、このぐらいでへこたれて諦めないところは感心させられる。

 バカは立ち直りが早いというが、そこがこの男最大の強みだろうことは間違いない。

 実際この街には、子供が多い。その子供の心を鷲掴みに出来る娯楽を生み出せれば、確かに土地と家屋を買えるくらいの収益は見込める可能性はある。

 着眼点としては悪くない。しかし、今度はそうなると何を売り出すかが問題となる。


『元手の金が無いから、出来るだけ道具が必要ないモノじゃないとダメだ。それにルールもシンプルで、子供でも理解しやすいモノがいい。

 将棋やチェスは俺もルールよく分かんねぇし、オセロなら……いや、そもそも盤と駒を用意できねえ。ボードゲームは無理だな。となると、スポーツか。でも球技はそもそもボールがねえし……道具が無いスポーツ――っ! そうだ、アレなら! アレならいける!』


 ガッツポーズと共にニヤリと笑みを浮かべる晴見。

 善は急げと言わんばかりにスクッと立ち上がるなり、小走りで何処かへと向かって行った。


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