魔法の練習
「セリーヌ、明日は休みでいいわよ」
フルヴィエール家で働き始めて少し経った頃、ナディアからそう告げられた。
「ありがとうございます」
仕事にも慣れてきたかなと感じ始めており、また一休みしたいなと考えていたので休みをもらえたのは嬉しい話だった。慣れない仕事をしていて疲れも溜まっていた。
それに実はこの家に来てからずっと行きたいと思っていた場所があったのだ。
「ナディア様、それでは書庫にある魔導書を読ませて頂いてもよろしいですか?」
「あら、勉強熱心ね。もちろんいいわよ。ただ、高価なものだから大切に扱ってね」
「分かりました」
魔導書を読ませて頂ける許可が得られた。
フルヴィエール家はアントーニア家より爵位が上の貴族だ。
もしかしたら実家より多くの魔導書があるかもしれない。
アントーニア家から出ることことができたが、この先また何があるか分からない。
その時のためにもっと多くの魔法を使えるようになりたい。
案の定、フルヴィエール家の書庫は広かった。
文字を読むことができないので魔導書以外は読めないが、何の本があるかは気になった。
魔導書には魔力が込められているため、文字が読むことができなくとも魔力を感知することでどこに魔導書があるか分かるようになった。
「わぁ…たくさんある……!」
思った通り、アントーニア家より多くの魔導書があった。
どんな内容の物か気になり、一冊手に取って中身を読み始めた。
とても興味深い内容だったので時間を忘れて読み耽ってしまった。
それから何時間経っただろう、突然後ろから声を掛けられ驚いてしまった。
「セリーヌ…?まだ本を読んでいたの?」
「え?あっ、ナディア様。申し訳ありません」
周りが暗くなっていたのは分かっていたが、集中していたので
魔法で明かりを出してそのまま読み進めてしまった。
「集中するのはいいけど、夕食の時間には顔を出しなさいね」
どうやらもう夕食の時間を過ぎてしまっていたらしい。
お腹が空いていたが本当に時間を忘れて魔導書を読んでしまっていたようだ。
「申し訳ありません…」
「そうね、皆心配してたから気を付けてね。ご飯は取り置きしているわよ。
それにしても魔導書を読むのに夢中で夜になるなんて、よっぽどセリーヌは魔法が好きなのね」
「いえ、そういう訳では…そうなのかな」
確かに魔導書を読むのは楽しい。
魔法を覚えることで自分が今までできなかったことができるようになるからだ。
魔導書はそれを読むこと自体大変であり、読めたとしても鍛錬を積まなくては魔法は使えるようにはならない。
だが、私はスキルのおかげで魔導書を読んだ後は少し練習すれば魔法を身に着けることが
できるのでそこは助かっている。
とはいえ、魔法は今のところ掃除や明かりをつける時くらいしか役に立っていないから
どこかで試せたりできないだろうか。次の休みをもらえたら何かできないか何か考えてみよう。
そして一月程度働いた後、また休みがもらえることになった。
その際に私はまたしてもナディア様にお願いをしてみた。
「ナディア様、今度の休みなのですが魔法の練習に魔物を狩りに行ってもよろしいですか?」
そう言うとナディアは驚いた目をして返事をした。
「え?ああ、そういえばセリーヌは魔物を倒せるくらい魔法使えるのよね…うーん」
どうやら迷っているようだった。
私の今の立場はあくまで使用人であり、その使用人の趣味の魔物狩りのために護衛を同伴させることはできない。
だが、魔法が使えるとはいえ私一人で魔物狩りに行かせるのは心配らしい。
確かに私のような子供が一人で魔物を狩りに行くのは危ない。
「そうだ、良い機会だから私にも魔法を見せて頂戴。それなら護衛の方も一緒に連れていけるでしょう」
ナディア様は私の魔法の練習にも付き合ってくれるらしい。
断るのが申し訳ないのと、ナディア様と出かけるというのが少し嬉しくて次の休みの日に魔物が出る山へと出掛けることにした。
向かった先は領都の西側にある森だ。
日帰りで帰ることができる場所であり、魔物もそれなりに出る場所なので練習にはうってつけの場所だった。
森の入り口から少し進むといきなりキノコ型の魔物が何体か出てきた。
「さぁ、セリーヌ!あなたの魔法を見せて頂戴!」
ナディアは楽しみにしていたのか少し興奮気味だった。
大人っぽいところはあるがやはり年相応なところもあるらしい。
「よーし、ここは覚えたての炎属性の魔法で…!」
最近覚えたのは昔覚えた魔法より高度な内容のものだった。
そのため、きっと威力は高いはずだ。
何故かは分からないが長い詠唱があるらしい。
せっかくなので唱えてみることにした。
「我が怒りよ!炎になりて全てを燃やし尽くせ!デスフレイム・カノン!!!」
そう詠唱を唱えると今まで見たことがないくらい大きな炎が魔物に向かって放たれ、
魔物どころか周囲まで一瞬で黒焦げにしてしまった。
ええ?こんな威力があるの…?
出しておいてなんだが自分でもびっくりしてしまった。
明らかにオーバーキルな威力であった。
私は恐る恐るナディア様の方を振り返った。
「ちょっ…と威力が高すぎましたね……」
「やりすぎよ。まさか中級魔法まで覚えてしまったの?」
フルヴィエール家の書庫には中級魔法までの魔導書が置かれていたらしい。
この世界では初級魔法でさえ使いこなせている人は少ない。
ましてや中級魔法については魔術師といった専門職の人くらいしか使えない。
中級魔法まで覚えられたら良いなと思いフルヴィエール家では代々魔導書を買っていたらしい。
ちなみに上級魔法の魔導書は高価な上、そもそも上級魔法を使えるような魔力を持つ
人物が今までいなかったので特に置いてはいないとのことだ。
「セリーヌ、あなた本当に魔法が上手なのね。もっと見せて頂戴」
ナディア様がワクワクした表情で言ってきた。
覚えたての魔法なのでちゃんと使えるかは分からない。
今日は練習のつもりでここに来たのだ。
だけどナディア様の期待には可能な限り応えたい。
期待に応えられるよう全力を尽くそう。
そうしてその日は存分に魔法を使った。
覚えたてではあったが思ったより問題なく魔法を使うことができた。
威力等をもうちょっと調整できるようにしたいという課題はあるけど。
その日は驚くほど多くの魔物を倒すことができ、それらの素材を売ったお金は割と良い金額になったらしい。
そのため、ご褒美に帰りにお菓子を買ってもらえた。
甘い物は高価なため、アントーニア家では食べさせてもらえなかった。
エヴァはたまに食べていたようだったが。
そのお菓子は思わず声が漏れてしまうほど美味しかった。
ナディア様は大袈裟ねと笑って言っていたけど。
苦痛だった食事がこんなにも楽しいものなるなんて。
やはりアントーニア家を出てよかった。
今日は出掛けて魔法もいっぱい使い、へとへとになったセリーヌであったが気持ち良い疲れであった。
明日からも頑張ろう。
そう思えるような楽しい休日であった。