ハウスメイド
「いいですね。この家のメイドとして勤めるからには気を付けなければいけないことが何個もあります」
「はい」
この館のメイド長のオドレイが私に厳しい口調で言った。
私はこのフルヴィエール領主の館でお手伝いとして雇われることになった。
「最初は掃除から始めてもらいます。それが終わる頃には領主様方の食事が終わるでしょうからお皿洗いをしてもらいます」
掃除など朝飯前だ。
アントーニア家では毎日やっていた。
セリーヌはふんすと息を吐きながら張り切っていそいそと掃除を始めた。
掃除を初めて少し経ち、おそらく及第点はもらえるだろうくらいには綺麗になった。
だが細かいところの汚れがまだ残っており、これがなかなか取れない。
「ちょっとずるしちゃおうかな。魔法を使って…クリーン!」
そう言うと手から魔法が発せられ、目的の場所があっという間に綺麗になった。
それから半刻程が過ぎ、オドレイが様子が見に来た。
「こんなに綺麗になるなんて…ご令嬢とは思えない働きぶりですね」
「ええ、お掃除はよくやっていましたから」
「領主のご令嬢であるあなたが掃除を…?」
ちょっとずるはしたけどまぁいいよね。
掃除は元々得意だったし重箱の隅をつつかれるようなことがなければ同じような評価だったはずだ。
「次はあなたには皿洗いをやってもらいましょう。相方にはルイーズをつけます」
「ルイーズ?」
知らない人だ。
そう考えていると向こうから女の子が早歩きでこちらに向かってきた。
身長は自分より少し小さい。
「あなたがセリーヌ?私はルイーズ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします…」
「ふふん、なんでも私に聞いても良いのよ」
先輩風を吹かせている。
少しお調子者のようだ。
「それではルイーズ、セリーヌ。よろしくお願いしますよ」
オドレイはそう言って自分の持ち場へと戻っていった。
お皿洗いは優秀な先輩の指導のもと順調に終わった。
ただ、先輩は少し抜けているようでお皿を落としそうになっていた。
少し時間が余ったので暇になったのかルイーズが話しかけてきた。
「そういえばセリーヌって何歳なの?」
「8歳ですよ」
「8歳?私と同じ年だ!それじゃ私のこともタメ口でいいよ」
「え、うん…よろしく」
「よろしくねー!」
こんなフレンドリーな娘は初めてだ。
ぐいぐい来るタイプは苦手だと思っていたが悪くはない。
その方がやりやすいなと思った。
程なくしてまたオドレイが様子を見に戻ってきた。
「なるほど、なかなか要領が良いタイプのようですね」
オドレイがそのように言って褒めてくれた。
「では次の仕事ですが…」
そう言って指を上に指しつつ手を挙げたところ。
「っ!!」
セリーヌは思わず頭を抑えてしまった。
アントーニア家にいたときの記憶が蘇って顔を叩かれると思ったからだ。
オドレイは静かに手を下げ、そのまま淡々と次の指示の説明を続けた。
その後セリーヌは少し落ち着かなかったが、なんとか及第点の仕事をすることができた。
「ふぅ…色々あったけど今日は疲れたな」
セリーヌがそう言うと、隣にいたルイーズは誇らしげに答えた。
「そうよ!お仕事は大変なんだから!」
元気な子だ。
今日は疲れたが、見ているとこちらまで元気になってくる。
「そういえばあなた、魔法が使えるようね!見せて見せて!」
どうやら魔法に興味があるらしい。
家の中で使える魔法か…なんだろう。
(そうだ…!)
セリーヌの体がだんだん透明になっていき、とうとうその場から見えなくなってしまった。
「え?セリーヌどこにいったの!?」
ルイーズが目を丸くして周りを見渡した!
「わ!」
「うひゃ!?」
ルイーズの後ろから突然セリーヌが姿を現した。
「びっくりしたでしょ。隠れるのは得意なんだ」
セリーヌは幻影魔法を使って自身の姿を見えなくした。
さらに暗殺者のスキルのおかげで物音を立てることなくルイーズの後ろへと移動することができたのだ。
ルイーズにとっては瞬間移動をしたかのように見えたのだ。
「すごい!そんな魔法もあるのね」
どうやらルイーズは満足してくれたようだった。良かった。
そう二人が仲良くしているのをオドレイと領主様が後ろで覗いていた。
ちなみに領主様の名前はマルクというらしい。
「仲良くやっているようで良かった。それにしても魔法で大きな魔物を倒したのにも驚いたが、こんな器用なこともできるんだな」
「そうですね、私もびっくりです」
そう言って二人は微笑ましく見守り、セリーヌは無事に一日目の仕事を終わらせることができた。
その夜、オドレイは領主の部屋を訪ねた。
「こんな夜遅くにすまないな。それでオドレイ、今日一日セリーヌを見てどう思った?」
オドレイが部屋に来るとすぐに領主はそう尋ねた。
「非情に要領の良い娘でした。慣れていない仕事でもすぐに適応できておりました。ただ…」
「ただ?」
「貴族のご令嬢という割には家事ができすぎております。一方で字が読めなかったり本当の貴族教育を受けてきたのか疑問に思うこともありました」
「あの子が領主の娘というのはイザベルの勘違いだとでもいうのか?」
イザベルというのは領主夫人のことである。
「いえ、魔法を使える程の魔力がある庶民は稀です。貴族の血を引いている可能性は高いでしょう。ただ、もしかしたらあの子は…虐待を受けていたかもしれません」
マルクはまさか、といった表情で目を大きく見開いた。
「私が手を上にあげた時に無意識に頭を隠そうとした時がありました。日常的に頭を叩かれていたのでしょう。推測ですが前妻の子ということで現領主婦人に疎まれていたのでしょう。それなら貴族教育を受けていないのも納得できます」
マルクは頭を抱えて静かに呟いた…
「なるほどな…」
オドレイの本当かもしれない。
貴族では前妻の子が冷遇されるというのは珍しくない話だ。
「一度アントーニア領主と話してみるか…」
「どうなさるおつもりですか?」
「あの子を本格的にフルヴィエール家で迎え入れることができないかと思ってな」
「養子になさるつもりですか?」
「いや、そんなつもりはない。あの子は魔法の才能がある。それが実家の事情で潰れるのはもったいない。そうなるくらいならあの子の才能を伸ばし、私の領地、いやこの国に貢献できるような人材になってもらいたいと考えている」
「しかし、そんな人材をアントーニア領主はおめおめと渡さないのでは?」
「ま、そうだろうな。しかし、あれだけ魔法が使えるんだ。もはや抑え付けても脱走を防げないだろう。才能があれば後継者争いにも影響が出て、現領主夫人にとって都合が悪い展開になるだろうしな。どうせそうなるならうちの領で領主の娘というのを隠して魔法の才能を発揮してもらうのも悪くないだろう」
「なるほど、それでしたら交渉の余地はありそうですね」
オドレイはそうはいっているがマルクに遠慮しているだけで本心ではそうは思っていなかった。
魔術師はどこの領地でも不足している。
アントーニア領主は間違いなく手放さないだろう。
だが、先ほどマルクも言ったようにただ冷遇しているだけでは領地に貢献どころか今回のように
脱走されるだけであろう。
だからこそマルクは万が一の可能性をかけてアントーニア領主と交渉してみようと考えているのだ。
マルクも領主であることから悲惨な目にあっている子供が多くいることは知っている。
だが、目の前で笑っていた子供が虐待されていて泣いていただなんて考えたくもなかった。
この子には今後も笑い続けて欲しい。
そう思っていただけであった。






