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信頼

更新します。

 蓮司がユークスたちのパーティーに加入してから、三か月が経過した。

 その間の蓮司は、実に生き生きとしていた。

 パーティーが受注したクエストに参加する傍らで、一日たりとも欠かすことなく自主的な修練を積み、必ず毎日クリスティと二人で低級モンスター相手の実践訓練を繰り返した。 

 一番近くで見ていたクリスティですら呆れるほどの弛まぬ努力で冒険者としての技量を常に磨き続け、その傍目からみれば苦行でしかない行いに一切苦を感じないほどに冒険者としての日々に没頭し、彼の人生で過去一度としてないほどの充実感に満ちている。

 勿論その根底には、ずっと憧れ続けた物語の主人公たちの様になりたいという願望もある。だが、それだけではない。恩義と献身と愛情も、その裏にはしかと存在した。

 拾ってくれたユークスたちパーティーへの恩義に、経験の少なさを克服して仲間たちと肩を並べて戦いたいという献身と、男女の仲にまでなったクリスティに対して抱いく人生で初めての確かな愛情が。

 しかし――恩義は報われず、献身は踏み躙られ、愛情は利用されようとしていた。


『レンジ君を拾って、もう三か月……もうそろそろだね』

『ええ、そうね。そろそろ刈り入れ時ってところね』

『やっとぉ? 全く、長かったぁ……漸く解放されるのね?』


 蓮司がパーティーを代表しての前日受領したクエスト完了報告のために席を外した際に繰り出された、不穏な会話。その内容に、クリスティは一際表情を明るくする。


『お疲れ様、クリスティ。何? そんなにイヤだったのかい?』

『当たり前でしょう? 今日までずっとアタシに視線を向けさせて疑われないようにしないといけないからって仕方なく優しくしてやれば、やれ一緒にモンスター討伐に行かないかだの、やれデートに行かないかだの、挙句一回ヤッたくらいで毎日部屋に来ないかって聞かれるのよ? そりゃあ、うんざりもするでしょうよ!』

『まあ、ご愁傷様。もうすっかり彼氏気取りになっちゃって……いっそ乗り換えちゃう?』

『冗談でも怒るわよ?』

『はいはい。そんなに怒らないでよ、怖い怖い』

『あと、ユークス! 約束はきちんと守って貰うからね?』

『ああ、勿論だとも。何でも言うことを聞くさ。頑張ったクリスティへの御褒美だからね』

『うん♪』


 ユークスに頭を撫でられただけで、まるで喉を撫でられた猫のように喜色満面の反応を見せるクリスティ。

 先程まであんなに不機嫌そうだったのにコロッとこんな表情を見せられるクリスティの切り替えの早さ、そしてここまでクリスティを誑し込んで支配下に置いているユークスへの呆れを超えた感心から、ニコロは思わず苦笑を禁じ得なかった。


『この会話、あの子が聞いたら発狂するでしょうね』

『いいじゃん、別に狂ったところで。どうせ死ぬんだし。どうする? いっそ話しちゃう?』

『そんなこと言って、ここまでの自分の努力を水の泡にするつもり?』

『冗談だってば!』

『いや、それも面白いかもしれないね』

『『――えっ?』』


 ユークスの口から出た思わぬ提案に、二人は思わず唖然とする。


『冗談でしょ? それじゃあアタシ、何のためにあんな奴と――』

『勘違いしないでくれ。暴露は彼とお別れする寸前だよ。死ぬ間際に浮かべる、裏切られたことを知った時の絶望的な表情……想像するだけで背筋がゾワッとしてくるよ』

『『うわぁ……性格悪っ!』』

『そういう君たちは、見たくないの? この世で一番滑稽で、かつこの世で一番可哀そうな表情ってモノを』

『そりゃあ、まあ……ねぇ?』

『見たいかも……散々言い寄ってきてアタシを不快にさせたヤツだし、猶更』


 顔を見合わせどこか恥じらいを醸し出しながら、しかしその醜悪な性根の顔もしっかり覗かせる二人。

 全く、大した悪女たちだよ……ユークスは自分が手を組む少女たちの逞しさと非情さに、一種の頼もしさすら感じていた。


『そうと決まれば、思い立ったら吉日ってね。明日、危険ダンジョン探索の任務を受注しよう。精々盛大に収穫して、一仕事終えたらパアッとやろうか』

『『賛成!』』


 呆気なく決まってしまった、蓮司の処遇。さながら不用品の売買でもしようかというくらいに、殆どその場のノリで決まったと言っていいレベルで話は終始軽かった。



『はい。完了報告、確かに受領致しました。お疲れさま! ではこちら、報酬です』

『ありがとうございます、レオンさん』

『いえいえ。次回も頑張ってね、レンジ君』


 裏表のない爽やかな笑顔で挨拶をしてくれる、冒険者ギルドの受付担当の青年・レオン。そんな彼に、蓮司もまた笑顔で会釈して返す。

 冒険者ギルドの受付がオタクにも優しいギャルどころか女性ですらないなんて――最初はそんな風に不満にも思っていたようではあるが、三か月経った今では彼に心を開いて、軽い世間話をする程度には打ち解けていた。ミズガル時代には友人らしい友人もなく部屋に引き籠り気味だったことを鑑みれば、前向きな進歩。異世界転移の賜物だろうか。

 因みに、この冒険者ギルドの職員に女性は一人も居ない。否、見えるところには居ないといった方が正しいか。理由は単純、トラブルを回避するためである。

 冒険者稼業とは元来、凶悪モンスターの討伐や危険なダンジョンの探索といった命懸けの体を張った仕事のする代わりに高い報酬を得られる、ミズガルでいうところの極寒の海で行われるカニ漁のような仕事である。

 そんな殺伐とした環境故に、当然冒険者の中には粗暴粗野な荒くれ者や無法者崩れといった腕自慢で血気盛んな輩が多数混ざり込むのは避けられず。ユークスのような(表面上だけでも)紳士的な男性や蓮司のような物静かな達の男性の方が、極々少数派である。

 アウトロー気質な男性たちと一番接触する受付勤務に若く美しい女性を配置すればどうなるか……そんなのは、火を見るよりも明らかであろう。勿論、ギルドの職員に危害を加えれば重罪に処されるのは言わずもがなだが、しかし罰則規定があるからといって犯罪の抑止は出来ても撲滅は期待できない。なら、最初から犯罪の怒らない環境にしてしまおう、それがギルドの方針という訳であろう。

 件の男性職員からその話を聞いた時、蓮司は残念がったと同時に腑に落ちたという。

 憧れの冒険者稼業だが、その実態は物語の様に煌びやかで楽しい世界ではなく、寧ろ人間社会らしい闇を多分に孕んだ危険でダーティーな香りのする世界なのだ。


『そうだ、レンジ君。君、今のパーティーに加入して、もう三か月だよね?』

『ああ、そういえばそうですね。早いもので』

『そうか。じゃあ……気を付けてね』

『えっ?』


 露骨に声を潜めてそう呟くレオンに、蓮司は思わず怪訝な表情を浮かべる。

 するとレオンは周囲をキョロキョロと見回し、自分たちに視線が向いていないことを確かめてから、机に身を乗り出して蓮司に顔を近付ける。


『君のパーティーだけど、一つ妙な噂というか……ジンクスがあるんだ』

『妙なジンクス……ですか?』

『実は君のパーティー、君の前にも度々新人冒険者をメンバーに迎え入れているんだけど、そのメンバーが全員漏れなくパーティーから脱退しているんだ』

『へぇ、そうなんですか?』

『勿論、それ自体は珍しいことでも何でもない。こんな仕事だ。イヤになって田舎に帰るって人も多いし、残念ながらクエスト中に死亡してしまうケースだって珍しくない。大体3か月生き残れば一人前扱いされるくらいに過酷な仕事なのは、君も知っているだろう?』

『それはまあ、確かにそうですね……』


 この三か月、蓮司は冒険者稼業の過酷さからくる洗礼を嫌というほど受けていた。

 転移の際に私からチート能力を授かっているお陰で辛うじて死ぬような目には遭わずに済んでいるが、能力が無ければ今頃両手では到底足りない回数は死んでいたに違いない。

 実際他所のパーティーで欠員が出たなんて話はよく出ていたし、メンバー募集の張り紙は季節や時期を問わず常にどこかのパーティーによって張り出されている始末。過酷な現場では人材の定着率が低いというのは、どこの世界でも同じということだろう。


『だからこそ、ギルドも加入から三か月を超えた冒険者が脱退や死亡した場合、欠員が出たパーティーに見舞金を支給するんだ。パーティー、特に君のところみたいな強力なパーティーに人手不足を理由に解散されては、ギルドとしても大損だからね。で、ここからが本題だけど、君のパーティーはここ数年の間、メンバーが脱退する度に必ずその見舞金を受け取っているんだ。それも新メンバー加入から三か月から半年以内に』

『――えっ? それって、つまり』

『そう。見舞金を受け取れる時期になってから、そう日が経っていないタイミングだよ。

だからこそ、君のパーティーは他の冒険者たちから噂されているんだよ。見舞金目当てで新人を追放している極悪非道なパーティーなんじゃないか……ってね』

『そんなまさか……あるワケ――』


 その話を聞いた瞬間、蓮司の脳裏に蘇る記憶があった。

 それはユークスのパーティーに加入した日。否、この世界に初めてやって来た日。


『へぇ……じゃあ、あと数か月後には居なくなるってわけか。可哀そうになぁ!』


 森の中で戦闘訓練を積んでいた時にすれ違った冒険者の一団が話していた内容。

 その内容とレオンが話す内容が、一致していた。それも驚異的なまでに。


『レンジ君? どうかした?』

『あっ、いえ……別に』

『勿論、タダの噂だ。ユークスさんの人柄は誰もが認めていることだし、実績もある。おまけに、美男美女だらけのパーティーだ。当然妬みや僻みを向けられやすいし、そんな連中の言い掛かりに近い悪意ある噂だとは思うけど……実際、メンバーの脱退が三か月から半年程度の間で頻発していることは事実だ。だから、気を付けてくれ。いいね?』


 両肩をガシッと掴み、真っ直ぐ向けられた視線。

 その目には一切の嘘偽りが見えない、真摯で熱意ある心意気だけが伝わって来た。


『はっ、はい……気を付けます』

『それでいい。じゃあ、頑張ってくれ! 応援しているぞ、レンジ君!』


 笑顔にサムズアップで締めくくられた、レオンの忠告。

 それを確かに聞き届けた蓮司は、そそくさと受付を後にする。

 歩きながら、蓮司は酷く浮かない顔で思案に暮れていた。


『レオンの主張は、所詮は状況証拠の寄せ集めでしかない。ユークスさんたちが悪事を働いているなんていう確たる証拠はないし、何よりあのユークスさんたちがそんなことをする筈がない。でも、そのジンクスは気になるな……3カ月というと、俺もそろそろ――』

『レンジ君!』


 俯き顔で思案に没頭していた時、不意に前から聞き覚えのある声が響く。

 ふと顔を上げてみれば、そこには笑顔で手を振るユークスたちパーティーメンバ―の姿。

 彼らの笑顔を見た瞬間、蓮司の頭にはこの3カ月間で築き上げた数々の思い出が蘇る。

確かに3カ月という時間は決して長いとは言えない。それでも共に視線を潜り抜け、試練を乗り越え、喜びを分かち合った日々は蓮司にとって過去類を見ないほどに濃密な日々。

 その思い出の一つ一つが蓮司の中で固い信頼や友情を形作っていき、良からぬ噂からくる悶々とした気持ちをすぐさま霧散させる。


『どうしたんだい? 何だか妙に浮かない顔をしていたようだけど?』

『あっ! もしかして、報酬ちょろまかしたんじゃないでしょうね!』

『そんなことしませんよ。だって皆は、僕にとって大切な仲間です。裏切れませんよ』

『あら、嬉しいこと言ってくれちゃって!』

『勿論だ。僕たちにとっても君は、掛け替えのない仲間だよ。ねえ、クリスティ』

『ちょっ! 何でそこでアタシに振るのよ!』

『あら、顔真っ赤にしちゃって……可愛いわね』

『うるさい! もう、こんな二人放っておいてさっさと行こ、レンジ!』

『う、うんっ!』


 クリスティに引っ張られて共に駆け出す蓮司と、そんな二人を微笑ましげな表情で見守るユークスとニコロ。

 駆けながら、蓮司は思う。

 仲間たちが裏切る筈は無いと。

 レオンの話は、きっと悪意ある第三者による根も葉もない噂だと。

 この時の判断が自分の運命を大きく捻じ曲げることになるとは露知らず、蓮司は仮初の幸福を心の底から噛み締めていた。


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