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「う、うーん……アレ? ここって」

「漸くお目覚めかしら? お帰りなさい。大犯罪者さん?」


 椅子の上で意識を失っていた蓮司がぼんやりとだが目を開いた瞬間、皮肉交じりにそう言い放ってやる。しかし、寝起きで頭が働いていないことも相まって、記憶が混濁しているのだろう。私が言った内容を理解できていませんと言わんばかりに小首を傾げてくる。

 そんな蓮司に向かって深く溜息を漏らしながら、つい「全く……」と零してしまう。


「覚えてないのかしら? あれだけのことをしでかしておきながら、呑気なものね。まあ、いいわ。話が進まないし、忘れちゃったのならば思い出させてあげる。でも結構キッツイから、精々覚悟しなさいよ」


 冷淡にそう言い放つと、私は有無を言わさずフィンガースナップを響かせる。

 すると蓮司は頭を抱えて苦しみ出し、最後は天を仰ぎ見ながら白目を剥いて絶叫した。


「……がっ!? はぁ……はぁ……はぁ……い、今のは?」

「アンタの記憶よ。まあ厳密にいえば、私が見たアンタに関する記憶、だけどね」

「う、嘘だ……こんなの嘘だ!」


 小刻みに身震いさせながら、何かを振り切らんとするばかりに首を左右にブンブンと振る蓮司。私はゆっくりと椅子から立ち上がると、蓮司の耳元で囁くように言ってやる。


「嘘じゃないわよ。全部、アンタがしでかしたこと。まあ前のヤツと比べれば、能力を持って行ったこともあって多少は頑張ってくれたけど、それにしても最後の最後に随分と派手にやらかしてくれたわね。まさか、冒険者としてモンスターと戦うための力を人殺しに使っちゃうなんて。それもあんな大量殺しちゃうなんて、大人しそうな顔して案外獰猛なのね」

「ち、違う! 俺は悪くない……悪くないんだ! 全部ユークスたちが悪い! アイツらのせいで、俺の冒険者人生が狂って――」

「はっ!」


 自分勝手な独白遮って、私は冷笑を浮かべる。

 すると蓮司は顔を見上げて私の方へ向くなり、「何が可笑しい?」と問い詰めて来た。


「アンタさぁ……ヴァッッッッッッッッッッカじゃないの?」


 心底見下したような厳しい視線と共に、腹の底からの罵倒をぶつけてやった。

 すると蓮司は面喰いながら「はえっ?」と情けない声を漏らす。


「バカよ、バカ。大バカ過ぎて、笑っちゃうわね。全く、恥を知れっての! まあ、ユークスだっけ? アンタの仲間だった冒険者三人が擁護できない極悪人だったことは、私も認めてあげる。あいつらは、最初からアンタを騙して甘い汁を啜るために近づいていた。そんな輩に騙されて、災難だったわね。同情するわ」

「そうでしょう? そうですよ、僕は被害者だ。何も悪くない! 全部、アイツらが――」

「でも、語弊を恐れずにハッキリと言わせて貰うなら、騙されるアンタだって悪いわ」

「――えっ?」


 同情してもらえると思っていたところに叩き込まれた、突き放すような非難の言葉。

 それは蓮司の思考を止め、呆けさせるには十分すぎるインパクトがあったらしい。


「な、何ですかそれ? じゃあアンタは、虐げた悪人よりも虐げられた被害者の方が悪いとでも言うんですか?」

「勘違いしないで欲しいけど、私は騙した人間を正当化するような主義や主張は持ち合わせていない。アンタと彼らのどちらが悪いかと問われれば、断然彼らの方が悪いと答えるわ。

でも、アンタに一切非が無いとも思えない。だから言ったの、騙されたアンタも悪いって」

「……はぁ? 何言っているんですか? 意味わかりません! バカなんですか!」

「バカはアンタよ。いや、バカというよりは世間知らずかしら?  ちょっと優しくして貰ったからって、困りごとを解決してもらったからって、怪しい連中をホイホイ信用して」

「そ、それは……」

「人を見たら泥棒と思え。渡る世間は鬼ばかり。アンタの国のことわざ、当然知っているわよね? その通りじゃない。まして、大金目当てに命懸けで体張るような殺伐とした冒険者の世界でなら、なおのこと注意するべきだった。ニホン人は平和ボケで、別の国に行くと結構騙されて酷い目に遭うっていうケースよく聞くけど、アンタまさにその典型ね」

「――っ!?」

「大体さぁ、出会って初日に体差し出してくるような尻軽の美人局のことを疑うどころかだらしなく鼻の下伸ばしちゃって……そんな警戒心ナッシングな純朴世間知らず君なんて、詐欺師にしてみれば騙してくださいって言っているようなモノじゃない。少しは他人を疑って掛かりなさいな。だから、簡単に騙されてカモにされるのよ」

「う、うるさいっ!」


 温厚そうな見た目に反して、実はかなりキレやすい性質らしい。

 蓮司は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がると、私目掛けて殴りかかってくる。

 けど、女とはいえ私は神。人間如きに殴られる程弱くはない。


「――なっ!? 嘘だろ?」


 渾身の力を込めて振るった拳だったのだろう。けど、それを私は人差し指一本で軽々と受け止めて見せた。なおも力を込めて向かってくるが、微動だにしない。

 その上、私が人差し指を外して親指で固定し、すぐさま弾く攻撃――デコピンとやらをイメージしてもらえると良いかしら――を蓮司の拳に叩き込めば、蓮司は強烈な向かい風に煽られたかの如く吹っ飛んで、宙を滑空した上で元の椅子に激突。

 悶絶しながら崩れ落ちた後は、呻き声を漏らしながら地面にうつ伏せで倒れ伏す。

 すかさず私は軽やかな足取りで蓮司に接近すると、丸出しの背中をヒールで思いっきり踏みつけてやった。


「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「いい? 優しく麗しいこのガヴリル先生が、アンタの何がダメなのかを忖度なしにハッキリ教えてあげる。だから覚悟してよく聞きなさいね、世間知らずの童貞お坊ちゃん?」

「いや、その前に脚を下ろしてください……い、痛い!」

「まず、時間をかけて親睦を深めた相手ならともかく、会って数日数時間程度の浅い仲の癖にやたらと親切にされたら、その相手はまず疑いなさい。そういう手合いは、表面的な優しさの裏に何かしらの思惑を隠している。利用しよう、金品を巻き上げよう、犯罪の片棒を担がせよう、思惑の内容は種々様々だろうけど、必ず悪意を持ってアンタに接してきているわ。

 上手い話には裏があるっていうでしょ? 不自然不可解な親切の裏には、大抵ひた隠しにした下心があるものよ。騙されたくないなら、裏まで想像しろ。この世間知らず!」

「うぐっ!?」

「あと、立っているだけで次々女性から声を掛けられるアイドル級のイケメンならいざ知らず、アンタみたいなブサメン寄りのフツメン生前女性とまともに接して貰えたことのない全然スマートじゃない童貞臭丸出し野郎が、いきなり美少女に惚れられた挙句に即日一晩共にして貰うなんてありえないから。オタクに優しいギャルとやらが実在しないように、勘違い童貞を何も無しにいきなり好きになってくれる都合のいいご褒美女も創作物の中にしかいないわよ。現実と鏡を見ろ!」

「ぐあっ!?」


 今にも泣きそうな表情でビクンと体を震わせる蓮司。その様子からして、多分ヒールに踏みつけられた身体的な痛みに悶えているワケではない。寧ろ、私の辛辣で容赦のない言葉の数々に打ちのめされて、その心の痛みで悶えている様子。

 漫画の中に、辛辣な言葉の吹き出しが矢印となって突き刺さる描写があるが、今の蓮司はまさにそんな感じといったところ。反応からして、特に答えたのは後者の方か。

 そして、致命傷クラスの精神的ダメージの連パンを前にとうとう根を上げたらしい。

 だが、それがどうした。手など一切止めてやらん。私は今、非常に機嫌が悪いのだから。


「あと、疑惑の本人が口にした言い訳を何も考えずにそのまま鵜呑みにして信じてんじゃないわよ。どちらが正しいか、どちらに筋が通っているか、自分の頭で考えろ!」

「も、もういいです! もう聞きたくない! ひ、酷い……酷いじゃないですか! 何でそんなこと言うんですか! どうしてそこまで俺を傷付けるんですか! 俺のことが、そんなに気に入らないんですか? そんなにも嫌いですか?」


 踏みつけられた無様な格好のまま、醜く泣き叫び始めた。

 その様といい、口にした言葉といい、これでは本当にただのガキ。全く、溜息が出るわ。


「そりゃアンタが今まで傷付かないよう必死に目を逸らし、周囲の大人の誰一人としてまともに指摘してくれなかった現実の厳しさを指摘しているのだから、耳が痛いのも心が傷付くのも当然。寧ろ、十七年生きてきて今までその痛みを感じてこなかったことを心底恥じるべきだわ。アンタの年頃なら、皆受け止めて理解しているような話なのだから。

 アンタの欠点は、どれもその社交性社会性の欠如と自分を客観視できていないことが原因なの。友達に傷付けられ、友人なんか要らないと一人の世界に閉じこもり、誰にも心を開かずに都合のいい妄想に耽り続けた歪んだ人生によって形成された――ね」

「……………………何故、それを」

「まあ、神様だからね。アンタの事はここに来る前から名前以外にも色々情報は持っていた。

 だから、対人関係でトラブルを起こす危険性は危惧していたのだけど、案の定だったわね。

それとアンタが嫌いかどうかだけど、嫌いだわ。見ていてイライラするくらいにね。

 まあ、先に挙げた世間知らずで騙されやすい点以外にも腹立たしい点は幾つもあったけど、殊更に癇に障るのは時折見せる『自分は善良な被害者だ』ってスタンスや『自分には一切非がありません』っていう主張ね。正直、神経を疑うわよ」

「神経疑う? どこが? 俺は、何も悪くないだろうが!」

「悪いでしょうが。騙されて傷付けられたとはいえ、その腹いせに無関係で罪のない大勢の人間の命を無差別に奪った大罪人の癖に」

「そ、それは……」

「自分を気遣い、助言をくれた親切な人まで錯乱の挙句に手に掛けて……そうして散々殺しておきながら、全部他人のせいだと主張して罪から目を逸らして自分を正当化する。酷く捩じくれ曲がった、醜い精神性だわ。それが何よりも一番許せないし腹立たしい」

「……………………」

「何もかも自分に都合よく考えて、都合のいい情報だけを鵜吞みにして都合の悪い情報には耳を塞いで考えを放棄する。そんな振る舞いをしていれば当然痛い目を見るワケだけど、自分にも非があるというのに逆上して暴走して凄惨な復讐に走った挙句、無関係な人間までを巻き込んで目を覆いたくなるような悲劇と絶望を撒き散らす。それだけのことをしておきながら、それでも自分は可哀そうな被害者だって、本気でそう思っている顔している。

 ホント、アンタに大した能力渡してないで良かったわよ。そしてその上で、渡した能力に制限まで掛けておいて正解だったわよ」

「――えっ? 制限?」

「言う必要ないから言ってなかったけど、アンタに渡したあの武器――如何なるモノでも切断し、望めば決して失われることのない加護の剣――アレには事前に細工しておいたの。

 アレはあくまで、冒険者としてモンスターと戦うための力だからね。それをもし人間に振るった場合、丁度三百人斬ったところで一切の加護も能力も剥奪されるようにってね。

思い出してみなさいな。そういえばって思う節、あるんじゃないの?」


 私がそう言えば、蓮司は暫しの思案顔の後に一瞬で表情を強張らせる。

 本来は湖や空間すらも切断して見せた驚異の剣にも関わらず、駆け出しの若い冒険者が持てる程度の安価で質も高くない剣に容易く受け止められた事実。

 アレは、その直前で蓮司が殺傷した人間の数が三百人に達したために私が仕掛けたリミッターが作動し、神から授かりしチート武器が単なる鉄くずの塊に成り果てたことで起こったもの。神の祝福を受けた剣が、身に余る行動故に呪いへと変貌したに他ならないのだ。


「そ、そんな……」

「何ショックを受けているの? 当然の心得でしょ。人間――それもアンタみたいな精神的に未熟で不安定なヤツに力を授けるのなら、そいつが暴走した際に備えるなんてさ。

 実際、アンタは暴走した。その自己中心的な思考故に、相手の表面的な部分しか見えない浅薄な見立てのせいで。本当に、私の危惧した通りだったわよ。

いい? 相手の立場に寄り添って考えて思い遣る想像力っていう誰かと接して生きていく上で必要不可欠なその能力を磨くことを放棄して、いつまでも子供みたいに自分勝手な都合や理屈ばかり押し付けるから、アンタは人付き合いで躓くの。

 ミズガルは、とりわけ二ホンとかいう国は、そういう人間関係を磨く上では余程あの世界よりも簡単で恵まれているのよ。誰もが本音と建前を使い分けて接し、極力相手を傷付けることのない言葉遣いを選ぶことを強要され、騙そうとしても法やそれに基づく強制力による支配がある程度行き届いている。命懸けのアウトローばかりの冒険者が生きる、ルール無用の厳しい世界より、遥かに暖かくて親切だわ。そんな二ホンですら上手く生きられないヤツが、厳しい冒険者の世界なんかで生きられる筈がない。まして恋なんて出来るわけがない。そんなワケだから、とりあえず対人コミュニケーション磨いて出直して来なさいな」


 いつも通りフィンガースナップを響かせると、地面に倒れ伏す蓮司の腹の下に召喚聖印が刻まれ始める。


「……えっ? これって――」

「ミズガルの輪廻転生へ戻すために、アンタをミズガルへ強制送還させるのよ」

「い、イヤだ! 俺は、次こそ上手くやれる! 次こそは、冒険者として仲間と一緒に――」

「だからぁ……アンタに冒険者として仲間と一緒に冒険に挑むなんて無理って言ってるの! まずは社交性と人間力を磨いて、恵まれた環境でくらい卒なく生き抜いて見せなさい。冒険者うんぬんは、それからよ!」


 思いっ切り踏みつけるようにして、私は蓮司を召喚聖印の中に放り込む。

 すると蓮司は断末魔とも怨嗟ともとれる悲鳴を上げながら、印の中へと消えていった。


「全く、世話が焼ける。どいつもこいつも、何で恵まれた世界で上手くいかない癖に、それより艱難辛苦に溢れる厳しい世界で上手くやっていけると思い込んでいるのよ……」


 バリバリと後頭部を掻きながら、嘆息交じりにそう呟く私。

 けど、生憎と私はまだこの仕事を続けなければならない。

 全く、ハニガエルめ……つくづく面倒な仕事押し付けやがって――内心毒吐きながら、私は次の転生希望者の情報に目を通し始めた。


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