エレノアの懺悔
全て話し終わるとアーネストは言った。
「メアリ。今晩は、ずっと側に居てくれないか」
「ええ、アーニー。あなたが眠るのを見ていてあげる」
そっとベッドに入り、メアリに頬を寄せた。
「……いい匂いがする」
メアリはアーネストを抱き締め、頭を撫でた。
「安心してお休みなさい、アーニー」
目を閉じたアーネストはいつの間にか眠りに落ちていった。
翌朝、早くにアーネストは目覚めた。
(頭がスッキリしている。深く眠れたようだ)
傍らに眠っているメアリを見て、昨日のことを思い出す。
(早く結婚して、メアリの全てが欲しい)
そっと額に口づけるとメアリは目を覚ました。
「アーニー……おはよう」
「おはよう、メアリ。昨日はありがとう」
「いいえ。でも私、一緒に寝ちゃったわ。あなたが眠るのを見てるって言ったのに」
二人はクスクスと笑った。
その後、アーネストは真剣な顔になって言った。
「メアリ、今日もゴドウィン家に行くつもりなんだが、一緒に来てくれないか」
「えっ? でも、エレノア様を嫌な気持ちにさせるのではないかしら」
「エレノアの寝ている部屋ではなく、別の部屋で待機していてもらいたいんだ。もしかしたら、彼女の気持ちが変わるかもしれないから」
「わかりました。でも一旦帰宅して着替えてきますね」
一晩中、ベッドにドレスのまま入っていたので、ひどい皺がついていた。
「すまない……」
アーネストは少年のように照れた顔で俯いた。
公爵家に寄って着替えをし、二人はゴドウィン公爵家に向かった。
ゴドウィン公爵夫妻は恐縮して出迎えた。
「アーネスト殿下、またも足をお運びいただき本当に申し訳ございません。娘が起こしたこの度の不祥事は、ただただ私どもの監督不行き届きでございます」
挨拶を続ける公爵をアーネストは手で制した。
「公爵、エレノアの様子はどうだ?」
「はい、医師からもう大丈夫と言われました。ただし念のため二、三日は安静にしておくようにと」
「そうか、よかった。ところで公爵、毒を飲む前エレノアの様子がおかしかったのだが心当たりはあるか?」
「……エレノアとリアム王子には子供がおりません。しかし第二王子という気楽な立場でしたから、周りからプレッシャーをかけられることはありませんでした。エレノアも、子供は欲しいけれど二人で楽しく過ごせるし出来なくても構わないと言っておりました」
公爵夫人が言葉を繋ぐ。
「ですが、三年前、第一王子のお妃様が三人目の王女様をご出産なさった際、ひどい難産で。母子共に無事ではありましたが、これ以上出産が望めないお身体になってしまったのです」
「男子しか王位継承権のないラウル王国で、次代の男子を産むことが出来るのがエレノアただ一人。突然、大きなプレッシャーを抱えることになりました。元々、外国から嫁いできてラウル国内に頼れる後ろ盾がなかったエレノアです。子供を産めない妃を排除し、自分の娘を後釜に据えようとする貴族達からの突き上げも相当なものだったようです」
夫人はハンカチで涙をそっと押さえた。
「そうか。辛い思いをしていたのだな」
公爵も赤い目をしながら、沈痛な面持ちでこう言った。
「はい。しかし、だからといって我がガードナーの王太子様の目の前で毒を飲むなど言語道断。この責任を取り、私は娘と共に隠居しようと思います」
「待て、早まるなゴドウィン公爵。今回の件はまだ王妃の耳にしか入れていない。今すぐに事を大きくする必要はない」
「しかし……」
「リアム王子から何か連絡があるかもしれない。まずはそれを待ってみよう。私も、エレノアに話を聞いてくる。夫人、メアリをここで待たせてもらえないか」
「ええ、もちろんですわ。メアリ様、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます、公爵夫人」
メアリの背をトンと軽く叩いて、アーネストは公爵と共にエレノアの部屋に向かった。
「メアリ様、お茶をどうぞ」
公爵夫人が疲れた声でお茶を勧めた。
「ありがとうございます。でも夫人、お疲れのようですわ。私は一人で構いませんから、どうかお休みになって下さいませ」
「でも」
メアリは夫人の手にそっと手を重ねた。
「お母様が身体を壊してしまってはエレノア様も気になさいますわ。何か動きがあるまで、別室で横になられては」
「ありがとうございます、メアリ様……」
夫人は感謝し、部屋を出て行った。壁掛け時計の音がやけに大きく聞こえる部屋でメアリはアーネストを待った。
やがて、アーネストとイーサンが部屋に戻ってきた。
「お兄様! お身体は大丈夫ですか?」
「ありがとう、メアリ。昨夜は医師と交代で仮眠を取ったから私は大丈夫だ」
メアリはホッと胸を撫で下ろした。
「メアリ、一緒に来てもらえるか? エレノアが君に謝りたいと言っている」
「え……」
「大丈夫だ。今は、以前の彼女に戻っている。それに、私とイーサンもついているから」
「わかりました、アーニー。参りますわ」
部屋に入ると、エレノアはベッドの上で上半身を起こしていた。肩にショールを羽織り、自分でサッと整えたのだろう、髪を片側で緩く三つ編みにしていた。以前メアリを訪ねて来た時のようなきつい表情はしておらず、とても儚げに見えた。
「メアリ様……」
ベッドから降りようとするエレノアを、メアリは慌てて止めた。
「起きてはいけませんわ、エレノア様。まだ安静にしていなければ」
「でも……」
「エレノア、立ち上がるのは負担だろう。そのまま話した方がいい」
「殿下、メアリ様……ありがとうございます。このままで失礼いたします」
エレノアはふぅっと息をつくと頭を下げた。
「メアリ様。先日は大変失礼なことを申し上げてしまい、本当に申し訳ございません。あの時、私はどうかしていたのです。とても許していただけないと思いますが、どうしても非礼をお詫びしたくて」
「エレノア様、そんなにご自分を責めないで下さい。どうか頭を上げて下さい」
メアリはベッドの横に跪き、エレノアと視線を同じにした。
「メアリ様……」
エレノアはハラハラと涙を流した。
「……私は三年ほど前から、早く王子をという周りからの圧力を感じて塞ぎ込むことが多くなりました。このままでは妃失格と言われてしまう。その恐怖に怯える日々に耐えられず、私の方からリアム殿下に離縁を申し出たのです」
エレノアは唇を噛み締めた。
「ただ、私はリアム殿下が止めて下さると思っておりました。そんなこと気にしなくていい、私が守る、と言って下さると。けれど殿下は……その申し出に頷かれたのです」
エレノアは顔を両手で覆って嗚咽を漏らした。
「まったく、ひどい話です。あれだけ熱心に求婚しておいて。子供が出来ないのはエレノアのせいとは限りますまいに」
公爵は憤慨していた。
「それならばさっさと離縁してガードナーに戻ればいいと私は娘に言いました。とりあえず里帰りさせましたがずっと家で塞ぎこんでいたので、気晴らしにと夜会に連れ出したのですが」
公爵はチラリとエレノアの方を見た。エレノアは泣きながら言葉を続けた。
「そこでアーネスト殿下をお見かけして、昔の思い出がよみがえってきたのです。もしもあの時リアム殿下ではなくアーネスト殿下を選んでいたら、今、こんな辛い思いをしていなかったのではないか。月日が経っても変わらない気持ちはあるはずだ、あって欲しい。そんな妄想に取り憑かれてしまいました。その為、メアリ様にあんな暴言を……本当にごめんなさい」
「いいえ、エレノア様。驚きはしましたが、何か苦しんでらっしゃるのは感じました。辛い思いをなさっていたんですね」
エレノアは涙に濡れた目でメアリを見つめた。
「私は、愛されているメアリ様が羨ましかったのですわ」
その時、玄関ホールで騒がしい声がした。
「エレノア! エレノアどこだ!」
イーサンがサッとドアを開けた。
「そこにいるのか?」
カッカツと足音が聞こえる。入って来たのは浅黒く日焼けした、逞しい男性だった。
「エレノア!」
「あなた?」
エレノアは驚いてその男性を見つめた。