家出
そして翌日になった。
とうとうこの家を日になったのだ。
一日も早く抜けたいと考えていたこの家だったが、今日で最後となると
物思いに耽ってしまった。
確かにエヴァやジャクリーヌは私に辛くあたったが、使用人はそうではなかった。
エヴァやジャクリーヌからはほぼ使用人のように扱えと言われていたが、陰ではこっそり優しくしてくれたのだ。
この館や庭の風景も最後となると懐かしく思えてくる。
そう思いながらぼーっと眺めていると、暇そうに見えたのかジャクリーヌが仕事を押し付けてきた。
今日は最後だしやってやるかと思って言われるがままに大人しく作業を行った。
その後の夕飯もいつも通りひどい扱いだったが、最後の日とあっていつもよりかは心に余裕をもって対応することができた。
皆が寝静まった時間、セリーヌは起きだした。
いよいよこの家から抜け出すのだ。
持っていくものは何もない。
本当は食料や道具等も持って行った方が良いのだが、そうはしなかった。
少し食料を盗みだすだけでもセリーヌがやったことだとエヴァは騒ぎ出すのだ。
そんなことで今日の計画を台無しにしたくはないと思い、やめることにしたのだ。
窓からそっとセリーヌは外へ抜け出した。
外は真っ暗でいつも通り静かであった。
夏ではあったが、少し涼しい風が吹いていて気持ちが良かった。
こっそり門番の様子を伺うとやはり今日もさぼっているようだった。
これだったら問題なく抜け出せそうだ。
館の柵は2mくらいの高さがあったが、ひょいとジャンプして簡単に抜け出すことができた。
最後にセリーヌは後ろを振り返る。
おそらく誰にも見つかってはいないだろう。
本当に最後になると少し寂しくなるが、決めたことなのだ。
最近はつらいことばかりではあったが昔は幸せだった。
お母様は優しかった。優秀な王国魔術師で私の誇りでもあった。
忙しい身分ではあったが、家にいた日はよく冒険話を聞かせてくれた。
それが寝る前の何よりの楽しみであった。
そのころはお父様も優しかったし、家は笑顔で溢れていた。
だが、それも昔の話。今のこの家にもう心残りはもうない。
私の居場所もない。涙も出なかった。
喜びたいところだが、まだ早い。
この先どうなるかという不安もあるが、そもそも今のこの脱出劇がうまくいくかも分からない。
もしかしたら途中で誰かに捕まって家に引き戻されるかもしれない。
そうなったらいったいどうなるのか…
緊張で気を張りつめつつ、夜道をひたすら走り抜いた。
暗殺者の能力のおかげで灯りがなくても問題なく夜道を走ることができた。
今までは意識していなかったので気付かなかった。
夜にはこんなに虫が鳴いていることを。
そして、夜の外はこんなに不気味であることを。
しばらく走っていると離れたところに灯りが見えた。
(なんだ…?あんなところに人がいる……)
私のことが気付かれてしまうかもしれないが、何の灯りか気になって仕方がない。
結局、好奇心が勝ってしまった。
(ちょっとだけ…何をしているのが探ってみよう……)
セリーヌはその灯りに向かってそっと近づいていった。
物陰からこっそり覗いてみると、三人の男が火の回りを囲っていた。
「いやー、今日は大収穫だったな」
「あの村もけっこう貯めこんでたな。意外だったぜ」
「これでしばらくは働かなくてもやっていけるかもなぁ」
(うわぁ…盗賊ってやつか。関わらない方が良いな)
そう思ってつい後ろに引き下がってしまった。
ガサッ
そんな風に油断をして歩いていると、思わず物音を発してしまった。
「あ?誰かいるのか?」
「ん、俺が様子を見に行ってみる」
(しまった。このままじゃ見つかってしまう…それなら……)
「うぁああああああ!!!!!」
「な、なんだ?ってうぁあああああ!!!!」
見つかる前にセリーヌは雷魔法で盗賊三人を気絶させてしまった。
(先手必勝ってね。まぁこのくらいなら死なない…はず)
我ながら魔法が上達したものだぁと思いつつそのままセリーヌは
盗賊の荷物を漁りだした。
「お、干し肉がある…ナイフもあったら便利かも。お金は…これは盗品だろうから
持っていくのは良くないよね」
そうは言ったものの、馬車もないので大量の荷物は持っていけない。
とりあえず盗賊三人を起きても動けないようにしばっておき、そのまま放置した。
きっと誰かが見つけてなんとかしてくれるだろう(願望)。
ちょっとした食料等を拝借しつつセリーヌはその場を離れた。
寄り道をしてしまったが、セリーヌの脱走はまだ終わっていない。
アントーニア領にいれば家の者に見つかって連れ戻される可能性がある。
だからこの領地を抜けなければならない。
目的地はフルヴィエール領である。
館を出る前に地図は見たが、その記憶だけでちゃんと辿り着けるかは分からない。
しばらく歩いて辺りを見渡せる丘に辿り着いた。
目の前には広大な樹海が広がっていた。
通れるなら通ってみなさい-そう言っているようであった。
その樹海は広く魔物も多く住んでいた。
子供がそこを通るのは無謀ともいえるだろう。
だが、普通のルートでは税関を通れないだろう。
アントーニアの者が先に手を回す可能性があるためだ。
だからこそ、税関を避けて樹海を通るルートで行くことにしたのだ。
魔物も出てくるため普通なら通らないルートであるが、正攻法で通れないセリーヌはこのルートに賭けるしかなかったのだ。
「確かこっちの方だったような…」
丘を降り、セリーヌは深い樹海の中を進んでいった。
樹海に入って少し経った頃、夜もすっかり更けていた。
「そろそろ眠くなってきたな…」
家の者が寝静まった後に出ており、それから数時間が経っている。
普段だったら自分も寝てる時間であり眠くて仕方がない。
草木も眠っていておかしくない時間である。
幸い今のところ魔物には遭遇しておらず、周りに魔物がいる様子もない。
その時ちょうどよく根元に窪みがある木が目に入った。
「こんな場所しかないけど、ここで寝るか…」
魔物に襲われないよう周りを魔法障壁で囲み、そのまま窪みの中に寝転んで目を閉じた。
まだ本当に逃げ切れたかは分からない。
不安で不安で仕方がなかった。
だが、疲れで体も頭も働かずあっという間にセリーヌは寝入ってしまった。