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落下

更新します。

『成程、そんな心配をしていたのか』

『ごめんなさい……』

『いいや。きちんと話をしておかなかった僕たちが悪い。不安にさせて、悪かったね』


 蓮司たちが今いるこの場所は、クリスティの魔法で生成された明かりを頼りにしなければ歩くことすら困難な薄暗いレンガ造りの地下ダンジョン5階層の最奥。現状5階層までは開放されている一方で、6階層以降は一切不明なまま。6階層を探求して帰って来たパーティーは無く、故に地下何階層まで存在するかも判然としない、まさに脅威度未知数の迷宮。

 実際全て開放されている5階層ですら、夜陰に紛れて獲物を狙う獰猛で凶暴な蝙蝠や蜘蛛のようなモンスターが徘徊する物騒で危険な場所。実際ここで何名かの冒険者が命を落としているという。

そんな並みの冒険者ではそこで対処困難と判断して引き返すべき高難易度のダンジョンに挑んでいるワケだが、陰気で不気味なダンジョンの中にあってなお、蓮司たちパーティーから聞こえてくる声音はどこか明るく弾んでいる。


『ここから先は、前人未到の難関ダンジョン。一つの選択の誤りが命取りとなる。だから、もし何か不安に感じていたり、悶々としていることがあるなら今のうちに教えてくれ』


 そんなユークスの一言に半ば押されるようにして、胸の内に秘めていた昨日の出来事を詳らかに説明した蓮司。するとユークスはじめとした三名は、蓮司の不安を吹き飛ばさんとせんばかりに、明るく笑い始めたのだった。


『確かに、僕たちのパーティーでここ数名脱退者が相次いでいるのは事実だ。そして、僕たちがその度に見舞金を受け取っているのもね。

 けど、僕たちは冒険者ギルドの中でも最強クラスのパーティー。故に受注するクエストの難易度は必然的に高くなるから、命の危険が相次ぐ高難度のクエストに嫌気が差して脱退を申し出るメンバーや最悪命を落としてしまうメンバーが出てきてしまうのは、仕方のないことでもあるんだ。そしてそれは、経験が少なければ少ないほど、そうなってしまう』

『仕方のない……ですか』

『少々冷たく聞こえるかも知れないけど、冒険者稼業とはそういうモノだよ。けど、同時にロマンもある。夢も希望も、友情もね。君だって、そんな部分に惹かれて冒険者になったんじゃないのかい?』

『それは……そう、です』

『なら、大丈夫だ。それに君は、ここ最近僕たちが迎え入れた新人冒険者の中では群を抜いてセンスがいい! 君の力量なら、きっと僕たちと肩を並べて難関クエストだって攻略できると、僕は信じているよ。どうかな? 君は僕の言うこと、信じられないかい?』


 ブンブンと、勢いよく首を横に振って見せる蓮司。

 そんな反応を見たユークスは、穏やかで優しい笑みを浮かべる。


『僕たちも、君を信じている。安心して。僕たちは出来る限り君をカバーする。そして同時に、君も僕たちをカバーしてくれ。このメンバーで助け合えば難関ダンジョンだって攻略できると、僕はそう信じているよ』

『それは、僕も……です。皆となら、きっと大丈夫って信じてますから!』


 どこか恥ずかしそうに、しかしハッキリと言い切った蓮司。

 そんな彼の反応に、ユークスは満足げに蓮司の肩を叩き、クリスティとニコロは優しくも頼りがいのある笑みを浮かべて蓮司を安心させる。


『よし、では行こう! まだ見ぬ6階層へ!』


 リーダーとして高らかにそう告げたユークスは、自ら先導して6階層へ続く階段を下っていく。そんな彼の後を、ニコロとクリスティ、最後に蓮司という布陣で下って行った。



『やぁああああああああああああああっ!』


 6階層へ突入して暫し。

 メンバーの最前線をユークスと二人で張るべくクリスティとニコロの前へ移動した蓮司は、襲い掛かって来た蝙蝠のモンスター目掛けて高々と跳躍すると、抜き放った剣を一閃。

 振り下ろした刃は宙を舞う蝙蝠の脳天を的確に捉え、その体を真っ二つに引き裂いた。

 そんな蓮司の雄姿を、ユークスたち3人は称賛の拍手で湛える。


『凄い! 宙を舞う敵相手にあそこまで的確な斬撃を決められるなんて、大した技量だ! アレは僕にも真似できないよ、多分』

『ホント。最初のへっぴり腰が嘘みたい』

『レンジ君が前を歩いてくれると、心から安心できます。流石、パーティーの前衛ですね』

『いやぁ……あはは』


 称賛の嵐を前に、照れ臭そうに頬を掻く蓮司。

 最初の頃からそうだが、ユークスたちはとにかくよく褒める。

 命と引き換えにしてでも金と名誉を欲する冒険者稼業に身を投じるような者は、往々にして自尊心と自己顕示欲が強い傾向がある。故に褒めちぎれば、冒険者が増長することをユークスたちはよく理解していた。そして自尊心と自己顕示欲が強いのは、蓮司とて例外ではない。


『この調子で、ガンガン行きますよ! 僕が皆さんを守りますから!』

『おっ、心強いね! じゃあ、頼むよ!』

『はいっ!』


 煽てられるがままに、一人先を進む蓮司。

 そんな彼の後ろ姿に、ユークスたちは嘲笑と侮蔑の眼差しを向ける。


『本当にセンスの塊ですね、彼。尤も、カモにされるセンスですけど』

『そろそろ、件のポイントだ。クリスティ、よろしく頼むよ』

『おっけい! 任せて……これまでの鬱憤全部ぶつけてあげるわ!』

『張り切り過ぎて、ダンジョンが崩落するようなことだけは避けてよね?』

『分かっているわよ、ニコロ。バカにしないでよね、この天才クリスティ様を!』

『どうかしましたか~?』

『おっと、これは不味い。じゃあ二人とも、手筈通りに』

『『了解』』


 足早に蓮司に駆け寄る3人。

 どうかしたのかと問う蓮司には、どう進むべきかを判断するためにコンパスを見ていた、と適当な嘘で誤魔化した。昨日の微かな疑念はどこへやら。煽てられてすっかりユークスたちへの信頼を取り戻した蓮司は、そんな言葉に一切の疑問を差し挟む素振りも見せない。

 それどころか。


『……ん? アレ、これは……』

『どうかしたの、レンジ?』

『何だか、水の音がする。こっちだ!』

『あっ、ちょっと!』


 耳にした水の音を頼りに、またしても一人駆け出す蓮司。

 走れば走るほどに水音は大きくなり、音からして巨大な貯水があることは明白。

 そうして暫し駆け、漸く開けた場所まで出て来たところで。


『わぁ……これは一体?』


 目の前に現れた巨大な湖を前に、蓮司は目を輝かせる。

 地下のダンジョンとは思えないほどに巨大な湖。しかも水は絶えず組み入れられているようで、大きな水音が地下に反響して響き渡る。


『ちょっと! 一人で走ってくんじゃないわよ! ここ、ダンジョンだって忘れた?』

『ああ、ごめんなさい。でも、これって……』

『ああ、湖だね。これは確かにビックリだ。こんな地下に、これほど広大な湖があるなんて』

『そうねぇ……しかもこの水、若干だけど魔力を感じる。多分、トラップよ』

『トラップ? こんな大きな湖なのに?』


 蓮司の疑問の声にクリスティは静かに頷くと、手近にあった石ころを拾って投げ入れる。

 すると石は瞬く間に溶解し、水面の底へ沈むより早く消えてなくなってしまった。


『これって……』

『多分、毒か呪いの類だと思う。間違っても、この水の中に落ちないでね。確実に死ぬから』


 真剣な眼差しでそう言い放つクリスティに、残る3人は強張った表情で頷く。

 そんな時だった。けたたましい羽音と共に、またしても蝙蝠型のモンスターが2体来襲。

 蓮司たち目掛けて、その鋭い爪を向けて突撃を敢行してきた。


『クリスティは魔法で攻撃! 残る一体はレンジ、任せるよ!』

『分かったわ!』

『了解!』


 クリスティは杖を蝙蝠に向けると、詠唱を開始。

 すると杖の先にみるみる拳大の火球が生成され、蝙蝠の片割れ目掛けて飛翔する。

 高速で空を切る火球は、蝙蝠へ見事命中。被弾した標的は弱弱しい鳴き声を上げながら、件の湖の中へと落ちていく。

 そして着水の水音と同時に響く、耐えられんばかりの激痛に悶え苦しむ痛ましい苦悶の絶叫。同胞が発する命を搾り取って出しているかと思わんばかりに凄絶な鳴き声に、もう一匹の蝙蝠の意識が傾いた、その刹那であった。


『はぁああああああああああああっ!』


 裂帛の気合と共に跳躍した蓮司は、もう既に蝙蝠の眼前にまで到達していた。

 気付いた時には、もう遅い。

 反撃の攻撃を繰り出すよりも、蓮司の繰り出す一閃の方が遥かに早い。

 先程動揺に脳天を捕らえた刃がみるみるその身を切り裂いていき、股下まで裂いたところで蝙蝠は絶命。そのまま先達同様に、湖の中へと落ちていった。


『よしっ、やった! 皆――えっ?』


 喜色満面で、仲間の方へと視線を向ける蓮司。

 だが、瞬間に喜色は虚を突かれた無の表情へと変わる。何故なら、先程蝙蝠に命中させたあの火球と全く同じものが、蓮司の眼前にまで迫っていたのだから。


『嘘――ぐあぁああああああああああっ!?』


 空中では回避行動など間に合わず、意表を突かれたことで剣による反撃も取れない。

 故にその身で火球の直撃を受けた蓮司はそのまま体勢を崩し、真っ逆さまに湖の中へと落ちていった。


『ぐぎゃああああああああああああああああっ!?』


 着水と同時に襲い来るのは、筆舌に尽くしがたいほどに強烈な激痛。皮膚が溶けるその灼けるような痛みは、過去かつてないほどに強烈で命の危険を絶えず脳に知らせてくる。


『痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいいいっ! だ、誰か助け――』

『待ってて! 今助けるから! フロート!』


 慌てた様子のクリスティが発動させたのは、浮遊の魔法。

 魔法をかけた対象を宙に浮かせる、補助魔法の一種である。

 魔法の詠唱を聞いて、助かったと胸を撫で下ろす蓮司。

 しかし、その魔法で宙に浮いたのは蓮司――ではなく、彼の剣だけ。


『ちょっ! な、何で! 早く助けてくれよ!』


 みるみる自分から離れていく獲物の剣を眺めながら、決死に助けを求める声を上げる蓮司。だが、そんな彼の必死の叫びに対して帰って来たのは。


『助けてぇ? 誰が助けるもんですか、このバーカ!』

『――えっ?』


 薄暗い地下ダンジョン故にハッキリとは見えないが、その雰囲気からして邪悪な表情を浮かべているだろうクリスティの嘲笑交じりの暴言。


『な、何で……何でそんなことを……何でそんなことを言うんだよ! 冗談は良いから、助けてくれ! 頼むよ、ユークス! ニコロ! クリスティ!』

『あらあら。どうやらまだ状況がわかっていないようですね、彼』

『全くよ! 見ていてイライラするわ。よくこんなのと付き合っていたわね、アタシ。

そう思わない? ねえ、ユークス』

『ああ、そうだね。まだ分かっていないのなら、ハッキリ言ってあげないと可哀そうかな。

カミヤシロレンジ君……短い間だったけど、ありがとう。君は十分僕たちの役に立ったよ』

『はぁ? さっきから、一体何を――』

『けど、もういい。もう、君は要らない。用済みなんだよ、君は。だから、バイバイ!』

『――えっ!?』


 軽い口調でヒラヒラと手を振って見せるユークス。

 その振る舞いも言葉も、一切嘘や冗談には見えない。紛うことなき本心であることが、如実に伝わってくる。だからこそ、蓮司は余計に困惑を禁じ得なかった。


『な、何で……何で、こんなことを? 何でなんだよ!』

『はっ! 自分を陥れた者に、その理由を問うのかい? そんなこと聞いてどうする? 理由があれば満足するのかい? 納得するのかい? 受けた仕打ちを許すのかい?

 まあ、何でもいいか。そんなに聞きたいなら教えてあげる。元来冒険者というのは、己の欲望のためなら如何なる手段をも選ばずに突き進む覚悟を持って生きる者を指す言葉だ。

 だって自分の命を危険に晒してまで欲を追い求めているんだよ? それくらいの覚悟はして当然。そして僕の欲望は、優雅な暮らしさ。皆から羨ましがられるような幸福な生活を送りたいんだよ。そうさ! 例え誰を踏み躙り、誰を虐げようとも、僕が幸せならそれでいい』

『可笑しい……そんなの、絶対可笑しいだろ! 自分一人の欲望のためだけに他者を蹴落とすなんて、最低だ! 冒険者は、夢とロマンを追い求め、そのために命を惜しまず――』

『まだそんな夢見がちなことを口走る君は、きっと死んでも現実を理解できないだろうね。

冒険者に、夢もロマンも無い。あるのは常に迫りくる危険と身の毛もよだつ恐怖心に、夥しいまでの絶望。そしてそんな死屍累々の先に存在する、ほんの微かな希望の光だけ。

 冒険者は、素晴らしい生き方なんかじゃない。他者を蹴落とし、自らを痛めつけ、その果てに漸く栄光と名声と金を掴める底辺の生き方だ。真っ当な人間が望むはずのない、地べたを這いずりながら成り上がりを狙う、自分の命をベットしたギャンブルだよ』

『そ、そんな……俺は……俺は……冒険譚の英雄になりたくて……』

『冒険譚の英雄? 全く、バカだとは思っていたけど、まさかここまで底抜けだとは思わなかったよ。御伽噺に憧れていいのは、御伽噺の主人公になりたいなんて口走っていいのは、まだ幼気な子供だけさ。

でも君は、誰しもが十代も半ばに差し掛かれば気付くそんな現実にすら気付けずにいる。

 恥ずべき無知だ。死すべき愚かさだ。だから他人の悪意を気取ることも出来ず、利用するだけ利用されて捨てられる。さぞ、温い世界で生きて来たんだろうね。反吐が出るよ』

『そんな……でも……でも――』

『ああ、もう! いい加減黙りなさいよ、うるさいわねぇ!』


 蓮司とユークスの問答に水を差したのは、蓮司の恋人のフリをして油断させ、挙句蓮司を地獄の湖に叩き込んだ張本人たるクリスティ。

 鋭く研ぎ澄まされた侮蔑の生差しが、蓮司を襲う。


『クリスティ……君までどうして? だって君は、僕の事を愛して――』

『冗談でしょ? 誰がアンタみたいなクズを愛するのよ。寧ろアタシは、アンタのそういう理解力のないところと煮え切らない女々しい態度が、何より嫌いだったのよね』

『そ、そんな……嘘だ! そんなの、嘘だ! 嘘だと言ってくれよ、クリスティ!』

『気安く名前を呼ばないでよ、気持ち悪い。というか、アタシがアンタを愛しているのなら、何でアンタはそんな目に遭っているのよ? アンタをそこに落としたの、アタシなのよ?』

『そ、それは………………』

『よくもまあ、そこまで現実から目を逸らして都合のいい幻想に浸れるモノね。ホント、今日までアンタみたいなキモ男の恋人役をするのも大変だったんだから。気持ち悪くて気持ち悪くて、何度吐いたか分からないわ。それくらいまでアタシを散々不快にさせたんだから、慰謝料代わりにアンタの装備の中で一番高そうなこの剣は頂いておくわ。じゃあね、レンジ。アタシ、これまで出会った男の中で一番アンタの事が嫌いだわ』


 出会ったその日に心奪われ、男女の仲になり、いつしか本心から恋をして一緒になりたいと願うほど入れ込んでいたクリスティ。そんな女性の口から放たれた辛辣で冷たい一言は、一瞬で蓮司の心を凍り付かせて思考を奪い去って容赦なく心を圧し折っていく。


『酷いな、クリスティ。他にも言うことを色々沢山考えて来たのに』

『良いじゃない、そんなの。お陰でほら、お望みの絶望の表情は拝めたでしょ?』

『僕は、もう少しじっくりと絶望させるつもりだったけどなぁ……』

『まあ、いいじゃないですか。急速な絶望もオツなモノでしたよ。それに、獲物はまた幾らでも調達できます。そのパターンは、今度別のヤツで堪能するとしましょうよ』

『良いこと言うじゃん、ニコロ! アタシもそれに賛成!』

『ふむ。まあ、二人が言うなら仕方ない。そうしようか』

『で? もう気は済んだ? アタシ、そろそろ帰りたいんだけど』

『私はもういいですが、ユークスは?』

『我儘だねぇ……。まあ、でも僕ももういいかな。そろそろ飽きてきた。帰ろうか』

『うん!』

『はいっ!』


 4人で一丸となって一緒に切り開いてきた道を、さっさと引き返していく3人。

誰一人として蓮司を振り返る者はなく、助けようなどと言い出す者はもっといない。

 小さくなっていく3人の背中をぼーっと眺めつつ、しかし溶解の激痛から徐々に意識の遠退いてきた蓮司は、深い絶望に満たされた心からくる巨大な空虚感に促されるがまま意識を手放して、その瞼をそっと閉じる。


『ち、ちくしょう……』


 水音で掻き消されるほどに小さな声で発した悔恨の言葉を残し、水底へと沈んでいく蓮司の体。やがて水面からですら見えなくなるほど深くに沈んで消えてしまったのだった。


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